H18.1.13 札幌地裁
損害賠償請求,売買代金請求反訴事件
平成15年(ワ)第1058号損害賠償請求事件(本訴)
平成17年(ワ)第1028号売買代金請求事件(反訴)
平成18年1月13日判決言渡
口頭弁論終結の日 平成17年9月28日
判 決
本訴原告(反訴被告)株式会社X
本訴被告Y1株式会社
本訴被告Y1株式会社補助参加人 Z株式会社
本訴被告Y2株式会社
上記訴訟代理人弁護士 権田安則
本訴被告(反訴原告)有限会社Y3
主 文
1 本訴被告Y1株式会社及び本訴被告(反訴原告)有限会社Y3は,本訴原告(反訴被告)に対し,連帯して377万4000円及びこれに対する平成15年5月27日から完済まで民法所定の年5分の割合による金員を支払え。
2 原告(反訴被告)のその余の本訴請求をいずれも棄却する。
3 本訴被告(反訴原告)有限会社Y3の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は,原告(反訴被告)に生じた費用,本訴被告Y1株式会社及び本訴被告(反訴原告)有限会社Y3に生じた費用を合計して,これを21分し,その2を本訴被告Y1株式会社の負担とし,その3を本訴被告(反訴原告)有限会社Y3の負担とし,その余を原告(反訴被告)の負担とし,本訴被告Y2株式会社の訴訟費用及び本訴被告Y1株式会社補助参加人Z株式会社の補助参加にかかる費用は,原告(反訴被告)の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
以下では,本訴原告(反訴被告)を「原告」,本訴被告Y1株式会社を「被告Y1」,本訴被告Y1株式会社補助参加人Z株式会社を「被告Y1補助参加人」,本訴被告Y2株式会社を「被告Y2」,本訴被告(反訴原告)有限会社Y3を「被告Y3」という。
第1 請求
1 本訴
被告らは,各自,原告に対し,2836万6864円及びこれに対する平成15年5月27日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴
原告は,被告Y3に対し,150万円及びこれに対する平成17年6月9日から完済まで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告の所有する別紙1目録記載の船舶(以下「本件船舶」という。)は,平成15年2月10日,B港に停泊中,本件船舶内の発電機から火災が発生した(以下「本件火災事故」という。)。
本件における本訴請求は,本件船舶を所有する原告が,本件火災事故の原因は,本件船舶内に設置された2つの発電機(そのうち,作業用・動力用として使用されていた150馬力の性能を有する******の発電機を以下,「甲発電機」といい,生活電源用として使用されていた25KVAの性能を有する******の発電機を以下,「乙発電機」という。以下,併せて「本件各発電機」という。)の欠陥にあるとして,
①乙発電機のメーカーであり,これを原告に販売した被告Y1に対し,ア 債務不履行責任(瑕疵担保責任及び補修義務不履行),イ 製造物責任法3条の損害賠償責任,又はウ 民法709条の損害賠償責任に基づき(前記アイウは選択的),
②甲発電機のメーカーである被告Y2に対し,エ 製造物責任法3条の損害賠償責任,又はオ 民法709条の損害賠償責任に基づき(前記エオは選択的),
③甲発電機を修理し,販売をした被告Y3に対し,カ 債務不履行(瑕疵担保責任),又はキ 民法709条の損害賠償請求権に基づき(前記カキは選択的),
それぞれ,本件船舶の損傷等の損害合計5986万9814円の内金2836万6864円及びこれに対する各被告のうち最も遅い訴状送達の日(被告Y1及び被告Y2に対する送達日)の翌日である平成15年5月27日から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
なお,被告Y1補助参加人は,被告Y1が製作販売した乙発電機のエンジンを同社に対し,供給している。
本件における反訴請求は,原告に甲発電機を販売した被告Y3が,原告に対し,甲発電機の売買残代金150万円及びこれに対する弁済期の経過後である平成17年6月9日(反訴状送達の日の翌日)から完済まで,商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(弁論の全趣旨)
(1)当事者
ア 原告は,土木工事請負,建築請負,並びに船舶の輸出入及び販売等を主たる業とする会社であり,本件船舶を所有している。
イ 被告Y1は,電動機及び電動機搭載機械器具の製造及び販売等を主たる業とする会社であり,乙発電機を製造し,原告に対し販売した。
ウ 被告Y2は,各種溶接機及び材料の製造,販売並びに発電機,電動機の製造,修理,販売等を主たる業とする会社であり,本件船舶に設置されていた甲発電機(但し,スタータモータを除く。)を製造した。
エ 被告Y3は,船舶,陸上機械製作及び修理を主たる業とする会社であり,原告に対し,甲発電機を販売した。
(2)本件船舶の概要及び原告が本件発電機を購入,設置するまでの経緯等
ア 本件船舶は,テトラ(海岸堤防の基礎に使用されるコンクリートブロックのこと。以下同じ。)を積み込み,海中に設置する作業を行う船であり,船首にクレーン,同中央にテトラ積載用の船体部,船尾に機械・居住部がそれぞれ位置している。甲発電機は,船尾の機械・居住部1階機関室内,乙発電機は,同機関室の外に隣接してそれぞれ設置され,その位置関係は,別紙2の図面のとおりである。
イ 被告Y2は,平成11年10月ころ,甲発電機を製造し,株式会社C(以下,「C」という。)に対し,これを販売した。Cは,平成13年1月,被告Y3に対し,甲発電機を販売した。被告Y3は,甲発電機を修理した上,平成13年11月,原告に対し,販売した(以下,被告Y3と原告との間の甲発電機の売買契約について,「本件売買契約」という。)。
原告は,甲発電機を本件船舶に設置し,作業用・動力用に使用していた。
ウ 被告Y1は,平成14年2月8日,乙発電機を製造し,同年7月11日,原告に対し,これを販売した。原告は,乙発電機を本件船舶に設置し,生活電力用に使用していた。
(3)本件火災事故等
ア 本件船舶は,平成15年2月10日,B港に停泊し,所定の位置に停止し,作業を行っていなかった。乙発電機は,当日,故障のため,被告Y1が派遣した修理作業員により,故障の修理が行われた。
前記修理の際,別紙2の図面のとおり,甲発電機と乙発電機との間に200リットル入りのドラム缶(以下,「本件ドラム缶」という。)が設置された。乙発電機は,船底の重油タンクから本件ドラム缶に重油を一旦入れて不純物を沈下させ,かつ,外部フィルターを通してから,乙発電機のエンジンにホースで直接接続される形で運転が行われた。
イ 乙発電機は,その後,6時間ほど,継続して作動していたが,同日午後7時ころ,突然,停止したため,本件船舶は,停電の状態になった。原告の従業員は,やむなく,停電を回避するため,甲発電機を使用することにし,これを作動させた。甲発電機は,運転開始1時間後に突然停止し,火災が発生した。
ウ D消防署の調査によれば,本件火災事故の原因は,甲発電機のスタータエンゲージ部分(始動モータの歯車のかみ合わせ部分のこと。以下同じ。)に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり,接点が溶着,連続通電でスタータモータは無負荷連続運転状態となり,スタータコイル部が加熱し,焼損と同時に燃料や油分等に引火したというものであった。
2 争点
(1)本訴
ア 本件火災事故の発生機序について
(ア)甲発電機からの出火機序。(争点①)
(イ)乙発電機の作動停止及び本件ドラム缶の設置が本件火災事故の発生に寄与したといえるか。(争点②)
イ 被告らの責任原因の有無
(ア)被告Y1について
a 乙発電機に,「瑕疵」ないし「欠陥」があったか。(争点③)
b 被告Y1に修補義務違反があったか。(争点④)
(イ)被告Y2について
a 甲発電機に出荷時点で「欠陥」があったか。(争点⑤)
b 被告Y2に安全確保義務等の違反があったか。(争点⑥)
(ウ)被告Y3について
被告Y3の行った甲発電機の修理に不完全な点があったか。(争点⑦)
ウ 原告の損害額。(争点⑧)
(2)反訴
ア 被告Y3は,原告に対し,甲発電機を販売するに際し,甲発電機が水没事故に遭い,オーバーホール等が行われたものであることを告げなかったか。(争点⑨)
イ 本件売買契約における未払残代金の額。(争点⑩)
ウ 甲発電機に「瑕疵」があるといえるか。(争点⑪)
3 当事者の主張
(1)争点①(甲発電機の出火機序)について
(原告の主張)
ア 本件火災事故は,甲発電機の出火により生じた。甲発電機の出火機序は,次のとおりと考えられる。
すなわち,D消防署の調査結果によれば,甲発電機の出火機序については,スタータエンゲージ部分に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり,接点が溶着,連続通電でスタータモータは無負荷連続運転状態となり,スタータコイル部が加熱し,焼損すると同時に燃料や油分等に引火し,火災に進展したと推定されている。
そうすると,甲発電機のスタータエンゲージ部分に錆が発生したことが甲発電機の出火機序の一因と解される。
イ 被告らの主張に対する反論
(ア)被告Y1及び被告Y3は,甲発電機の出火機序につき,原告が甲発電機に燃料漏れがありながら,これを放置して使用し,これに何らかの形で引火したとする趣旨の主張をする。しかし,甲発電機に燃料漏れがあったという事実はない。
(イ)原告の前記アの甲発電機の出火機序は,唯一のものとして主張しているのではなく,最も可能性の高いものとして主張している。仮に,本件火災事故発生時に,甲発電機に燃料漏れがあり,これが,出火機序となったとしても,甲発電機のスタータエンゲージ部分に錆が発生し,焼損したことが火災の一つの原因になったことには変わりがない。
(被告Y1の主張)
甲発電機の出火機序は,不知。
なお,甲発電機の出火機序は不明であるが,甲発電機のシリンダーヘッド(エンジン内の燃焼室である気筒の頭の部分のこと。以下同じ。)についている高温のエグゾーストパイプ(排気管のこと。以下同じ。)にノズルのリターンパイプのひびから噴出した重油燃料が付着し,これが加熱されて発火したものと推定される。
(被告Y1補助参加人の主張)
甲発電機の出火機序は,不知。
(被告Y2の主張)
原告主張の甲発電機の出火機序は,否認する。
スタータモータ周辺部には,可燃物は存在しない。甲発電機は,外部から接触したり,外部から可燃物が入り込まないように,内部は箱で囲まれている。したがって,スタータコイル部が焼損したとしても,最悪の事態は,スタータモータが焼き付き停止する程度で,甲発電機の出火機序,ひいては本件火災事故の出火原因とはならない。
(被告Y3の主張)
ア 原告主張の甲発電機の出火機序は,否認する。
スタータモータの焼損の事実は認めるが,スタータモータの焼損が甲発電機の出火の原因となったことは,否認する。
エンジンは,熱機関であり,正常時の運転においても,エグゾーストパイプを中心に高い熱を発している。排気管シリンダー付近では,400度にも達する。そのため,燃料や油分に引火することを防ぐため,エンジンは,箱形の物体に納められ,燃料や油分が機外に漏れるような構造にはなっていない。したがって,燃料や油分がエンジンの基幹部分に付着し,引火することは通常ありえず,スタータモータが焼けたら,それらに火がつくというのはおかしい。
スタータモータの焼損の事例は,多数あるものの,これから火災が生じた事例はない。
イ 甲発電機の出火機序は,次のとおりと考えられる。
甲発電機は,A重油を使用していた。A重油は,石油類であるから,発電機の周囲にあると,発電機の発する熱で蒸発し,ミスト(ここでは,空気と揮発した重油の混合気の意味で用いる。以下同じ。)化する。甲発電機は,本件火災事故発生前に,燃料漏れを起こしており,他方で,甲発電機付近に設置された本件ドラム缶には,重油が大量にあり,かつ蓋がされていなかった。
そうすると,甲発電機の出火した原因は,エンジンに付着した燃料や油分,本件ドラム缶に大量にあった重油が,高温になった甲発電機により,甲発電機内ないし機関室内において,ミスト化し,これに引火したものと考えるべきである。
したがって,甲発電機の出火機序は,甲発電機の構造上の欠陥によるとはいえず,原告の甲発電機の使用方法に問題があったというべきである。
(2)争点②(乙発電機の作動停止及び本件ドラム缶の設置の本件火災事故への寄与の有無)について
(原告の主張)
ア 本件火災事故は,甲発電機の出火から生じた。しかし,次のイ記載のとおりの本件各発電機の本件火災事故までの使用状況及び本件火災事故の発生状況からすると,原告としては,本件火災事故発生当日,乙発電機の代替として甲発電機を使用するのは当然である。
そうすると,乙発電機の故障による作動の停止あるいは乙発電機の故障についての不完全な修補は,甲発電機の出火の契機を作っており,本件火災事故の原因となったといえる。
また,被告Y1の派遣した作業員は,本件火災事故の発生当日,乙発電機の修理を行った際,別紙2の図面のとおり,甲発電機と乙発電機との間にA重油200リットルが入る本件ドラム缶を設置しており,本件火災事故の発生の原因あるいは本件火災事故による損害の拡大の原因となった。
イ 乙発電機の本件事故までの使用状況及び本件火災事故の発生状況は,次のとおりである。
(ア)本件火災事故発生までの本件各発電機の使用状況
a 甲発電機
原告は,平成13年11月,被告Y3から,甲発電機を購入し,これを本件船舶に設置した。原告は,購入後本件火災事故発生までの約1年半程度の間,作業のあるときは,1日平均11時間程度(午前6時から午後5時まで),作業用・動力用として使用してきた。
甲発電機は,この間,何らの異常はなかった。
b 乙発電機
原告は,平成14年2月8日,被告Y1から,乙発電機を購入し,これを本件船舶に設置した。原告は,購入後本件火災事故発生までの約6か月程度の間,1日平均11時間程度(午後6時から翌朝まで),生活電力用として使用してきた。
乙発電機は,購入直後から,燃料フィルターが目詰まりして停止するという故障を繰り返した。
被告Y1の指定修理業者である株式会社E(以下,「E」という。)は,その都度,燃料フィルターを交換するなどの修理作業を行ったが,燃料フィルターの目詰まりによる停止という故障は直ることはなかった。
(イ)本件火災事故発生の状況
a 本件船舶は,平成15年2月7日から本件火災事故発生の当日である同月10日まで,作業を行わず,B港に停泊していた。甲発電機は,平成15年2月10日,朝から作動はしていなかった。乙発電機については,当日,燃料フィルターが頻繁に詰まるという故障のため,被告Y1が派遣した修理作業員により,故障の修理が午後0時まで行われた。
被告Y1が派遣した作業員は,燃料フィルターが頻繁に詰まるのは,重油に不純物が多く,フィルターと適合していないことにあると考え,別紙2の図面のとおり,甲発電機と乙発電機との間に200リットル入りの本件ドラム缶を設置し,船底の重油タンクからこれに重油を一旦入れて不純物を沈下させ,かつ,外部フィルターを通してから,乙発電機のエンジンにホースで直接接続し,運転させることにした。
b 乙発電機は,その後,6時間ほど,継続して作動していたが,同日午後7時ころ,突然,停止したため,本件船舶は停電の状態になった。
原告の従業員は,停電を回避するため,やむなく甲発電機を使用することにし,当日初めて,甲発電機を作動させた。原告の従業員は,甲発電機を作動させた際,作業・動力用に用いる際には,600アンペアまで出力を上げるが,このときは,生活電力用に用いるだけであったので,400アンペア程度で作動させた。甲発電機は,運転開始1時問後に突然停止した。そこで,原告の従業員が本件船舶の2階の居住室から階下の機関室に降りて行くと,既に甲発電機から出火した炎が同室全体に広がっていた状況であった。甲発電機からの発火自体は,甲発電機始動後1時間もかからず生じた。
(被告Y1の主張)
ア 原告の主張は,否認する。
乙発電機には,後記(3)記載のとおり,「瑕疵」ないし「欠陥」はなく,乙発電機にこれらがあることを前提とする原告の主張には根拠がない。
また,原告は,本件ドラム缶の設置について,本件火災事故の一因と主張する。しかし,被告Y1の行った本件火災事故を再現して行った燃焼実験の結果から明らかなとおり,原告の使用していたA重油の性質からすると,本件ドラム缶の中のA重油が燃焼して火災が拡大したとは考えられない。
イ 原告主張イの事実についての認否反論は,次のとおりである。
(ア)同(ア)bの事実は,概ね認める。
但し,燃料フィルターの目詰まりによる停止は,フィルターが正常に稼働し,燃料の不純物を除去していることを示しており,故障という評価は争う。
(イ)同(イ)aの第1段落記載の事実のうち,燃料フィルターが詰まってエンジンが停止したために,被告Y1が派遣した修理作業員により修理がなされたことは認め,その余は否認する。本件ドラム缶の設置位置は,原告の担当社員が決めている。
同(イ)aの第2段落記載の事実は,概ね認める。
同(イ)b記載の事実は,不知。
(被告Y1補助参加人の主張)
原告の主張は,否認する。
原告は,乙発電機の燃料フィルターの目詰まりによる停止が,本件火災事故の発生の原因として主張している。しかし,乙発電機が停止することは,乙発電機の燃料フィルターが正常に稼働し,燃料の不純物を除去していることを示しており,故障という評価は争う。
また,原告の用いたA重油は,乙発電機の適合しないものを使用しており,乙発電機の故障を前提にした主張は,根拠がない。
(被告Y2の主張)
原告の主張は,不知。
(被告Y3の主張)
原告の主張は,不知。
ただし,被告Y1の派遣した修理業者が,本件ドラム缶を設置したことが,極めて危険であり,本件火災事故の発生に寄与したことは明らかである。
(3)争点③(乙発電機の「瑕疵」ないし「欠陥」の有無)について
(原告の主張)
ア 前記(2)のとおり,乙発電機の故障が本件火災事故の発生した原因の一つといえる。
被告Y1の製作した乙発電機には,通常,使用されているA重油を用いてもフィルターが目詰まりを繰り返すという民法570条所定の「瑕疵」あるいは,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」がある。
そうすると,乙発電機を原告に対し販売した被告Y1には,(ア)乙発電機に瑕疵があったことから,売買契約に基づく瑕疵担保責任,あるいは,(イ)乙発電機には,出荷当時から,通常使用されているA重油を用いても目詰まりを起こすという製造物責任法3条1項所定の「欠陥」があったことから,乙発電機を製造した被告Y1には,製造物責任法3条に定める損害賠償責任がある。
イ 被告Y1及び被告Y1補助参加人の主張に対する反論
被告Y1及び被告Y1補助参加人は,乙発電機の故障の原因は,原告が使用したA重油に原因があるとする。しかし,この点については,次の(ア)及び(イ)のとおり,理由がない。
(ア)原告は,市販の基準を満たしたA重油を使用していた。他の発電機では,同じA重油を使用しても,故障が起きた例はない。
(イ)被告Y1は,乙発電機の故障の修補の際に,故障の原因について,原告が使用していたA重油が粗悪であったと指摘したことはない。
(被告Y1の主張)
ア 原告の主張する民法570条所定の「瑕疵」ないし製造物責任法3条1項所定の「欠陥」の主張は,すべて否認する。
イ 原告が故障として主張する乙発電機の作動停止は,原告の使用した重油に原因がある。なお,購入した重油が仮に乙発電機に適合するものであったとしても,本件船舶の船底にある重油貯蔵タンクの汚れで不純物が入ることがあり得るのであり,結果として,乙発電機の燃料フィルターに通る重油が汚れていたと考えられる。
また,同じ重油を用いても発電機の種類によって,エンジンの出力やフィルターの目の大きさが異なり,エンジンが停止するかどうかに差異がある。
(被告Y1補助参加人の主張)
ア 原告の主張する民法570条所定の「瑕疵」ないし製造物責任法3条1項所定の「欠陥」の主張は,すべて否認する。
イ 本件において,原告が本件事故直前まで使用していた重油は,JIS基準を満たしていなかったことが,被告Y1補助参加人の委託した機関により確認されている。
なお,購入した重油が仮にJIS基準を満たすものであっても,本件船舶の船底にある重油貯蔵タンクの汚れで重油に不純物が入ることはあり得るのであり,結果として,乙発電機の燃料フィルターに通る重油が汚れていたと考えられる。
(4)争点④(被告Y1の修補義務違反等)について
(原告の主張)
乙発電機は,前記(3)の瑕疵により,購入直後から,故障を繰り返した。被告Y1は,フィルターを交換するなどの修補を行ったが,フィルターの目詰まりを修補するには至らなかった。また,被告Y1が派遣した作業員は,本件火災事故の発生当日,乙発電機の修理を行い,別紙2の図面のとおり,甲発電機と乙発電機との間にA重油200リットルが入る本件ドラム缶を設置した。
この行為自体,修補義務を完全に尽くしていない事実を示しているだけでなく,本件火災事故を引き起こし,損害が拡大される結果となった極めて危険な行為であるといえる。
よって,乙発電機を原告に対し販売した被告Y1には,ア 前記の修補義務を尽くさなかったことから,修補義務の不履行を内容とする債務不履行責任,あるいは,イ 前記(3)の瑕疵について修補ができない程度の技術,知識が有しないまま,乙発電機を原告に対し販売した点で過失があり,被告Y1の本件ドラム缶の設置という修補行為自体も,火災を引き起こすような危険といえるから,被告Y1は,原告に対し民法709条所定の損害賠償責任を負う。
(被告Y1の主張)
原告の主張は,否認ないし争う。
原告の主張は,乙発電機に「瑕疵」ないし「欠陥」があることを前提に,その修補義務の不履行を主張しており,その前提を欠いている以上,理由がない。
また,本件ドラム缶を別紙2の図面の位置に設置したのは,原告の従業員の指示によっており,この点について被告Y1に過失はない。
(5)争点⑤(甲発電機の「欠陥」の有無)について
(原告の主張)
甲発電機は,4日間使用されなかった後,わずか1時間使用されただけで,本件火災事故が発生した。この使用形態により火災が発生したということは,被告Y2の製作した甲発電機には,出荷当時から,次の(ア)及び(イ)のとおり,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」があった。
したがって,被告Y2は,製造物責任法に基づき,本件火災事故により発生した損害について責任を負う。
ア 欠陥1
甲発電機のスタータエンゲージ接点面に錆が発生していたことが明らかになっていることから,甲発電機は,平成12年2月14日に出荷される時点において,スタータエンゲージ部分のシール性(ここでは,水分を完全に防御する性能のことの意味で用いる。以下同じ。)に問題があったと推定される。その結果,本件火災事故の発生原因となった甲発電機のスタータエンゲージ部分には,本来あってはならない錆が発生した。
イ 欠陥2
甲発電機には,安全装置として「遮断機」「非常停止装置」「警報灯」が出荷時から搭載されていた。本件火災事故当時,これらの安全装置は作動せず,甲発電機それ自体が超高熱となってそこから出火するという事態を防止する安全装置が備わっていなかった。
(被告Y2の主張)
ア 原告の主張は争う。
甲発電機は,次のとおり,被告Y2の製造物たる性質を失ったから,被告Y2は,これ以後,甲発電機において発生した事故については,製造物責任法上の法的責任を負うことはない。
すなわち,甲発電機は,平成12年12月20日,F漁港外防付近において約28時間,完全に水没したことがある(以下,「本件水没事故」という。)。甲発電機の当時の所有者であった株式会社Cは,被告Y3に対し,甲発電機は使用不可能と判断して,平成13年1月ころ,スクラップとして,甲発電機の処分を依頼した。
被告Y3は,スタータモータを交換し,甲発電機をオーバーホールした上で(以下,この被告Y3の行った修理を,「被告Y3によるオーバーホール等」という。),原告に対し,これを売却した。
なお,原告は,被告Y2に対し,甲発電機について製造物責任法上の欠陥があることを前提に,損害賠償責任を追及し,他方で,被告Y3に対し,甲発電機についてオーバーホールをしたことを前提に,その不備があったことについて損害賠償責任を追及している。この請求の立て方は,主観的選択的併合請求類似の法律構成であり(被告Y2に対する請求と被告Y3に対する請求がそもそも両立し得ない),失当というべきである。
イ 原告主張の欠陥に対する反論
(ア)原告の主張する欠陥1は,次のとおり根拠がない。
a 甲発電機のスタータモータは,本件水没事故後,被告Y3により,交換されている。したがって,本件火災事故当時の甲発電機のスタータモータの欠陥は,被告Y2が出荷した際のスタータモータの欠陥とはいえない。
b 被告Y2が出荷した際のスタータモータは,G株式会社(以下,「G」という。)が製造し,これをH株式会社(以下,「H」という。)が自社エンジンに組み込み,それをさらに被告Y2が甲発電機に組み込むことにしている。
スタータモータのエンゲージ本体と樹脂カバーの間には,ラバー製のバスケット(薄板状のパッキング)があり,ボルトが樹脂カバーに入る穴はラバー製のOリングが挟まれており,これらでシールされている。
Gは,出荷しているスタータモータのシール性は検査しており,出荷時点において,スタータモータのシール性に問題はなかった。
c 原告主張の欠陥1と本件火災事故の原因とは,次のとおり,因果関係がないというべきである。
(a)被告Y2が出荷した際のスタータモータは,水中使用を予定しておらず,そのシール性では,海水の侵入を防止できない。スタータモータは,本件水没事故により,約28時間海水に浸っており,本件火災事故当時,あったとされるスタータエンゲージ部分の錆は,本件水没事故により発生したものと考えられる。そうすると,原告主張の欠陥1の有無の問題と本件火災事故の発生との法的な因果関係は,本件水没事故により遮断されている。
(b)甲発電機は,本件水没事故後,被告Y3がオーバーホール等をしている。そうすると,原告主張の欠陥1の有無の問題と本件火災事故との法的な因果関係は,被告Y3の前記オーバーホール等により遮断されている。
(イ)原告の主張する欠陥2は,次のとおり,根拠がない。
a 本件では,甲発電機のスタータモータ以外に,異常があったとの証拠はない。そもそも,エンジンは,運転中に高温となるので,エンジンの温度変化を利用する安全装置は,エンジンの本来の機能を失わせることになり,考える余地がない。本件では,スタータモータ周辺部には,可燃物はなく,外部から入る構造をしていない。仮に,スタータコイル部が焼損した場合には,最悪でもスタータモータが焼け付き停止する程度であり,出火事故は起きない。以上から,スタータモータの焼損を防止する装置がないことは,製造物責任法上の欠陥とはいえない。
b 甲発電機と競合する他社製品(I製製品丙,J製製品丁,被告Y1製戊機,被告Y1補助参加人製己機)は,甲発電機と同様にスタータモータを使用する構造になっているが,いずれもスタータモータの焼損を防止する装置になっていない。
c 本件火災事故の原因は,スタータモータの外部に燃料が付着したにもかかわらず,これを漫然と放置したまま,原告が甲発電機を運転したことにある。したがって,原告主張の甲発電機の欠陥2と本件火災事故の発生とは,法的な因果関係はない。
(6)争点⑥(被告Y2の安全確保義務違反)について
(原告の主張)
甲発電機のメーカーである被告Y2は,消費者の通常の使用により危険な性状が生じ,それにより消費者等の生命身体財産に損害を蒙らせないような安全を確保すべき高度の注意義務(安全確保義務)がある。
そして,消費者たる原告は,通常の使用によって本件火災事故が発生したこと及び甲発電機が通常有すべき安全性を欠けたことを立証すれば,被告Y2に前記安全確保義務違反があったとの過失が推定され,被告Y2は,民法709条所定の損害賠償責任を負う。
本件においては,甲発電機には,前記(5)のとおりの2つの欠陥があり,他方で,原告は,甲発電機について,正常に通常予想される範囲内の利用をしていた。そうすると,被告Y2には,安全確保義務違反があると推定される。
したがって,被告Y2は,原告に対し,民法709条に基づき損害賠償責任を負う。
(被告Y2の主張)
ア 原告の主張は争う。
イ 原告の主張は,次のとおり理由がない。
(ア)原告の主張は,大阪地裁平成9年9月18日判決をもとに,立論している。同事案は,欠陥が問題となった製品が日常生活用品であるテレビであって,かつ,使用者が,その構造等に精通していない消費者であることを前提事実としている。他方で,本件は,甲発電機という産業機器であり,原告は,同機器を業として使用する者であり,前提事実が異なる。したがって,原告の前記裁判例をもとにした立論(被告Y2が高度の注意義務を負い,かつ過失の立証責任が転換されるなど)は,本件には妥当しない。
(イ)原告は,本件火災事故の発生及び甲発電機が通常有すべき安全性を欠いていた事実をもって,被告Y2の過失が推定されるとする。しかし,本件水没事故及び被告Y3によるオーバーホール等により,甲発電機が出荷された時点で通常有すべき安全性を欠いていたとはいえないので,前記推定は覆されている。
また,スタータモータの外部に燃料が付着していた事実は,原告が通常の使用方法をしていなかったことを意味するから,同事実も前記推定を覆す事実といえる。
(ウ)仮に,被告Y2が,原告主張の安全確保義務を負うとしても,その義務の履行は,その製品の出荷時までである。本件では,出荷後に,本件水没事故,被告Y3によるオーバーホール等の事実があるため,原告の主張の安全確保義務の履行の有無と本件火災事故の発生との因果関係は,遮断されているというべきである。
(7)争点⑦(被告Y3の修理の不備)について
(原告の主張)
ア 甲発電機には,スタータエンゲージ接点面に錆が発生するという不具合があった。この錆の発生は,次のとおり,本件水没事故後の被告Y3によるオーバーホール等が,不完全なことによって生じたものである。
(ア)甲発電機は,本件水没事故後に被告Y3によって修理された。甲発電機は,修理が不完全なために,スタータモータのシール性に問題があり,スタータモータに錆を発生させた。
(イ)被告Y3は,本件水没事故により付着していた海水あるいは水分を完全に除去しないまま修理を行い,スタータモータに錆を発生させた。
(ウ)甲発電機には,被告Y2が出荷した当時から,シール性が不十分等の瑕疵が存在していたが,被告Y3は,その瑕疵を修補しなかった。
イ 被告Y3は,原告に対し,前記アのとおり,瑕疵のあるまま甲発電機を売却した。したがって,被告Y3は,原告に対し,民法570条の瑕疵担保責任あるいは修補義務不履行の債務不履行責任,又は,民法709条所定の不法行為責任に基づき,損害賠償義務を負うというべきである。
(被告Y3の主張)
ア 原告の主張は否認する。
原告の主張は,スタータエンゲージ接点面に錆があることが甲発電機の出火の原因となったことを前提にしている。
しかし,甲発電機の出火は,甲発電機の構造上から生じたものではなく,スタータモータの外部に燃料が付着したにもかかわらず,これを漫然と放置したまま,甲発電機を運転したという原告の問題のある使用方法によるものというべきで,原告の主張は,その前提において理由がない。
イ 原告の主張に対する反論
(ア)原告は,被告Y3によるオーバーホール等に,不完全な点があったとする。しかし,被告Y3は,本件水没事故により故障した甲発電機について,部品交換の必要なところは被告Y2の指定工場から取り寄せを行い(なお,一部異品を使用したが,性能には問題が生じないところに限っている。),電装品を含むすべての部品をオーバーホールのレベルで分解し,コンピュータ基盤は新品に交換し,水道水で繰り返し洗浄して塩分を完全に除去し,スチームクリーナーで乾燥させ水分を完全に除去し,何ヵ月も経過を見て錆が発生していないことを確認してから組立をした。
以上から,被告Y3によるオーバーホール等には,不完全な点はない。
(イ)本件火災事故発生の原因は,甲発電機の周辺に,本来であれば,あってはならない燃料や油分が,原告の使用方法の誤りや乙発電機の修理業者による本件ドラム缶の設置等により大量に存在した結果,甲発電機の発する熱により,油分がミスト化して,爆発的に燃焼させられたことにある。そうすると,本件火災事故は,原告が,甲発電機の保守点検業者と定期的な保守点検契約を締結し,保守管理を適切に行い,かつ,誤った使用をおこなわなければ防げた事故であって,原告こそ,本件火災事故の発生の責任を負うべきである。
(8)争点⑧(損害額)について
(原告の主張)
ア 原告は,本件火災事故により,次のとおり損害を受けた。
(ア)修理費等 730万0014円
a 本件船舶の修理代金 567万0000円
b 浮上修理工事費 6万2580円
c 乗組員宿泊費 33万7700円
e 産業廃棄物処理費 68万2500円
f 資材代 40万5484円
g 予備発電機輸送料 14万1750円
(イ)発電機室内動産 616万0000円
a 甲発電機 300万0000円
b 乙発電機 150万0000円
c 溶接機 20万0000円
d 電気ドリル(4台) 8万0000円
e 電気グラインダー(4台) 6万0000円
f 電気丸のこ(2台) 10万0000円
g 電気切断機 5万0000円
h 電工ドラム(3台) 3万0000円
i 変圧器 4万0000円
j 作業工具(1式) 50万0000円
k 機械部品(1式) 30万0000円
l チェーンブロック(3台) 15万0000円
m 作業等(1式) 10万0000円
n 水油ホース(1式) 5万0000円
(ウ)船員室内動産 161万6200円
a テレビ(3台) 6万0000円
b ビデオ(3台) 6万0000円
c エアコン(3台) 30万0000円
d 電気ストーブ(3台) 3万0000円
e 無線機本体 50万0000円
f 衣類什器備品(5台) 50万0000円
g ベッド,じゅうたん 16万6200円
(エ)休業損害 1133万0000円
a 本件船舶は,本件火災発生日である平成15年2月10日から同年3月20日までの40日間休業を余儀なくされた。また,本件船舶は,作業時は,原告のK(船名)と一体となって稼働しており,同船も休業を余儀なくされた。
b 本件船舶の一か月の収益は,700万円,K(船名)の一か月の収益は,150万円である。両者の合計月額は,850万円であり,40日分の損害は,次のとおり算出される。なお,原告は,本件火災事故発生当時,L株式会社(以下,「L」という。)の下請け作業中であった。
850万円×40÷30≒1133万円
(オ)塗装工事及び付帯工事 213万3600円
(カ)逸失利益 2833万0000円
原告は,Lから「M浜覆砂工事」を下請受注していたが,本件火災事故により,解除された。原告は,平成15年3月分として,283万円,4月から6月分までは,1か月当り850万円の収入を得る見込みであった。
(キ)回航費 300万0000円
原告は,Lから,回航費として,300万円を得る見込みであったが,本件火災事故により,解除されてしまい,支払を受けることができなかった。
合計5986万9814円
イ 原告は,前記ア記載の金員のうち,2836万6864円を本訴において請求する。
(被告らの主張)
損害の発生はすべて不知。
(9)争点⑨(被告Y3によるオーバーホール等の事実の不告知)について
(原告の主張)
ア 被告Y3は,原告に対し,本件売買契約の際,甲発電機が本件水没事故に遭っており,かつ,被告Y3によるオーバーホール等がなされていたとは告げていない。むしろ,被告Y3は,原告に対し,新品同様のお買い得品であると説明していた。
イ そうすると,原告は,本件水没事故及び被告Y3によるオーバーホール等の事実を知っていれば,甲発電機を購入しなかったことが明らかであるから,本件売買契約は,原告の錯誤により無効というべきである。また,被告Y3は,本件水没事故及び被告Y3によるオーバーホール等の事実を故意に告げないという欺罔行為を行い,原告を錯誤に陥れていることから,本件売買契約については,平成17年7月6日本件第3回口頭弁論期日において,詐欺により取消の意思表示をする。
以上から,原告は,被告に対し,本件売買契約に基づく未払残代金債務を負うことはない。
(被告Y3の主張)
原告の主張は,否認ないし争う。
被告Y3は,原告に対し,本件売買契約の際,本件水没事故及び被告Y3によるオーバーホール等の事実を告げている。
(10)争点⑩(本件売買契約の未払残代金の額)について
(被告Y3の主張)
ア 被告Y3は,原告に対し,平成13年11月28日,甲発電機を280万円で売った。
イ よって,被告Y3は,原告に対し,本件売買契約に基づき,甲発電機の残代金150万円の支払を求める。
(原告の主張)
原告は,被告Y3に対し,既に180万円を支払っている。したがって,残代金は,100万円にとどまる。
(11)争点⑪(甲発電機の瑕疵)について
(原告の主張)
ア 甲発電機には,前記(7)で主張したとおり,被告Y3によるオーバーホール等の不備により,瑕疵があった。また,甲発電機の送油管が損傷しており,燃料漏れを起こすという瑕疵もあった。
イ 被告Y3は,前記アからすると,本件売買契約において瑕疵担保責任あるいは修補義務不履行の債務不履行責任を負うべきであり,かつ,その生じた損害(本件火災事故により生じた損害)について賠償する責任がある。
以上から,原告は,平成17年7月6日本件第3回口頭弁論期日において,本件売買契約の解除の意思表示をし,かつ,被告Y3が求める未払残代金については,本件火災事故により生じた損害を自働債権として相殺の意思表示をする。
(被告Y3の主張)
原告の主張は争う。
原告主張の甲発電機の瑕疵は,すべて否認する。被告Y3に本件売買契約上の債務不履行はない。
第3 争点に対する判断
1 各争点を判断するに際し前提として認定した事実
前記第2の1記載の前提となる事実に加え,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)本件船舶の概要及び稼働状況等
ア 本件船舶は,昭和58年に造られた。本件船舶は,テトラを積み込みして,海中に設置する作業を行う起重機作業船である。本件船舶は,自力航行はできず,航行の場合には,K(船名)という名称の船舶を使用している。
船首には,クレーン,同中央にはテトラ積載用の船体部,船尾には機械・居住部の建物がそれぞれ位置している。本件船舶の船底には,作業用資機材が収納されているほか,中間に生活用に使用する30トン入りの水タンクとその両側には,27トン入りの燃料タンクが二つ設置されている。
別紙3の本件船舶の機械・居住部の図面のとおり,機械・居住部の建物の1階右舷側にサロン(船員食堂)と左舷側に機関室があり,同2階には,1室2名で使用する船員居住区3室がある。(前記第2の1当事者間に争いのない事実(2)アで認定,甲1,甲8,原告代表者)
イ 本件船舶は,平成14年11月ころまで,N市周辺の海岸でしゅんせつ作業等を行っていた。原告は,その後,Lからの受注を受け,P県において,「M浜覆砂工事」を行うことになり,本件船舶は,平成15年1月中ころ,B港に入港した。(甲13,甲24,原告代表者)
(2)本件各発電機の設置,利用状況等(前記第2の1当事者間に争いのない事実(2)で認定,甲35,証人Q,原告代表者)
ア 甲発電機は,本件船舶の前方の機械・居住部1階左舷側の機関室に設置され,乙発電機は,機関室の外に隣接して設置されており,その位置関係は,別紙2の図面のとおりである。原告は,平成13年11月,被告Y3から中古品として甲発電機を購入した。原告は,平成14年7月11日,新品として乙発電機を購入した。
イ 甲発電機は,本件火災事故が発生するまでの約1年3か月間,作業のあるときは,1日平均11時間程度(午前6時から午後5時まで),作業用・動力用として使用され,故障はほとんどなく,原告の従業員が通常のメンテナンスを行っていた。
ウ 乙発電機は,本件火災事故発生までの約6か月の間,1日平均11時間程度(午後6時から翌朝まで),生活電力用として使用されていたが,度々,燃料フィルターの目詰まりによって停止し,被告Y1の派遣する作業員が修理等を行っていた。
(3)本件火災事故の発生に至るまでの経緯等(甲5,甲9,甲12,甲13,甲16,甲35,証人R,証人Q,原告代表者,弁論の全趣旨)
ア 本件船舶は,平成15年2月7日から本件火災事故発生の当日である同月10日まで,クレーンの修理のため,作業を行わず,B港に停泊していた。
甲発電機は,平成15年2月10日,朝から作動していなかった。乙発電機は,同日午前中,燃料フィルターの目詰まりによる停止を繰り返したため,被告Y1が派遣したEの修理作業員により,午後0時まで修理が行われた。本件ドラム缶は,同月8日の時点で,別紙2の図面のとおり設置されていた。本件ドラム缶の蓋には,外部燃料フィルターへの配管パイプと燃料の戻りパイプの2本が挿入され,その上方に燃料フィルターが設置された。本件ドラム缶蓋部分の開口面積は,蓋部分の開口面積23.75平方センチメートル,配管パイプ面積(2本)5.70平方センチメートル,実質開口面積は,18.05平方センチメートルであった。
本件ドラム缶が設置されたのは,船底の重油タンクからこれに重油を一旦入れて不純物を沈下させ,かつ,外部燃料フィルターを通してから,乙発電機のエンジンにホースで直接接続し,運転させるためであった。
イ 乙発電機は,前記修理が行われた後6時間程度,継続して作動していたが,同日午後7時ころ,突然,停止した。本件船舶は,停電の状態になった。原告の従業員は,やむなく,停電を回避するため,甲発電機を生活電源用に使用することにし,当日初めて,甲発電機を作動させた。甲発電機は,運転開始後2時間以内に突然停止した。
ウ 原告の従業員が機関室を見に行くと,既に甲発電機から出火した炎が出ていた。甲発電機からの発火自体は,甲発電機始動後1時間から2時間の間に生じた。
エ 甲発電機は,本件火災事故の発生する約3週間前に,クレーンの修理業者から燃料噴射パイプからの燃料漏れを指摘されたことがあった。原告の従業員は,パテで応急修理を行い,平成15年2月9日,燃料噴射パイプの交換を行った(なお,交換後の燃料噴射パイプを「本件燃料噴射パイプ」という。)。
(4)本件火災事故の発生
前記(3)ウによる出火により,機関室内の壁と天井は,黒く変色するなど著しく焼損し,これと上方に接する居室も焼損した。ただし,同居室内の残存物は,原形をとどめ,壁,天井等が煤で黒く変色した程度であった。また,乙発電機のあった機関室の左舷側にも窓を通じて延焼したことが認められた。
機関室内にあった甲発電機は,鉄製の外板は原形をとどめていたものの焼損により変色し,内部のエンジン及びバッテリーは,ほぼ原形をとどめていたが,一部溶解した。(甲4,甲6,甲9,甲12,甲13,証人Q,弁論の全趣旨)
(5)D消防署による調査結果(甲4から甲9まで,甲12,13)
ア D消防署は,前記(4)の火災状況及び原告の従業員らの機関室入口から煙が出て発電機中央の下から火が出ていた旨の目撃供述から,出火場所は,機関室内であると判断した。
イ 本件火災事故後のD消防署の事故原因調査によれば,機関室内からの出火の原因は,甲発電機にあり,甲発電機のスタータエンゲージ接点面に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり,接点が溶着したため,連続通電してスタータモータは無負荷連続運転状態となり,スタータコイル部が加熱し,焼損と同時に燃料や油分等に引火したというものであった。
2 争点①(甲発電機の出火機序)について
(1)前記1で認定した事実によれば,本件火災事故は,その焼損の状況からすると,本件船舶の機関室内にあった甲発電機から出火したことによると認められる。甲発電機の出火機序について判断する。
(2)前記1で認定した事実に加え,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 甲発電機の概要,構造等
甲発電機は,長さ3.27メートル,幅1.18メートル,高さ1.5メートルの防音のために鉄製の箱に納められたディーゼルエンジン発電機である。箱の内部には,H製の9880ccの6気筒ディーゼルエンジン(型式は,******。以下,「本件ディーゼルエンジン」という。)と交流発電機が組み込まれている。冷却方式は,本件ディーゼルエンジンは,水冷で,交流発電機は,自由通風形である。
本件ディーゼルエンジンが使用する燃料は,軽油(JIS2号)又はA重油であり,本件ディーゼルエンジンがこれにより起動し,発生した力でオルタネータ(発電機のこと。以下同じ。)のシャフトを回転させて,発電する。自動車のディーゼルエンジンは,エンジン自体が自動車内の発電機で電気を作る作業をするが,本件ディーゼルエンジンは,これを大規模化させたものであって,本件ディーゼルエンジンの基本的な構造は,自動車に組み込まれたディーゼルエンジンと同じである。
本件ディーゼルエンジンは,被告Y2が製造しておらず,被告Y2がHから購入して,甲発電機に組み込んで製品化した。(甲14,甲15,証人S,弁論の全趣旨)
イ 本件ディーゼルエンジンの起動方法
本件ディーゼルエンジンは,別紙4の本件ディーゼルエンジン図面のとおり,主に,エンジン本体,スタータモータ部分,オルタネータ部分から構成される(なお,図面中にAssyとの記載は,アセンブリ,すなわち,組み立て品一式のことをさす。以下同じ。)。
本件ディーゼルエンジンの起動方法は,自動車のエンジンとほぼ同じである。
すなわち,スタータモータ(なお,スタータモータの構造は,別紙5のスタータモータ図のとおりである。)のスイッチを入れると,スタータリレーを介し(可働接点を含む)エンゲージスイッチに通電され,ピニオンギア(ピニオンとは「小径の」という意味。以下同じ。)が飛び出してディーゼルエンジンのクランクに接続されたリングギアとかみあう。ピニオンギアの移動に連動して,エンゲージスイッチ内の可動接点が移動し,二つの固定接点の両方と接触する(「エンゲージ接点」と呼ばれる理由は,二つの接点を結びつけることからくる。)。これにより,スタータモータに電流が流れ,スタータモータが回転を開始し,同時にギアを通じてディーゼルエンジンのクランクが回転する。この間にディーゼルエンジンの燃焼室で燃料が燃焼し,この燃焼により生じた力がクランクを動かすようになると,ディーゼルエンジンの起動が完了する。
ディーゼルエンジンが起動してエンジンが規定回転数になると,発電機(オルタネータ部分)のN(中性点)電圧に回転を検出し,スタータリレーでスタータヘの通電を遮断して,ピニオンギアは遠心力により相手方のギアから外れ,これに連動して,エンゲージ接点が相手方の各接点から離れ,スタータモータに電流が流れなくなり,スタータモータは,回転を停止する。(甲5,甲14,甲15,乙ロ5,弁論の全趣旨)
ウ ディーゼルエンジンからの火災の可能性等
ディーゼルエンジン等のエンジンは,熱機関である以上,排気管は,400度以上の高温になる。そうすると,燃料や油分がエンジン外部に付着し,これに触れれば火災が直ちに発生する可能性を持っている。そのため,エンジンは,燃料や油分が外部に付着することがないような設計がなされている。
また,スタータコイル部の焼損の事例は珍しくないが,これによって,エンジンが出火するということは稀である。(乙ハ1,証人R,証人S,弁論の全趣旨)
エ 甲発電機についての被告Y2の調査結果
被告Y2の技術関係者は,平成15年2月17日以降,甲発電機の分解調査を実施し,被告Y2品質管理部カスタマーサービス課は,同調査結果に基づき,平成15年3月10日付けで,甲発電機に関して焼損事故調査報告書を作成した(以下,「Y2報告書」という。)。(甲5,甲9,甲10)
(ア)Y2報告書によれば,その調査結果は,別紙6の「調査結果一覧表」のとおりであるが,概ね次の事項が確認された。
a スタータ部分及びオルタネータ部分の焼損が激しかった。
b 交換処置した本件燃料噴射パイプの状態を確認するため,甲発電機リア左側パネルは稼働時外されていた。
c 操作盤には,短絡箇所はなかった。
d 甲発電機の口出し線,制御ケーブル類に短絡箇所は認められなかった。
e 排気管,ターボ接続部に排気漏れ痕跡や亀裂等は認められず,正常な状態であった。
f 乙発電機の外部燃料タンク(本件ドラム缶のこと)が甲発電機の設置された機関室内に設置され,燃料ホースは,窓越しに配管されていた。
g スタータモータ部分(G製)を回収して調査すると,次のことが判明した。
(a)スタータは著しく焼損しており,ブラケット(腕金のこと。以下同じ)リア,ブラシの一部がない。
(b)モーター側接点が溶着しており,バッテリー側接点には,溶着跡が認められる。
(c)ブラシは,使用限度以上に摩耗している。
(d)エンゲージスイッチカバー内部や接点部分に錆が認められた。
(e)モータ側固定接点,バッテリー側固定接点は,異品(G製ではないもの)が組み付けられている。
(f)ピニオン部のクラッチ,メタル,ギア等に焼き付け等はない。
(g)スタータの焼損が激しいものの残ったエンゲージ部分から判明した同部品の製造日は,1999年3月である。
h オルタネータ部分(G製)を回収して調査すると,次のことが判明した。
(a)ブラケットフロント,ブラケットリアとも側面の半分が溶解していた。
(b)バッテリー端子,アース端子ともナット類にガタはなく,締め付け状態に問題がなかった。
(c)ブラシ摺動面に異常は認められなかった。
(d)ロータコイルの抵抗値は,6.2Ωと規格(12.6Ω±5パーセント)と比してレアショートしていた。
i 本件燃料噴射パイプを回収して調査すると,次のことが判明した。
(a)部品取付シーテング(座面のこと)面には,傷等は見られなかった。
(b)実際に加圧して確認した結果,燃料漏れは認められなかった。
(c)消防署が確認したことであるが,本件燃料噴射パイプ締め付け部のゆるみはなかった。
j 甲発電機の燃料フィルターを回収調査したところ,これには目詰まりは認められなかった。
(イ)Y2報告書によると,甲発電機の出火機序については,スタータモータの焼損が激しかったこと及びスタータエンゲージ接点面に錆があったことなどから,甲発電機のスタータエンゲージ接点面に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり,接点が溶着したため,連続通電でスタータモータは無負荷連続運転状態となりスタータコイル部が加熱し,焼損と同時に燃料や油分等に引火し,火災に進展したものと推定している。Y2報告書は,スタータエンゲージ接点部分の錆の発生については,エンゲージカバーでシールされ,通常錆びる箇所ではないこと,過去に異品による部品組み替えが行われていたためにシール性が確保されていないことが原因であるとしている。
また,Y2報告書は,本件燃料噴射パイプからの燃料漏れは認められなかったが,事故前日の交換作業により,甲発電機の各部に燃料が飛散付着した可能性があり,火災が発生し易い状況であった可能性を指摘している。
オ D消防署は,Y2報告書に基づき,スタータモータの焼損が激しかったこと及びスタータエンゲージ接点面に錆があったことなどから,甲発電機の出火機序については,甲発電機のスタータエンゲージ接点面に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり接点が溶着したため,連続通電でスタータモータは無負荷連続運転状態となって,スタータコイル部が加熱し,焼損と同時に燃料や油分等に引火し,火災に進展したものと推定した(以下,これを「消防署見解」という。)。(甲4)
カ 機関室の状況等
(ア)甲発電機のあった機関室は,本件火災事故の発生当時,入口及び2カ所の窓ともに開放されていた。また,甲発電機からの排気は,排気筒を通して,外に排出されていた。(甲6から甲9まで,甲11,甲36の1ないし5,証人Q)
(イ)機関室内は禁煙であり,本件火災事故の発生当時,機関室内において火気を使用した形跡はなかった。(甲13,証人Q,弁論の全趣旨)
キ 火災模擬燃焼実験結果等(乙イ1,乙イ2の1,2)
被告Y1は,株式会社T(以下,「T」という。)に対し,本件火災事故発生後,甲発電機から出火した場合の類焼可能性について火災模擬実験を行って調査することを依頼した。Tは,前記依頼に基づき,平成15年6月2日付け「発電機火災模擬実験」報告書(以下,「T報告書」という。)を作成した。T報告書に記載された実験結果は次のとおりである。
(ア)鉄製床面に約200ミリリットル漏洩したA重油について,ガスバーナーで強制的に着火させると,ガスバーナーの火焔の接触がある限り,燃焼するが,接触を外すと直ちに止まる。A重油を染み込ませたウェスをガスバーナー火焔により強制着火させると,A重油は自立燃焼する。なお,ディーゼルエンジン用の潤滑油について同様の実験を行っても,燃焼はしない。
(イ)鉄製床面に約200ミリリットル漏洩したA重油について,金属火花で着火させようとしても,燃焼はしない。
(ウ)甲発電機の鉄製外板を模した鉄製箱(以下,「模擬発電機」という。)を用意し,別紙2の図面のとおりの機関室内の設置状況を再現した上での主な燃焼実験結果は,次のとおりであった。
a 模擬発電機内のドア近傍,ドラム缶近傍の各位置でA重油を燃焼させた結果,模擬発電機から約10センチメートル離れた位置のドラム缶上に設置された燃料フィルター装置の最高温度は,39.9度であり,燃焼しなかった。また,燃料フィルター装置は,類焼しなかった。
b 模擬発電機外壁から約10センチメートル位置に配置されたドラム缶内のA重油は,模擬発電機内のA重油燃焼の影響をほとんど受けることがなく,最高温度は,37度程度であり,燃焼しなかった。
c 仮に,ドラム缶上の燃料フィルターが燃焼した場合においても,ドラム缶内のA重油は,燃焼せず,類焼は起こらなかった。
d ゴム製の燃料パイプは,ガスバーナーの火焔の接触により一時的に燃焼するが,継続的な自立燃焼には至らない。
e 甲発電機内に張られているとされる防音材は,A重油の塗布の有無にかかわらず,ガスバーナーの火焔を接触させると,自立燃焼し,自然鎮火しなかった。
f 配線類は,A重油の塗布がされない場合は,ガスバーナーの火焔を接触しても自立燃焼しない。A重油の塗布がされた場合は,一時的な燃焼をするものの,自立燃焼には至らず,自然鎮火した。
g 実験に使用した黒色チューブは,A重油の塗布の有無にかかわらず,ガスバーナーの火焔を接触させると一時的に燃焼するが,継続的な燃焼に至らず,自然鎮火した。
ク A重油の性質等(乙イ1,丙5の2,弁論の全趣旨)
A重油の引火点(火焔に接触して燃焼を開始する温度のこと。以下同じ。)は,60度から100度,発火点(加熱により自然発火する温度のこと。以下同じ。)は,約240度とされている。
(3)原告は,甲発電機の出火機序につき,消防署見解に基づき,スタータモータの無負荷連続運転状態により,スタータコイル部が加熱し,焼損と同時に燃料や油分等に引火し,火災に進展したと出火原因を主張するので以下判断する。
ア 前記1で認定した事実及び前記(2)で認定した事実によれば,原告の前記主張に沿う事実として,次のとおりの事実が認められる。
(ア)甲発電機の分解調査によれば,本件ディーゼルエンジンのスタータモータ部分及びオルタネータ部分の焼損が激しかった。
(イ)甲発電機の口出し線,制御ケーブル類に短絡箇所は認められなかった。
(ウ)甲発電機の排気管,ターボ接続部に排気漏れ痕跡や亀裂等は認められず,正常な状態であった。
(エ)スタータモータ部分については,著しく焼損しており,ブラケットリア,ブラシの一部がなく,モーター側接点が溶着しており,バッテリー側接点には,溶着跡が認められた。
(オ)スタータモータのエンゲージスイッチカバー内部や接点部分に錆が認められた。
(カ)オルタネータ部分については,ブラケットフロント,ブラケットリアとも側面の半分が溶解しているものの,バッテリー端子,アース端子ともナット類にガタはなく,締め付け状態に問題がなかった。
(キ)甲発電機の機関室内では,本件火災事故発生当時,人為的な火気があったとは認められなかった。
以上によれば,スタータモータ部分の焼損が激しかったこと及びスタータエンゲージ接点面に錆があり,溶着した跡が認められた一方,電気配線等がショートして発火したことや機関室内において火気を使用した形跡が見られないことなどから,甲発電機の出火機序については,甲発電機のスタータエンゲージ接点面に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり,接点が溶着したため,連続通電でスタータモータは無負荷連続運転状態となりスタータコイル部が加熱し,焼損と同時に燃料や油分等に引火し,火災に進展したものと推定したY2報告書並びにこれに基づく消防署見解には,十分な根拠があると認められ,甲発電機のスタータモータの加熱が出火の原因と推認することができる。
イ しかしながら,他方で,次のとおりの事実も認めることができる。
a エンジンは,通常,燃料や油分が外部に付着することがないような設計がなされており,スタータコイル部の焼損の事例は珍しくないが,これによって,直ちにエンジンが出火するということは稀である。
b 甲発電機は,本件火災事故の発生する約3週間前に,クレーンの修理業者から燃料噴射パイプからの燃料漏れを指摘されたことがあった。原告の従業員は,燃料噴射パイプの当該箇所をパテで応急修理を行い,平成15年2月9日,本件燃料噴射パイプに交換をしている。したがって,本件ディーゼルエンジンの外部には,燃料が付着していた可能性を否定できない。
c 証人Rは,甲発電機が本件火災事故直前に油まみれであったと供述している。証人Q,原告代表者は,これを否定しており,同供述を直ちに採用できるものではない。しかし,原告の従業員であったUは,本件火災事故発生当時,甲発電機の燃料タンクのキャップを外し,補給用ホースを差したまま燃料を補充していたなど供述していること(甲13),燃料噴射パイプをパテで応急修理するに済ませて使用していたことがあるなどからすると,原告の従業員が普段から甲発電機の保守管理を十分に行っておらず,甲発電機に油分が付着していた可能性を否定できない。
d Y2報告書は,本件燃料噴射パイプからの燃料漏れを認めていないものの,事故前日の交換作業により,甲発電機の各部に燃料が飛散付着した可能性があり,火災が発生し易い状況であったと指摘している。
e ディーゼルエンジンの排気管は,作動中,400度以上の高温になる。A重油の引火点が60度から100度であり,発火点が約240度とされていることからすると,A重油は,ウェスなどの媒介物がない限り独立燃焼しないとされたT報告書の実験結果によっても,本件ディーゼルエンジンの外部に付着したA重油に引火あるいは発火した可能性は否定できない。
以上の事実を総合すると,甲発電機のスタータモータ部分の焼損が激しかったことから,これが出火原因の一つと推認できるものの,他方で,本件ディーゼルエンジンの構造からすると,直ちにスタータモータの焼損から甲発電機が出火すると考えられないことから,甲発電機の出火は,本件ディーゼルエンジン外部に油分が付着しており,これに引火したことにより,出火したと推認できる。
以上から,原告の甲発電機の出火機序についての主張は,前記説示の限度で採用できる。
(4)なお,被告Y3は,甲発電機の出火機序について,エンジンに付着した燃料や油分,本件ドラム缶に大量にあった重油が,高温になった甲発電機により,機関室内あるいは甲発電機内において,揮発してミスト化し,これに引火したものと考えられると主張するので,この点について判断する。
ア 前記1で認定した事実及び前記(2)で認定した事実によれば,次のとおりの事実が認められる。
(ア)甲発電機は,防音のために鉄製の箱に納められていたが,本件火災当時,交換処置した本件燃料噴射パイプの状態を確認するため,甲発電機の鉄製の箱のリア左側パネルは稼働時外されていた。そうすると,甲発電機内部は,密閉状態であったとはいえない。
(イ)甲発電機のあった機関室は,本件火災事故の発生当時,入口及び2カ所の窓ともに開放されていた。また,甲発電機からの排気は,排気筒を通して外に排出されていた。そうすると,本件船舶の機関室は,密閉状態であったとはいえない。また,本件ディーゼルエンジンは,9880ccの大型エンジンであること,甲発電機に搭載された交流発電機が自由通風式による冷却方式を取っていることを考えると,機関室内の換気はなされていたと認められる。
(ウ)甲発電機は,本件ディーゼルエンジンを鉄製の外板で覆ったいわゆる防音型の発電機であり,甲発電機の外部は,甲発電機の発する熱が伝わりにくい構造をしている。また,T報告書によれば,甲発電機の発する熱が,本件ドラム缶の油分にまで及んで引火,発火することはない。
(エ)本件火災事故発生当時,ミストの着火的爆発音を聞いた者はいない。
イ 以上の事実からすると,被告Y3の主張を推認させる客観的事実があるとは認めることはできず,同主張を採用することはできない。
3 争点②(乙発電機の作動停止及び本件ドラム缶の設置の本件火災事故発生への寄与の有無)について
(1)前記2で説示のとおり,本件火災事故は,本件機関室内の甲発電機の出火により生じている。そして,甲発電機の出火機序については,甲発電機のスタータモータ部分の焼損だけでなく,本件ディーゼルエンジン外部に油分が付着しており,これに引火して出火したと認められる。
かかる甲発電機の出火機序の事実認定を前提として,乙発電機の作動停止及び本件ドラム缶の設置が,本件火災事故発生に寄与したかを以下検討する。
(2)前記1及び同2(2)で認定した事実に加え,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 乙発電機の利用状況,動作の停止等(甲35,乙イ3,乙イ4,証人R,証人Q,原告代表者,弁論の全趣旨)
(ア)原告は,平成14年7月11日,被告Y1から,V漁業組合経由で,乙発電機を購入した。被告Y1の担当者は,同年8月5日,原告から,乙発電機が停止したとの連絡を受け,同社サービスセンターにおいて,修理を行った。被告Y1担当者は,作動停止の原因が燃料フィルターの目詰まりであったため,後日,原告に対し,燃料フィルターを送付した。
被告Y1の担当者は,同月28日にも,原告から故障の連絡を受けたが,その原因も燃料フィルターの目詰まりであった。被告Y1の担当者は,乙発電機について燃料系統以外に不具合がないか負荷試験を行ったが,他に異常は認められなかった。
被告Y1の担当者は,同年10月3日,原告に対し,燃料フィルター大小各3個を送付した。
原告は,同年11月19日,被告Y1に対し,燃料フィルターの交換期間が3日(45時間)であるのはおかしいと相談した。被告Y1の担当者は,翌20日,燃料フィルターの大3個,小6個を送付するとともに,被告Y1担当者は,被告Y1補助参加人に対し,連絡をし,同社関係サービス会社担当者とともに,乙発電機を点検したが,燃料フィルターが目詰まりしているほかは,異常が認められなかった。
被告Y1は,同日ころ,外部に大きな燃料フィルターを設置する必要性を感じたため,被告Y1補助参加人に対し,見積り等を依頼した。
被告Y1補助参加人の関係サービス会社は,同年12月17日にも燃料フィルターの交換をし,被告Y1担当者は,平成15年1月7日,原告に対し,燃料フィルター大小各3個を送付している。 (イ)原告は,平成15年1月中ころ,本件船舶をB港に移動させた。原告は,同所において,外部燃料フィルターの設置を行うことになっていた。被告Y1の依頼を受けたEは,平成15年2月1日,乙発電機の外部燃料フィルター設置のため,乙発電機の作動停止の原因を調査した。Eの代表者Rは,その際,船底タンクが汚れているので,そこに貯蔵された重油も汚れ,燃料フィルターの目詰まりが生じると指摘した。
イ 本件ドラム缶の設置
被告Y1が依頼したEの修理作業員は,平成15年2月8日,乙発電機に外部燃料フィルターの設置工事を行った。Eの修理作業員は,外部燃料フィルターの設置工事にあたり,燃料用ドラム缶を2個持参した。そのうち,一つは,乙発電機の外部燃料フィルターの設置及びその燃料タンクとして使用するための本件ドラム缶であり,別紙2の図面の位置に設定され,中に燃料が充填された。
本件ドラム缶の蓋には,外部燃料フィルターへの配管パイプと燃料の戻りパイプの2本が挿入され,その上方に燃料フィルターが設置された。本件ドラム缶蓋部分の開口面積は,蓋部分の開口面積23.75平方センチメートル,配管パイプ面積(2本)5.70平方センチメートル,実質開口面積は,18.05平方センチメートルであった。
本件ドラム缶が設置されたのは,船底の重油タンクからこれに重油を一旦入れて不純物を沈下させ,かつ,外部燃料フィルターを通してから,乙発電機のエンジンにホースで直接接続し,運転させるためであった。
なお,本件ドラム缶の設置は,乙発電機に対する燃料供給のためのものであり,甲発電機とはパイプ等で接続されていない。また,甲発電機と乙発電機とは,燃料供給で使用するパイプは異にしており,接続はされていない。(前記1(3)で認定,甲35,乙イ3,証人Q,証人R,原告代表者,弁論の全趣旨)
ウ 本件火災事故発生直前の乙発電機の状況等
Eは,平成15年2月9日午後6時ころ,乙発電機のエンジンが停止したとの連絡を受けた。Eの修理作業員は,翌10日午前,乙発電機を点検し,ホースに空気が入っていたことから,ホースの交換をした。
Eの修理作業員による前記修理は,同日午後0時まで行われた。
乙発電機は,前記修理が行われた後6時間程度,継続して作動していたが,同日午後7時ころ,突然,停止した。 本件船舶は,停電の状態になった。原告の従業員は,やむなく,停電を回避するため,甲発電機を生活電源用に使用することにし,当日初めて,甲発電機を作動させた。甲発電機は,運転開始後2時間以内に突然停止した。
原告の従業員が機関室を見ると,既に甲発電機から出火した炎が上がって状況であった。甲発電機からの発火自体は,甲発電機始動後1時間から2時間の間に生じた。(前記1(3)で認定,乙イ3,証人R,弁論の全趣旨)
エ 被告Y1による調査
原告は,本件火災事故の発生から1週間程度経過したころ,被告Y1に対し,出火原因等の調査のため,乙発電機及びこれに接続されていた出力ケーブルを引き渡した(以下,この調査を「被告Y1調査」という。)。被告Y1調査の結果によれば,乙発電機については,前面と右前側面部の外部焼損が激しいこと,エンジン周囲の焼損は軽微であったこと,右側面カバーの外側は高温になった形跡があったこと等が判明し,出力ケーブルについては,乙発電機の内部のものは焼損が少なく,外部のものは激しく焼損していた。また,乙発電機に漏電,断線した形跡は認められなかった。
被告Y1調査は,調査の結果及び乙発電機の右側は機関室の壁側であり,乙発電機の中央から右前側部分には,機関室の窓があったことから,乙発電機の内部から出火したのではなく,乙発電機の外部から出火した火が類焼したものと判断した。また,乙発電機のケーブル配線は,外れていた形跡はなく,本件ドラム缶が載っていたケーブル配線部分にも短絡,断線,漏電した形跡は認められなかった。(甲33,原告代表者,弁論の全趣旨)
オ 被告Y1は,本件火災事故の発生後,乙発電機に残っていたA重油について成分分析等の調査を行った。原告は,乙発電機のエンジンに適合するとされるA重油を使用していた。しかし,A重油のJIS規格は,水分0.30容量パーセントと定められていたが,乙発電機の燃料タンクから採取したA重油には,水分が0.7容量パーセント含まれており,きょう雑物が0.038質量パーセントも含まれていたが判明した。(丙3,丙4,丙5の1,2,証人R)
カ T報告書の記載
Tは,模擬発電機を用意し,別紙2の図面のとおりの機関室内の設置状況を再現した上での燃焼実験を行った。同結果に基づくT報告書は,甲発電機の出火により,本件ドラム缶及び乙発電機が直ちに出火,引火することはないと判断している。(前記2(2)キで認定)
(3)以上の(2)の認定事実によれば,本件火災事故発生に乙発電機の作動停止及び本件ドラム缶の設置が寄与したとする原告の主張に沿う次の事実を認めることができる。
ア 乙発電機は,度々,燃料フィルターの目詰まりにより停止していただけでなく,本件火災事故の発生の直前も作動停止した。原告の従業員は,これによって,甲発電機の使用を余儀なくされ,甲発電機の出火,ひいては本件火災事故の発生につながった。
イ 本件ドラム缶は,熱機関である甲発電機の至近距離に設置され,かつ,燃料が充填されたまま,蓋が一部開口していた。本件火災事故により,本件ドラム缶のみならず,本件ドラム缶にホースで接続されていた乙発電機さらには,本件ドラム缶のあった位置の上部にある2階居室にまで延焼し,本件火災事故による被害拡大の一因となっていることは否定できない。
しかしながら,他方で,次のとおりの事実も認めることができる。
(ア)本件火災事故の発生直前の乙発電機の作動停止は,その直後に,甲発電機が使用されることの契機となっている。しかし,甲発電機と乙発電機とが燃料の供給でつながっていないことからすれば,乙発電機の前記作動停止が,直ちに,甲発電機の出火につながったとはいえない。
(イ)乙発電機は焼損しているものの,甲発電機から出火した火が類焼したに過ぎない。また,乙発電機のケーブル配線は,外れていた形跡はなく,本件ドラム缶が載っていたケーブル配線部分にも短絡,断線,漏電した形跡はなく,本件火災事故の発生の契機となったと認める証拠はない。
(ウ)T報告書によれば,甲発電機の出火により,本件ドラム缶及び乙発電機が直ちに出火,引火することはないとしており,これに反する証拠はない。
(エ)前記2(4)で説示のとおり,甲発電機の出火機序について,本件ドラム缶にあった重油が,高温になった甲発電機により,甲発電機内又は機関室内において,揮発してミスト化し,これに引火したものと認めることはできない。そうすると,本件ドラム缶の設置自体は,類焼の危険性を生じさせるが,甲発電機の出火機序に寄与したものとはいえない。
そうすると,乙発電機の作動停止及び本件ドラム缶の設置は,甲発電機の出火機序に直接に寄与しているとは認められず,この点に関する原告の主張を採用することはできないというべきである。
ただし,前記イで説示したとおり,本件ドラム缶の設置自体は,本件ドラム缶のみならず,本件ドラム缶にホースで接続されていた乙発電機にまで延焼した原因となっていることが明らかであるから,本件火災事故による被害拡大の一因となっていると認めることができる。
4 争点③(乙発電機の「瑕疵」ないし「欠陥」の有無)について
(1)乙発電機の度重なる作動停止が民法570条所定の「瑕疵」あるいは,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」に該当するか以下判断する。
ア 前記3(3)で認定した事実によれば,乙発電機は,購入直後から度々,燃料フィルターの目詰まりにより,作動を停止していたことが認められる。
しかしながら,燃料フィルターの目詰まりという現象自体,原告において使用する燃料に不純物が含まれていることを推測させるし,前記3(2)で認定した事実によれば,本件火災事故発生後の乙発電機の燃料を分析調査したところ,原告が使用していたA重油にJIS基準を上回る水分及びきょう雑物が含まれていたことが認められる。
そうすると,乙発電機が,購入直後から度々,燃料フィルターの目詰まりにより作動を停止していたことは,原告が使用していた燃料に原因があった可能性を否定できず,これをもって,直ちに民法570条所定の「瑕疵」あるいは,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」に該当するということはできない。
イ これに対し,原告は,市販されたA重油を使用していること及び甲発電機でも同じものを使用しているのに甲発電機では問題がなかったことなどを根拠に,乙発電機の作動の停止は,「瑕疵」あるいは「欠陥」に該当すると主張する。
しかし,前記アで説示したとおり,乙発電機の作動の停止は,燃料の汚れが原因である可能性があること,原告は,燃料を購入した後,本件船舶の船底タンクに貯蓄しており,その際に汚れが生じた可能性があること,甲発電機と乙発電機とは,別々のポンプにより,船底タンクから燃料を吸入していることに加え,外部燃料フィルターの設置をしたこと自体,使用する燃料に原因があることが疑われていたことを意味することからすれば,原告の主張する根拠から直ちに乙発電機の構造上の不具合を認めることはできず,原告の主張を採用することはできない。
ウ 以上から,乙発電機の度重なる作動停止が民法570条所定の「瑕疵」あるいは,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」を理由とする被告Y1に対する損害賠償請求には,理由がない。
5 争点④(被告Y1の修補義務違反等)について
(1)前記4で説示したとおり,乙発電機の度重なる作動停止が民法570条所定の「瑕疵」あるいは,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」ということはできないので,これを前提にした,原告の被告Y1に対する修補義務違反の主張には理由がない。
(2)しかしながら,前記3で説示したとおり,本件ドラム缶の設置自体は,本件火災事故による被害拡大の一因となっており,原告の主張する被告Y1の修補行為(本件ドラム缶の設置)について,被告Y1に不法行為が成立するか以下判断する。
前記3(2)で認定した事実によれば,本件ドラム缶の設置は,燃料フィルターの目詰まりにより作動停止を繰り返す乙発電機の修補のためになされたことが認められる。
ア 原告は,被告Y1の派遣した修理作業員が本件ドラム缶の設置を提案し,別紙2の図面の位置にこれを設置したと主張し,原告代表者もこれに沿う供述をするので,以下検討する。
前記3(2)で認定した事実及び後記認定に供した証拠によれば,次のとおりの事実が認められる。
(ア)乙発電機の燃料フィルターの目詰まりによる作業停止を避けるために,外部燃料フィルターを設置するという方法を提案したのは,被告Y1あるいはその依頼を受けたEである。(甲35,証人Q,証人R,原告代表者)
(イ)本件ドラム缶は,被告Y1が依頼したEの修理作業員が持参し,設置した。また,本件ドラム缶に開ロ部があるまま,外部燃料フィルターを取り付けたのも,Eの修理作業員である。(甲35,原告代表者,弁論の全趣旨)
以上から,被告Y1の派遣した修理作業員が本件ドラム缶の設置を提案し,その提案によって設置がなされたとする原告代表者の供述を採用することができる。
そして,被告Y1の依頼により派遣されたEの修理作業員の行為は,被告Y1の行った行為と法律上同視することができ(弁論の全趣旨),本件ドラム缶の設置が,前記3で説示したとおり,本件火災事故の被害拡大を引き起こすような危険な行為といえることに照らすと,被告Y1は,原告に対し,本件ドラム缶の設置について不法行為責任に基づき,本件火災事故によって生じた損害について,民法709条所定の損害賠償責任を負うというべきである。
イ 他方で,被告Y1は,本件ドラム缶を別紙2の図面の位置に設置したのは,原告の指示によると主張し,証人Rもこれに沿う供述をする。
前記1,同2(2)及び同3(2)で認定した事実によれば,乙発電機の修補に立ち会っていた原告の従業員は,本件各発電機を業務上使用し,甲発電機の通常のメンテナンスを自ら行うなどしており,その構造について知識を有していたこと,大量の重油を扱っていることから火気使用について相当の注意を要すべき立場にあったことが認められる。
そうすると,本件ドラム缶の設置については,機関室の管理者である原告の従業員が当然関与していると認められ,前記アの損害賠償責任の算定については,上記説示の点を考慮すべきである。
(3)以上から,被告Y1は,前記説示のとおり,本件ドラム缶の設置という不法行為を行ったという限度で(なお,原告にも損害発生に対する帰責があるのは前記イのとおりである。),原告の主張には理由がある。
6 争点⑤(甲発電機の「欠陥」の有無)について
(1)前記2で説示したとおり,甲発電機の出火機序については,甲発電機のスタータエンゲージ接点面に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり,接点が溶着したため,連続通電でスタータモータは無負荷連続運転状態となりスタータコイル部が加熱したことが一因となっている。
そこで,スタータエンゲージ接点面に錆が発生したこと(原告主張の欠陥1に相当する。)及び連続運転による加熱防止の安全装置の不備(原告主張の欠陥2に相当する。)が,それぞれ,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」といえるか検討する。
(2)前記1及び同2(2)で認定した事実に加え,後記認定に供した証拠によれば,次の事実を認めることができる。
ア 本件ディーゼルエンジンのスタータエンゲージ部分のシール性
本件ディーゼルエンジンのスタータモータは,Gが製造している。同スタータエンゲージの接合部分は,出荷当時,錆びが発生すると,接触抵抗が増大し,発熱したり流れる電流が不安定になるため,エンゲージスイッチ本体と樹脂カバーの接合部には,ラバーによるシール性が施されている。エンゲージスイッチ内部と外部を貫くボルトは,O-リングでシールされている。
これらにより,エンゲージ接合部は,甲発電機の通常の使用条件で予想される水の飛沫程度には十分に対応できるシール性を持っている。
ただし,そのシール性は,水中での使用は想定されておらず,水没した場合のシール性は持っていない。(乙ロ6から8まで,弁論の全趣旨)
イ 甲発電機の安全防止装置等
通常,甲発電機及び同種の大型発電機については,油圧低下,あるいは冷却水温の異常上昇等が発生した場合,緊急に停止する安全装置が装着されている。しかし,スタータモータの加熱を察知して自動停止する安全装置が装着されることはない。(甲34,乙ロ10の1ないし4,証人S)
ウ 本件水没事故の発生
Cは,平成11年10月ころ,被告Y2から甲発電機を購入し,これをWの船底内後部に設置した。Wは,平成12年12月20日,船艇内に浸水するという事故を起こした。これにより,甲発電機は,約28時間にわたって水没し,本件ディーゼルエンジンのスタータ部分にも海水が侵入し,使用不能となった。
Cは,平成13年1月ころ,被告Y3に対し,甲発電機のスクラップ処理を依頼した。(甲5,乙ロ4の1,2,乙ロ9の1,2)
エ 被告Y3によるオーバーホール等
(ア)被告Y3は,甲発電機の本件ディーゼルエンジン及び電気関係種をすべて分解開放した。この際,電装部品については,ほとんど使用不能なため,コンピュータの基盤部分も含め,交換した。分解した部品は,水道水で洗浄し,塩分を除去し,スチームクリーナーで乾燥させて,錆びが発生していないか各部品を点検して,組立て復旧した。
被告Y3は,試運転を行った後,所期の性能があることを確認した上で,製品として販売された。(乙ハ2,乙ハ5の1ないし16,乙ハ6,証人S,被告Y3代表者,弁論の全趣旨)
(イ)本件ディーゼルエンジンのスタータのモータ側固定接点,バッテリー側固定接点には,異品(G製ではないもの)が組み付けられている。(甲5,乙ロ6)
オ 甲発電機の利用状況等
(ア)甲発電機は,本件火災事故が発生するまでの約1年3か月間,作業があるときは,1日平均11時問程度(午前6時から午後5時まで),作業用・動力用として使用され,故障はほとんどなく,原告の従業員が通常のメンテナンスを行っていた。しかし,本件火災事故の発生する約3週間前に,燃料噴射パイプからの燃料漏れを起こしたことがあり,原告の従業員は,パテで応急修理を行い,平成15年2月9日,燃料噴射パイプの交換を行った。(前記1(2)(3)で認定)
(イ)甲発電機は,本件火災事故の発生日より前4日間は,使用されていなかった。(前記3(2)で認定)
(3)原告主張の欠陥1について判断する。
前記(1)で認定した事実によれば,被告Y3によるオーバーホール等により,本件ディーゼルエンジンのスタータモータは,分解開放され,電装部品等を入れ替えるなど,大きな改修を受けている。そうすると,甲発電機のスタータモータ自体は,被告Y2の製造物ということはできず,原告の主張の欠陥1には理由がないことは明らかである。
また,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」とは,同法にいう製造業者等が製造物を引き渡した時点で,通常有すべき安全性を欠いていることを指すと解されるところ,前記(1)で認定した事実によれば,ア 本件ディーゼルエンジンのスタータエンゲージ部分は,被告Y2が出荷した当時,通常の使用条件で予想される水の飛沫程度に対応できないほどのシール性が確保されていなかったと認める証拠はなく,出荷当時,スタータエンゲージ接点面に錆が発生し,加熱するような構造をしていたと認めることはできないこと,イ 本件ディーゼルエンジンは,本件水没事故に遭い,スタータエンゲージ部分も水没していることからすれば,この際に,スタータエンゲージ接点面に錆が発生した可能性があり,いずれにせよ,原告の主張を採用することはできない。
(4)原告主張の欠陥2について判断する。
前記(2)イで認定した事実によれば,スタータモータの加熱を察知して自動停止する安全装置が装着されることはないことが認められ,前記(3)で説示のとおり,スタータモータの焼損が,甲発電機の出荷当時に存した欠陥から生じたものと認めがたいこと,前記2で説示のとおり,甲発電機の出火の原因は,甲発電機の外部に燃料を付着させたまま作動したことにあることなどに照らせば,甲発電機にスタータモータの加熱を察知して自動停止する安全装置が装着されていなかったことを,製造物責任法3条1項所定の「欠陥」ということはできない。
以上から,原告主張の欠陥2については理由がない。
7 争点⑥(被告Y2の安全確保義務違反)について
(1)原告主張の被告Y2の安全確保義務違反について判断する。原告主張の安全確保義務違反の主張は,原告主張の欠陥1,2が存在することを前提にしたものということができる。
しかしながら,前記6で説示のとおり,原告主張の欠陥1,2は,認められないことから,その余の点を判断するまでもなく,原告の安全確保義務違反の主張には理由がない。
(2)以上からすると,原告の被告Y2に対する請求は,いずれも理由がないことになる。
8 争点⑦(被告Y3の修理の不備)について
(1)前記2で説示したとおり,甲発電機の出火機序については,甲発電機のスタータエンゲージ接点面に錆が発生し,接点面接触抵抗大となり,接点が溶着したため,スタータモータが連続無負荷運転状態となりスタータコイル部が加熱したことが一因となっている。
ア スタータエンゲージ接点面に錆が発生したことは,被告Y3によるオーバーホール等によるものか検討する。
前記6(2)で認定した事実によれば,次の事実が認められる。
(ア)甲発電機は,水中使用は想定されていないため,スタータモータのシール性は,通常の使用条件で予想される水の飛沫程度には対応できるものの,水没した場合には,これに対応するシール性はない。
(イ)甲発電機は,本件水没事故により,完全に水没し,一度は使用不能と判断された。
(ウ)被告Y3によるオーバーホール等は,被告Y3は,甲発電機の本件ディーゼルエンジン及び電気関係種をすべて分解開放し,錆が生じていないことを確認し,使用不能な物は交換し,所期の性能があることを確認して販売された。しかし,本件ディーゼルエンジンのスタータのモータ側固定接点,バッテリー側固定接点には,異品(G製ではないもの)を組み付けるなどの修理を行っている。
以上によれば,甲発電機のスタータエンゲージ接点面に発生した錆が,被告Y2が出荷した当時からあったとは認められず,本件水没事故,ひいては不完全な本件水没事故後の被告Y3によるオーバーホール等に起因すると認められる。
イ 以上を前提に原告主張の瑕疵担保責任について判断する。
(ア)前記アのとおり,被告Y3によるオーバーホール等は,本件ディーゼルエンジンのスタータモータに一部異品を組み付けるなどの修理を行うなどし,スタータモータに錆を発生させる不完全なものというべきである。
(イ)また,前記1で認定した事実に加え,後記認定に供した証拠によれば,本件売買契約の経緯等について,次のとおりの事実を認めることができる。
a 被告Y3は,平成13年11月,原告に対し,甲発電機を中古品として代金280万円で販売した。原告が被告Y3から甲発電機を購入したのは,Cの紹介であった。被告Y3代表者は,原告に対し,甲発電機が本件水没事故に遭っていることを直接伝えていなかった。なお,甲発電機は,新品であれば,400万円程度のものであった。(前記1(2)で認定,甲35,原告代表者,被告Y3代表者)
b 甲発電機は,本件火災事故が発生するまでの約1年3か月間,作業があるときは1日平均11時間程度(午前6時から午後5時まで),作業用・動力用として使用され,故障はほとんどなかった。しかし,本件火災事故の発生する約3週間前に,燃料噴射パイプからの燃料漏れを起こしたことがあり,原告の従業員は,パテで応急修理を行い,平成15年2月9日,燃料噴射パイプの交換を行ったことがある。(前記1(2)(3)で認定)
c 原告の従業員は,甲発電機の通常のメンテナンスについては,原告の従業員が行っていた。本件のような中古品の売買においては,買主である原告において,売買契約とは別途,メンテナンス契約を締結するのが通常であった。(被告Y3代表者,弁論の全趣旨)
(ウ)前記(イ)の事実からすれば,本件売買契約の販売価格は一度使用不能となった経緯がありながらも,市場価格から著しく低額とはいえないこと,被告Y3代表者が原告に対し,直接,本件水没事故の事実を伝えていないこと,原告は,原告の従業員限りで甲発電機の保守管理を行っており,甲発電機の構造的欠陥を疑っていなかったというべきであるから,原告代表者は,本件売買契約の当時,被告Y3から本件水没事故及び被告Y3によるオーバーホール等の事実を知らずに買い受けたものと認められる。
そうすると,被告Y3によるオーバーホール等は,本件ディーゼルエンジンのスタータモータに一部異品を組み付けるなどの修理を行うなどし,スタータモータに錆を発生させる不完全なものであったことは,買主である原告が知るものではなく,民法570条所定の「隠レタル瑕疵」に該当すると解すべきである。
(エ)また,被告Y3は,エンジン等の専門取扱業者であり(被告Y3代表者,弁論の全趣旨),前記瑕疵の発生は,被告Y3によるオーバーホール等に起因することから,過失があると認められ,民法570条に基づき,いわゆる信頼利益の賠償範囲にとどまらず,本件火災事故の発生により生じた損害についてその賠償責任を負うというべきである。
ウ 以上のとおり,原告主張の瑕疵担保責任には理由がある。
エ なお,原告主張の瑕疵担保責任の主張は,原告主張の修補義務不履行の債務不履行責任あるいは民法709条所定の不法行為責任との主張とは選択的なものと解されるので,これらについては判断しない。
(2)これに対し,被告Y3は,甲発電機の出火機序については,甲発電機の構造上の問題によるものではなく,原告が燃料を本件ディーゼルエンジンに付着させたまま甲発電機を使用するという使用方法によるものであると主張する。
たしかに,前記2(3)で説示したとおり,甲発電機の出火機序については,甲発電機のスタータモータ部分の焼損だけでなく,本件ディーゼルエンジン外部に油分が付着しており,これに引火して出火したものというべきであり,かつ,前記(1)(イ)で認定した事実によれば,原告は,通常の甲発電機の保守管理を行っていたことから,原告は,甲発電機の出火機序に関与していると認められる。
しかし,前記原告の関与及びその帰責の点は,前記説示した甲発電機の出火機序に照らして,被告Y3の瑕疵担保責任を排斥すべきものではないというべきであり,原告の損害賠償額の算定にあたり,考慮すべきものと解する。
9 争点⑧(損害額)について
(1)原告が本件火災事故により受けた損害について判断する。
ア 原告の本件船舶の修理費用及び動産損害等について
(ア)前記1(4)で認定した事実及び証拠(甲6,原告代表者)によれば,本件船舶の機械・居住部にある機関室内の壁と天井は,黒く変色するなど著しく焼損し,これと上方に接する居室も焼損したこと,乙発電機のあった機関室の左舷側にも窓を通じて延焼したことが認められる。
そうすると,本件船舶の機械・居住部については,修補の必要性があり,内部の動産等も焼損し,使用不能となったと認められる。
(イ)しかしながら,原告の本件船舶の修理費用及び動産損害等に関する損害の主張・立証については,次のとおりの疑問がある。
a 本件船舶の修理費用についての甲17(株式会社aから原告宛の請求書567万円のもの)は,その工事内容明細が明らかでなく,かつ備考欄には「b一号修理工(c)」との記載がある一方で,原告提出の本件船舶の修理費用についての甲30(株式会社cから原告宛の焼損部塗装修理工事の見積書213万3600円のもの)が提出されており,甲17と甲30との関係が不明である。また,原告提出の甲18(株式会社cから原告宛の「b一号浮上修理工事の請求書6万2580円のもの)と,甲17,甲30との関係も不明である。
さらに,甲23の1(株式会社cから原告宛の浮上修理工事費として16万6200円のもの)があり,これと甲17と甲30の関係も不明である(なお,原告は,甲23の1に基づき,船室内動産の内のベッドじゅうたん費用として別途16万6200円の主張(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(ウ)g記載)をしている。)
以上からすると,原告代表者の供述を併せ考慮しても,原告主張の本件船舶の修理代金567万円(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(ア)a記載),原告主張の浮上修理工事費6万2580円(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(ア)b記載),原告主張の船室内動産の内のベッドじゅうたん費用16万6200円の主張(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(ウ)g記載)並びに原告主張の塗装工事及び付帯工事213万3600円(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(オ)記載)は,いずれも立証がなされたとはいえない。
b 甲19(株式会社cから原告宛のb乗組員宿泊代明細の請求書33万7700円のもの)については,その請求の明細が明らかでなく,同書面に記載された宿泊期日(2月17日から3月1日までと解される。)からすると,その支出の妥当性が疑われる。
c 原告は,資材代として40万5484円の主張(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(ア)f記載)につき,これを証するものとして,甲21の1ないし8を提出している。しかし,甲21の3の明細を精査すると,甲21の4ないし8に記載された各項目は,甲21の3の項目と重なっており,甲21の1に記載の請求金額27万3751円に,甲21の4ないし8に各記載された金額を合算した請求には,理由がないというべきである。
d 原告が主張する動産に関する損失(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(イ)(ウ)記載)については,これを裏付ける客観的資料がないので,その損害額を認定することは不可能である。
e 原告は,甲発電機を平成13年11月に280万円で購入したと主張しながら(弁論の全趣旨),同機の損失額について300万円と主張する(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(イ)a記載)などしている。 (ウ)ところで,原告の本件船舶の修理費用及び動産損害等に関する損害の立証については,原告がその責任を負い,この立証がなされなければ,原告は,敗訴の負担を負うべきである。
しかしながら,本件火災事故により,本件船舶の機械・居住部については,修補の必要性があり,内部の動産等も焼損し,使用不能となったことが明らかである。また,火災事故による焼損において動産損害等については,もともと立証が困難であること,原告が火災保険に加入していないために(原告代表者),損害の査定を受ける機会がなかったことなどに鑑みると,本件においては,損害の立証が極めて困難な場合(民訴法248条)に当たるというべきであり,当裁判所としては,同見地から,原告の本件船舶の修理費用及び動産損害等について相当な損害額について認定することとする。
以上説示の見地からすれば,本件においては,次のとおりの事実を指摘することができる。
a 原告は,本件船舶の修理費用として,修理費用等合計943万3614円(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(ア)(オ)記載の合計額に相当する。)を主張している。
b 原告は,動産等損害として合計777万6200円(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(イ)(ウ)記載の合計額に相当する。)を主張している。
c 証拠(甲1,甲9,甲13,甲37,原告代表者)によると,本件船舶は,作業中,常時4名から6名程度の作業員が乗船していた。本件船舶の機械・居住部2階には,1室2名で使用する船員居住区3室があり,宿泊等をすることも可能であった。
d 証拠(甲9,原告代表者)によれば,本件火災事故は,消防署の火災活動により,本件火災事故により焼損した範囲を超えて本件船舶の機械・居住部は,覆水していると認められる。
以上の事実及び本件火災事故による焼失,損傷の程度を踏まえると,本件船舶の修理費用及び動産等の損害については,原告の主張額の少なくともそれぞれその2分の1程度の損害を蒙ったと認めるのが相当である。
そうすると,前記aの本件船舶の修理費用相当損害額としては,470万円,前記bの動産等の損害額としては,388万円をもって,相当と認める。
イ 原告主張の休業損害について
(ア)前記1で認定した事実に加え,後記認定に供した証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件船舶の収益については,次のとおりの事実を認めることができる。
a 本件船舶は,自力航行は不可能で,K(船名)と併せて使用されなければ,作業ができない。本件船舶は,契約条件として,1日当たりリース料として30万円,本件船舶のタグボートであるK(船名)は1日当たり8万円とされている。また,本件火災事故発生前は,原告は,本件船舶及びK(船名)のリース料については,Lとの間で,1か月当たりそれぞれ700万円,150万円という約定をしていた。なお,前記リース料については,本件船舶に乗船して作業する作業員6名の費用約300万円も含まれている。
原告は,本件船舶の作業員については,一か月毎に雇用する形態を取っていた。(前記1(1)で認定,甲24から甲29,甲37,原告代表者)
b 本件船舶は,平成14年11月ころまで,N市周辺の海岸でしゅんせつ作業等を行っていた。原告は,その後,Lからの受注を受け,P県において,「M浜覆砂工事」を行うことになり,本件船舶は,平成15年1月中ころ,B港に入港した。本件火災事故がなければ,「M浜覆砂工事」に引き続き従事するはずであった。(前記1(1)で認定,原告代表者)
以上から,原告は,本件船舶及びK(船名)を使用して,本件火災事故当時,1か月当たりそれぞれ700万円,150万円の収入を得ていたと認めることができる。
しかしながら,他方で,原告は,本件船舶及びK(船名)の休業損害として,1か月当たりそれぞれ700万円,150万円の収入があることを前提に,これをそのまま収益として主張しており,本件船舶及びK(船名)の必要経費等について控除していない(原告代表者,弁論の全趣旨)。
そうすると,本件船舶の収益については,適確な認定をすることが困難という他はないが,本件船舶の燃料費が一か月50万円程度になること(甲31,原告代表者),作業員6名の人件費が一か月当たり300万円程度になり,月毎に雇用していることに鑑みて,一か月当たり少なくとも400万円の収益(なお,同金額は,本件船舶に乗船して作業する作業員が月毎に雇用されていることに鑑み,作業員6名の人件費相当額約300万円を控除しない金額である。)があったと認めるのを相当とする。
(イ)休業損害の算定に係る修理相当期間については,証拠(甲23の2)によれば,修理工事の施行期日が平成15年2月17日から3月5日と記載されていることが認められ,本件火災事故による焼失,損傷の程度を踏まえると,1か月間を修理相当期間と認める。
(ウ)以上から,原告の休業損害については,400万円をもって損害相当額と認める。
ウ 原告主張の逸失利益及び回航費について
(ア)原告は,本件火災事故によって,Lから下請受注していた「M浜覆砂工事」を解除されたとし,平成15年3月分から6月分までの合計2833万円の利益を喪失した旨及び本来Lから支払われるべき回航費300万円を得ることが出来なかったと主張する。
この点について検討するに,原告代表者は,これに沿う供述をするものの(甲37,原告代表者),原告代表者は,他方で,Lの下請受注は一か月毎になされるものであると供述しており,これによっては,前記主張事実を認めるに足りるのに十分とはいえない。
また,前記2,同3,同8で説示したとおり,本件火災事故の契機となった甲発電機の出火機序については,原告の甲発電機の使用方法にも原因があったと認められることに照らせば,原告主張の逸失利益及び回航費については,本件火災事故によって生じた相当因果関係のある損害と認めることができない。
(イ)以上から,原告主張の逸失利益(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(カ))及び回航費(前記第2の3当事者の主張(8)《原告の主張》ア(キ))の各主張については理由がない。
(2)以上によれば,原告が本件火災事故により,受けた損害は,合計で,1258万円と認められる。
ア ところで,前記5で説示のとおり,被告Y1は,原告に対し,本件ドラム缶の設置について不法行為責任を負い,前記8で説示したとおり,被告Y3は,原告に対し,本件売買契約に基づく瑕疵担保責任を負うというべきである。そして,被告Y1の原告に対する責任は,不法行為責任,被告Y3においては本件売買契約における瑕疵担保責任であるものの,被告Y1及び被告Y3の行為は,甲発電機の出火ないしこの出火による延焼には,同時的に競合しているといえるから,同被告らの賠償責任は,不真正連帯債務の関係に立つと解する。
イ 他方で,前記2,同3,同8で説示したとおり,本件火災事故の契機となった甲発電機の出火機序については,原告の甲発電機の使用方法にも原因があったと認められ,被告Y1及び被告Y3の賠償額算定に当たっては,この点を考慮するのが相当である。そして,特に熱機関である本件ディーゼルエンジンに燃料を付着させたまま作動させた危険性の高さ及び本件ドラム缶の設置には原告の従業員も関与していることに鑑み,本件に顕われた諸般の事情を考慮すると,損害賠償額の算定に当たっては,その70パーセントを減額すべきと解する。
ウ 以上から,被告Y1及び被告Y3の賠償すべき金額は,1258万円から70パーセントを減じた377万4000円と解する。
(3)以上から,原告の請求は,被告Y1及び被告Y3に対し,連帯して377万4000円を求める限度で理由がある。
10 争点⑨(被告Y3によるオーバーホール等の事実の不告知)について
(1)前記第2の1前提となる事実(2)で認定した事実によれば,原告と被告との間で,本件売買契約が成立したことが認められる。
しかしながら,前記8で説示したとおり,原告代表者は,本件売買契約の当時,被告Y3から本件水没事故及び被告Y3によるオーバーホール等の事実を知らずに買い受けたものと認められる。
そこで,この事実が要素の錯誤に該当し,本件売買契約が無効となるか検討する。
前記8で説示したとおり,本件売買契約の販売価格は,エンジンが一度使用不能となった経緯がありながらも,市場価格から著しく低額とはいえないこと,さらに,一般に,本件ディーゼルエンジンを搭載した業務用の大型発電機が水没事故により一度使用不能となった事実が判明していれば,当該ディーゼルエンジンの持つ安全性,性能に対する不安を抱くのが通常であることからすれば,原告代表者は,本件水没事故及び被告Y3等によるオーバーホール等の事実を知っていれば,本件売買契約を締結することがなかったとの供述(甲35,原告代表者)を採用でき,本件売買契約は錯誤により無効というべきである。
なお,原告は,本件売買契約について詐欺取消の主張もしているが,錯誤無効の主張と選択的主張と解されるので,判断しない。
(2)以上から,被告Y3の原告に対する本件売買契約に基づく代金請求(反訴請求)については,その余の点(争点⑩及び争点⑪)を判断するまでもなく理由がない。
11 まとめ
よって,原告の本訴各請求には,被告Y1及び被告Y3に対し,連帯して377万4000円及びこれに対する不法行為の日あるいは催告の後(催告の事実は,本訴提起前にあったことは弁論の全趣旨で認められる。)であることが明らかな平成15年5月27日(被告らのうち,最も遅い訴状送達日である被告Y1に対する同送達日の翌日)から完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める限度で理由があるから,これを認容し,原告のその余の請求は,いずれも棄却し,被告の反訴請求には,理由がないので,棄却することとし,主文のとおり判決する。
札幌地方裁判所民事第1部
裁判官・澤井真一
〔別紙省略〕