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保険関連事件

007

H17.9.29 東京地裁

保険金請求事件

平成17年9月29日判決言渡
平成16年(ワ)第23611号 保険金請求事件

判   決

原告 X株式会社
被告 Y保険株式会社
被告訴訟代理人弁護士 権田安則

主   文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
被告は原告に対し,1543万9370円及びこれに対する平成15年9月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)
(1)平成12年6月23日,訴外有限会社A(以下「A」という。)は,被告との間で要旨以下の内容の火災保険(店舗総合保険)契約(以下「本件火災保険契約」という。)を締結し,保険料21万4800円を支払った。

ア 保険期間 平成12年7月25日から平成17年7月25日
イ 保険の目的の所在地 東京都***
ウ 建物の構造用法 鉄骨造陸屋根4階建(以下「本件建物」という。)工場・事務所
エ 保険金額 4000万円

(2)本件火災保険契約の保険約款には以下の約定(以下「本件免責約款」という。)がある。(乙1)
ア 保険契約締結後,次の事実(保険の目的を譲渡すること。)が発生した場合には,保険契約者または被保険者は,事実の発生がその責めに帰すべき事由によるときはあらかじめ,責めに帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後,遅滞なく,書面をもってその旨を当会社に申し出て,保険証券に承認の裏書を請求しなければならない。(17条1項)

イ 前項の手続を怠った場合には,当会社は,前項の事実が発生した時または保険契約者もしくは被保険者がその発生を知った時から当会社が承認裏書請求書を受領するまでの間に生じた損害または傷害に対しては,保険金を支払わない。(17条2項)

ウ 第1項の事実がある場合には,当会社は,その事実について承認裏書請求書を受領したと否とを問わず,保険契約を解除することができる。(17条3項)

(3)原告は,平成15年1月7日,本件建物の所有権を競売による売却を原因として取得し,同月8日その旨の所有権移転登記がなされた。(甲2)

(4)同年2月1日午前2時30分ころ,本件建物に隣接する訴外B株式会社第2工場から出火(以下「本件火災」という。)し,本件建物の延べ269平方メートルのうち外壁70平方メートルが燃える延焼被害を受けた。(甲1)

(5)Aの代表者である訴外C(以下「C」という。)と原告は,同月3日,被告Y1支社宛に,Aから原告へ本件火災保険契約の保険の目的である本件建物及び本件火災保険契約上の権利を譲渡したこと,本件火災の発生,本件建物が本件火災の結果,延焼被害を受けたことを通知し(以下「本件通知」という。),同日付けで同支社から火災保険異動承認を受けた。

(6)Aは,本件火災保険契約に基づく権利につき,訴外株式会社D銀行(現在の名称はD1銀行)に対して質権を設定していたところ,同年8月14日,D1銀行の了解のうえ,被告から前記質権消滅の承認を得た。

(7)原告は被告に対し,遅くとも同月25日ころ,本件火災保険契約に基づく保険金(以下「本件保険金」という。)の支払を請求したところ,被告は同年9月18日ころ,これを拒絶した。(甲17,甲18)

2 事案の概要
本件は,原告から被告に対し,本件保険金の支払を求めたのに対し,被告が,原告において被告に対して遅滞なく,本件火災保険契約の保険の目的たる本件建物の譲渡通知をしなかったことを理由に本件免責約款に基づき本件保険金の支払を免責されたと主張して原告の請求を争っている事案である。

3 主な争点
(1)本件火災は,Aが被告に対して,本件火災保険契約の目的である本件建物の譲渡後,遅滞なく通知義務を履行しないでいる間に発生したもので,被告は本件保険金の支払につき免責されるかどうか。
(2)被告が原告の本件保険金支払請求を拒絶するのは信義則に反し,権利の濫用に該当するかどうか。
(3)本件火災による本件建物の損害額いかん。

4 当事者の主張の要旨
(1)被告の主張及び反論の要旨
ア 被告の抗弁
火災保険契約の目的の譲渡後相当期間(通知義務を履行しなかったことにつき遅滞なしと評価される最大限の期間)経過後に保険事故が発生し,かつ保険契約者又は被保険者が承認裏書請求をしなかった場合,保険者は,本件免責約款により免責の効果を受ける。前記相当期間は,いわゆる規範的要件であり,その期間の長さを一概にいうことはできないが,保険法制研究会が昭和49年に公表した「損害保険契約法改正試案」が相当期間を15日としているのが一応の目安となる。そして,本件において,本件火災保険契約の保険の目的である本件建物の所有権移転日は平成15年1月7日で,本件火災発生日は同年2月1日,被告へ本件通知がなされたのは同月3日であって,本件建物の所有権移転日から本件火災発生まで25日が経過し,本件通知がなされるまでに27日が経過している。

また,原告は,同年1月7日,競売による売却を原因として本件建物の所有権を取得しているところ,同月8日,Aとの間で本件火災保険契約の名義をAから原告へ変更することを合意して,同日付けでその旨の書面を作成し,また同日には既に代金納付書等を所持していた。このように,原告は,当初からAの協力を得られていて,同日には前記書類を所持していたことからすれば,同日以降,Aが被告に対して本件建物譲渡の通知をするにつきなんら障害となる事由はなかった。

したがって,本件火災は,Aが被告に対して本件火災保険契約の保険の目的たる本件建物の譲渡後,遅滞なく通知義務を履行しないでいる間に発生したもので,被告は本件免責約款に基づき免責された。

イ 再抗弁に対する被告の反論
被告が原告の本件保険金支払請求を拒絶することが信義則に違反するような事情はない。被告担当者は,同年2月3日,本件火災保険契約上の地位の譲渡を承認したこともないし,原告に対して本件保険金を支払うと述べたこともない。本件は,本件火災によって本件建物の一部が損壊している場合で,残存部分について将来事故が発生する可能性があるから,保険契約者等から異動承認の請求があれば,被告としてはこれを受理しなければならず,被告担当者は,将来の事故に備えてAないし原告の異動承認請求に対応した。また,被告担当者は,原告に対して,最終決定権者の判断を仰ぐべく本件保険金支払請求の申請をしてみると言ったことはあるが,本件保険金が支払われると言ったことはない。また,原告は,被告との間で保険代理店契約を締結していて,本件免責約款が火災保険約款において一般的な約款であることや,保険金支払に関する被告の社内手続を充分理解していたことに鑑みれば,被告担当者の前記行為などから,被告が原告に対して本件保険金を支払うとの態度を示したと評価することはできないというべきである。

(2)原告の反論及び主張の要旨
ア 抗弁に対する原告の反論
 権利譲渡の通知をすべき期間の相当性の判断は,早期にまた遮断的になされるべき性質のものではないし,画一的処理の要請もない。実務上,保険会社は,保険契約の目的が譲渡された日から15日経過後に通知をした場合であっても,一律に解約扱いにしたり契約の見直手続を行うことはないし,かえって大量に発生する火災保険契約の異動については継続的取扱いをするのが通常で,前納保険料支払期間を過ぎてからでも契約の延長,更新を求めているのが実態である。また,被告ら保険会社が本件免責約款の規定とその説明方法を実際的,実務的なものに改定し普及させる努力を怠っている現状では,その規定に強行性を認めるべきではなく,本件免責約款の適用にあたってはケースバイケースの弾力的適用が許容されるべきで,権利譲渡の通知をすべき相当期間については,保険の目的が譲渡された日から15日と画一的,一律に判断すべきではなく,現実に即した事例毎の実質的判断によるべきで,ある程度幅のある期間と解釈するのが相当である。

そして,本件の場合,原告は,同年1月7日に代金を完納し,同月8日に本件建物につき所有権移転登記がなされ,Aとの間で本件火災保険契約上の権利譲渡の合意をした。原告は,Aが本件建物を所有していた当時から本件建物を管理していて,Aの要請で本件建物を買い受けたため,Aとの間で前記合意にかかる書面を作成していたが,D1銀行が本件保険契約上の権利に質権を設定していて,Aの手元に本件火災保険契約にかかる保険証券(以下「本件保険証券」という。)がなく,書類が未整備であったことに加えて,本件建物の所有権を得た時期が新年早々の慌ただしい時期であったこと,本件火災発生日が土曜日であったこともあって,被告への本件通知が週明けの同年2月3日となったのである。

このように,本件建物の所有権移転の前後で,本件建物を管理していたのは一貫して原告であり,保険の目的の譲渡により事故発生の危険が増大した等の実害はなく,本件通知がなされたのは本件建物の所有権移転時より27日経過後であって,本件通知の遅れは短期間に過ぎない。また,本件建物は防火建築なので損害が少ないことや,イ項で主張のとおり,同年9月ころまでは,被告は原告に対し本件保険金を支払う方向で指導をしていた事情などを勘案すると,保険の目的の譲渡を通知をすべき相当期間を被告主張の期間をもって一律に判断することは,真に過酷であり,実践的妥当性を欠くというべきである。

イ 再抗弁
以下のとおり,被告は原告に対して,本件保険金を支払う方向で指導をし,原告は被告の指導にしたがって本件火災保険契約の名義変更をするために必要な事項を履行し,また原告が本件建物を一貫して管理していて,本件建物の権利譲渡により危険が著しく増加したとの事情もないのであるから,今更,本件保険金の支払を拒絶するのは禁反言の原則,信義則に反し,権利の濫用である。

すなわち,被告側は,本件火災発生後の同年2月2日,本件火災発生現場の検分を終え,同月3日,原告がCを同道して被告に本件通知をした際,その通知の時期を問題にすることなく,かえって,被告担当者は,原告が本件保険証券を添付できない原因である,質権者たるD1銀行の質権解除に関する不当な態度に同情していたほどであり,被告担当者と原告との間では,本件火災による被害につき本件保険金支給の有無,その受給権者,支給に必要な手続や書類整備が懸案事項とされていて,被告担当者から原告に対し,後に本件保険証券が添付されるか,D1銀行から遅くとも同年1月10日付けの質権消滅に関する書面が交付されれば,本件保険金支払に応じられるとの指導があり,原告としては,被告担当者の前記指導にしたがってD1銀行との間で種々,交渉の結果,同年8月,同銀行から質権消滅に関する書類の交付を受けたところ,同年9月18日ころ,被告から本件通知が遅滞なくなされなかったこと等を理由に本件保険金の支払を拒絶された。

第3 裁判所の判断
1 証拠(甲1,甲2,甲4ないし甲6,甲11の1ないし4,甲12,甲13の1,2,甲14,甲15の1,2,甲16の1ないし3,甲17ないし甲19,甲20の1,2,甲21,乙1,証人E,原告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すれば以下の事実が認められる。

(1)Aは,本件建物を所有していたが,平成12年6月,被告との間で本件火災保険契約を締結した。また,Aは,D1銀行(当時の名称は株式会社D銀行)との間で,平成2年6月29日,本件建物に根抵当権を設定する旨を約して,平成12年8月,AのD1銀行に対する債務の根担保として,Aが被告に対して有する本件火災保険契約上の権利に質権を設定(以下「本件質権設定契約」といい,本件質権設定契約に基づく質権を「本件質権」という。)する旨を約し,このころ,被告は本件質権の設定を承諾した。

(2)D1銀行の申立で,平成14年3月,本件建物につき競売開始決定に基づく差押えがなされ,原告は平成15年1月7日,代金を納付して,本件建物につき同日付競売による売却を原因として同月8日付けでAから原告へ所有権移転登記がなされた。また,原告は同月25日,裁判所から本件建物の登記済権利証の交付を受けた。

(3)原告は,平成2年6月ころからAの委託を受けて,本件建物の賃借人の募集,賃貸借物件の契約や管理業務を行い,AからD1銀行の申立にかかる本件建物に対する差押えや競売手続の経過を知らされていて,原告が本件建物を買い受けた経緯もあって,平成15年1月8日,Aとの間で,本件火災保険契約の名義をAから原告へ変更すること,Aは原告に対し,本件保険証券を可及的速やかに交付し,かつ被告に対して名義変更の手続をする旨の書面を作成して,その旨約した(以下「本件合意」という。)。

(4)本件建物は同年2月1日(土曜日)に発生した本件火災により外壁の一部が延焼する被害を受け,同月3日(月曜日),原告とCは,被告Y1支社で,担当者である訴外E(以下「E」という。)に対し,本件建物の所有権が同年1月7日,Aから原告へ移転していること,本件建物が本件火災により類焼被害を受けたこと,本件火災保険契約の名義変更手続をしたいことなどを申し出,同年2月3日,被告宛に,異動日を同年1月8日,申込人をA,新契約者を原告,名義変更理由を保険の目的の譲渡として,「火災保険承認請求書」と題する書面(以下「本件火災保険承認請求書」という。)を作成して被告支社に提出するなどして本件通知をした。これに対し,Eから,原告らに対し,本件通知が遅れた理由を聞かれるなどしたうえ,本件火災保険契約の名義変更に関する異動届出にはD1銀行が所持している本件保険証券の添付が必要であること,本件火災保険契約には同銀行を権利者とする本件質権が設定されているので,本件保険証券を質権解除に関する書面とともに提出するよう申し渡された。

(5)そこで,原告代表者は,D1銀行と種々,交渉の結果,同年8月初旬ころ,D1銀行から本件保険証券,本件質権が消滅したことの承認を請求するとの趣旨が記載された質権消滅承認請求書・承認書と題する書面(以下「本件質権消滅請求書」という。)を受領し,同月8日,被告に本件保険証券,本件質権消滅請求書を交付し,本件火災保険契約にかかる名義変更手続をした。

被告は,異動日を同年1月8日,承認日を同年2月3日,承認書作成日を同年8月21日とする,本件火災保険契約の異動を承認する旨記載された火災保険異動承認書(以下「本件異動承認書」という。)を作成した。

(6)原告は,被告に対し,同月25日付けの文書で本件保険金を支払うよう求めたところ,被告のY2サービスセンター所長名義で原告に対し,同年9月18日付けの文書で,被告は,同年2月3日まで,原告が本件建物の所有権を同年1月7日に得たことを知らなかったとし,本件免責約款及び民法467条に基づき,本件保険金の支払は出来ない旨通知した。

2 争点(1)について
(1)まず,火災保険の目的の譲渡は,火災の危険を変更又は増加する可能性を有する事実であることから,保険者において,保険の目的の譲渡による危険の変更又は増加の有無,程度を調査のうえ,従前の内容で保険契約を継続するのか,追加保険料を請求して継続するのか,保険料のうち残存期間相当部分を返還して保険契約を解除するのか等を検討する機会を確保することにつき正当な利益があると考えられることから,本件免責約款3項は,保険者において契約解除権を留保する旨を定め,本件免責約款1項は,保険の目的が譲渡されるなどした場合に,保険者に契約を解除するかどうか検討する期間を確保し,契約解除の機会を留保する趣旨で,保険契約者などに対して保険の目的の譲渡後遅滞なく前記譲渡の事実を保険者に通知すべき義務を課し,本件免責約款2項は,保険契約者等が保険者に対して譲渡後,遅滞なく前記通知義務を履行しないでいる間に保険事故が発生した場合に保険者が免責されることを定めた趣旨と解するのが相当である。したがって,保険の目的の譲渡後相当期間(通知義務を履行しなかったことにつき遅滞なしと評価される最大限の期間)経過後に保険事故が発生した場合,保険者は本件免責約款2項による免責の効果を受けることとなると解するのが相当である。

次に,前記相当期間をどの程度とするのが相当かという点については,保険法制研究会が公表した「損害保険契約法改正試案」が,保険の目的の譲渡があったとき,譲渡人又は譲受人は保険者にその譲渡を遅滞なく通知しなければならず,その通知をしなかったときは,譲渡のあった日から15日を経過した後に生じた保険事故については保険者が免責されるとしていることなどに鑑みれば,前記日時を一応の目安とし,保険の目的の譲渡後の手続が遅延したことにつき正当な理由があるのかどうかを考慮するのが相当である。

(2)そこで,これを本件についてみると,原告が本件建物の所有権を取得した日が平成15年1月7日であるのに対し,Aが被告支社に対し,本件通知をした日が同年2月3日であるところ,その間27日が経過しているので,本件建物の権利譲渡後,本件通知が遅延したことについて考慮すべき事情として,原告は主として以下の点を主張する。すなわち,第1に本件建物の権利移転の原因が競売による売却にある点,第2に本件火災保険契約上の権利につき,D1銀行を権利者とする本件質権が設定されていた関係上,Aの手元に本件保険証券が存在せず,同銀行から容易に本件保険証券の交付を受けられなかった点,第3に本件建物の権利移転時期が正月明け早々の時期であった点である。

ア 第1の点について
保険の目的の権利移転の原因が競売による売却に基づく場合は,一般的には売主側の協力が得られないこと,当事者間で権利移転に関して売買契約書などの処分証書が作成されず,保険の目的が譲渡されたという事実自体の存否をどのように確認すべきかという点で困難な面があることが想定される。

しかし,本件の場合,原告は,平成2年ころ以降本件建物の所有者であったAとの間の業務委託契約に基づき本件建物の賃貸管理に関する業務を行っていて,Aから本件建物につき競売手続が進行していることを知らされており,これらの経緯に鑑みて原告が本件建物を買い受け,同年1月8日には,Aとの間で,本件建物の所有権移転に伴って,本件火災保険契約の名義をAから原告へ変更する旨の本件合意をするなど,原告が本件建物の所有権を譲受した当初より,被告に対して,本件火災保険契約の目的たる本件建物の所有権がAから原告へ譲渡されたことを通知をするにつき,Aより任意の協力を得られる状況にあったものと推認される。

また,不動産が競売による売却に基づいて所有権が移転する場合,権利移転の当事者間で処分証書が作成されることはないものの,民事執行法上,買受人は代金を納付したときに不動産の権利を取得することは明らかで,原告は同月7日の時点で代金納付に関する書類を所持していたものと認められ,原告としては,本件建物の所有権がAから原告へ移転したことを確実に証明することができる書面を所持していたものというべきである。したがって遅くとも,Aと原告間で本件合意にかかる書面が作成された同月8日以降,Aが被告へ,本火災保険契約の保険の目的たる本件建物が原告へ譲渡されたことを通知するにつき障害となる事情は存在しなかったものと認められる。

イ 第2の点について
本件免責約款1項は,保険契約締結後,保険の目的の譲渡の事実が発生した場合には,保険契約者または被保険者は,その発生を知った後,遅滞なく,書面をもってその旨を当会社に申し出て,「保険証券に承認の裏書を請求」をしなければならないとしているところ,D1銀行は本件火災保険契約上の権利につき本件質権を有していて,同月7日の時点で,本件保険証券を所持していたのはD1銀行で,Aの手元には本件保険証券がなく,原告がD1銀行から本件保険証券の交付を受けたのは同年8月初旬ころであったことは前記認定のとおりである。

しかし,本件免責約款1項は,保険契約者等に,遅滞なく,保険証券の原本を添付して承認裏書請求をすべきことを規定した趣旨ではなく,同項の趣旨は,保険契約者等に,遅滞なく,保険の目的の譲渡の事実を通知すべき義務を課したことにあると解するのが相当である。なぜなら,前2項(1)で認定,判示の本件免責約款の趣旨,すなわち,原則として保険者が解除権を行使するまでは,保険の目的の譲渡に伴い保険契約上の権利も移転することを前提とする約款において,保険契約者等から保険の目的の譲渡の通知を受けていたとすれば,危険の著しい増加があるかどうかにかかわらず,保険者は解約権を行使して保険金支払の責任を免れていたことも考えられるのに,前記通知を受けられなかったために,解除権を行使するかどうか検討する機会も与えられないまま,保険金支払の責任を負わされるという不均衡を避けるために,前記通知があるまでは保険者は免責されるとの趣旨からすれば,本件免責約款1項は,書面による請求の到達を要件とする通知義務を定めたものと解するのが相当だからである。また,Aは,同年2月3日,現に,本件保険証券を添付することなく被告支社に対して本件火災保険承認請求書を提出するなどして本件通知をしているのであって,本件火災保険契約の名義を変更する手続をするためには本件保険証券が添付される必要があったとしても,本件約款2項に定める保険契約者等に課された通知義務を履行するために,保険証券を被告に提示することまでは必要ではないとの処理が実務上なされていたものと解されるから,本件建物の権利が移転した同年1月7日ころ,Aが本件保険証券を所持しておらず,その所持を回復するまでに相当期間を要したという事実は,本件免責約款1項によりAに課された通知義務履行の遅延を正当化する事実であるとは評価し難い。

ウ 第3の点について
本件建物の権利が移転した日が同月7日で,正月三が日明け早々であることは否定しないが,正月も15日を過ぎれば通常の業務が行われるのが一般的であると考えられるから,本件建物の権利が移転した日が同7日で,正月三が日明け早々であった事実は,本件免責約款1項によりAに課された通知義務履行の遅延を正当化する事実であるとは評価し難い。

(3)以上より,本件通知が同年2月3日になされていることについては,通知義務の履行が通常想定される猶予期間(15日)よりさらに遅延したことについて,やむをえない正当な理由があったとは評価できず,保険の目的の譲渡後相当期間(通知義務を履行しなかったことにつき遅滞なしと評価される最大限の期間)経過後である同月1日に本件火災事故が発生したというべきで,本件については本件免責約款が適用されると解するのが相当である。

3 争点(2)について
次に,原告は,被告が本件免責約款の適用により本件保険金の支払を拒絶するのは信義則に反すると主張するので検討する。

1項で認定の経緯によれば,Eの示唆により,原告代表者は,種々,D1銀行と交渉の結果,同年8月初旬ころD1銀行から本件保険証券の交付を受けるなどし,被告は,異動日を同年1月8日,承認日を同年2月3日,承認書作成日を同年8月21日とする本件火災保険契約の異動を承認する旨記載された本件異動承認書を作成していることは前記認定のとおりである。

他方,本件建物は類焼被害を受けて一部損壊したのみで,残存部分につき将来保険事故発生の可能性があり,原告には,本件火災による本件保険金の支払が受けられるかどうかにかかわらず,なお,本件火災保険契約上の権利の譲渡を受ける利益があって,被告としてもこの点を考慮して原告からの保険異動承認申請を受理したと解する余地もあるし,原告は,被告との間で保険代理店契約を締結していて,被告の保険金支払に関する最終的な決定機関がEの属する被告支社にはないことを知っていたものと推認されること(甲17,原告代表者,弁論の全趣旨)などを総合すれば,Eらの前記認定の行為をもって,被告が本件火災につき,本件保険金の支払をすることを前提とした行動を取ったとまでは評価し難く,他に本件全証拠によっても被告が本件免責約款を恣意的に適用していることを窺わせる事実も見出し難い。

よって,原告の前記主張は採用し難い。

4 以上より,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。

 東京地方裁判所民事第28部
裁判官・尾立美子