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003

H15.9.12 東京地裁

発信者情報開示請求事件

平成15年9月12日判決言渡
平成14年(ワ)第28169号 発信者情報開示請求事件

判  決

当事者の表示省略

主  文

一 被告は、原告らに対し、平成14年12月6日22時48分ころに「61.204.152.48」というインターネットプロトコルアドレスを使用してインターネットに接続していた者の氏名及び住所を開示せよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
主文第一項と同旨

第二 事案の概要
一 事案の骨子
本件は、「WinMX」という名称のコンピュータ・プログラム(以下「ウインエムエックス」という。)を用いた方法でインターネットを経由した情報の流通により自己のプライバシー権を侵害された旨主張する原告らが、当該情報の流通に当たり発信者側の通信設備とインターネットとの間の通信を媒介したインターネット・サービス・プロバイダ事業者である被告に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項に基づき、上記発信者の氏名及び住所の開示を求める事案である。なお、平成14年総務省令第57号「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令」は、プロバイダ責任制限法4条1項にいう「発信者情報」の内容について定めており、平成14年5月27日から施行されている。同省令の第1号及び第2号において、プロバイダ責任制限法4条1項に基づき開示すべき情報として「発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称」及び「発信者その他侵害情報の送信に係る者の住所」が定められている。

二 前提となる事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、又は証拠上容易に認められる事実である。なお、証拠によって認定した事実は各項の末尾に当該証拠を摘示した。

1 ウインエムエックスによる情報の流通について
〔乙2及び弁論の全趣旨〕
(一)  ウインエムエックスは、いわゆるピア・ツー・ピア方式による情報の流通を可能とするコンピュータソフトウェアであり、インターネットなどを介することによってウインエムエックスを搭載した複数のコンピュータ間における電子ファイルの検索及び送受信を可能とするコンピュータ・プログラムの一種である。ウインエムエックスによる電子ファイルの検索及び送受信の対象となるものは、ウインエムエックスを搭載している他のコンピュータが管理している情報のうち、当該コンピュータの記憶装置においてウインエムエックスにより他のコンピュータと共有すべき情報を記録する領域として特に指定されている領域(以下「ウインエムエックス共有フォルダ」という。)に記録されたものに限る。

(二)  ピア・ツー・ピア方式とは、パーソナル・コンピュータ同士を対等な立場で直接接続するネットワークの接続形態であり、各人がパーソナル・コンピュータ内に保有する情報を、インターネット・サービス・プロバイダ(以下「プロバイダ」という。)が提供するサーバへのデータ蓄積及び同サーバへのアクセスを経ることなく、直接他のパーソナル・コンピュータとの間でやりとりするものである。

なお、ピア・ツー・ピア方式の中には、ファイルの検索機能のみを受け持ったサーバが存在する方式、いわゆるハイブリッド型ピア・ツー・ピア方式が存在する。これに対し、ウインエムエックスには、このような意味のサーバも存在せず、ウインエムエックスをインストールした各パーソナル・コンピュータは、サーバを全く介することなく、電子ファイルの検索及び送受信を各コンピュータ同士で行うものである。

(三)  ウインエムエックスによる情報の流通がインターネットを介して行われた場合の具体的な仕組みは、以下のとおりである。
(1)  ウインエムエックスのユーザーが取得したい情報を検索するまでの過程v
ア ウインエムエックスのユーザーが、ある情報を検索しようとする場合には、ウインエムエックスの操作画面において、検索条件を入力する。当該検索条件は、当該ユーザーのコンピュータから、これにネットワーク内において近接して接続された他のコンピュータへと送信され、さらに、この送信を受けたコンピュータから、これに近接して接続された他のコンピュータに順次転送されるという方法により、ウインエムエックスを搭載している多数のコンピュータ間に伝達される。

イ 検索条件を受信したコンピュータの中で、当該検索条件を満たす情報を、ウインエムエックス共有フォルダに記録しているコンピュータがあった場合には、当該コンピュータは、その旨の回答を発信し、同回答は、情報を検索しようとした者のコンピュータへと転送される。

(2)  ウインエムエックスのユーザーが検索した情報を受信するまでの過程
ア ある情報を検索し、当該情報をウインエムエックス共有フォルダに記録している旨の回答を受けたウインエムエックスのユーザー(以下「受信側ユーザー」という。)は、その使用するコンピュータ(以下「受信側コンピュータ」という。)上のウインエムエックスの操作画面において送信要求の入力を行うことにより、当該情報をウインエムエックス共有フォルダ内に記録しているウインエムエックスのユーザー(以下「送信側ユーザー」という。)が使用するコンピュータ(以下「送信側コンピュータ」という。)に対し、当該情報の送信要求を行う。

イ 上記送信要求を受けた送信側コンピュータは、そのウインエムエックス共有フォルダに記録した当該電子ファイルを受信側コンピュータへと送信する。

上記電子ファイルの送信は、送信側ユーザー及び受信側ユーザーがプロバイダからインターネット接続サービスを受けてインターネットに接続している場合においては、送信側コンピュータから電話回線(ISDN回線を含む。)を経て、当該送信側ユーザーが加入するプロバイダ(以下「送信側プロバイダ」という。)の通信装置(なお、通信装置とは、プロバイダの有するゲートウェイ装置、ルーター、専用回線等をいう。以下同じ。)を経由してインターネットに接続し、その後、受信側ユーザーが加入するプロバイダ(以下「受信側プロバイダ」という。)の通信装置を経て、受信側コンピュータに送信されるという経路をたどる。この過程において、当該情報が、受信側プロバイダ又は送信側プロバイダのサーバに蓄積されることはない。

(3)  前記(1)及び(2)の過程において、ある情報を検索し、当該情報を含む電子ファイルを取得しようとするウインエムエックスのユーザーは、その者のコンピュータのウインエムエックスの操作画面において、検索条件及び送信要求を入力するなどの操作を行わなければならないが、それ以外のコンピュータは、いずれもウインエムエックスのプログラムに従い、送受信、転送等の情報処理をするのであり、ウインエムエックスの各ユーザーが逐一コンピュータ等の機器を操作するわけではない。ただし、ウインエムエックスのユーザーは、ウインエムエックスの設定を変更することによって、自動的に電子ファイルを送信しないように設定することも不可能ではない。

2 本件における侵害情報の流通について〔甲1、乙4及び弁論の全趣旨〕
(一)  「kokoko942」と名乗る者(以下「ユーザー942」という。)は、その使用するパーソナル・コンピュータにウインエムエックスをインストールしており、そのウインエムエックス共有フォルダに「甲」というファイル名の電子ファイル(以下「本件電子ファイル」という。)を記録していた。ユーザー942のパーソナル・コンピュータのウインエムエックスは、受信側ユーザーから送信要求があった場合には、自動的に電子ファイルを送信する設定のままであった。

(二)  ユーザー942のパーソナル・コンピュータは、平成14年12月6日22時48分ころ、ウインエムエックスの機能により、訴外D(以下「D」という。)からの送信要求に応じて、Dが使用するパーソナル・コンピュータに本件電子ファイルを送信した(以下、この本件電子ファイルの送信を「本件送信」という。)。ユーザー942は、本件送信の際、被告が提供している通信装置を利用しており、被告からユーザー942に対し、「61.204.152.48」のインターネットプロトコルアドレスが付与された。

被告は、ユーザー942の住所及び氏名に関する情報(以下「本件発信者情報」という。)を保有している。

(三)  Dが受信した本件電子ファイルには、別紙プライバシー侵害情報目録記載の各情報(以下「本件個人情報」という。)が含まれていた。

(四)  被告は、原告らから本件発信者情報の開示を請求されたことを受けて、ユーザー942に対し、平成15年1月21日、プロバイダ責任制限法4条2項に基づく発信者情報の開示についての意見聴取を行った。ユーザー942は、上記意見聴取を受けて、同月23日に本件電子ファイルを自己のコンピュータのウインエムエックス共有フォルダから削除した上、被告に対し、同月25日、本件発信者情報の開示は勘弁してもらいたい旨の回答をした。

三 争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
1 争点1
ウインエムエックスによる情報の流通により権利を侵害されたと主張する者は、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信がプロバイダ責任制限法4条1項、2条1号にいう「特定電気通信」であると主張して、送信側プロバイダに対し、送信側ユーザーに関する情報の開示を請求することができるか。

(一)  原告らの主張
(1)  ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、プロバイダ責任制限法4条1項、2条1号にいう「特定電気通信」に該当する。
ア ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、電磁気的方式により符号等を送るものであるから、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「電気通信の送信」に該当することは明らかである。また、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、原則として、受信側ユーザーの個性に着目することなく、受信側ユーザーからの送信要求に応じて、送信側コンピュータ上で自動的に行われるものであるから、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「不特定の者によって受信されることを目的とする(…中略…)電気通信の送信」に該当する。

イ 被告の主張に対する反論
(ア)  被告は、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、受信側ユーザーと送信側ユーザーとの間の1対1の通信にすぎず、「特定電気通信」に該当しない旨主張する。

(イ)  しかしながら、プロバイダ責任制限法は、「特定電気通信」を「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」と定義しているのであって、「多数の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」と定義しているわけではない。したがって、一人の者によって受信される電子ファイルの送信が「特定電気通信」に当たらないとする明文上の根拠はない。

(ウ)  また、我が国の法律においては、当該行為自体は1対1で行われることが予定されている場合であっても、行為の相手方を「不特定の者」と規定する例は少なくない。そして、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「不特定の者」とは、特定の者ではないことをいうところ、当該行為が「特定の者」に対して行われたというためには、行為者において単に一定の基準に基づいて行為の相手方を具体的に絞り込んだというだけでは足りず、少なくとも、当該行為とは関係のない目的による一定の人的なつながりが当該行為の相手方との間にあるがために、当該相手方を対象として当該行為を行ったという事実が存在することが必要であると解すべきである。また、プロバイダ責任制限法2条1号所定の「不特定の者によって受信されること」という要件の判断は、「発信者」にとって、受信者が「不特定の者」であるか否かという点についてされるべきである。

ウインエムエックスのユーザーは、実社会において用いている氏名等とは全く異なる文字列をアイディーとして使用するのが通常であり、ウインエムエックスを使用して電子ファイルの送信を行うということとは関係のない目的による一定の人的なつながりが、「発信者」である送信側ユーザーと受信側ユーザーとの間にあるというような特別の事情はおよそ考えがたい。実際、本件送信において、ユーザー942とDとの間に、上記特別の事情を認めることはできない。

以上によると、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」に当たるというべきである。

(エ)  この点につき、東京地方裁判所平成15年1月30日中間判決(判例時報1810号29頁)は、ハイブリッド型ピア・ツー・ピア方式のファイル交換ソフトに関する事例について、送信側コンピュータから受信側コンピュータに対する電子ファイルの送信において、受信側ユーザーが、アイディーやインターネットプロトコルアドレスにより特定されていたとしても、送信側ユーザーから見て「不特定の者」に当たるとの解釈をしている。また、総務省電気通信利用環境整備室「プロバイダ責任制限法-逐条解説とガイドライン-」(甲2)には、「インターネットでのチャット、ストリーミング、メールマガジン、ウェブページ、電子掲示板など不特定の者に対して送信する形態で行われる電気通信(以下『特定電気通信』という。)に関し」との記載があり、プロバイダ責任制限法の法案起草担当者が、発信者から見て受信者のアイディー又はメールアドレスが分かっている種類の電気通信についても、「特定電気通信」に含まれると解していたことは明らかである。

(2)  東京地方裁判所平成15年4月24日判決について
ア 被告は、東京地方裁判所平成14年(ワ)第18428号、同15年4月24日判決(以下「別件判決」という。)を自己の主張を裏付ける裁判例として援用している。しかしながら、別件判決は、そもそもプロバイダ責任制限法の適用がない事案に関する判決であり、その解釈論を裁判例としてしんしゃくすることはできない。

イ 別件判決は、「特定電気通信」を行うのは、「特定電気通信役務提供者」であって「発信者」ではないとするが、この解釈は以下に述べるとおり誤ったものである。

(ア)  プロバイダ責任制限法は、「特定電気通信役務提供者」を「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者をいう。」と定義して、「他人の通信」すなわち「他人」と「他人」との間の通信を「媒介」することを「特定電気通信役務提供」の典型例としている。しかしながら、「特定電気通信役務提供者」が「特定電気通信」の始点であるとすると、「特定電気通信役務提供者」が「他人」と「他人」との間の通信を媒介することは論理的にあり得ないことになってしまう。

(イ)  別件判決は、プロバイダ責任制限法2条4号がその括弧書きにおいて「送信」と発信者による「記録・入力」行為を区別しているから、情報を「記録・入力」したにすぎない「発信者」は、特定電気通信の「始点」たり得ないとする。

しかしながら、このような解釈は、「発信者」という言葉の日常用語的理解とも大きくかけ離れている。また、プロバイダ責任制限法2条4号の括弧書きは、「発信者」が情報を記録又は入力する記憶装置又は入力装置は特定の者から特定の者に対する通信のために専ら用いられる専用回線的なものではなく、不特定の者に対する通信に用いられ得るものである必要があることを示したものにすぎない。

(ウ)  通信は、発信者から受信者に情報を伝達することに意味があるから、その過程において何種類の物理的現象が介在しようとも、発信者から受信者までの情報の流れをもって「一つの通信」と解するのが常識である。

(3)  送信側プロバイダの通信装置は、プロバイダ責任制限法4条1項、2条2号にいう「特定電気通信設備」に該当し、また、送信側プロバイダは、プロバイダ責任制限法4条1項、2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当する。

ア 前記(1)のとおり、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、「特定電気通信」に該当するから、送信側ユーザーが「特定電気通信」を行う際に用いられる電気的設備である送信側プロバイダの通信装置は、プロバイダ責任制限法4条1項、2条2号にいう「特定電気通信設備」に該当する。

そして、送信側プロバイダは、自己の保有・管理する通信装置を、送信側コンピュータから受信側コンピュータへの電子ファイルの送信という、「他人の通信」に利用させているから、プロバイダ責任制限法4条1項、2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当する。

イ 被告の主張に対する反論
(ア)  被告は、「特定電気通信設備」について、その設備自体が不特定の者の受信を直接可能とする性質の設備であることを前提として解釈すべきであるなどと主張する。

しかしながら、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律-逐条解説-」(乙1。以下「逐条解説」という。)は、「特定電気通信設備」の具体例を、いわゆる蓄積型及び非蓄積型について、それぞれ1例しか挙げていない。また、逐条解説は「特定電気通信設備」について「特定電気通信設備を行うに当たり用いられる電気通信設備をいう。」と端的に解説している。したがって、被告の上記主張のように「特定電気通信設備」を理解することは到底できない。

(イ)  被告は、プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当するためには、当該プロバイダが、不特定の者への情報の送信について主体的に関与し又は一定の管理権限を有することを当然の前提としているなどとも主張する。

しかしながら、プロバイダ責任制限法2条3号は、「特定電気通信役務提供者」について、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」と定義するのみである。したがって、「特定電気通信役務提供者」を被告の前記主張のように解することはできない。

(ウ)  また、被告は、プロバイダ責任制限法は、プロバイダが、プロバイダ責任制限法4条に基づく発信者情報の開示請求を受けた場合、まずプロバイダ自らの責任において、同条1項1号にいう「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」(以下、この要件を「権利侵害要件」という。)について当然に判断することができることを前提としているなどと主張する。

しかしながら、侵害情報の流通が、ウェブサイト、電子掲示板、ストリーミングのいずれにより行われるとしても、プロバイダは、当該侵害情報を受信して内容を確認することができるとは限らない。また、プロバイダ責任制限法の規定振りにかんがみれば、プロバイダ責任制限法は、プロバイダ等の特定電気通信役務提供者が自ら侵害情報を直接受信してその内容を確認することができないという事態が常態的に発生することを当然に予想しており、特定電気通信役務提供者に対し、発信者から当該侵害情報を自ら直接受信した上でその内容を確認することまでをも求めていないことは明らかである。

(4)  送信側ユーザーは、プロバイダ責任制限法4条1項、2条4号にいう「発信者」に該当する。

ア 送信側コンピュータは、受信側ユーザーからの送信要求に応じて、自動的にではあるが、送信対象である電子ファイルに記録されている情報を、送信側プロバイダの通信装置の中のデータを転送する装置部分に入力しているから、送信側ユーザーは、「発信者」に該当する。

イ 被告の主張に対する反論
(ア)  被告は、送信側ユーザーは、プロバイダ責任制限法2条4号所定の「当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者」という要件を満たさない旨主張する。

(イ)  しかしながら、送信側プロバイダは、受信側ユーザーないし受信側プロバイダの個性に着目して、電子ファイルの送信を行っているわけではないから、送信側プロバイダの通信装置中のデータを転送する装置部分は、「当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるもの」に該当するというべきである。

(ウ)  また、プロバイダ責任制限法2条4号は、当該送信装置に入力された情報が多数の者に送信されるものに限ると規定しているわけではないから、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信が1対1の電気通信であるからといって、「特定の者」に対する通信となるわけではないことは、前記(1)イにおいて述べたとおりである。

(二)  被告の主張
(1)  送信側ユーザーから受信側ユーザーへの電子ファイルの送信は、プロバイダ責任制限法4条1項、2条1号にいう「特定電気通信」に該当しない。
ア プロバイダ責任制限法4条1項、2条1号にいう「特定電気通信」とは、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」である。しかしながら、ウインエムエックスにより電子ファイルを送信する場合、送信側プロバイダの通信装置は、送信側コンピュータから受信側コンピュータへ電子ファイルが送信されるという、送信側ユーザーと受信側ユーザーとの間の1対1の通信を媒介しているものにすぎない。

イ 仮に、ウインエムエックスによる情報の流通において、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」と評価されるべき状態が生じているようにみえたとしても、これは、あくまで送信側コンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに記録された電子ファイル自身について、そのような状態が生じているものにすぎない。送信側プロバイダの通信装置は、このような状態にある電子ファイルが受信側ユーザーの個別の要求に応じて送信される段階において、上記アのとおり、特定の1対1の通信を媒介しているものにすぎない。v
ウ 原告らは、プロバイダ責任制限法の解釈において、通信が特定の者に対して行われたというためには、当該通信と関係のない目的による一定の人的なつながりが必要であるなどと主張する。

しかしながら、プロバイダ責任制限法においては、電子メールによる通信は、迷惑メール等その通信が多数の者にあてて同時に送信されるものであっても、「特定電気通信」に含まれないと解釈されている。このような迷惑メールにおいて、発信者と受信者との間に当該メールの送受信と関係のない目的による一定の人的なつながりなどはあり得ない。原告らの上記解釈が狭きに失することは明らかである。

(2)  被告の主張は、いわゆる経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当しないとした別件判決と整合する。
ア 別件判決は、次のとおり、発信者が特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録する際にインターネット接続サービスを提供したいわゆる経由プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に当たらないと判断した。

イ 別件判決は、「記録媒体への情報の記録又は上記送信装置への情報の入力とその後の当該情報の送信、すなわち法2条1号のいう『送信』とを区別し、特定電気通信設備たる上記記録媒体又は上記送信装置を用いる特定電気通信役務提供者が、同号にいう『送信』を行い、特定電気通信の始点に位置することを前提としているものと解される」とした上で、「特定電気通信設備の記録媒体に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置に情報を入力することは、当該特定電気通信設備を用いる電気通信役務提供者による特定電気通信以前の、これとは別個の、当該情報の記録又は入力を目的とする発信者から特定電気通信役務提供者に対する1対1の電気通信にすぎないから、それを媒介するにすぎない経由プロバイダをもって、特定電気通信役務提供者(開示関係役務提供者)と解することはできない」と判示している。

ウ ウインエムエックスによる電子ファイルの送受信において、送信側プロバイダは、送信側ユーザーと発信側ユーザーとの間の1対1の送受信を、導管としてのインターネット設備によって媒介したにすぎず、送受信に係る当該情報を全く管理していない。したがって、プロバイダ責任制限法に関する別件判決の上記解釈は、本件においても当てはまる。

(3)  送信側プロバイダの通信装置は、プロバイダ責任制限法4条1項、2条2号にいう「特定電気通信設備」に該当せず、送信側プロバイダは、プロバイダ責任制限法4条1項、2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当しない。
ア プロバイダ責任制限法4条1項、2条2号にいう「特定電気通信設備」とは、「特定電気通信の用に供される電気通信設備」をいう。しかしながら、前記(1)のとおり、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、「特定電気通信」に当たらない。したがって、送信側プロバイダの通信装置は、前記「特定電気通信設備」に当たらず、送信側プロバイダは、プロバイダ責任制限法4条1項、2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に当たらない。

イ プロバイダが前記「特定電気通信役務提供者」とされ、プロバイダ責任制限法の適用を受けるためには、当該プロバイダが、不特定の者への情報の送信について、主体的に関与し又は一定の管理権限を有することを、当然の前提としているものというべきである。

また、プロバイダは、プロバイダ責任制限法4条に基づく発信者情報の開示請求を受けた場合、まず自らの責任において、同条1項1号の定める権利侵害要件について判断せざるを得ないのであるから、プロバイダ責任制限法は、プロバイダがこのような第一次判断を当然にすることができることを前提として構成されているものと解される。しかしながら、ウインエムエックスによる情報の流通におけるプロバイダの役割は、契約者に対して、導管としての通常のインターネット接続サービスを提供しているものにすぎないから、プロバイダは、情報の流通に何ら主体的に関与しておらず、何らの管理権限も有していない。仮に、プロバイダが、その通信内容を確認しようとした場合には、自らウインエムエックスを利用して、直接、送信側コンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに記録された当該情報を受信しなければならないが、このような結果を招来するような法の解釈は、いかにも不合理である。

この点につき、原告らは、「特定電気通信」であるためには、不特定の者への情報の送信について主体的に関与し又は一定の管理権限を有することなどは前提とされていない旨主張する。

しかしながら、その立法過程における立法担当者の答弁の内容などにかんがみれば、プロバイダ責任制限法は、既に流通状態に置かれた後の情報、すなわち電子掲示板やウェブサーバー等に記録された情報の送受信を対象とした法律であり、第三者からその通信内容を確認することのできない1対1の通信である電子メールやウインエムエックスによる通信については、その対象としていないものと解すべきである。

ウ 逐条解説は、「特定電気通信設備」の例として、いわゆる蓄積型においてはウェブサーバ、いわゆる非蓄積型においてはストリームサーバなど、それ自体により不特定の者に受信されることを直接可能とする設備を挙げている。したがって、プロバイダ責任制限法の立法担当者は、プロバイダ責任制限法4条1項、2条2号にいう「特定電気通信設備」について、その設備自体が不特定者の受信を直接可能とする性質の設備であることを前提として解釈しているものと解される。このように「特定電気通信設備」を実質的に限定して解釈することについては、前記イのとおり、プロバイダ責任制限法が、当該プロバイダが不特定の者に対する情報の送信において主体的に関与し又は一定の管理権限を有することを当然の前提としていると解されることからも、実質的に理由があるというべきである。

ウインエムエックスによる電子ファイルの送信の場合、送信側プロバイダの通信装置は、送信側ユーザーから受信側ユーザーへの電子ファイルの送信において、当該情報を不特定の者に受信可能とする状態に置く機能を全く果たしていないのであるから、「特定電気通信設備」に当たらない。

(4)  送信側ユーザーは、プロバイダ責任制限法4条1項、2条4号にいう「発信者」に該当しない。
送信側ユーザーは、送信側プロバイダの有する通信装置に情報を入力したということはできるとしても、前記のとおり、その情報は、1対1の通信として特定の受信側ユーザーに送信されるものであるから、「当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者」という前記「発信者」の要件を満たさない。

2 争点2
本件個人情報の流通によって原告らの権利が侵害されたことが明らかであり、プロバイダ責任制限法4条1項1号の定める権利侵害要件が充足されているか。

(一)  原告らの主張
本件個人情報は、原告らのプライバシーに関する情報であり、一般人の感覚を基準として他人に知られたくない個人情報に当たる。

したがって、本件電子ファイルが不特定人へ送信されたことにより、原告らのプライバシー権が侵害されたことは明らかであり、権利侵害要件も認められる。また、被告自身において、「発信者」であるユーザー942が本件電子ファイルを不特定の者に発信したかどうかを責任をもって検証することができないとしても、裁判所がこれを認定することは十分可能であるから、この点は、本件請求の当否に何ら影響を与えるものではない。

(二)  被告の主張
被告は、本件送信について管理し得る立場にないから、ユーザー942が平成14年12月6日22時48分ころにDの送信要求に応じて本件送信を行ったことについて確認することができない。したがって、被告は、権利侵害要件について責任をもって検証し、これを判断することができない。そして、このことは、被告がプロバイダ責任制限法4条1項、2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当すると解釈すること自体に無理があることを示すものである。

3 争点3
本件において、プロバイダ責任制限法4条1項2号にいう「発信者情報の開示を受けるべき正当な理由」が認められるか。
(一)  原告らの主張
原告らは、本件電子ファイルのウインエムエックス共有フォルダからの削除、慰謝料の支払等の請求をユーザー942に対して行うに当たって、本件発信者情報を知ることが必要である。したがって、プロバイダ責任制限法4条1項2号にいう「発信者情報の開示を受けるべき正当な理由」(以下「正当理由要件」という。)が認められる。

(二)  被告の主張
正当理由要件については、通信の秘密の保障との関係において、厳格にとらえられるべきであり、発信者のプライバシー等の保護などが考慮すべき重要な要素となる。以下の事情にかんがみれば、本件において、正当理由要件を認めることはできない。

ア 原告らは、自己の住所、氏名等がウインエムエックスによる送受信の対象とされたことを明らかにしただけであり、具体的な被害状況を立証していない。

イ 本件発信者情報が開示された場合、ユーザー942のコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダの中身が、同人との関連において広く知られるおそれがある。したがって、ユーザー942の名誉ないしプライバシー権に対する重大な侵害が生ずることは明らかである。

ウ ユーザー942は、本件電子ファイルをウインエムエックス共有フォルダから削除した上で、本件発信者情報の開示に反対している。

第三 当裁判所の判断
一 争点1について
1 プロバイダ責任制限法4条1項は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、同項各号の定める要件のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、その保有する上記権利の侵害情報の発信者の氏名、住所等所定の発信者情報を開示することを請求することができる旨定めている。

2 そこで、まずウインエムエックスによる電子ファイルの送信が、プロバイダ責任制限法4条1項にいう「特定電気通信」に該当するか否かについて判断する。

(一)  プロバイダ責任制限法2条1号は、上記の「特定電気通信」について、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(電気通信事業法(昭和59年法律第86号)第2条第1号に規定する電気通信をいう。以下この号において同じ。)の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)」をいうと定義している。

(二)  まず、ウインエムエックスの客観的機能及びウインエムエックスにおける情報の流通過程を見ると、前記前提となる事実記載のとおり、ウインエムエックスは、ウインエムエックスを搭載しているコンピュータ間において、各コンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに記録されている電子ファイルの検索及び送受信を可能とするコンピュータ・プログラムということができる。そして、ウインエムエックスによる情報の流通は、①受信側ユーザーが、受信側コンピュータ上のウインエムエックスの操作画面において検索条件を入力する、②他のコンピュータが、当該検索条件を満たす情報を含んだ電子ファイルを、そのウインエムエックス共有フォルダ内に記録している場合には、受信側コンピュータに対し、その旨の回答がされる、③受信側ユーザーは、受信側コンピュータ上のウインエムエックスの操作画面において、送信側コンピュータに対する当該電子ファイルの送信要求を入力する、④送信側コンピュータから受信側コンピュータに対して当該電子ファイルが送信される、という一連の流れによって実現される。このようなウインエムエックスによる情報の流通過程において、受信側ユーザーは、受信側コンピュータ上のウインエムエックスの操作画面に、検索条件及び送信要求を入力することが必要である。しかし、本件のような原則的な設定の場合、送信側ユーザーを含むそれ以外のウインエムエックスのユーザーは、当初に送信側ユーザーがウインエムエックス共有フォルダに当該電子ファイルを記録する以外には、自らのコンピュータによる送受信等の操作をする必要はなく、検索条件の流通、電子ファイルの送受信等は、ウインエムエックスによって自動的に行われる。

(三)  前記前提となる事実及び上記(二)においてみたようなウインエムエックスの客観的機能とウインエムエックスにおける情報の流通過程にかんがみれば、ウインエムエックスのユーザーは、自己のコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに電子ファイルを記録することによって、当該電子ファイルに含まれた情報を、ウインエムエックスのユーザーであれば、だれでも取得することができる状態に置いたということができる。そして、送信側コンピュータから受信側コンピュータに対する電子ファイルの送信は、受信側ユーザーの送信要求に応じて自動的に行われるものにすぎないのであるから、送信側ユーザーは、当該電子ファイルに含まれた情報を送信するのか否か、また、だれに対して送信するのかについて、関与することがないということができる。これらによると、ウインエムエックスのユーザーは、自己のコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに電子ファイルを記録することによって、当該電子ファイルに含まれた情報を、「不特定の者によって受信されることを目的」として、「不特定の者」に送信したというべきであり、その結果、現に、当該情報は、不特定の者によって受信されることになったということができる。

(四)  プロバイダ責任制限法が、一定範囲の情報につき、プロバイダの責任を過重するのではなく、制限した上、これによって権利を侵害された者の救済のため発信者の特定に関する情報の開示請求権を認めていること、及びその適用のある情報の範囲につき、プロバイダ責任制限法2条1号が、「不特定の者によって受信される電気通信」という定め方ではなく、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」という定め方をしていることからすると、「不特定」か否かの判断は、これを送信するため当該情報の最初の記録又は入力をした発信者を基準として判断すべきである。また、「通信」という用語の一般的意味は、情報を発信しようとした発信者から、これを最終的に受け取った受信者までの情報の流れ全体をいうものと考えられる。

(五)  以上の検討結果に照らして、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信が、プロバイダ責任制限法4条1項、2条1号にいう「特定電気通信」に該当するか否かについて判断すると、ウインエムエックスのユーザーが、自己のコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに電子ファイルを記録し、その後、当該電子ファイルに含まれた情報が、他のウインエムエックスのユーザーに受信されるまでの一連の情報の流れ全体が、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」に該当するというべきである。そうすると、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、上記のようなウインエムエックスによる一連の情報の流れ全体の中における、送信側コンピュータから受信側コンピュータに対して電子ファイルに含まれた情報が送信される一場面であるから、これが「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信(…中略…)の送信」に該当することは明らかである。

また、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。」とは、テレビやラジオ等のいわゆる放送を除外する趣旨であると解されるところ、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信が、これに該当しないことも明らかである。

以上によれば、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、プロバイダ責任制限法4条1項、2条1号にいう「特定電気通信」に該当するということができる。

(六)これに対し、被告は、①ウインエムエックスにより送信側コンピュータから受信側コンピュータに対して電子ファイルが送信される際、送信側プロバイダの通信装置は、送信側ユーザーと受信側ユーザーとの間の1対1の通信を媒介しているにすぎないから、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」に該当しない、②「特定電気通信」とは、「特定電気通信設備」を用いる「特定電気通信役務提供者」が始点に位置することを前提として、「特定電気通信役務提供者」によって送信されるものであることを要するなどと主張するので、判断を示す。

(1)  被告の上記主張①について
ア ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、送信側コンピュータが、受信側コンピュータからの送信要求を受けて、自動的に行うものであり、その送信先は受信側コンピュータに特定されている。そうすると、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信については、当該送信の時点を基準として当該電子ファイルの送信それ自体についてみた場合、確かに、受信側コンピュータと送信側コンピュータとの間の1対1の通信と解することもできないではない。

イ しかしながら、前記(五)において説示したとおり、ウインエムエックスのユーザーが、自己のコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに電子ファイルを記録し、当該電子ファイルが他のウインエムエックスのユーザーに送信されるまでの一連の情報の流れ全体が、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」なのであるから、このような一連の情報の流通過程の一部のみを切り取った上、当該部分だけを見て「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」であるか否かを検討しても意味はないというべきである。そうすると、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信は、このような一連の情報の流通過程中の一場面にすぎないのであるから、その電子ファイルの送受信だけを見れば、送信側ユーザーと受信側ユーザーとの間の1対1の通信と解することができるからといって、これを「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」に当たらないということはできない。

いい方を変えるならば、送信側ユーザーは、電子ファイルをウインエムエックス共有フォルダに記録することによって、だれでも当該電子ファイルを取得することができる状態に置いたのであり、送信側コンピュータと受信側コンピュータとの間の当該電子ファイルのやりとりが1対1の通信にみえることは、このように不特定の者へ向けられて送信された電子ファイルに含まれた情報が、実際に受信された時点における当該受信のみを基準としてみれば、1対1の通信であるようにみえることを意味するにすぎないのである。したがって、1対1の通信にみえることは、何ら当該通信が「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」であることを否定する理由となるものではない。

さらにいうと、例えば、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「特定電気通信」に該当することが明らかであるいわゆる電子掲示板についてみても、ある者(以下「書込者」という。)が、ある電子掲示板に他人の権利を侵害する書込をした場合において、当該電子掲示板を閲覧した第三者(以下「閲覧者」という。)が、その書込による情報を受信すること自体は、当該受信のみについてみれば、書込者と閲覧者との間の1対1の通信にすぎないのである。いわゆる電子掲示板が「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」であるとして、「特定電気通信」に該当するのは、書込者が、電子掲示板に書込をすることにより、だれでも当該電子掲示板を閲覧して当該書込に係る情報を取得することができる状態とするからにほかならない。このような事例にかんがみても、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信が当該送信自体についてみれば1対1の通信にみえることは、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信が「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」であることを否定する理由となり得ないことは明らかである。

ウ 被告は、プロバイダ責任制限法の解釈として、電子メールの送信については、その送信者がメールアドレスをランダムに作成して多数の者に電子メールを送信する、いわゆる迷惑メールという態様であっても、これは1対1の通信であるから「特定電気通信」に該当しないものと解されており、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信についても同様に考えるべきである旨主張する。

しかしながら、電子メールの送信は、その送信者自身において、相手方のメールアドレスを入力して、その相手方を特定した上で、これを送信するものであるから、その情報の流通を客観的にみれば、上記の迷惑メールの態様であっても、基本的には、1対1の通信が集合したものにすぎないというほかない。

これに対して、ウインエムエックスによる情報の流通の場合には、前述したとおり、ウインエムエックスのユーザーは、電子ファイルを自己のコンピュータのウインエムエックス共有フォルダに記録することによって、だれでも当該電子ファイルを取得することができる状態に置いており、これ自体が「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」の一部というべきものである。そして、送信側ユーザーは、電子ファイルをウインエムエックス共有フォルダに記録した後は、当該電子ファイルに含まれた情報を実際に送信するのか否か、また、だれに対して送信するのかについて関与しないのであるから、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信と電子メールの送信とは本質的に異なる情報通信手段であることは明らかである。

(2)  被告の前記主張②について
ア 被告は、別件判決を援用した上で、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「特定電気通信」とは、「特定電気通信設備」を用いる「特定電気通信役務提供者」が始点に位置することを前提とした上で、「特定電気通信役務提供者」によって送信されるものであることを要する旨主張する。

イ しかしながら、プロバイダ責任制限法2条1号は、その文理上、「特定電気通信」の行為主体が「特定電気通信役務提供者」である旨を定めているとは、直ちに解することができない。

むしろ、前示のとおり、「通信」とは、文言の意味からして、ある情報が発信されてから、これが受信されていくまでの一連の流れを全体として意味するものと解するのが自然であり、「電気通信」の性質上からも、同様に解すべきである。プロバイダ責任制限法が、このような「電気通信」について、例えば、発信者から特定電気通信役務提供者までの通信、特定電気通信役務提供者から受信者までの通信というように、一連の流れを物理的現象ごとに区切って分断し、各段階ごとに「特定電気通信」であるか否かを吟味することを予定していると解することはできない。また、このような分断的理解を許すと、システム構築等を技術的に変更することにより、いかようにも、プロバイダ責任制限法の適用の有無が左右されることにもなりかねず、不合理な結果をもたらしかねない。

さらに、プロバイダ責任制限法とは、一定の情報が、「発信者」によって、「不特定の者」を対象とする情報の流通の場に投げ出され、その結果、権利が侵害された場合、通信を「媒介」するなどしてこれに関与した「特定電気通信役務提供者」は、その発信者の住所、氏名等の発信者情報は知っているであろうが、その情報の内容は予知していないことが多いであろうことを考慮して、「特定電気通信役務提供者」の損害賠償責任を制限するとともに、当該情報の流通によって権利を侵害されたとする者が上記「発信者」に対して責任の追及等を行うことができるようにするため、「特定電気通信役務提供者」に対する発信者情報の開示の請求権について定めた法律と理解することができる。このようなプロバイダ責任制限法の趣旨からみても、プロバイダ責任制限法の適用を画する概念である「特定電気通信」とは、「発信者」から発信された情報が「不特定の者によって」受信されるまでの一連の情報の流れ全体を意味するものであると解すべきである。

また、プロバイダ責任制限法2条1号にいう「電気通信」とは、電気通信事業法2条1号の規定する「電気通信」と同じであるところ、電気通信事業法2条1号は、「電気通信」について、「有線、無線その他の電磁的方式により、符号、音響又は影像を送り、伝え、又は受けることをいう」と定義している。そして、電気通信事業法が、テレビ放送、ラジオ放送等に関する法律であることにかんがみれば、同法にいう「電気通信」とは、ある情報が発信されてから受信されるまでの一連の情報の流れ全体を意味しているものと解するのが相当である。

ウ 以上の検討によれば、「特定電気通信」とは、ある情報が発信されてから、これが「不特定の者によって」受信されるまでの一連の情報の流れ全体を意味しており、「特定電気通信」の始点は、当該情報の「発信者」であると解すべきである。

よって、被告の前記主張②を採用することはできない。

3 次に、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信において、送信側プロバイダの通信装置が、プロバイダ責任制限法4条1項にいう「特定電気通信設備」に該当するか否かについて検討する。

(一)  プロバイダ責任制限法2条2号は、上記の「特定電気通信設備」について、「特定電気通信の用に供される電気通信設備(電気通信事業法第2条第2号に規定する電気通信設備をいう。)」をいうと定義している。そして、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信が「特定電気通信」に該当することについては、前記2において説示したとおりであるから、この送信の媒介をしている送信側プロバイダの通信装置が前記の「特定電気通信の用に供される電気通信設備」に該当することは明らかである。

したがって、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信において、送信側プロバイダの通信装置は、プロバイダ責任制限法4条1項にいう「特定電気通信設備」に当たるというべきである。

(二)  この点につき、被告は、プロバイダ責任制限法2条2号にいう「特定電気通信設備」とは、その設備自体が不特定の者による受信を直接可能とする性質の設備であることを要する旨主張する。

しかしながら、電気通信事業法2条2号が、「電気通信設備」について、「電気通信を行うための機械、器具、線路その他の電気的設備」をいうと定義していること、プロバイダ責任制限法2条2号及び4条1項の規定には、「特定電気通信設備」について被告主張のように解釈すべき文理上の根拠はないこと、プロバイダ責任制限法を精読しても、2条2号の外に、「特定電気通信設備」の性質、性能について規定した条項は見当たらないことからすると、プロバイダ責任制限法が、「特定電気通信設備」それ自体について、一定の性質、性能を要求しているものとは到底解することができない。

したがって、被告の上記主張は、採用することができない。

4 さらに、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信において、送信側プロバイダが、プロバイダ責任制限法4条1項にいう「特定電気通信役務提供者」に該当するか否かについて検討する。

(一)  プロバイダ責任制限法2条3号は、上記の「特定電気通信役務提供者」について、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」をいうと定義している。そして、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信において、送信側プロバイダの通信装置が「特定電気通信設備」に該当することは、前記3において判示したとおりである。また、送信側プロバイダの通信装置は、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信において、送信側コンピュータから受信側コンピュータに当該電子ファイルが送信される際に使用されるものである。そうすると、送信側プロバイダが、送信側ユーザーと受信側ユーザーとの間における「他人の通信」を「媒介」しており、「特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者」に該当することは明らかである。

(二)  この点につき、被告は、プロバイダが上記の「特定電気通信役務提供者」に該当するというためには、当該プロバイダが、「不特定の者」への情報の送信について、主体的に関与し又は一定の管理権を有することを当然の前提としている旨主張する。

しかしながら、プロバイダ責任制限法を精査しても、「特定電気通信役務提供者」をそのように限定して解すべき旨を定めた規定、あるいはそのような解釈の根拠となるべきような文言は、見当たらない。前示したように、プロバイダ責任制限法は、「特定電気通信」において、ある情報の発信者と受信者との間に立って情報の媒介を行っているプロバイダ等が存在し、これらのプロバイダ等が、その発信者の特定に資する情報を有している可能性が高いことにかんがみて、「特定電気通信役務提供者」に対する発信者情報の開示を請求する手続をプロバイダ責任制限法4条1項に定めたものと解される。そうだとすれば、同項が定める「特定電気通信役務提供者」は、「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介」するなどの行為をする者であれば足り、これを超えて当該「特定電気通信」に主体的に関与し、又は一定の管理権を有することなどは何ら要求されていないというべきである。

なお、「特定電気通信役務提供者」という文言は、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任について定めるプロバイダ責任制限法3条においても用いられている。しかし、同条は、特定電気通信に関与する者の責任を創設する規定ではなく、むしろ、「送信を防止する措置を講ずることが技術的に可能な場合」、「他人の権利が侵害されていることを知っていたとき」などの要件を定めて、その損害賠償責任を制限するものである。したがって、同条を合わせ考慮しても、「特定電気通信役務提供者」を「特定電気通信」に主体的に関与する者などと限定して解釈すべき根拠は見当たらない。

(三)  また、送信側プロバイダは、ある情報の送信がウインエムエックスを使用したものであるのか否か、また、当該情報が第三者の権利を侵害するものであるか否かについて、特段の事情がない限り、これを確かめる手段がないと考えられる。したがって、被告の指摘するように、送信側プロバイダとしては、プロバイダ責任制限法4条に基づく発信者情報の開示請求を受けた場合、権利侵害要件を充足しているか否かについて、判断することが困難なときがあるといわざるを得ない。

しかしながら、権利侵害要件については、発信者情報の開示を請求する者において主張立証すべきものである。そして、同条4項は、特定電気通信役務提供者は「第一項の規定による開示の請求に応じないことにより当該開示の請求をした者に生じた損害については、故意又は重大な過失がある場合でなければ、賠償の責めに任じない。」と定めている。したがって、送信側プロバイダにおいて、権利侵害要件を判断することができない場合には、裁判外の任意請求である限り、発信者情報の開示を拒絶すれば足りるということができる。そうすると、ウインエムエックスによる情報の流通における送信側プロバイダは、その通信に主体的に関与しておらず、管理権も有していないため、権利侵害要件を判断することが困難な場合があるとしても、発信者情報の開示請求を受けた場合に、格別な困難あるいは不利益を受けることはないというべきである。

以上によれば、送信側プロバイダにおいて権利侵害要件を判断することが困難な場合があるとの事情は、送信側プロバイダが「特定電気通信役務提供者」に該当するか否かを判断する際に考慮すべき事柄ではないというべきである。

5 最後に、ウインエムエックスによる情報の流通において、送信側ユーザーが、プロバイダ責任制限法4条1項にいう「発信者」に該当するか否かについて検討する。

(一)  プロバイダ責任制限法2条4号は、上記「発信者」について、「特定電気通信役務提供者の用いる特定電気通信設備の記録媒体(当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を記録し、又は当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者」をいうと定義している。そして、ウインエムエックスによる情報の流通において、送信側プロバイダ又は受信側プロバイダの記録装置に情報が記録されることはないから、ウインエムエックスによる情報の流通において、送信側ユーザーが上記の「発信者」に該当するというためには、「特定電気通信役務提供者の用いる(…中略…)当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者」に該当することを要するということになる。

(二)  そこで検討するに、ウインエムエックスにより電子ファイルが送信される際、送信側ユーザーが送信側コンピュータのウインエムエックス共有フォルダに記録した当該電子ファイルに含まれた情報は、送信側プロバイダの通信装置に入力されて、受信側コンピュータへと送信される。上記送信側プロバイダの通信装置への入力は、送信側コンピュータが、受信側コンピュータからの送信要求に応じて自動的に行うものであり、この際、送信側ユーザーは特段の行為をするわけではない。しかしながら、送信側ユーザーは、送信側コンピュータのウインエムエックス共有フォルダに当該電子ファイルを記録することによって、だれからの送信要求に対しても、自動的に当該電子ファイルを送信し得る状態に置くことになることを知りつつ、そのような状態に置いたというべきであるから、上記送信側プロバイダの通信装置への入力は、送信側ユーザーが行ったものであると評価すべきである。コンピュータを用いた電気通信の性質にかんがみると、実際に情報が送受信される時点において、コンピュータのユーザーが物理的操作をしていなくとも、そのような送受信がされることを予期して、これを実現させるための操作を行い、後に、コンピュータが送受信をした場合には、当該ユーザーが送信又は受信の入力を行ったと解さざるを得ないからである。

したがって、送信側ユーザーは、「特定電気通役務提供者の用いる(…中略…)当該特定電気通信設備の送信装置(当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。)に情報を入力した者」に該当する。

(三)  この点につき、被告は、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信の際、当該電子ファイルに含まれた情報は、送信側プロバイダに入力された後、受信側コンピュータへと送信されるから、プロバイダ責任制限法2条4号の括弧書きの「当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。」という要件を満たさない旨主張する。

しかしながら、プロバイダ責任制限法2条4号が、その括弧書きにおいて、「当該記録媒体に記録された情報が不特定の者に送信されるものに限る。」又は「当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。」と規定した趣旨は、「特定電気通信」すなわち「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」によって流通される情報の記録又は入力及び送信を行う装置であることが必要であることを確認したものにすぎないと解するのが相当である。そして、このような見地からすれば、プロバイダ責任制限法2条4号の括弧書きの「情報が不特定の者に送信されるもの」であるか否かは、前示したように、「発信者」にとって、「不特定の者」に対して当該情報が送信されるものといえるか否かについて検討すれば足りるというべきである。

そうすると、前記のとおり、送信側ユーザーは、送信側コンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに電子ファイルを記録することによって、これを不特定の者により受信されることが可能な状態に置いたのであるから、実際に、送信側コンピュータから受信側コンピュータに送信された電子ファイルに含まれた情報が、送信側ユーザーにとって「不特定の者」に対して送信された情報というべきものであることは明らかである。

したがって、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信の際、送信側プロバイダの通信装置に当該情報が入力され、これが受信側プロバイダに送信された場合は、送信側プロバイダの通信装置は、プロバイダ責任制限法2条4号の括弧書きの「当該送信装置に入力された情報が不特定の者に送信されるものに限る。」という要件を満たしているということができる。

(四)  以上によれば、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信において、送信側ユーザーは、プロバイダ責任制限法4条1項、2条4号にいう「発信者」に該当するというべきである。

6 前記1ないし5において検討したところによれば、ウインエムエックスによる情報の流通により権利を侵害されたと主張する者は、ウインエムエックスによる電子ファイルの送信が「特定電気通信」であると主張して、送信側プロバイダに対し、送信側ユーザーに関する情報の開示を請求することができる。

二 争点2について
1 原告らは、本件電子ファイルに含まれた本件個人情報が公開されたことにより、原告らのプライバシー権が侵害されたことは明らかであるから、権利侵害要件を充足する旨主張する。

2 そこで検討するに、プロバイダ責任制限法4条1項1号は、発信者情報の開示の要件として、「侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」を挙げている。

この要件を詳細に吟味すれば、特定電気通信による情報の流通によって、発信者情報の開示を請求する者の有する名誉等の権利が侵害されたことが明白であることに加え、このような権利を侵害する発信者の行為について、その違法性を阻却する事由の存在を窺わせるような事情が存在しないことをも意味するものと解される。

3 そこで上記見地から、本件において権利侵害要件が充足されているか否かについて検討する。
(一)  まず、本件個人情報の流通によって、原告らのプライバシー権が侵害されたものといえるか否かについてみることとする。

本件個人情報は、原告らの氏名、年齢、職業、住所、電話番号、メールアドレス等をその内容とするものである。このうち、個人の氏名、住所、電話番号及びメールアドレスについては、私生活の本拠である住居及び個人に対する連絡方法を特定する情報であり、このような情報を一般に公表するか否かについては、そもそも当該個々人において自ら決定すべきものであることは明らかである。また、年齢、職業についても、個人的な事柄であるため、これを無関係な第三者には知らせないのが一般的である。さらに、本件においては、インターネットを用いた情報の公開が問題となっているところ、インターネットによって情報を公開した場合、その情報は即時かつ際限ない範囲にわたって伝達し得ること、また、特に個人に関する情報については、何らかの形で悪用されるおそれがあることについては、いずれも公知の事実である。

そうすると、本件個人情報が、一般人の感覚を基準にして、原告らの立場に立った場合において、自ら同意しない限り、公開を欲しないであろう事柄であり、これらを公開されない利益が、いわゆるプライバシー権として、法的に保護されるべきものであることは明らかというべきである。

そして、前記前提となる事実記載のとおり、上記のような本件個人情報を含んだ本件電子ファイルは、ユーザー942の使用するコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに記録され、ウインエムエックスのユーザーであればだれでも取得することができる状態となったのである。そうすると、本件個人情報は、インターネット上において公開されたというべきであり、現にDの送信要求に応じて、本件電子ファイルが自動的にDに送信されているのである。

以上によれば、本件個人情報の流通により、原告らのプライバシー権が侵害されたことは、明らかというべきである。

(二)次に、ユーザー942が本件個人情報をインターネット上において公開した行為について、その違法性を阻却する事由の存在を窺わせるような事情が存在しないといえるか否かについて検討する。

ユーザー942が本件個人情報を公開した行為は、上記のとおり、原告らのプライバシー権を侵害するものであるから、特段の事情のない限り、違法というべきものである。

そして、前記前提となる事実記載のとおり、被告が、ユーザー942に対して、本件発信者情報の開示についての意見を聴取したところ、ユーザー942は、本件発信者情報の開示については勘弁して欲しい旨述べたものの、弁論の全趣旨によれば、本件個人情報を公開したことについて、正当な理由があることを窺わせるような事情を何も述べていないことが認められる。これに加え、本件個人情報の内容と性質にかんがみると、これを不特定の者に公開することについての正当な理由は容易には想定し難いといわざるを得ない。

そうすると、ユーザー942が本件個人情報を公開した行為について、その違法性を阻却する事由の存在を窺わせるような事情は存在しないものというべきである。

4 以上によれば、本件個人情報の流通によって、原告らの権利が侵害されたことは明らかであり、プロバイダ責任制限法4条1項1号の定める権利侵害要件が充足されているというべきである。

三 争点3について
1 原告らは、本件電子ファイルのウインエムエックス共有フォルダからの削除及び慰謝料の支払等の請求をユーザー942に対して行うに当たって、本件発信者情報を知ることが必要であるから、本件発信者情報の開示を受けるべき正当な理由がある旨主張する。

2 そこで検討するに、プロバイダ責任制限法4条1項2号は、正当理由要件について、「当該発信者情報が当該開示の請求をする者の損害賠償請求権の行使のために必要である場合その他発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき」と定めている。そして、弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件個人情報が公開されたことによって、原告らのプライバシー権が侵害された旨主張し、本件個人情報を公開したユーザー942に対し、本件電子ファイルのウインエムエックス共有フォルダからの削除、慰藉料の支払等を請求するために、本件発信者情報の開示を求めたことが認められる。したがって、本件において、正当理由要件が充足されていることは明らかというべきである。

なお、前記前提となる事実記載のとおり、ユーザー942は、平成15年1月23日に、その使用するコンピュータのウインエムエックス共有フォルダから、本件電子ファイルを削除したことが認められる。しかしながら、前記二において説示したとおり、本件個人情報の公開により、既に、原告らのプライバシー権が侵害されたことは明らかであり、原告らのユーザー942に対する損害賠償請求権がその後に消滅したとの事情も窺われないから、本件電子ファイルが、原告らによる被告への発信者情報の開示請求後に、ユーザー942の使用するコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダから削除されたことは、正当理由要件が充足されている旨の上記結論を覆すものではない。

3 この点につき、被告は、正当理由要件が充足しているか否かを判断する際には、発信者のプライバシーの保護等を考慮すべきであり、原告らが、具体的な被害状況を立証していないこと、ユーザー942が、本件発信者情報の開示に反対しており、本件発信者情報が開示された場合に、ユーザー942の名誉ないしプライバシー権が侵害されることにかんがみれば、正当理由要件を充足していない旨主張するので、以下検討する。

(一)  プロバイダ責任制限法4条1項2号が、単に、「発信者情報の開示を受けるべき必要があるとき」ではなく、「発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるとき」という定め方をしていることにかんがみれば、正当理由要件が充足しているというためには、発信者情報の開示を請求した者が発信者情報を入手することについて合理的な必要性が認められることを要し、その際には、当該開示請求を認めることによって制約されることとなる発信者の利益についても考慮することが必要というべきである。

(二)  そこで検討するに、前記前提となる事実のとおり、本件では、プロバイダ責任制限法4条2項に基づく意見聴取に対して、発信者が発信者情報の開示に反対していることからすると、この開示によって、発信者に不利益等が生ずる可能性があることは当然予想されるところである。

しかしながら、発信者が発信者情報の開示に反対していること自体から、正当理由要件の充足が否定されるわけではないことは明らかである上、既に説示したとおり、ユーザー942は、発信者情報の開示に反対した際、本件個人情報を公開したことの正当理由等を明示しておらず、その他公開の正当理由の存在を窺わせる事情を認めることはできない。

また、甲第1号証(個人情報ファイル公開者に関する調査結果報告書)によると、ユーザー942は、その使用するコンピュータ内のウインエムエックス共有フォルダに、本件電子ファイル以外に、わいせつな内容である可能性のある情報を含んだ電子ファイルを複数記録していることが認められる。そして、このような内容の電子ファイルをウインエムエックス共有フォルダに複数記録しているということは、一般人において通常知られたくない事柄であるということができる。そうすると、本件発信者情報が開示され、ユーザー942の氏名及び住所が明らかとなることによって、ユーザー942の名誉ないしプライバシー権が害されることとなることも予想され得るところではある。

しかしながら、ユーザー942が本件個人情報を開示したことにより、原告らのプライバシー権が侵害されたことは前記説示のとおりであり、本件発信者情報を開示した結果として、ユーザー942の名誉ないしプライバシー権が害されることがあり得るとしても、このことが、本件発信者情報の開示の必要性を減少させるものではない。また、プロバイダ責任制限法4条3項は、「第1項の規定により発信者情報の開示を受けた者は、当該発信者情報をみだりに用いて、不当に当該発信者の名誉又は生活の平穏を害する行為をしてはならない」と定めているので、原告らは、本件発信者情報の開示を受けた後、ユーザー942の名誉ないしプライバシー権に配慮する義務を負うものというべきである。したがって、この限りにおいて、ユーザー942の名誉ないしプライバシー権は一定の保護を受けているということができる。

なお、被告は、原告らが本件個人情報による被害状況の立証をしていない旨主張するが、前記説示のとおり、原告らのプライバシー権が侵害されたことは明らかであるから、これを超えて具体的な被害状況を立証することは不要というべきである。

(三)  よって、被告の正当理由要件に関する前記主張は、採用することができない。
4 以上によれば、本件において、プロバイダ責任制限法4条1項2号にいう「発信者情報の開示を受けるべき正当な理由」が認められることは明らかというべきである。

第四 結論
以上によれば、原告らの請求は理由があるから、いずれもこれを認容することとし、訴訟費用につき民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第38部
(裁判長裁判官・菅野博之,裁判官・内野俊夫,村田一広)
別紙 プライバシー侵害情報目録 (省略)