H17.9.21 東京高裁
賃金支払請求控訴,同附帯控訴事件
平成16年(ネ)第3902号,第5789号 賃金支払請求控訴,同附帯控訴事件
平成17年9月21日判決言渡
(原審・東京地方裁判所八王子支部平成14年(ワ)第2047号)
平成17年6月27日口頭弁論終結
判 決
控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)X
被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)青梅市
主 文
1 控訴人の本件控訴を棄却する。
2 被控訴人の本件附帯控訴に基づき,原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。
3 前項に係る控訴人の本件各請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審とも,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)被控訴人は,控訴人に対し1034万8208円及びうち別紙I請求金額計算書の請求金額欄記載の各金員に対する同計算書記載の年・月欄の各翌月21日から各支払済みまでそれぞれ年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
(4)仮執行の宣言
2 附帯控訴の趣旨
(1)主文第2,3項と同旨。
(2)附帯控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,昭和52年12月に被控訴人の庁舎管理業務員として採用され,上記業務に就いている控訴人が,その勤務のうち,被控訴人によって休憩時間及び仮眠時間と定められている部分は,その時間帯の勤務実態が通常の勤務と変わりがなく,労働基準法(以下「労基法」という。)上の労働時間として賃金の支払の対象となるべきものであり,更に法定時間外労働や深夜労働時間帯に当たる勤務に対してもそれぞれ25パーセントの加算賃金(割増賃金)が支払われなければならないと主張して,被控訴人に対し,第一次的に,被控訴人の給与条例12条及び14条に基づき,平成12年1月から平成14年6月までの時間外手当の未払分1053万3944円(その内訳は原判決別紙C3未払時間外勤務手当計算書に記載のとおり)及び同計算書の未払時間外勤務手当欄記載の各金額に対する同計算書の勤務年月欄の月の翌月21日から支払済みまでそれぞれ民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,第二次的に,労基法37条1項及び3項に基づき,時間外手当及び深夜労働の加算賃金の未払分1039万4546円(原判決別紙C6の所定労働時間外労働に対する賃金788万9869円,同法定労働時間外労働の加算賃金134万5708円及び原判決別紙C7の深夜労働時間中の深夜労働加算分162万8418円を合計した1086万3995円から原判決別紙C3の既払時間外勤務手当の合計額46万9449円を控除した金額)及びうち原判決別紙C3未払時間外勤務手当計算書の未払時間外勤務手当欄記載の各金額に対する同計算書記載の年月欄の各翌月21日から各支払済みまでそれぞれ民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(しかし,控訴人は,原審において,請求金額を1100万1918円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるとしていたので,上記主張に係る各金額の合計額とは必ずしも一致していない。)。
原審は,控訴人の給与条例に基づく請求を全て棄却し,労基法に基づく請求についても,平成12年6月分から平成14年6月分までの時間外労働時間に関する割増賃金108万3011円と同期間の深夜労働加算賃金130万5853円を加えた合計238万8864円から同期間における既払金43万1233円を控除した195万7631円及びうち原判決別紙Aの未払賃金欄記載の各金額に対する付帯請求欄記載の日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で認容したものの,その余の請求をすべて棄却したので(原審は,仮眠時間及び休憩時間は労働時間であるとしたが,被控訴人は,控訴人が行った法定時間外労働に対して時間外労働の割増分《通常賃金の25%》を支払うことで足り,通常賃金を支払う必要はない,法定労働時間内の所定労働時間外労働についても通常賃金を支払う必要はない,控訴人の平球12年5月分以前の賃金請求については消滅時効が完成しているなどと判断した。),控訴人が自らの敗訴部分の一部について不服(本件控訴)を申し立て(控訴人は,本件控訴の申立ての時点において,申立ての範囲を請求金額1053万3944円及びこれに対する遅延損害金としていた。),被控訴人も自らの敗訴部分について不服(本件附帯控訴)を申し立てた。
なお,控訴人は,当審で控訴人の賃金の単価について変更するなどし,請求の趣旨を減縮したので,控訴人の被控訴人に対する請求は,第一次的に被控訴人の給与条例12条及び14条に基づき,第二次的に労働基準法37条1項及び3項に基づき平成12年1月から平成14年6月までの未払賃金1034万8208円(時間外労働に対する賃金《125%》670万0701円,同《100%》249万7582円,深夜加算賃金162万1865円の合計額1082万0148円から既払金47万1940円を控除した金額)及びうち別紙I請求金額計算書の請求金額に対する同計算書の各年・月欄の各翌月21日から各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものとなっている。
そのほか,事案の概要は,次のとおり訂正し,又は付加するほかは,原判決の事実及び理由中の「第2 事案の概要」の関係部分に記載のとおりであるから,これをここに引用する。
1 原判決2頁11行目及び同12行目の各括弧部分を順次「(乙3,以下『勤務時間等条例』という。)」及び「(乙4,以下『勤務時間等規程』という。)」に改める。
2 原判決3頁15行目の括弧内を「乙1ないし4,10の1~3」に,同17行目の「青梅市一般職の給与に関する条例」を「青梅市一般職の職員の給与に関する条例」にそれぞれ改める。
3 原判決5頁1行目冒頭から同9頁4行目末尾までを,次のとおり改める。
「(控訴人の主張)
(1)仮眠時間等は労働時間である。
ア 労働者の仮眠時間等が労基法上の労働時間であるか否かは,労働者が実作業に従事していない時間において使用者の指揮命令下に置かれていたと評価できるか否かによって客観的に定まる(三菱重工長崎造船所事件の最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)。すなわち,仮眠時間,休憩時間であっても,労働者に労働契約上の役務の提供が義務付けられている以上,その役務提供の必要が皆無に等しいなど実質的に義務付けがないと認めることができるような事情がない限り,全体として労働時間と認められるのである(大星ビル管理事件の最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁判決参照)。
イ そして,本件で,控訴人は,宿直室での待機が義務付けられているほか,勤務時間内と同様に,必要が生じたときは,直ちに様々な業務を履行することが義務付けられている。
(ア)宿直室
市庁舎1階の宿直室には,夜間窓口,代表電話2台,鍵の管理ボックス,消防署内線電話,短波放送発信受信機,火災サイレン吹鳴機,庁舎火災報知機,駐車場火災報知機,都防災行政無線機,夜間受付インターホーン各1台が設置され,各課から引き継いだ書類や鍵(例えば,時間外勤務命令書,事務連絡文書,公印,宿日直印,鍵,手提げ金庫,埋火葬許可書,各種届出書用紙など)も保管することになっている。 (イ)庁舎管理業務員の業務
控訴人に課せられている業務は,主として青梅市庁舎管理業務員服務要綱(甲10)に記載されているところ,具体的には次のような内容である。
a 防災関係に係る処理事項
警報・注意報の受信及び連絡,火災発生・浸水などの非常災害の処理,庁舎内の出火処理,巡回
b 一般業務に係る処理事項
文書収受,電話・口頭で受理した重要事項の処理,戸籍関係事務,火葬場の許可,衛生関係,行旅病死人等の発生処理,水道業務,下水道,清掃関係,バイクのナンバープレートの照会,超勤者の残業時間の確認と職場点検,自動交付機について
(ウ)仮眠時間等も労働からの解放が保障されていない。
控訴人は,上記業務を遂行するため,仮眠時間等でも宿直室に待機していなければならず,業務が発生したときには直ちに被控訴人が定めた手引きに従って業務を行わなければならない旨義務付けられている。しかも,上記業務は具体的にいつ発生するのかの見当が付かないものであり,そうであるからといって,熟睡していて気が付かなかったということも許されないものでもある。
結局,控訴人は熟睡することはできないし,ましてや飲酒などができるものでもない。
しかも,仮眠時間等に何らかの業務を行うことはごく日常的にあることである(そのことは,毎月,控訴人に対し相当な金額の時間外手当が支給されていることからも明らかである。)。控訴人は,平成14年1月から同年4月までの実作業の内容等を記録しているが(甲14),その記録によると,同期間中48回の出勤があり,そのうち実作業に従事したのは36回であった。
(エ)実作業の具体的な内容,所要時間
a 警報・注意報の受信及び連絡
東京都夜間防災連絡室から,防災行政無線で,気象に関する警報・注意報の連絡が入る。東京都では23区及び多摩地域の全ての自治体に連絡を行うため,庁舎管理業務員らは,被控訴人に関係のない連絡にも対応しなければならないことになる。
また,防災無線は全自治体が受話器を取ったことが確認できてから伝達が開始されるため,受話器を取ってから10分近くも待たされることがある。控訴人は,伝達事項を聞き取り,送信されてくるFAXと照合して,その内容を口頭受理書に記載するが,警報の発令・解除があった場合には,更に担当職員に連絡を取ることとされている。
このような作業に要する時間は一律でないが,少なくとも1回当たり20分程度を必要とする。
加えて,市民からの電話にも対応しなければならない。市民からの問い合わせ,被害報告などは代表電話に掛けてこられるため,庁舎管理業務員が対応するしかない。そして,市民からの電話についても,その内容等を口頭事項受理書に記載し,必要に応じて関係職員に連絡することとされている。
b 市内での火災
青梅市内で火災が発生すると,消防署から短波放送で報告が入る。そこで,庁舎管理業務員は火災発生地域のサイレンを吹鳴し,関係職員に連絡を取る。また,その後,消防署に連絡して,鎮火の有無について確認を行う。そのため,庁舎管理業務員は,火災の発生から鎮火まで少なくとも30分以上,長ければ数時間に及ぶ作業時間を費やすことになる。
このほか,市民からの問い合わせや苦情の電話に対しても応答しなければならない。
c 超勤者の残業時間の確認と職場点検
被控訴人の職員は,閉庁時間後,休日を問わず,ほぼ毎日のように超勤者がいる。退庁者の退庁時刻が控訴人の休憩時間や仮眠時間中になることも多い。そして,職員がすべて退庁した職場があると,その都度くまなく巡回して,施錠,火の元,消灯,電源などを確認する。巡回する回数は1回の勤務当たり4回程度である。このようなことからして,庁舎管理業務員は,最後の超勤者が退庁するまで休憩できない。
d 火葬釜の予約
市営火葬場の利用について問い合わせがあった場合,庁舎管理業務員が火葬場使用受付表で確認して,火葬釜の予約を受け付ける。更に霊柩車を使用する場合には,上記予約を受け付けるのと同時に,配車の確認,予約手続を行う。
これらの手続は,多く,葬儀業者を通じて申込みがあるが,中には一般市民からの直接の問い合わせもある。被控訴人の場合,火葬をしてから告別式をする習慣がある上,隣組との連携も重要なことになるが,一般市民の中にはそれらの習慣を知らない者も多く,そのような者に対してはアドバイスもしなければならない。
そのため,これらの作業に要する時間は,数十分から場合によっては1時間を超える場合も出てくるのである。
e 戸籍関係の事務
死亡届(死産届)が提出され,死体埋葬許可証の発行を求められたときは庁舎管理業務員2人が対応し,そのうち1人が市民課にある住民票と照合してから埋火葬許可証を作成する。他の1人は火葬釜の予約の有無を確認し,予約を確認した上で,埋火葬許可証・火葬場使用承認証の交付台帳に必要事項を記入し,公印使用簿,戸籍届出書受理表にも必要事項を記入する。そして,申請人の署名押印を得て,許可証にその番号を付し,これを交付するのである。
これらの手続は,葬儀関係者がする場合には30分程度で終了するが,一般市民が死亡診断書のみを持って来庁したときには30分を大幅に超える時間を必要とする。
死亡(死産)届以外のものについては,届出書の記載内容,添付書類に不備がないかどうかを確認の上,これを受け付ける。
f 水道業務
市民からの連絡があった場合,破裂場所,破裂状況等を聞き取り,東京都の担当部署に電話を回す。更に,水道料金の滞納で給水が停止されたものについても問い合わせがくるので,その場合には,青梅市給水停止一覧表を確認した上で適切に応答することになる。また,夜間の水道工事による断水の件で問い合わせや苦情の電話が来ることが多い。
g 電話の収受
市民からの電話は,仮眠時間中,休憩時間中に関係なく,数多くかかってくる。庁舎管理業務員は,その電話の内容が重要であるか否かを判断して,取次ぎ,苦情,連絡,要望,相談,陳情等に分け,口頭事項受理書を作成するほか,必要に応じて関係職員に連絡をする。もっとも,夜間の電話で特徴的であるのは,昼間の担当者の対応が悪いなどといった職員の対応に対する不満,行政に対する苦情が述べられることが多いことである。そのため,このような場合には,市民が言いたいことをすべて言い終わるまで根気強く電話口で対応していくことになる。したがって,電話が10分以上に及ぶことは普通のことであり,長いときは30分以上になることも稀ではない。
h 警備
市庁舎には,ATMを除くと,夜間自動警備システムが導入されていない。そのため,庁舎内で物音等があったりすると,庁舎管理業務員が,自ら,異常の有無を確認することになっているのである。
また,ATMの関係で,警備保障会社の警備員が確認・点検に来庁したときは,来庁者の身分等を確認し,作業後は,その原因を聞いて口頭受理書を作成する。庁舎管理業務員は,その間,仮眠をとることはできない。この場合の作業時間は10分から20分程度である。
ウ 以上のとおり,控訴人ら庁舎管理業務員は,仮眠時間等であっても,宿直室で待機することが求められ,必要が生じたときは直ちに様々な業務を行うことが義務付けられているのである(しかも,被控訴人の場合には,他の市町村における庁舎管理業務員と比べてその業務の種類が多種多様である。)。しかも,庁舎管理業務員が,仮眠時間等に実作業をすることは日常的なことであり,これらの義務が名目的なものであるという事実もない。したがって,控訴人が,仮眠時間等に労働から解放されているという実態はない。
エ ところで,被控訴人は,平成14年7月以降,仮眠時間を廃止し,新しく宿直制度を導入した。この時期は,大星ビル管理事件の最高裁判決があってから4か月後のことである。
この新しく導入された宿直制度は,従来,仮眠時間であって勤務時間ではないとされていた時間(午前0時30分から午前5時45分まで)につき,担当する2人のうちの1人について勤務時間(労働時間)に改め,残りの1人については上記仮眠時間を45分短縮して宿直時間とすると定めたものである。このように,従来,仮眠時間とされていた時間が労働時間と改められた結果,被控訴人は,実作業の有無にかかわらず,控訴人に対し通常賃金と深夜割増手当を支給するようになった。
そして,被控訴人がこのような改正を行ったということは,被控訴人自身,上記仮眠時間が実質上労働時間であったことを認めたということにほかならない。
なお,被控訴人は,平成14年6月までは,仮眠時間に対して通常賃金や割増手当を支給せず,仮眠時間中に30分以上の実作業に従事した場合に限り,通常賃金を支払い,更に時間外及び深夜手当を割増して(各25%,合計150%),支給していた。
(2)控訴人の業務は監視・断続的業務ではない。
ア 監視労働とは,一定部署に在って監視するのを本来の業務とし,常態として身体又は精神的緊張の少ない労働をいうところ,控訴人の上記労働実態から明らかなとおり,控訴人ら庁舎管理業務員の業務内容は監視を目的としたものではない。
また,断続的労働とは,休憩時間は少ないが,手待ち時間が多い労働を指すところ,具体的には,①作業自体が間欠的に行われ,したがって作業時間が長く継続することなく中断し,しばらくして再び同じような大要の作業が行われ,また中断することが繰り返されるものであること,②実作業の合計時間が,手待ち時間の合計よりも長く,かつ実作業時間が8時間を超えるものではないこと,③労働及び手待ち時間中の危険性ないし有害性又は精神的緊張度の高いものは除かれることが必要となる。控訴人の場合,防災関連の業務に対処しながら,電話の収受,超勤者の確認,戸籍の届出受理等の一般業務も行い,かつ庁舎内の巡視等も行っている。しかも,その業務内容自体,同じ作業の繰返しというものではなく,手待ち時間が実労働時間よりも長いわけでもない。そして,作業の内容は多岐にわたっており,特に防災面では高い精神的緊張も強いられることが少なくないのである。
したがって,控訴人ら庁舎管理業務員の業務は,断続的労働にも当たらない。
イ 次に,監視・断続的労働は,使用者が労働基準監督署の許可を受けた場合に限って,労基法37条の例外規定として労働者に適用されることになっている(労基法41条3号)。もっとも,控訴人は,一般職の地方公務員であるため,地方公務員法に基づき,労働基準監督署の許可に代わって,市長の許可を得ることが必要となるところである(地方公務員法58条5項)。
しかし,被控訴人においては,市長が上記の許可を与えているわけではない。被控訴人は,勤務時間等条例2条2項及び同規程6条1項が定められていることをもって市長の上記許可があったものと主張するが,これらの各規定は変形労働時間制に関する規定にすぎないから,上記許可に当たるとはいえない。
ウ 監視・断続的労働は,法定労働時間を超えて労働者に労働を命じても,時間外割増賃金を支払わなくともよいとする制度である。しかし,被控訴人は,仮眠時間,休憩時間中に,控訴人が実作業に従事した場合は,時間外,深夜割増手当を支払ってきた。もし,控訴人の業務が断続的労働であり,被控訴人がそのように認識していたというのであれば,そもそも,時間外手当などを支払う必要はなかったはずである。
ちなみに,青梅市の公平委員会においても,庁舎管理業務員の仮眠時間は休憩時間の一種であると判断しているにすぎず,断続的労働であるとの見解を示しているものではない。被控訴人も,各自治体の庁舎管理業務員調(乙11)の中で,被控訴人の庁舎管理業務員の業務は「断続的労働ではなく,一般職と同じである。」と記載し,控訴人の業務が断続的労働に当たらないことを自認しているところである。
(3)仮眠時間及び休憩時間に対する賃金請求
ア 控訴人の単価賃金
控訴人の1か月平均の賃金額は別紙E労基法に基づく一時間当たりの賃金額の合計(1月あたりの賃金額)欄に記載のとおりであるところ,控訴人の1か月の所定労働時間数は,平成12年1月から同年12月までが154.3時間,平成13年1月から同年8月までが153.7時間,同年9月から同年12月までが164.0時間,平成14年1月から同年6月までが163.3時聞である。
そこで,控訴人の1時間当たりの賃金は,上記別紙Eの1時間当たりの賃金欄に各記載のとおりとなる。
イ 具体的な未払金額の算定
a 法定労働時間外の労働分
被控訴人は,控訴人に対し,仮眠時間及び休憩時間のうち法定労働時間外の労働について,単価賃金の125パーセントの割合による賃金を支払うべきである。
控訴人の実労働時間は別紙Fの実労働時間(A)に記載したとおりであるところ,当該月の法定労働時間は40時間÷7×当該月の日数で求められるので(別紙Fの法定労働時間《B》),これを控除した結果は,別紙Fの法定労働時間外労働時間(A-B)欄に各記載したとおりであり,法定労働時間外労働に対する賃金の合計額は670万0701円となる。
b 法定労働時間内の労働分
被控訴人は,控訴人に対し,仮眠時間及び休憩時間のうち法定労働時間内の労働について,単価賃金の100パーセントの割合による賃金を支払うべきである。
控訴人の各月の所定労働時間は,平日勤務時間数に当該月の平日勤務数を乗じたものと,休日勤務時間数に当該月の休日勤務数を乗じたものを合計して求められ,その結果は,別紙Fの所定労働時間(C)に記載のとおりであるが,控訴人の法定労働時間は上記のとおり別紙Fの法定労働時間(B)のとおりであるからこれを控除すると,その結果は別紙Fの法定内の所定労働時間外労働時間(B-C)欄に各記載したとおりであり,法定内の所定労働時間外労働に対する賃金の合計額は249万7582円となる。
c 仮眠時間中の深夜労働分
深夜労働については通常賃金の25パーセントの割増賃金が支払われなければならず,その金額は,当該月の所定労働時間外の労働のうち深夜(午後10時から午前5時)の労働時間に各月の単価賃金を乗じ,これに0.25を掛けて求められる。
控訴人の場合,深夜労働時間数は,平日勤務か,休日勤務かを問わず,1回勤務当たり5時間30分である。そこで,各月の深夜労働時間数は,各勤務回数に5.5時間を乗じて求めることができるところ,その結果は,別紙Gの所定労働時間外の深夜労働計欄に記載のとおりである。そこで,これに上記1時間当たりの賃金額を乗じ,これに0.25を掛けることによって,控訴人の深夜労働に対する割増賃金額を求めると,その結果は別紙Gの深夜25%加算分欄に記載のとおりであって,その合計額は162万1865円となる。
d 既払の時間外,深夜割増手当の控除
被控訴人は,控訴人に対し,実作業に従事した時間について,通常賃金に,時間外,深夜割増加算手当(合計150%)を加えたものを支払ってきた。そこで,未払賃金を算定するについては,上記合計金額から,既払の時間外,深夜割増加算手当(合計50%)に相当する金額を控除しなければならない。
控訴人は,時間外手当の額として,別紙Hの「額…a」欄に各記載した金額を受け取っているが,この金額の中には,他の職員と振替え勤務をした際に受け取っている時間外手当も含まれているので,その金額(別紙Hの「時間外手当分…b」欄に各記載した金額)については控除する必要がない。そこで,控訴人について,控除しなければならない時間外,深夜割増加算手当分は,別紙Hの「a-b」欄に各記載した金額となり,その合計額は47万1940円となる。
その結果,控訴人が,被控訴人に対して請求することができる未払賃金額は,別紙I記載のとおり,合計1034万8208円となる。
ウ よって,控訴人は,被控訴人に対し,第1次的には給与条例12条,14条に基づき,第2次的には労基法37条1項,3項に基づき,別紙I記載のとおりの未払賃金及びうち別紙I請求金額計算書の請求金額欄記載の各金員に対する同計算書記載の年・月欄の各翌月21日から各支払済みまでそれぞれ民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
4 原判決9頁5行目冒頭から同12頁15行目末尾までを次のとおり改める。
「(被控訴人の主張)
(1)宿直勤務における業務内容
ア 宿直勤務者の担当業務
被控訴人は,青梅市庁舎管理業務員服務要綱(甲10。以下「本件服務要綱」という。)で,控訴人ら庁舎管理業務員に対し,控訴人主張に係る一定業務を行う権限を与えている。被控訴人は,いつ,どのようなことが起きても適切に対処することができるようにする目的で,市長の権限とされているものの一部を庁舎管理業務員に対して付与しているが,そうだからといって,仮眠時間中であっても,本件服務要綱に定める各業務に専念することを求めているわけではない。庁舎管理業務員が,仮眠時間には布団を敷き,寝巻に着替えて就寝することは差し支えがなく,就寝せずに,読書をしたり,テレビを見たりすることも自由である。そして,たまたま何からの業務を処理する必要が発生した場合には,起床し,それを処理すれば足りるのである(したがって,列挙されている業務内容は広範であり,通常は生ずるはずのない業務内容すら含まれている。)。
イ 宿直勤務の実態
控訴人は,控訴人の担当する宿直勤務の実態について種々主張するが,いずれも抽象的な可能性について論じているだけであり,勤務の実態を明らかにしているものではない。
そこで,控訴人が作成した当直日誌(乙12)及び時間外勤務命令書(乙13)に基づいて,控訴人の宿直勤務の実態を見てみたところ,控訴人が平成14年1月1日から同年4月30日までにした宿直勤務は合計49回であって,このうち仮眠時間中である午前0時30分以降に実業務に携わった回数は合計で14回(28.2%)であり,時間的にも合計で13時間30分(5.25%)に過ぎないことが明らかとなった。その具体的な内容は,別紙Jのとおりである。
なお,控訴人は,休憩時間においても業務を担当したことがあるとも主張するが,休憩時間中にたまたま実作業を行ったとしても,それは代換えの休憩時間をどうするのかの問題が生ずるに過ぎず,その時間が労働時間となるものではない。
ウ 最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁の大星ビル管理事件との対比
ところで,上記最高裁判決で,仮眠時間とは,『仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相応の対応をすることが義務付けられている』ものであり,『業務命令によって場所的な強度の拘束性を受け,しかも1か月当たり33回も警報が鳴り,警報が鳴り次第,速やかに対応すること自体が中心的業務とされている』ものであった。
しかし,本件における仮眠時間では,その時間中に庁舎内を巡視したり,異常の有無をモニターしたり,緊急事態があることに備えて服装なり,装備なりを備えておく必要はない。すなわち,実態としては,公立病院において医師や看護師が,緊急患者が発生する場合に備えて自宅待機をしている場合と本質的な差異がない。以上のように,被控訴人における控訴人ら庁舎管理業務員らは,警報が鳴り次第,速やかに対応すること自体を中心的な業務とされているのではなく,しかも,次に処理すべき業務が発生することを待っている時間(いわゆる手待ち時間)としての要素があるわけでもない。
このような勤務実態からすると,本件における仮眠時間は,実作業への従事の必要が生じることが皆無に等しいなど,実質的に上記のような義務付けがされていないと認められる事情があるということができ,したがって,労働時間に当たるとは認めることができないものである。
(2)労働時間と職務専念義務
ア 労働時間の意義
ところで,労基法32条の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間のことである。労働者に該当するか否かの判断基準の業務遂行上の指揮監督の有無が一般的抽象的なものであるのに対し,労働時間に当たるか否かの判断をする場合には個別具体的に業務遂行上の指揮監督がされているか否かが問題となってくるのである。そして,労働を命じられる可能性がある時間と労働時間とは必ずしも一致しないこと,勤務場所及び勤務時間が指定されている場合について,それが業務の性質による必然的なものであるのか,業務の遂行を指揮監督する上で指定されたものであるのかを見極めて判断する必要があることにも注意を払う必要がある。
その上で,本件で,控訴人が仮眠時間中に公務に従事しなければならなくなるのは,あらかじめ,一定の場合には個別具体的な指示を待たずに,自らの判断で必要な業務を処理しなければならないとの一般的な職務命令が発せられているからであり(労働者としての指揮監督性を有する。),仮眠時間が労働時間であることが理由となっているわけではない。使用者は,公務のために臨時の必要がある場合には労働を命ずることができ(労基法33条3項),公務員はその命令に従わなければならないが(地方公務員法32条),そのことの故に,労働を命ぜられる可能性のある時間の全てが労働時間に該当するというものではないのである。
したがって,仮眠時間中に勤務に就かなければならないことがあるからといって,そのことの故に,その時間が労働時間に当たるということもできない。
イ 中間時間について
中間時間とは,実作業時間と実作業時間の間の時間のことであるが,中間時間が労働者を拘束するものであるかも問題である。労働者を拘束するものであるか否かの判断をする場合には,一般に,①実作業からの解放,②労働解放の保障,③滞在場所の自由,④一定時間以上の労働解放の有無について検討する必要があるとされている。
まず,実作業からの解放について考えるに,断続的に実作業にかかるための待機時間である場合には,いわゆる手待ち時間として労働時間に該当するというべきところ,手待ち時間としての意味がない場合には労働時間に当たらないと解される。また,労働解放の保障があるかという問題については,地方公務員法についていえば,あらかじめ定められた勤務時間以外であっても公務のために臨時の必要がある場合においては労働を命ぜられることがあり(労働基準法33条3項),それに従う義務を負う(地方公務員法32条)のであるが,その故に地方公務員として在職するすべての時間が勤務時間として観念されるわけではない。これを言い換えれば,地方公務員法35条に定める職務専念義務のない時間は労働解放が保障されていると解されるのであり,職務専念義務が生ずる段階(具体的な勤務が命ぜられた段階)に至って初めて労働解放がなくなったことになるのである。もっとも,本件では,控訴人の外出が制限されており,滞在場所の自由の問題はある。しかし,控訴人が滞在場所で自由に過ごすこと自体は認められているところからすると,労働時間に当たるということにもならない。なお,労働の解放時間が余りに短いものであってはならないことは当然であるが,本件では,労働の解放時間が余りにも短すぎるといった問題点はない。
ウ 職務専念義務との関係
地方公務員は,勤務時間のすべてをその職務遂行のために用い,当該地方公共団体がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならない義務がある(地方公務員法35条)。すなわち,地方公務員は,勤務時間中は業務遂行上の指揮監督に服するものの,それ以外の時間についてはこのような義務を負うことがない。
言い換えると,地方公務員に職務専念義務がない時間は労働時間ではなく,具体的な勤務が命じられることによって初めて使用者の指揮命令下に入り,勤務時間に組み込まれるのである。
(3)断続的労働性について
ア 仮に,本件における仮眠時間が労働時間に当たるとした場合でも,控訴人ら庁舎管理業務員の職務は監視又は断続的労働に当たるということができるので,被控訴人に時間外労働の割増手当を支払うべき義務はない。すなわち,前記(1)で述べた控訴人の勤務実態に照らすと,それが監視又は断続的な労働に該当することは疑う余地がないのである。
監視的労働とは,一定部署に在って監視することを本来の業務とし,常態として身体又は精神的緊張の少ない労働をいい,断続的労働とは,守衛やビル警備員といった実作業が間欠的に行われて,手待ち時間の多い労働をいうものである(したがって,控訴人が宿直中に,たまたま発生した事故等のために通常の業務を行うことがあるとしても《その場合には労働基準法37条による割増賃金を支払うべきことになる。》,そのようなことが常態として存在するのであれば,そもそも断続的労働には当たらない。)。控訴人は,常態として,書類や事務の引継ぎ,夕刊の部数確認,3回の巡回,施錠,超勤者の退庁確認,開庁作業,朝刊の部数確認,夕朝刊の各課への配達などを業務としているが,これらの行為をもって断続的労働でないなどということはできない。
イ ところで,控訴人は,地方公務員法が適用される一般職公務員であるが,その場合の労働基準法における労働基準監督機関の職権は,人事委員会を置かない地方公共団体においては,当該地方公共団体の長が行うものと定められている(地方公務員法58条5項)。
そして,青梅市長は,控訴人の勤務が,労働基準法41条3号の監視又は断続的労働に当たることを前提として,自ら庁舎管理業務を命じ,更に勤務時間等条例(乙1,3)に基づいて同規程(乙2,4)を策定し,仮眠時間を含む勤務体系を定めた上,給与条例(甲13)16条に基づいて,控訴人ら庁舎管理業務員に対し宿直1回当たり2000円の手当てを支給すると定めて,現実に支給している。このように,本件における仮眠時間は,給与条例16条が適用される宿直勤務の時間に該当するのであって,同条例12条の時間外勤務又は同14条の夜間勤務に該当するものではない。被控訴人においては,仮眠することが認められている時間外勤務とか,夜間勤務などといった制度は存在していないのである。
したがって,本件仮眠時間が監視又は断続的労働に該当するとしても,そのような取扱いをすることについては被控訴人の市長の許可を得ているものと同視することができる。労基法に定める労働時間,休憩及び休日に関する規定が適用されることになるわけではない。なお,控訴人が深夜に実作業を行った場合,実働時間に対して,時間外勤務手当の加算をしてきていることは控訴人が主張しているとおりである。
(4)仮眠時間に対する対価の支払と割増賃金
被控訴人は,庁舎管理業務員の仮眠時間の賃金について,1回の勤務当たり2000円を支払うこととし,これ以外の賃金は支払わないとしていた。そして,この金額は,控訴人の勤務実態に照らし,社会的相当性を欠くものとはいえず,最低賃金法に違反しているわけでもないから,控訴人に対し仮眠時間に対する賃金の不払はないというべきである。
なお,労基法37条3項は,深夜労働について通常の賃金の2割5分以上の割増賃金を支払わなければならないと規定しているところ,もし,仮に,同規定との関係で,被控訴人の対価の支払に問題があると指摘されることがあったとしても,その場合にも,上記のとおり1回の勤務当たり2000円を支払うこととされており,同条項に基づく割増賃金分だけの不払があるにすぎないことになる。
ところが,控訴人は,労基法37条に基づいて支払うべき賃金の額は,通常賃金の125パーセントであり,法定内の所定労働時間外労働に対する通常賃金の不払をすることは許されないと主張する。しかし,控訴人も援用する昭和23年11月4日基発1592号の解釈例規(甲22)によれば,『労働協約,就業規則等によって,その一時間に対し別に定められた賃金額がある場合にはその別に定められた賃金額で差し支えない。』とされている。本件では,上記のとおり,まさに別に定められた賃金額があるということができるのであるから,控訴人の上記主張は認められない。
(5)消滅時効」
5 原判決12頁19行目末尾の次に行を改めて,次のとおり加える。
「(6)控訴人主張に係る未払賃金額について
被控訴人は,控訴人の法的主張について争うが,仮に,控訴人の法的主張を前提とするのであれば,控訴人が主張する未払賃金の計算過程及び金額について異論はない。」
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人の本件各請求は一次的,二次的とも理由がなく,いずれも棄却すべきものであると判断する。その理由は,次のとおり訂正し,付加し,又は削除するほかは,原判決の事実及び理由欄の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これをここに引用する。
(1)原判決12頁22行目の「その支給は」を「その給与は,」に改める。
(2)原判決13頁13行目の「地方公務員法58条により」から同16行目末尾までを「地方公務員についても,原則として,労働基準法が適用されるのであって(地方公務員法58条),仮眠時間等が労基法上の労働時間であると認められることになれば,被控訴人は,控訴人に対し同法が定める通常賃金,最低基準の時間外割増賃金,深夜割増賃金を支払うべきであると解する余地がある。そこで,」に,同23行目及び同14頁6行目の各「判決」をいずれも「第一小法廷判決」にそれぞれ改める。
(3)原判決14頁9行目の括弧内を「甲9の1~4,10,14ないし17,24,32ないし34,乙12」に,同11行目の「青梅市庁舎管理業務員服務要綱」を「本件服務要綱(甲10)」にそれぞれ改め,同16頁3行目末尾に続けて「(甲15,16)」を加え,同8行目の「エ 原告は,平成14年1月から4月までの間に,合計48回勤務した」を「エ 以上のことを具体的に見てみると,控訴人は,平成14年1月から同年4月までの間に合計49回勤務した」に,同12行目冒頭から同14行目末尾までを次のとおりに,それぞれ改める。
「a 警報・注意報,同解除の発令は合計3回あった。
3月29日 翌日0時22分,同3時34分
4月 3日 翌日2時15分」
(4)原判決17頁5行目冒頭から同6行目末尾までを,次のとおり改める。
「d 火葬許可証の発行を,3月12日(翌日2時00分),4月3日(翌日0時45分)の2回行った。」
(5)原判決17頁10行目末尾の次に行を改めて,次のとおり加える。
「オ このように,控訴人が庁舎管理業務員として担当する業務は,いつ,どのようなものを担当することになるかが分らず,その業務として定められている範囲も広い上に,必要に応じて実作業に就くことも義務付けられているものが含まれていることも認められる。
そして,控訴人が,実際に,仮眠時間中又は休憩時間中において行った業務処理の内容を見てみると,控訴人がその内容を記録していた平成14年1月から4月までの4か月の間に,職員の退庁を確認したことが25回,電話の収受が14回あるほか,防災関係処理が3回,戸籍届出受理が3回,火葬窯予約受付が6回,火葬許可証発行が2回,上水道の漏水事故が1回,庁舎内の停電工事が1回であったというものであり,したがって,控訴人の実際の業務の中身が名目的であるとまではいうこともできないが,しかし,さほどに多くの回数があったわけではなく,内容的にも,重要な業務ではあるが,比較的単純で定型的な事実確認や,さほど困難な判断を伴わない対応を中心としたものが多く,全体としてさほど困難とか,強い精神的緊張を伴うようなものではなく,また,危険なものでもないと認められる。」
(6)原判決17頁17行目の「仮眠時間等は」を「仮眠時間等には,控訴人はパジャマ(寝巻)に着替え,読書することも,テレビを見ることも自由であるからといって,仮眠時間等は,」に,同23行目の「しかし,」を「確かに,控訴人が平成14年1月1日から同年4月30日までにした宿直勤務は合計49回であって,このうち仮眠時間中である午前0時30分から午前5時45分までの間に実業務に携わった回数は合計で14回(28.5%)であり,時間的にも合計で13時間30分(13.5時間÷《5.25時間×49日》×100=5.24%)に過ぎない。しかし,」にそれぞれ改める。
(7)原判決18頁21行目の「3 被告は,」を次のとおり改める。
「3 ところで,上記認定のとおり,控訴人ら庁舎管理業務員の仮眠時間等が労基法上の労働時間であるからといって,そのことから直ちに控訴人が被控訴人に対して賃金が請求できるとか,加算賃金が請求できるとまで解することはできない。労基法の労働時間として認められるか否かという問題と,それが労働契約上の労働時間と一致するか否かという問題は分けて考えることができ,必ずしも一致するものではないことからすると,別途,検討する必要があるということができる。
なるほど,賃金は,通常,労働の対価としての性質を備えているというべきであるから,労基法上の労働時間であると認められたときは,通常は,労働契約上定められた賃金を請求することができると解するのが相当である。しかし,労基法の労働時間に当たるとされたものの一部について賃金を支払わないとか,労働時間の長さに比例した賃金を支払わないとする旨の労働契約を締結したり,就業規則を定めたりすることが全く許されない理由もない。本件は,地方公務員の勤務関係の問題であって,労働契約の問題ではないものの,しかし,本件でも,これと同様に考えることが適当であるから,被控訴人が,庁舎管理業務員の仮眠時間等について,賃金ないし割増賃金を支払わないとする明確な定め若しくは約束をしているのか否かということが問題となるといわざるを得ない。そして,もし,そのような定め若しくは約束がされているということであれば,控訴人は,賃金ないし割増賃金を請求することができないと解される余地があるということになるし,そのような定め若しくは約束をしていない場合には,被控訴人は,労基法に基づいて,控訴人に対し賃金ないし割増賃金を支払うべきであると解される。
しかるに,被控訴人においては,給与条例にしたがって職員に対する賃金を支給していることは前記認定(第2の1(3))のとおりであって,いわゆる給与条例主義の制約の下で,賃金を支払っていくことが定められているのである。そこで,証拠(甲13,20,乙3,4,14)及び弁論の全趣旨により,被控訴人の職員に対する給与に関する規定を見てみると,被控訴人は,給与条例2条1項,12条,14条に基づいて被控訴人が『正規の勤務時間による勤務』と名付けたものについて給与を支払うと規定する一方で,勤務時間等条例(乙3),同規程(乙4)において,睡眠時間・休憩時間は『正規の勤務時間』としない(上記条例2条,6条,7条)と定めて,控訴人ら庁舎管理業務員が行っている勤務中の仮眠時間等を『正規の勤務時間』と取り扱わず,給与の支払対象としない旨を定めていることが認められること,そして,被控訴人では,そのような規定があることを前提にして,庁舎管理業務員の行った業務中,仮眠時間等中に実作業をした分については給与条例12条,14条に基づいて時間外勤務手当(25%)及び深夜労働手当(25%)を加算した割増賃金を支払ってきていること,被控訴人は組合との交渉の結果,給与条例16条に基づいて平成4年7月分以降の夜間勤務につき1回2000円の宿直手当を支給することを合意し,実際に支払ってきているが,被控訴人においてそれ以外の賃金を支払うことはしていないことがそれぞれ認められる。
このようなことからすると,被控訴人においては,控訴人ら庁舎管理業務員の勤務中における仮眠時間等については,実作業が行われない限り,1回2000円の宿直手当のみを支払い,その他の給与は支払わないものと定めており,他方,実作業が行われた場合には実作業時間に対応した上記時間外勤務手当及び深夜労働手当を加算して支払うが,それ以外の給与は支払わないと定めていることが認められるということができ,労働組合もその取扱いを定めるについて格別異議を唱えていた様子もないということができる。そして,控訴人の給与は月給制であって,平成12年1月から平成14年7月まで毎月60万円前後の給与総支給額を得ていること(このうち夜間勤務手当と宿日直手当の合計額は約4万円,これらに時間外勤務手当等を併せると約12万8000円ないし約8万9000円である。),庁舎管理業務員が実作業を行った場合には実作業時間に対応した(甲7の1~10,8の1~12,9の1~7,32,乙13)時間外手当,夜間勤務手当が支給されていること,仮眠時間等と定められている時間は特別のことがない限り比較的自由に行動することができ,何事もなければ睡眠をとることも可能であることなどの事実に照らすと,実作業に従事した場合と比較して取扱いを異にすることにも相当の合理性があると認められ,その他の諸般の事情を考慮すると,被控訴人の上記の定めが,控訴人にとって,格別,不合理で,社会的に問題があるものとまでいうこともできないと解される。
以上の次第で,被控訴人では,控訴人の仮眠時間等に対し,上記各手当以外に賃金を支払わないとする定めがあるというべきであって,その定めについて違法であるとする格別の主張,立証もないことからすると,結局,控訴人の被控訴人に対する本件賃金請求はいずれも理由がないとするのが相当である。
4 次に,被控訴人は,」
(8)原判決19頁7行目の「服務要綱(甲10)」を「本件服務要綱(甲10)」に改め,同11行目の「現に原告は,」から同18行目末尾までを次のとおり改める。
「現に,控訴人は,平成14年1月から4月までの4か月の間,職員の退庁を確認したことが25回,電話の収受をしたことが14回あったほか,防災関係処理が3回,戸籍届出受理が3回,火葬窯予約受付が6回,火葬許可証発行が2回,上水道の漏水事故関与が1回,庁舎内の停電工事関与が1回あったことは前記認定(2,(2)オ)のとおりであって,控訴人の仕事の中身が名目的であるとまではいえないにしても,さほどに多くの回数があったわけではなく,内容的に見ても,前記のとおり比較的単純で定型的な事実確認やさほど困難な判断を伴わない対応を中心としたものが多く,全体としてさほど困難とか強い精神的緊張を伴うようなものではなく,また,危険なものでもないと認められる。しかも,控訴人が作成した当直日誌(乙12)及び時間外勤務命令書(乙13)並びに弁論の全趣旨によると,控訴人がこれらの仕事のために従事し,費やした時間というのは別紙Jのとおり合計で13時間30分,全仮眠時間の5.24パーセントにすぎないことも認められる。
このようなことからすると,控訴人に与えられている業務の内容は前記認定のとおり広範囲に及んでおり,必要に応じて実作業に就くことも必要とされる内容のものではあるが,実作業に就くことが予定されているのは,突発的,臨時的な場合であって,実際にも,そのことが中心となっているものではない。むしろ,控訴人ら庁舎管理業務員の主たる業務の内容は,庁舎内の監視,連絡を中心としたものであると認めることが相当である。すなわち,控訴人の仮眠時間中の労働は,通常の労働時間と比較して労働密度が疎なものであり,労働時間,休憩,休日の規定を適用しなくとも,必ずしも労働者保護に欠けるとまではいえないものと認めることが適当なものである。したがって,被控訴人における上記業務は労基法41条3号に定める監視を主たる目的としたものであると解することが相当である。また,同様に控訴人の業務について検討したところから,断続的労働に当たると解することができる。なお,控訴人は,被控訴人自身が作成した『庁舎管理業務員調』と題する書面(乙11)で,被控訴人の庁舎管理業務員が断続的労働を行っているものではないと記載している旨指摘する。しかし,同記載は,被控訴人が平成14年7月以降に新しく宿直制度を導入した後の制度についてのものであり,同記載があることをもって,控訴人の仮眠時間等の労働が断続的労働でないことが明らかになっているものでもない。
ところで,控訴人は,労基法の規定を排除することについて,被控訴人市長の許可(地方公務員法58条5項)が行われていないとも主張する。しかし,被控訴人においては,給与条例のほか,勤務時間等条例(乙3)が各制定され,これを受けて,被控訴人では,同規程(乙4)を定め,労働組合と合意した上で,庁舎管理業務員の行った業務中,仮眠時間等中に実作業をした分については実作業時間に対応する時間外勤務手当(25%)及び深夜労働手当(25%)を支払い,更に平成4年7月分以降の夜間勤務については1回につき2000円の宿直手当を支給することもしていることは前記3に認定のとおりである。これらを実施するに当たり,被控訴人の市長の決裁があることも明らかなことであるから,したがって,被控訴人主張の許可があったものと同視することができるというべきである。
以上の次第で,仮に,控訴人が請求しているとおり,本件で,労基法37条1項の請求が認められる余地があるとしても,控訴人の勤務の実態は労基法41条が定めている監視・断続的労働に該当するものであり,被控訴人が主張する市長の許可も得ているものと認めることが相当であるからして,控訴人の第二次請求はこの観点からして理由がない(労基法37条3項の請求についても同様である。)。」
(9)原判決19頁19行目冒頭から同23頁11行目末尾までを,次のとおり改める。
「4 仮眠時間等に対する対価と労基法37条3項
仮眠時間等の対価については,被控訴人と労働組合間の合意を経て,1回の宿直手当として2000円が支払われることが定められていることは前記認定のとおりである。本件では,このとおり,仮眠時間等の労働の対価として別に賃金額が定められている以上,労基法37条3項による割増手当を支払う必要もない。」
(10)原判決23頁12行目(なお,空白行は行数に数えないものとする。)冒頭から同24頁17行目末尾までを削る。
2 よって,控訴人の本件各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却すべきであるところ,控訴人の本件控訴は理由がないのでこれを棄却し,被控訴人の本件附帯控訴は理由があるので,本件附帯控訴に基づき当裁判所の上記判断と一部異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第20民事部
裁判長裁判官・宮崎公男,裁判官・上原裕之,同・今泉秀和
〈別紙省略〉