H18.1.19 知財高裁
審決取消請求事件
平成18年1月19日判決言渡
平成17年(行ケ)第10193号 審決取消請求事件
判 決
原告 株式会社第一アメニティ
同訴訟代理人弁護士・新保克芳,同・村田真一,同訴訟代理人弁理士・鈴木俊一郎,同・八本佳子,同・辻野利永子
被告 有限会社アルファグリーン
同訴訟代理人弁護士・松坂祐輔,同・小倉秀夫,同訴訟代理人弁理士・長門侃二,同・山中純一
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2002-35445号事件について平成16年3月10日にした審決を取り消す。
第2 争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯等
原告は,発明の名称を「緑化吹付け資材および緑化吹付け方法」とする特許第3073392号の特許(平成6年5月19日出願,平成8年1月30日公開,平成12年6月2日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。なお,本件特許の出願人は,a(以下「a」という。)であり,本件特許の願書には,発明者として,b(以下「b」という。)の氏名が記載されている。
被告は,平成14年10月18日,本件特許について無効審判の請求をした(無効2002-35445号)ところ,特許庁は,平成16年3月10日,「特許第3073392号の請求項1~3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし(以下「本件審決」という。),その謄本は,同月22日,原告に送達された(送達日は,弁論の全趣旨により認める)。
2 特許請求の範囲
本件特許に係る明細書(甲2,以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,これらの発明を「本件発明」と総称する。)。
【請求項1】植物の種子,土壌,水と混合した後,混合物を地面上に散布し,散布地面を緑化するために使用される緑化吹付け資材であって,フライアッシュ等の粒状の無機材からなる焼却灰と,カルシウム化合物である硫酸カルシウムと,酸性物質である硫酸アルミニウムと,を含み,高分子系糊材を実質上含まないことを特徴とする緑化吹付け資材。
【請求項2】請求項1に記載の緑化吹付け資材において,上記焼却灰は,フライアッシュまたは製紙工程排出スラッジ焼却灰(PS灰)であることを特徴とする緑化吹付け資材。
【請求項3】植物の種子,土壌,水および緑化吹付け資材を混合した後,この混合物を地面上に散布し,散布地面を緑化する緑化吹付け方法であって,上記緑化吹付け資材に上記請求項1~2の何れかに記載された緑化吹付け資材を使用することを特徴とする緑化吹付け方法。
3 本件審決の理由
別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明の真の発明者はc(以下「c」という。)であるところ,aは,cから特許を受ける権利を適切に承継しないまま本件発明につき特許出願をしたものであるから,本件特許は,特許法123条1項6号に該当し,無効とされるべきものである,というものである。
第3 原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,冒認出願についての主張立証責任の判断を誤り,また,本件発明の発明者についての認定を誤った結果,本件特許が特許法123条1項6号に該当すると誤って判断したものであり,これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
1 冒認出願についての主張立証責任
既に成立している特許が冒認であることの主張立証責任は,冒認を主張する審判請求人の側(本件では被告)にあり,請求人は,真実の発明者がどのような着想を得て当該発明を完成させたかを具体的に主張立証しなければならない。特に,本件のように,現在の特許権者が,当該特許の出願時の事情を全く知らない譲受人である場合には,そのように解さないと,現に成立している特許権を著しく不安定なものとしてしまう。
2 本件発明の発明者
本件審決は,被告がその持分権を有する特許第2935408号(平成6年12月8日出願,平成8年6月18日公開,平成11年6月4日設定登録。以下「被告特許」という。)の特許発明(以下「被告発明」という。被告特許に係る願書には,発明者としてcが記載されている。)を引いて,本件発明と被告発明の技術的思想は一致している旨認定した上(審決書6~9頁),「bは真の発明者ではなく,出願人であるaも,出願にあたりdに相談し,情報を得てから出願したと認められるので,aも発明者であるということはできない。‥‥‥本件特許発明の発明者はcとみることが妥当である。したがって,aが当時発明者であると信じていたdは発明者ではなく,cからの情報に基づいて本件発明に関わる製品を作らせるため,その情報をaに提供していたものと認められる。」(審決書11~12頁)と認定しているが,本件発明と被告発明との間には,冒認を根拠付けるような同一性が存在しないし,本件発明の発明者は,本件審決が認定したcではなく,b,a又はd(以下「d」という。)であるから,上記認定は誤りである。
すなわち,審判手続での証人尋問におけるaの証言等によれば,aがdから実験資料を受け取った時には,本件発明は完成していなかったことが窺われる。bは,アクトリンク製造工場に原告関係者を招いた際に説明を担当しているし,本件特許出願に際して弁理士事務所にも同行しているから,bが本件発明の発明者でないとはいえない。仮に,bが本件発明の発明者でないとしても,出願前後の状況に照らせば,本件発明は,a又はdが発明したものと推認され,本件特許の願書における発明者の記載は誤記にすぎない。なお,aとdは相談しながら本件特許出願を行い,dはaが単独で本件特許出願をすることを知悉していたのであるから,仮に,本件発明の発明者がdであったとしても,dはaに本件発明に係る特許を受ける権利を譲渡していたというべきである。
本件取消訴訟での証人尋問におけるdの証言及び本件取消訴訟で提出した同人の陳述書(甲6)によれば,本件発明の発明者がdであり,同人がaによる本件特許出願について承諾を与えていたことが明らかとなった。本件特許出願の約半年前である平成5年11月22日の特許出願に係る明細書(甲18)の原稿(甲17)や緑化吹付け資材の内容を説明した書類(甲19)は,実質的にdが作成したものであるところ,これらの内容が,本件明細書の内容となっていることは,明らかである。なお,上記明細書(甲17)及びその原稿(甲18)に発明者として,dでなく「e」と記載されているのは,dが脅迫を受けたためである。
一方,cについていえば,せいぜい札幌藻岩ダム及び雲仙普賢岳で同人立ち会いの下で実験施工が行われたにすぎず,同人が被告発明をしたのかどうか,本件特許出願時に被告発明が完成していたのかどうかも,全く不明である。上記の各実験施工は,dの指示の下に行われたものというべきである。cが発明者でないことは,cが経営していた会社(f株式会社)の設立当初の目的が「衣料品の製造・販売等」であり,「土壌改良」が目的とされたのは平成8年になってからであることからも明らかである。
なお,本件発明がフライアッシュ等にカルシウム化合物及び酸性物質を添加することに着目するものであるのに対し,被告発明は,灰成分,硫酸アルミニウム,硫酸カルシウム,シリカ粉末,セメント成分の各成分の混合割合に着目したものであって,両者は大きく異なる。また,本件明細書と被告特許の明細書とでは,エトリンガイト及びCSH等の鉱物質硬化反応水和物の役割,アルカリ炭酸塩,バーク堆肥に関する記載の有無において異なっている。
第4 被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
1 冒認出願についての主張立証責任
出願人が真の発明者から特許を受ける権利を承継したということは,特許成立のための要件であり,特許権の有効性を主張する側がこのことの主張立証責任を負担すると解すべきである。
2 本件発明の発明者
被告発明の発明者はcとされているところ,本件発明と被告発明とはいずれも緑化・土壌安定化用無機質材料に関する同一発明であり,また,両発明の実験施工例も,札幌藻岩ダム,雲仙普賢岳というように共通し,cがこれらの実験施工を行っている。したがって,本件発明の発明者がcであることは明らかである。会社が定款記載の目的以外の営業行為をすることは常識であるから,fの定款上の目的をもって,cが発明者であることを否定することはできない。
一方,bは,便宜上発明者として記載されたにすぎない。また,aはdから,dはcから,それぞれ本件発明に関する情報を得たものである。そして,aは,dからすら,本件発明に係る特許を受ける権利の譲渡を受けていない。
なお,2つの特許発明の同一性の有無を判断する際に,特許請求の範囲の記載に拘泥することは無意味である。特に化学の分野では,特許請求の範囲の記載のうち実験により裏付けられていない部分は発明未完成とされるから,明細書に記載された実験施工例が共通していれば,発明として完成している部分は結局同一となり得る。したがって,本件発明と被告発明が同一でないとする原告の主張は,失当である。
第5 当裁判所の判断
1 冒認出願を理由とする無効審判における主張立証責任の分配について
(1) 特許法は,29条1項に「発明をした者は,‥‥‥特許を受けることができる。」と規定し,33条1項に「特許を受ける権利は,移転することができる。」と規定し,34条1項に「特許出願前における特許を受ける権利の承継は,その承継人が特許出願をしなければ,第三者に対抗することができない。」と規定していることからも明らかなように,特許権を取得し得る者を発明者及びその承継人に限定している。このような,いわゆる「発明者主義」を採用する特許制度の下においては,特許出願に当たって,出願人は,この要件を満たしていることを,自ら主張立証する責めを負うものである。このことは,特許法36条1項2号において,願書の記載事項として「発明者の氏名及び住所又は居所」が掲げられ,特許法施行規則5条2項において,出願人は,特許庁からの求めに応じて譲渡証書等の承継を証明するための書面を提出しなければならないとされていることからも明らかである。
特許法123条1項は特許無効審判を請求できる場合を列挙しており,同項6号は,「その特許が発明者でない者であつてその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたとき。」と規定するものであるが,特許法が上記のように「発明者主義」を採用していることに照らせば,同号を理由として請求された特許無効審判においても,出願人ないしその承継者である特許権者は,特許出願が当該特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことについての主張立証責任を負担するものと解するのが相当である。
(2) この点につき,原告は,特許法123条1項6号を理由とする特許無効審判においては,審判請求人が,「その特許が発明者でない者であってその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたこと」の主張立証責任を負い,請求人は,そのことを具体的に主張立証しなければならない旨を主張する。たしかに,特許法123条1項6号は,「その特許が発明者でない者であつてその発明について特許を受ける権利を承継しないものの特許出願に対してされたとき」に,特許無効審判を請求することができると規定しているものであって,当該規定の文言をみる限り,審判請求人において当該事由の主張立証責任を負担するようにも見えるが,特許法123条1項各号をもって各無効事由について主張立証責任の分配を定めた規定と解することはできず,無効審判における主張立証責任は,特許無効を来すものとされている各事由の内容に応じて,それぞれ判断されなければならない。すなわち,当該特許が特許法29条1項の規定に違反してされたという無効事由(特許法123条1項2号)を例にとれば,特許法29条1項の規定に照らし,同項柱書の発明の完成を含めた産業利用可能性につき特許権者が主張立証責任を負担し,同項各号の該当性,すなわち公知,公用,文献公知につき無効審判請求人が主張立証責任を負担することとなる。また,当該特許が特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたという無効事由(特許法123条1項4号)については,特許法36条4項1号の規定に照らせば,願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることを特許権者において主張立証しなければならない。そして,特許法123条1項6号の規定する無効事由については,上記(1)に判示した理由により,特許出願が当該特許に係る発明の発明者自身又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことを,特許権者において主張立証しなければならないものというべきである。
原告は,原告主張のように解さないと,特許権者が出願人から特許を受ける権利ないし特許権を譲り受けた者である場合に,特許権が不安定なものとなる旨を主張するが,特許を受ける権利ないし特許権を譲り受けるに当たり,権利の成立過程に当該権利の無効を来す瑕疵がないことを確認するのは,譲受人として当然行うべき行為であり,また,前述のように,願書には発明者の氏名等が記載され,必要に応じて譲渡証書等の証明文書が特許庁に提出されているのであるから,特許出願が発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者によりされたことを確認するのに格別の困難はないはずである。かえって,原告主張のように解するときには,特許権者は,願書に,実在しない人物や既に死亡した人物を発明者として記載し,設定登録を得た後に速やかに権利の承継に関する書類を廃棄するなどにより,当該特許が無効審判により無効とされることを免れ得ることとなるが,このような結果が不当であることは明らかである。
2 本件発明の発明者について
原告は,本件発明の発明者はb,a又はdであるから,本件審決の発明者をcであるとした本件審決の認定は誤りである旨主張する。本件発明の発明者についての原告の主張は,審判手続及び本件取消訴訟を通じて変遷し,一貫しておらず,このような審判手続及び本件訴訟における経緯自体,原告の主張の信憑性を疑わせるものであるが,本件における関係各証拠に照らしても,以下のとおり,原告の上記主張は採用できない。
(1) bについて
本件特許の願書には,発明者としてbが記載されている。しかしながら,本件特許の出願人であるaは,陳述書及び審判手続での証人尋問において,投資を獲得するために便宜上bの名前を発明者として記載したことを認めている(甲3の17,甲5の1〔請求人15項〕)。また,原告自身も,本件取消訴訟において,本件発明の真の発明者はdであることが明らかとなった旨を主張するに至っており(平成17年10月17日付け原告準備書面(4)参照),最終的には,願書における発明者の記載が事実に反することを認めている。また,他にbが発明者であることを認めるに足りる証拠はないから,結局,bが本件発明の発明者であるとは認められない。
(2) aについて
aが本件発明を発明したことを認めるに足りる証拠はない。むしろ,同人の陳述書及び審判手続での証人尋問における供述(甲3の17,甲5の1〔請求人7~11項,22項,被請求人5,6項〕)によれば,aは,本件発明を発明したわけではなく,本件発明の基本的な構成に関する情報をすべてdから入手したことが認められる(なお,前述のように,原告自身,本件取消訴訟において,最終的には,本件発明の真の発明者はdであることが明らかとなった旨,すなわち,真の発明者はaではない旨を主張するに至っている。)。したがって,aも本件発明の発明者とは認められない。
(3) dについて
本件全証拠によっても,dが本件発明の発明者であることを認めるに足りない。かえって,本件において認められる事実関係に照らせば,本件発明の発明者はcであり,dはcから本件発明の開示を受けたにすぎないと認められる。その理由は,以下に述べるとおりである。
ア 証人dは,本件取消訴訟での証人尋問において,g合資会社(以下「g」という。)のh社長が発明したCAS(カルシウムアルミネート塩)剤の供給を,同社から株式会社i(土壌関係業務等を行っていた。以下「i」という。)を介して受けていたが,gから一方的に大幅な値上げを通告されて供給を打ち切られたため,化学について特段の学校教育を受けたことはないものの,CAS剤という名称で基本的な成分は判明しているし,既に入手していた,CAS剤の成分分析結果も参考にしながら,約1,2か月間にわたり,土曜日,日曜日を中心に,iの部屋を借りて,iの担当者とも協力しながら,ビーカーで泥水を作って分離の状況を観察するなどの実験を繰り返し,その結果,CAS剤の配合を確定し,本件発明を完成した旨を供述し,同人の陳述書(甲6,7)にも同旨の記載がある。
しかしながら,仮にdの上記供述が真実であるならば,実験結果の記録等の当時作成された書面が存在するはずであるのに,そのような証拠は一切提出されていないし,同人が配合を確定したと供述するCAS剤と本件発明との関係を客観的に示す資料も全く提出されていない(これらの資料の提出が困難であることについての合理的な説明もない。)。
また,従来gから供給を受けていたCAS剤とdが確定したとするCAS剤との関係が不明であり,仮にdの供述するように,CAS剤という名称で基本的な成分は判明しており,供給を受けていたCAS剤の成分分析の結果も既に入手していたというのであれば,むしろ,両者が同一のものである可能性も,否定できない(dの供述中には,両者が同一であるとする供述部分もある。)。
さらに,dが行ったとする実験におけるiの担当者とdの役割の分担も不明確である。iが土壌関係業務等を現に行っており,実験もiの部屋で行われ,一方,dが化学について特段の学校教育を受けたことはないのであれば,仮にそのような実験がされていたとしても,むしろ,iの担当者が主導的役割を果たしたというのが自然である。
上記の各事情に照らせば,dが本件発明を完成した旨の同人の供述及び陳述書の記載は,措信することができない。
イ 原告は,別件特許の明細書(甲18)の原稿(甲17)や緑化吹付け資材の内容を説明した書類(甲19)が,本件明細書の内容となっていることは明らかであるところ,これら(甲17~19)の内容は実質的にdが作成したものである旨を主張し,本件取消訴訟での証人尋問におけるdの供述中には,これに沿う部分がある。
しかしながら,原告が指摘する公開特許公報(甲18)や特許願書の原稿(甲17)においては,いずれも発明者がeと記載されていること,緑化吹付け資材の説明書(甲19)にも作成名義人が記載されていないこと,甲17~19の内容をdが作成したことを認めるに足りる客観的証拠がないことに加え,dが経営していたj株式会社に勤務していたk(以下「k」という。)の陳述書(乙7の2)の内容をも考慮すれば,甲17~19の内容をdが作成したものとは認めるに足りない。なお,原告は,公開特許公報(甲18)や特許願書の原稿(甲17)において発明者がeとされているのは,dが脅迫を受けたためである旨主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ かえって,以下のような事情に照らせば,本件発明の発明者はcであり,dはcから本件発明の開示を受けたにすぎないと認めるのが相当である。
すなわち,被告特許はcが発明者とされているところ(甲3の2),被告特許の実験施工はcの指導の下において平成5年から6年にかけて行われたものであり(k等の関係者の陳述書。甲3の7~10),被告特許の明細書(甲3の2)には,実施例1の実験施工において,一冬経過後に吹付け面を観察したとの記載(段落【0031】)があることをも考慮すれば,遅くとも平成5年には,被告特許のうち,当該実験施工に関する部分はcの指導の下において完成していたと認めることができる。
そして,本件発明と被告発明とを比較すると,両者はいずれも,傾斜面等の緑化用の客土吹付けに使用されるものであり,吹付け後すぐに安定し,降雨で流亡せず,かつ発芽率の高い吹付け面を形成することを目的とする緑化吹付け資材・方法に関するものである点,その吹付け資材も,灰成分(例えばフライアッシュ),硫酸カルシウム及び硫酸アルミニウムを含み,灰成分が水和反応でエトリンガイト(エトリンジャイト)やケイ酸カルシウム水和物を生成し,硫酸アルミニウム及び硫酸カルシウムはエトリンガイトの凝集固化を促進し,これら水和化合物と土壌粒子とが混合されることにより吹付け土壌などを地面上に保持し,雨が降っても吹き付け面の流亡が少ないため,地面の緑化を効果的に行うものである点において,共通しており(本件明細書(甲2)の段落【0001】~【0013】等,被告特許の明細書(甲3の2)の段落【0001】【0008】【0012】~【0018】等),両発明は極めて類似する。
また,被告特許の明細書に実施例として記載されている札幌藻岩ダムにおける実験施工例(段落【0031】)は,上記のとおりcの指導の下で平成5年~6年にかけて実施されたものであるところ,cは平成6年3月に雲仙普賢岳においても被告発明の実験施工を指導したと認められるが(甲3の6~12,乙2,検乙1),本件明細書(段落【0025】【0026】)にも,これらの場所における実験施工例が実施例として記載されている。
さらに,本件明細書(甲2)と被告特許の明細書(甲3の2)の記載を比較すると,被告特許の明細書の実施例の記載は,使用した材料の種類・量,スラリー客土の調整方法,施工現場の状況等が具体的に記載されているのに対し,本件明細書の実施例の記載は,これらの点の具体的な記載がほとんどなく,抽象的な記載に終始しているものといわざるを得ない。
これらの事情に加えて,本件発明の発明者はdではなくcである旨をいう,kの審判手続での証人尋問における供述(甲5の2)並びに同人(甲3の10)及びe(甲3の9)の各陳述書の内容等をも総合して考慮すれば,本件発明の発明者はcであり,dはcから本件発明の開示を受けたにすぎないと認定するのが相当である。
(4) まとめ
以上のとおり,原告が本件発明の発明者であると主張するb,a及びdについては,いずれも本件発明の発明者と認めるに足りる証拠はなく,かえって,本件発明の発明者はcであると認められる。したがって,本件特許については,出願人であるaが本件発明の発明者から特許を受ける権利を承継した事実を認めることはできないから,本件特許を特許法123条1項6号に該当し無効とされるべきものとした本件審決の認定判断に誤りはない。
3 結論
以上によれば,本件審決の認定判断の誤りをいう原告の主張は採用することができず,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官・三村量一,裁判官・嶋末和秀,同・沖中康人