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保険関連事件

004

H15.5.28 東京地裁

保険金請求事件

平成15年5月28日判決言渡
平成12年(ワ)第5036号 保険金請求事件

判   決

原告 株式会社X
訴訟代理人弁護士A
B保険株式会社訴訟承継人
被告Y保険株式会社
訴訟代理人弁護士松坂祐輔,同・小倉秀夫,同・大下信

主   文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,金2080万円及びこれに対する平成12年3月16日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1本件は,原告が,訴外会社との間で締結した火災保険契約に基づき,訴外会社との合併によりその権利義務を承継した被告に対し,保険金2080万円及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2争いのない事実等(証拠により容易に認定できる事実については証拠を記載した。)

(1)原告は,貸金業等を目的とする株式会社であり,B保険株式会社(以下「B保険」という。)は,損害保険業等を目的とする株式会社であった。
B保険は,平成**年**月**日,被告と合併し,被告が,同社の権利義務を承継した。

(2)原告は,平成9年4月14日,B保険との間で自己のために締結していた火災保険(店舗総合保険)契約を,次のとおり更新した(以下「本件保険契約」という。)。

ア保険契約期間平成9年4月16日から平成10年4月16日午後4時までの1年間
イ目的物鉄骨モルタル塗込スレート葺2階建倉庫1棟
  占有延面積241.58平方メートル
   (以下「本件建物」という。)
ウ目的物所在地 **区**-**-**
エ保険金額 2080万円
オ保険料 2万1840円
カ特約条項

(ア)保険契約者,被保険者又はこれらの者の法定代理人(保険契約者又は被保険者が法人であるときは,その理事,取締役又は法人の業務を執行するその他の機関)の故意若しくは重大な過失又は法令違反によって生じた損害に対しては,保険金を支払わない(店舗総合保険普通保険約款(以下「本件保険約款」という。)2条1項1号)(乙第3号証)。

(イ)他人のために保険契約を締結する場合において,保険契約者が,その旨を保険契約申込書に明記しなかったとき,保険契約は無効とする(本件保険約款19条1号)(乙第3号証)。

(3)本件保険契約の締結当時,Cが本件建物を所有していた。

(4)平成9年10月15日,本件建物において火災が発生した(以下「本件火災」という。)。

(5)原告は,B保険に対し,本件保険契約に基づき保険金の支払を請求した。しかし,同社は,本件保険契約の契約者及び被保険者が原告であるのに対し,本件建物の所有者はCであるが,本件保険契約の申込書にその旨の記載がなく,本件保険約款19条1号により本件保険契約は無効であるとして保険金の支払を拒否した。

3争点
(1)被保険利益
ア本件保険契約の被保険利益

イ被告(B保険を含む。以下同じ。)が,原告に被保険利益がないことを理由に,本件保険契約に基づく保険金の支払を拒否することは,信義則に反し,権利の濫用に当たるか。

(2)ア免責事由の有無-本件火災への原告の関与の有無
イ原告が,本件保険契約に基づき保険金を請求することは,信義則に反し,権利の濫用に当たるか-本件火災への原告の関与の有無

4争点についての当事者の主張
(1)争点(1)ア(被保険利益)について
ア原告の主張
 本件保険契約の被保険利益は,本件建物に対する所有者としての利益(所有者利益)ではない。
原告は,貸金の担保として預かった物を保管する倉庫として本件建物を利用していたから,本件建物が火災に遭った場合には,所有者であるCに対する損害賠償責任が発生する可能性があるほか,本件建物に代わる倉庫を調達するための費用負担を強いられることになるから,原告には被保険利益が存するというべきである。

本件保険契約の被保険利益が,所有者利益に限定されるのであれば,本件保険契約の申込書に,保険の目的物の所有者が保険契約者と異なるときにその旨記載する欄が設けられているはずがない。

イ被告の主張
本件保険契約の被保険利益は,本件建物に対する所有者としての利益(所有者利益)である。前記第2の2の争いのない事実等(3)のとおり,原告は,本件建物を所有しておらず,原告に被保険利益が帰属しているとはいえないから,本件保険契約は無効である。

本件保険契約は,火災保険契約であり,責任保険契約ではないから,所有者に対する損害賠償責任は被保険利益とならない。また,本件保険契約は,代わりの倉庫を調達するための費用を被保険利益としていない。

(2)争点(1)イ(被保険利益-信義則違反等)
ア原告の主張
本件保険契約の被保険利益が所有者利益であったとしても,被告が,原告に被保険利益がないことを理由に,本件保険契約に基づく保険金の支払を拒否することは,次の事実に照らすと信義則に反し,権利の濫用に当たるというべきである。

(ア)原告は,平成2年ころ,本件建物を目的として火災保険契約を締結し,以後,毎年契約を更新してきたが,当初から,D株式会社が被告の代理店として原告との間の火災保険契約を担当していた。D株式会社の当初の担当従業員は,株式会社E銀行F支店に勤務経験があり,Cは,原告が同支店から昭和61年12月25日に融資を受けた際,本件建物等に根抵当権を設定したことがある。

したがって,被告は,当初から,原告が本件建物の所有者でないことを知り得たものであり,少なくとも被告の代理店の担当者は,これを知っていたものである。

(イ)被告は,原告に対して本件建物の登記簿謄本の提出を求めるなど,無効な保険契約を締結することを避ける方法をとることができた。しかし,被告は,当初から,本件建物の所有者を調査しようとしたことはなく,契約更新の際にも尋ねたことはなかった。

(ウ)本件建物の所有者であるCは,かつて原告の代表取締役の地位にあったことがあり,現在の代表取締役の父である。このように,原告と本件建物の所有者とは密接な関係にあるが,被告の担当従業員もこのことを認識していた。

イ被告の主張
本件保険契約及び更新前の保険契約の申込書及び保険証券には,原告が本件建物の所有者であるとの記載があり,これは,原告が,被告からの問い合わせに対し,その旨回答したからである。原告は,平成2年から,毎年,保険契約の申込書及び保険証券の記載を確認していたのであるから,記載に誤りがあればその訂正,変更を申し出る機会は十分に存在した。

(3)争点(2)ア及びイ(本件火災への原告の関与の有無)について
ア被告の主張
次の事実からすれば,本件火災の原因は放火であり,当時原告の代表取締役であったG又は原告を実質的に支配していたCが,本件建物の1階に寝泊まりしていたHと共謀するなどしてこれに関与していたことが推認されるから,被告は,本件保険約款2条1項1号により又は信義則違反ないし権利の濫用により,保険金の支払が免責される。

(ア)I消防署のJ消防士長作成の出火原因判定書(乙第1号証の3)によれば,本件火災は,何者かが本件建物の2階南側付近にガソリンを撒き,何らかの火源を用いて放火したことにより発生したと推定されている。

このような態様で外部から放火するには,
 ①何らかの方法で本件建物の南側の霧よけ庇に乗り,ガソリンの染みこんだ紙の束又はガソリンの入った容器を持ちながら中央付近まで進み,そこで南側東寄りの引き違い戸を開け,外側を覆っている金属製格子の約10センチメートルの透き間から,ガソリンの染みこんだ紙の束又はガソリンを中に入れ,さらに火源を窓から下へ落とし,引き違い戸を閉めた上で,何らかの方法で霧よけ庇から降りて逃走したか,

②①と同様の方法によって南側東寄りの引き違い戸を開け,ガソリンの染みこんだ紙の束に火をつけてから,これを金属製格子の透き間から押し入れ,引き違い戸を閉めた上で,①と同様の方法によって逃走したかのいずれかとしか考えられない。

しかし,消防署が本件火災の発生直後に撮影した写真(乙第1号証の4,3丁)によれば,本件火災当時,本件建物には,はしごが架かっていなかったことは明らかであり,また,本件建物の向かい側に居住し,本件建物の近隣住民に本件火災の発生を知らせたKも,本件火災が発生した際,本件建物にははしごが架かっていなかったことを確認している。したがって,放火犯人が,はしごを利用して霧よけ庇に乗り,本件建物に放火したということはあり得ない。

その上,深夜,ガソリンの染みこんだ紙の束又はガソリンの入った容器を持ちながら,長く傾いている庇の上を歩いて中央付近にたどり着くというのは,通常不可能である。本件建物は,大通りに面しており,周囲には店舗及び住宅が建ち並んでいて,深夜でも人通りのある場所に位置しているから,深夜,霧よけ庇の上を歩いている者がいれば,不審な姿として目立ち,目撃者がいるはずであるが,目撃者は発見されていない。

また,南側東寄りの引き違い戸は,本件火災の発生時には内側から施錠されていた。しかも,この引き違い戸には歪みがあり,内側からは開けることができるものの,外側からは開けることが困難な状態になっていた。さらに,この引き違い戸は,わずか10センチメートルの間隔しかない金属製の格子で覆われており,外側からは手首を動かす程度の力しか加えることができず,しかも,さび付いていたから,外側から開けることは困難であった。

以上によれば,本件火災が外部からの放火によるものと考えることはできない。

(イ)一方,Hが,本件建物2階部分に上り,紙の束を南側東寄りの窓の真下付近に置き,これにガソリンを染みこませて放火することは極めて容易である。

また,前記(ア)のとおり,本件火災が発生した当時,本件建物にはしごは架かっておらず,Hも,はしごの存在に気付いていなかった。それにもかかわらず,Hは,調査会社の調査及び本件証人尋問において,はしごがかかっていたと主張し,本件火災を外部からの放火によるものであるとことさら強調した。

さらに,Hが本件建物1階のシャッターを開けて本件建物から出てきたのは,火が十分燃え広がってからのことであり,その際,Kは,Hが泰然とした様子で出てきて,立ち去ったことを目撃しているから,Hが不意に火災に遭ったとは考えられない。

以上によれば,Hは,本件火災に関与していたものと推認することができる。

(ウ)Hは,原告のかつての従業員であり,退職後も,本件建物内で,原告の指揮命令の下,商品管理等の仕事をしており,実質的には,なお従業員と同様の立場にあった。Hが,原告に対し,恨みを抱く理由はなく,Hには本件建物に放火する個人的動機はない。

一方,原告は,本件火災が発生した当時,株式会社E銀行に対して約7億8000万円の債務を負担しており,資金繰りに苦しんでいた。

原告は,本件建物について,本件保険契約のほか,L保険株式会社との間で保険金額800万円の店舗総合保険,M保険株式会社との間で保険金額800万円の店舗総合保険,N保険株式会社との間で保険金額合計8700万円の店舗総合・動産総合保険の契約をそれぞれ締結していたから,本件建物及びその内部の商品等が焼損すれば,最大約1億2380万円の保険金を入手することができ,本件建物に放火する十分な動機があったといえる。

Gは,本件火災の約1年半後には,原告の営業を終了させる予定にしていたから,既に老朽化していた本件建物に放火して,保険金の取得を意図したとしても不自然ではない。

原告は,Hに対し,本件火災の約半年前である平成9年3月ころ,退職金の名目で600万円を支払った。また,原告は,Hから,同年12月6日に500万円を借り受けたことにして,平成10年4月8日,Hに対し,その貸金の返還の名目で,500万円を支払った。しかしながら,上記500万円の貸付けがあったかは疑わしく,原告は,Hに対し,本件建物への放火に対する報酬として,これらの金員を支払ったものというべきである。

Cは,当初から,本件火災は,原告のかつての従業員で,取引相手であるPの放火による旨ことさら主張していた。しかし,Cのこの主張には,何ら合理的理由があったわけではなく,前記(ア)のとおり,そもそも,本件火災が,外部からの放火によるものとは考えられない上,Pは,本件火災によって何の利益も得るわけではなかった。また,原告は,本件火災によって焼損したペルシャじゅうたんを洗浄するため,Pが多数のじゅうたんをイランに搬送することを認めて,そのための資金も提供したほか,Pに対し,本件火災の後,合計8062万円もの金員を貸し付けているのであって,原告は,放火犯人に対する行動とは考えられない行動をとっている。以上によれば,Cが,Pの放火ということを強調したこと自体が不自然というべきである。

原告は,本件火災以前にも,事務所において強盗の被害に遭ったとか,ショールームに侵入され窃盗の被害に遭ったなどとして,保険金を取得したことがあり,本件火災にも保険金取得目的で関与していたことが推認される。

イ原告の主張
次の事実からすれば,本件火災は外部からの放火によるものであり,原告が関与していないことは明らかである。
(ア)本件火災は,外部からの放火によるものと考えるべきである。
本件建物の周辺は,昼間でも人通りが少なく,深夜はほとんど人通りがなくなる場所である。

I消防署Q出張所消防司令補R作成の火災出場時における見分調書(乙第1号証の4)によれば,I消防署員が本件火災の発生現場に最初に駆けつけた際,本件建物にはしごが架かっていることを確認したことは明らかである。また,本件建物の消火活動時の写真(乙第1号証の4,4丁)によれば,本件火災が発生した当時,本件建物に,東側の土地からはしごが架けられていたことは明らかである。

放火犯人は,はしごから本件建物1階のシャッターの袋部に移り,そこで点火作業をして2階に放火したものと考えられる。本件建物1階には,鉄製のドア及びシャッターしかなく,窓ガラス等は存在しなかったから,1階には放火できず,2階に放火するしかなかったのである。

Hは,本件建物から出てきた後,その場で消防署の事情聴取を受け,その後,警察署で事情聴取を受けたのであって,泰然と立ち去ったわけではない。

(イ)次のとおり,Pには,本件建物に放火したのではないかと疑われる事情がある。
a 原告は,Pに対し,ペルシャじゅうたんを担保として5000万円以上を融資していた。Pは,その利息の支払のため,原告に対し,小切手を振り出していたが,それでも利息の支払が不足していたため,原告は,Pに対し,平成9年9月中旬ころ,これ以上の融資は困難であると伝えた。そこで,Pは,じゅうたんの取引をすると言って,同月末ころまで,本件建物内のじゅうたんの整理を行い,本件建物1階にあったじゅうたんの約半数を2階に移動した。その際,Pは,原告に対し,前記小切手を取立てに回されると不渡りになってしまうので,取立てに回さないよう依頼し,原告は,仕方なくこの依頼に応じていた。しかし,その後,Pは,じゅうたんの取引を実行せず,前記小切手も不渡りになる可能性が高くなり,利息の支払は完全に滞った。本件火災は,その後に発生している。

b Pは,本件火災の前日,本件建物を訪れていたが,同人は,この事実を,被告から委託された調査会社に対して否定した。Pは,平成7年ころから,本件建物に出入りしていたから,2階南東部分に窓が存在することを知っており,事前にこの窓の鍵を開けておいたか,開いていることを確認した疑いがある。

c Pは,本件火災の消火活動によって汚れたじゅうたんを,イランでクリーニングすればきれいになると述べ,本件建物から129枚のじゅうたんを持ち出したが,原告は,そのための費用として835万0343円を支払わされた。しかし,その後,Pは,原告に対し,持ち出したじゅうたんを返還していない。

d Pは,平成10年2月9日,原告の事務所を訪れ,本件火災の補償をしないと,イラン人を大勢連れてきて原告が営業できないようにすると脅迫した。原告がこれを断ると,Pは,原告に担保として預けているじゅうたんを売却するので,小切手の振出しと交換でじゅうたんを返還してほしいと要請した。原告は,本件火災について責任を負う可能性があったため,この要請に応じ,Pから合計880万円の小切手を受け取って,じゅうたんを返還したが,その後,この小切手は不渡りとなった。

e Pは,原告に対し,1億3000万円の損害賠償請求訴訟を提起したが,同人がこの訴訟において証拠として提出した納品書及び領収書は,偽造されたものである可能性が高い。

(ウ)原告には,本件建物に放火する動機がない。
原告は,本件火災が発生した当時,株式会社E銀行に対して約7億8000万円の債務を負っていた。その後,原告は,本件保険契約に基づく保険金は受領しなくても借入金を返済し,残債務額を3億9400万円まで圧縮したほか,新規借入れもでき,資金繰りに苦しんでいるという事実はなく,順調に収益を上げていた。

原告は,本件火災により,約8000万円相当の動産を失った。また,前記(イ)のとおり,原告は,じゅうたんのクリーニング費用を支出したり,小切手の振出しと交換にじゅうたんの返還に応じることを余儀なくされたほか,一時,警察官から,本件火災の原因が原告の従業員による放火である可能性を示唆されたため,担保として保管していたじゅうたんが焼失したことについてPに対して損害賠償責任を負うことになると考え,本件火災の後,41回にわたり,合計8062万円をPに融資することになった。結局,その後,原告は,Pから,1億3000万円の損害賠償請求訴訟を提起された。また,原告は,本件火災の後,近隣の五つの建物を訪問し,火災見舞金として合計100万円を支払った。このように,原告は,本件火災によって,経済的利益を得るどころか,ばくだいな損失を被っている。

なお,原告は,本件保険契約に基づく保険金を受領しなくても,本件建物を約1200万円で修理した。原告に保険金の不正取得の意図があったのであれば,このように費用をかけて本件建物を修理するはずがなく,むしろ,保険金額8億円で盗難保険契約を締結していた事務所について,盗難事件を偽装し,保険金を取得しようとしたはずである。

第3 争点に対する判断
1争点(1)ア(被保険利益)について
火災保険契約は,保険事故が発生した場合にその損害を填補するものであり,保険契約者ないし被保険者に対し,火災によって生じた損害以上の利益を積極的に供与するものではない。したがって,火災保険契約が有効に成立・存続するためには,被保険利益が特定し,被保険者がこの被保険利益を有していることが必要である。

乙第3号証によれば,本件保険約款1条1項は,被告は,保険事故によって保険の目的物について生じた損害に対し,損害保険金を支払う旨規定していることが認められるから,本件保険契約に基づく損害保険金の被保険利益は,保険の目的物についての所有者利益と解するべきである。そして,前記第2の2の争いのない事実等(3)のとおり,本件保険契約の締結当時,本件建物の所有者はCであったから,原告は,本件建物について所有者利益を有していなかったというべきである。

原告は,本件建物が火災に遭った場合,本件建物の使用者として,所有者に対して損害賠償責任を負う可能性があり,また,代わりの倉庫を調達するための費用負担を強いられるから,この責任利益及び費用利益が被保険利益であると主張する。

しかし,甲第1号証の1ないし6,乙第3号証によれば,本件保険契約では,保険の目的物の保管者等が支払う損害賠償金に対して保険金を支払うとの特約はされていないことが認められ,また,乙第3号証によれば,本件保険約款1条8項は,損害保険金が支払われる場合において,保険の目的物が損害を受けたため臨時に生ずる費用については臨時費用保険金を支払うと規定し,同条13項5号は,保険の目的物の代替として使用する物の賃借費用については修理付帯費用保険金を支払うと規定していることが認められるものの,原告が,本件火災の発生によって,代わりの倉庫を調達するための費用やその他の費用を要したことについての主張立証はない。さらに,原告が,所有者から損害賠償請求をされていること又はそのおそれがあることについての主張立証もない。

また,原告は,本件保険契約の申込書に保険の目的物の所有者が保険契約者と異なるときにその旨記載する欄が設けられていることをもって,被保険利益は所有者利益に限定されないとも主張する。しかし,他人のためにする保険契約が制度上認められるところであり,本件保険約款19条1号も,保険契約締結当時,他人のために保険契約を締結する場合において,保険契約者が,その旨を保険契約申込書に明記しなかったときは保険契約を無効とする旨規定しているところであるから,本件保険契約の申込書に原告主張のような記載欄が設けられているのは,そのような場合を予定したものと解される。したがって,本件保険契約の申込書に保険の目的物の所有者が保険契約者と異なるときにその旨記載する欄が設けられていることをもって,被保険利益は所有者利益に限定されないとの原告の主張は採用することができない。

以上によれば,原告は,本件保険契約に関し,被保険利益を有しないというべきである。

2争点(1)イ(被保険利益-信義則違反等)について
原告は,本件保険契約の締結を担当した代理店の従業員は,原告が本件建物の所有者でないことを知っていたと主張する。

確かに,証人Cの証言には,本件保険契約の締結を担当した代理店の従業員は,株式会社E銀行に以前勤務していたことがあり,Cは,同銀行のために本件建物に担保を設定したことがあったとの部分がある。しかし,この従業員が,同銀行に勤務していた当時,本件建物への担保の設定に関与していたことを認めるに足りる証拠はなく,また,これに関与していたとしても,その後本件保険契約が締結された際,本件建物の所有者をCのままであると認識していたことを認めるに足りる証拠もない。

また,原告は,被告に対して本件建物の登記簿謄本の提出を求めず,本件建物の所有者が誰であるかを尋ねたこともないと主張する。

しかし,甲第1号証の2,4ないし6によれば,本件保険契約の申込書には,保険の目的物の所有者を記入する欄があり,申込人と異なるときのみ記入することとされていたところ,原告はこの欄にその旨を記入しなかったことが認められるから,被告がさらに本件建物の所有者を確認するために登記簿謄本の提出を求めるなどの手段をとるべきであったということはできない。

さらに,原告は,本件建物の所有者であるCとは密接な関係にあると主張するが,本件建物が本件火災によって焼失したことにより損害を受けたのは所有者のCであるというべきであるから,Cがかつて原告の代表取締役の地位にあったとか,現在の代表取締役の父であるというだけでは,Cと原告を同一視することはできない。

したがって,前記1において判示した火災保険契約の性質からすると,被告が,原告に対して火災保険金の支払を拒否していることが信義則に反するとか,権利の濫用に当たるとすることはできず,原告のこの点についての主張は採用することができない。

3結論
以上によれば,原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第50部

(裁判長裁判官奥田隆文,裁判官・金澤秀樹,同・前田志織)