H15.5.14 横浜地裁
損害保険金請求事件
平成15年5月14日判決言渡
平成11年(ワ)第4372号 損害保険金請求事件
判 決
原告 X
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 B
被告 Y
同訴訟代理人弁護士・松坂祐輔,同・小倉秀夫,同・大下信
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は原告に対し,3000万円及び平成11年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は,被告との間で,平成10年1月30日,以下の約定で火災保険契約(更改)を締結した(以下,「本件火災保険契約」という。)。
ア 対象物
別紙図面「建物配置状況」図面記載②の事務所(以下「②の建物」という。)及び③の作業所兼倉庫(以下,③の建物という。②の建物と③の建物を合わせて「本件建物」という。)内にある,①機械設備等一式,②原材料,仕掛品等一式
イ 保険金額
①の物件について,2000万円
②の物件について,1000万円
ウ 保険料金
年7万9100円
エ 期間
平成10年1月30日から平成11年1月30日まで1年間
ただし,毎年更新することができる。
(2) 平成11年1月27日午前1時10分ころ,本件建物から出火し,本件建物は全焼した(以下,「本件火災」という。)。
(3) 本件火災により,本件建物内にあった別紙焼失物件目録①及び同目録②記載の各物件が焼失し,原告には4345万9013円の損害が生じた。
(4) よって,原告は被告に対し,本件火災保険契約に基づき,3000万円及びこれに対する平成11年1月27日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)は認める。
(2) 請求原因(2)は認める。
(3) 請求原因(3)は否認する。
3 抗弁
(1) 事故招致免責(店舗総合保険普通保険約款2条1項(1))
ア 原告は,被告との間で,本件火災保険契約を締結する際,「保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人(保険契約者または被保険者が法人であるときは,その理事,取締役または法人の業務を執行するその他の機関)の故意もしくは重大な過失または法令違反」によって生じた損害に対しては,被告は保険金を支払わない旨の特約を締結した(以下「事故招致免責特約」という。)。
イ 以下の事情を勘案すると,本件火災は,原告代表者又はその関係者によって放火されたものであり,被告は保険金の支払義務を負わない。
(ア) 本件火災は,火の気のないところからの出火であり,放火と考えられる。
(イ) 原告は経営が悪化して資金繰りも逼迫していたのであって,是が非でも現金が必要であった。
(ウ) 原告の保険金請求行為は,右翼,暴力団を関与させ,マスコミヘのリーク,監督官庁からの圧力を利用するなど,その請求方法が異常性かつ悪質であった。
(エ) 原告は,現場調査を故意に妨害した。
(オ) 原告による損害の申告は,明らかに水増しされた虚偽なものであり,原告の厳しい経営状況を裏付けるものである。
(カ) 本件火災により利得を得るのは原告のみである。
(キ) 放火犯は,本件建物の合鍵を持参していた。
(ク) 原告代表者にはアリバイはない。
(2) 不実申告(店舗総合保険普通保険約款26条4項)
ア 原告は,被告との間で,本件火災保険契約を締結する際,以下の内容の特約を締結した(以下「不実申告免責特約」という。)。
(ア) 保険契約者又は被保険者は,保険の目的について損害が生じたことを知ったときは,これを被告に遅滞なく通知し,かつ損害見積書に被告の要求するその他の書類を添えて,損害の発生を通知した日から30日以内に被告に提出しなくてはならない。
(イ) 保険契約者又は被保険者が,正当な理由がないのに(ア)の規定に違反したとき,又は,提出書類につき知っている事実を表示せず,もしくは不実の表示をしたときは,被告は保険金を支払わない。
イ 原告は,被告に対し,本件火災による損害申告として,以下のとおり,虚偽の内容の書面を提出し,不実の申告を行った。
(ア) 原告は,平成11年2月8日,被告に対して「現在高及び損害明細書」(機械工具類につき乙9,原材料,仕掛品につき乙10)を送付し,損害の申告をした。
a 什器,機械,工具等3605万1923円
b 原材料,仕掛品1491万2390円
c 合計5096万4313円
(イ) その後,原告はその裏付け書類として,Oの精算書(甲11),Pの納品書控(乙11),Qの売買契約書(乙12)を送付してきたが,その内容はいずれも虚偽である。
(ウ) 機械工具類関係の実際の損害は615万5555円,原材料関係の実際の損害は22万7460円である。
ウ 原告の損害の不実申告は,原告の指示に基づく虚偽内容の書類提出によって行われたものであり,原告の悪意は明白であり,被告は,保険金支払義務を負わない。
4 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)のうち,アは認め,イは否認する。
(2) 抗弁(2)のうち,アは認め,イ,ウは否認する。
被告が原告代表者であるAに対し,客観的な資料がないと保険契約上,保険金が下りないと不実の申告を誘導し,Aがそれに従って無理に虚偽の書類を提出したものであって,Aに悪意はない。
理 由
1 請求原因(1),同(2)の事実は,当事者間に争いがない。
2 抗弁(1)(事故招致免責)について
(1) 事故招致免責特約の存在は当事者間に争いがなく,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア 火災調査報告書(乙2)には,出火原因の概要として,火気のない所からの出火で,放火の可能性も考えられるが確たる証拠品等もないため出火原因は不明とするとの記載がある。
イ 火災原因判定書(乙3)には,以下の記載がある。
(ア) 北側敷地境のトタン及び杉の木を焼き払い道路側へと炎が吹き出ていた事実,西側建物から南側建物へと延焼拡大中であった事実及び作業場及び倉庫(③の建物)は事務所(②の建物)側によるほど焼き細って見分される事実を総合考察すると,本件火災は,事務所棟(②の建物)北側で発生し延焼拡大していったものと認められるので出火建物は事務所棟(②の建物)と判定する。
(イ) 事務棟のコピー機付近の焼きが激しく見分されていること,事務所とコピー室境の床の敷居がコピー室側の敷居が焼き細りが認められ,コピー室内にある事務机が強い燃え込みと炭化の深度も深く,事務机幕板の西側は白く幕板の下地が認められることを総合し,出火箇所は事務机西側付近と判定する。
(ウ) 出火箇所の焼き状況より考察して火源は床面に近い部分にあったことが推察されるので,建物構造より考えて,たばこ,電気関係及び放火による原因が考えられる。
a たばこについて
除去した炭化物の中から吸い殻等が検出されていないことや出火箇所付近に人が立ち入った時間等から可能性は小さい。
b 電気関係について
出火箇所付近の屋内配線やエアコン及びコピー機のコードが焼きして芯線になって見分されているが特異な焼きは見分されていないことから出火の可能性は小さい。
c 放火について
出火箇所が外部から侵入して放火する位置としては選びにくい位置にあり,鎮火後の出火箇所周辺の炭化物調査では,油類等の放火に結びつくものが検出されていないが,敷地内東側からの出入りが容易なこと,又いったん侵入すると外部から発見されにくいことや以前二度程度事務所が荒らされたことがあるとA(原告代表者)が供述している。
ウ 以上検討した結果,本件火災は延焼経路及び見分結果から火源はコピー室の事務机西側の床面より燃え広がったことが推察される。よって,出火原因は,放火の可能性が考えられるが,これらは状況からの推察であり質問記録や見分調書から証拠品等の検出が得られない。したがって,本件の出火原因は不明とする。
(2) 以上のとおり,少なくとも消防署の作成した各書面からは本件火災の原因を放火であると特定することはできず,また,たばこ,電気関係が火災の原因として否定されることから,可能性の一つに考えられる放火を,消去法によって直ちに本件火災の原因と断定することもできない。そして,本件火災を放火であると認めるためには,点火対象物,点火方法等について客観的な証拠が必要であるところ,それらについてこれを認めるに足りる証拠はない。
ところで,被告が主張する種々の事情(抗弁(1)イ(ア)ないし(ク))は,本件火災が放火であると認められる場合に,本件火災と原告とを結びつける事情(動機等)ということはできるものの,それらの事情から本件火災が放火(原告代表者等の故意もしくは重大な過失または法令違反)であることまでを推認することはできないのであって,抗弁(1)は理由がない。
3 抗弁(2)(不実申告)について
(1) 不実申告免責特約の存在は当事者間に争いがなく,証拠(甲6-1・2,11-1~8,12-1・2,17,18,乙9-1~6,10-1・2,11-1~3,12ないし15,原告代表者)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア 本件火災後,原告が被告に保険金を請求したところ,その損害に関する資料の提出を求められたため,原告は,平成11年2月8日ころ,被告に対して「現在高及損害明細書」(別紙焼失物件目録①の什器・機械・工具等につき乙9-1~6,同目録②の原材料・仕掛品につき乙10-1,2)を送付し,損害の申告をしたが,その損害額は什器・機械等が3605万1923円,原材料・仕掛品が1491万2390円の合計5096万4313円とするものであった。
これらの物件が存在すること及びその価格等は,Aの記憶に基づくものであり,客観的な資料はなかった。
イ 被告は,原告の提出した「現在高及損害明細書」の裏付けとなる資料の提出を求めた。
Aは,その裏付けとなる資料が手元になかったため,取引先に頼んでAが存在すると記憶している物品について資料の作成を依頼し,O作成の精算書(甲11),P作成の納品書控(乙11),Q作成の売買契約書(乙12)を被告に提出した。
ウ O作成の精算書は,平成10年5月から同年12月までの日付で作成されているが,AがOに現在高及損害明細書と同一内容の資料を送り,Oがそれを転記して作成したものである。
上記精算書は,原材料・仕掛品を記載した「現在高及損害明細書」(乙10-1・2)に対応するものである。
エ Q作成の売買契約書は,AがQに現在高及損害明細書と同一内容の資料を送り,Qがそれを転記して作成したものである。
Qは現場を確認して,焼きした物件を認めた上で作成したものではなく,今後,原告に販売する予定のものとして作成した。
原告は,土木・建築工事請負を主たる営業目的とする会社で,本件火災で焼失した機械工具類が原告の業務運営に必要不可欠なものであり,それと同一の物を購入する必要があるから,その売買契約書が焼失物の存在及び損害額の資料となるとして被告に提出した。
上記売買契約書は,「現在高及損害明細書」(乙9-1~6)の機械に対応するものである。
原告は,上記売買契約書に記載された物件のうち数点をQから購入した以外は現実には購入していない。
オ P作成の納品書控は,平成8年2月から平成10年12月までの日付で作成されているが,いずれも本件火災後にAがPに現在高及損害明細書と同一内容の資料を送り,そのとおりの内容で納品書を作成することを依頼し,Pがその依頼に基づいて作成したものである。
上記納品書控は,「現在高及損害明細書」(乙9-1~6)の工具に対応するものである。
カ 本件火災前における原告の第30期決算報告書(平成9年9月1日から平成10年8月31日まで)によると,原材料283万5000円,機械装置58万8935円,工具1万5791円,器具備品23万2572円,建物附属設備31万7672円の合計398万9970円となる。
本件火災後における原告の第31期決算報告書(平成10年9月1日から平成11年8月31日まで)によると,原材料0円,機械装置38万9850円,工具50万円,器具備品0円,建物附属設備85万円の合計173万9850円となる。また,損益計算書の特別損失として火災損失が359万1840円となっている。
キ 被告の調査によると,機械・工具関係の実損害は615万5555円,原材料関係の実損害額は22万7460円である。
(2) ところで,不実申告免責特約の規定は,損害が発生した場合に,保険者が迅速に損害てん補責任の有無を調査し,かつ,適正なてん補額を決定することができるようにするために設けられた特約であり,不実申告が損害てん補責任の有無の迅速な調査と適正なてん補額の決定の妨げになるおそれがあるなど,保険契約における信義誠実の原則の見地から許されないような態様であるとき,すなわち,保険契約者又は被保険者が,故意又は重大な過失により,その保険契約上の重要な事実に関して不実申告をしたとみられるときには,保険者は当該保険契約に基づく保険金全部の支払について免責されると解するのが相当である。
これを本件について検討するに,原告の提出した「現在高及損害明細書」(別紙焼失物件目録①の什器・機械・工具等につき乙9-1~6,同目録②の原材料・仕掛品につき乙10-1,2)は,いずれも客観的な資料を欠くもので,Aの記憶に基づいて作成されたというものであるが,原告の決算報告書にみられるように,貸借対照表上の原材料,機械装置,工具,器具備品の火災以前の評価額(398万9970円)や火災損失額(359万1840円)は,それが貸借対照表上の評価であることを勘案しても,原告の申告した損害額(5096万4313円)とは格段の開きがあり,その記憶自体著しく信憑性を欠くものである上,Aは,その裏付け資料を被告から求められるや,原告の複数の取引先に依頼して,上記現在高及損害明細書に沿う内容の書類を日付を遡らせるなどして作成させてこれを被告に提出したのであって,原告は客観的には存在しない物件を存在するものとして申告し,あるいは実損害よりも高額な損害を申告したと認めるのが相当であり,故意に提出書類につき不実の表示をしたというべきであり,これに何らの正当理由は認められない。
なお,原告は,当時の記憶は正確であるとして,甲14,20,21,22,24,26,27(いずれも枝番を含む。)を提出するが,「現在高及損害明細書」を作成した当時参照した資料ではなく,本件火災当時の物件の存在との関連性は明らかではなく,原告の提出した「現在高及損害明細書」の客観性,正確性を担保するものとは認めがたいのであって,前記認定の原告に不実申告があったことの認定を左右しない。
また,原告は,被告が不実申告を誘導した旨の主張をするが,本件全証拠によっても被告がAに虚偽の資料を提出するように誘導したと認めることができないのであって,Aに不実申告に関する故意があることについての認定を左右しない。
よって,被告は原告が不実申告をしたことにより,不実申告免責特約に基づいて原告に対する保険金の支払を拒否することができるというべきである。なお,被告は原告の実損害を機械・工具関係につき615万5555円,原材料関係につき22万7460円と算定しているが,原告に不実申告がある以上,全額について支払を拒否できることは前記説示のとおりである。
4 以上によると,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第4民事部
(裁判官・竹内純一)
目録等省略