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行政関連事件

017

H18.7.20 東京高裁

損害賠償請求控訴事件

平成18年7月20日判決言渡
平成17年(行コ)第68号損害賠償請求控訴事件
(原審・甲府地方裁判所平成12年(行ウ)第2号)

判   決

当事者 別紙当事者目録〈略〉記載のとおり

主   文

1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消しに係る部分の被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1審,2審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1)(主位的)
ア 原判決を取り消す。
イ 本件訴えを却下する。
(2)(予備的)
主文1,2項と同旨
(3)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

2 控訴の趣旨に対する答弁
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は控訴人の負担とする。

第2 事案の概要
1~3〈略〉
4 前提となる事実,争点およびこれに関する当事者双方の主張は,次のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2及び3と同じであるから,これを引用する。
(1)控訴人の当審における主張
玉穂町議会は,平成18年2月7日,本件請求に係る損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)を放棄する旨の議決をした(以下「本件議決」という。)。本件損害賠償請求権は本件議決により消滅した。

(2)被控訴人の認否及び反論
 ア (1)については,本件議決がされたことは認めるが,その効果は争う。以下述べるとおり,本件損害賠償請求権は本件議決によって消滅するものではない。

イ 住民訴訟の趣旨から議会の議決による権利放棄は許されない。
住民訴訟の係属中に議会が権利放棄の議決をすると,住民はもはや違法の防止又は是正をすることができず,住民訴訟の趣旨・目的を達成することができなくなることから,議会の議決による権利放棄は違法であると解すべきである。

ウ 非訟事件手続法76条の類推適用
本件訴訟は,住民が地方公共団体に代位して損害を負わせた相手方に対し損害賠償請求権を行使するという訴訟である。非訟事件手続法76条は,債権者代位権について履行期前の裁判上の代位の申請がされたときの手続として,申請を許可した裁判は職権をもって債務者に告知すべきこととし,告知を受けた債務者はその処分をすることができない旨規定している。したがって,非訟事件手続法76条の類推適用により,地方公共団体は住民訴訟の係属中に損害賠償請求権を放棄できず,権利放棄の議決をしても違法であると解すべきである。

エ 地方公共団体が権利放棄の一般規定を根拠に,違法な事務執行によって発生した損害を回復するための権利を放棄しても,違法な公金支出が適法になるわけではなく,法治主義に反する状態が続くことになる。したがって,権利放棄の一般規定よりも旧法242の2第1項4号が優先するから,本件損害賠償請求権を放棄する旨の本件議決は無効である。

オ 本件議決について長の執行行為がない。
権利放棄は,議会の議決によって地方公共団体の内部の意思が決定し,長の意思表示によって地方公共団体の意思として対外的に効力が発生するものであり,議決について長の執行行為を要する。本件議決には長の執行行為がなく,いまだ対外的に効力が発生していないから,本件損害賠償請求権は消滅していない。

カ 本件議決は手続的に違法であり,無効である。
権利放棄の議案の提出権は長に専属するものである。しかるに,本件損害賠償請求権を放棄する旨の本件議決は議員提出議案によりされたものであって,手続的に違法であり無効である。

キ 地方自治法96条1項10号の趣旨からは,権利放棄の議決が,地方公共団体及び住民の利益を一方的に害するにもかかわらず,専ら特定の個人の利益を図る目的をもってされた場合等,同号が権利放棄を議会の議決にゆだねた趣旨に明らかに背いてされたものと認め得るような特別の事情がある場合には,議会にゆだねられた権限を濫用し,又はその範囲を逸脱するものとして違法となり,その効力が否定されるものと解するのが相当である。

本件議決については,町民有志の会の上申書がきっかけとなっているが,町民有志の会の代表者は,控訴人の町長1期目からの裏の金庫番を任され,町発注の工事請負代金に応じた上納金を預かり,保管する役割を担っていた人物である。これは,いわば談合事件における控訴人の共犯者ともいうべき人物が町民有志を名乗って町議会に対し,控訴人に対する損害賠償請求権の放棄を要請したものである。しかも,この要請当時,玉穂町は平成18年2月20日に合併して中央市となる予定であり,本件議決は合併によって玉穂町が中央市となる13日前の2月7日に駆け込み的にされたものである。これは,控訴人を支持するいわゆる「旧町長派」の議員によって,合併直前にされたものであることが明白である。このような事情からすれば,特定の個人の利益を図る目的をもってされた場合等,同号が権利放棄を議会の議決にゆだねた趣旨に明らかに背いてされたものと認め得るような特別の事情がある場合であるから,本件議決は違法であってその効力を否定されるべきである。

第3 当裁判所の判断
1 本件訴えの適法性について〈略〉
2 本件請求について
(1)被控訴人らは,玉穂町長であった控訴人に対し,中央市に代位して本件損害賠償の請求をするものである。
ア 本件損害賠償請求権に関して,証拠(甲75,76)及び弁論の全趣旨によば,次の事実が認められる。
(ア)玉穂町議会議員Aらは,平成17年12月8日付けで,玉穂町議会議長に対し,本件損害賠償請求権について権利を放棄する旨の議決を求める議案を議員提出議案として提出した。上記議案の提案理由は,「11月14日,住民の有志1147人から議長あてに,『控訴人は,一連の事件の責任をとり,町長を辞任し,刑事事件では有罪判決を受けるなど,既に十分な社会制裁を受けていますし,町長在任中,医大北部区画整理事業,玉穂南小学校新設,玉穂町生涯学習館新設など町の発展に貢献し,現在も農業を営みながら,地元の自治会活動に積極的参加するなど地域社会に貢献している。このようなことから,控訴人に対する損害賠償請求権を放棄し,心機一転して新市での新しいまちづくりに取り組むのが最も良いことだと考える』との内容の上申書が提出された。このように多くの住民の意思があることから,議会として,控訴人に対する損害賠償請求に関するすべての権利を放棄するため,提出するものである」というものであった。

(イ)上記議案は同年12月の定例会において総務常任委員会に付託され,平成18年2月7日,総務常任委員会において上記議案が審理され,賛成3名,反対2名により原案のとおり決定すべきものと決定された。そこで,同日開会された玉穂町議会において,上記議案について審議し,質疑,討論を経て,16名の出席議員のうち15名が記名投票し,賛成9名,反対6名により,上記議案は可決された。

イ 地方自治法96条1項10号は,議会の議決事項として,「法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほか,権利を放棄すること。」と規定し,地方公共団体の権利の放棄については,執行機関である地方公共団体の長ではなく,議会の議決によるべきものとしているから,議会は,法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合でない限り,自らが本来有する権限に基づき,権利放棄の議決をすることができる。そして,本件損害賠償請求権の放棄については,法令又は条例に何ら特別の定めはないと認められるから,本件議決は,玉穂町議会が自らが本来有する権限(同法96条1項10号)に基づき行ったものであって有効であり,仮に,控訴人が入札予定価格を漏えいして業者間で談合を行い,これによって玉穂町が控訴人に対して本件損害賠償請求権を取得したとしても,本件損害賠償請求権は本件議決により消滅したものというべきである。

(2)被控訴人らは,本件議決により本件損害賠償請求権は消滅していないとして種々の主張をするので,判断する。
ア 被控訴人らは本件議決による本件損害賠償請求権の権利放棄は許されないと主張し,その根拠として,①本件議決は住民訴訟の趣旨に反すること,②本件の住民訴訟に非訟事件手続法76条を類推適用すべきであること,③違法な事務執行によって発生した損害を回復するための権利を放棄しても,違法な公金支出が適法になるわけではなく,法治主義に反する状態が続くことになることを挙げる。

しかしながら,なるほど,住民訴訟は,地方公共団体の執行機関又は職員による財務会計上の違法な行為又は怠る事実が当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害することにかんがみ,住民が当該地方公共団体に代わって提訴し,自らの手により違法の防止又は是正をし,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであるが,他方,住民訴訟が提起されたからといって,住民の代表である地方公共団体の議会がその本来の権限に基づいて住民訴訟における個別的な請求に反した議決に出ることまで妨げられるべきものではない。本件は,財務会計上の違法行為を前提とするものではなく,怠る事実に係る損害賠償請求事案であるところ,当該損害賠償請求権の発生原因のいかんによって放棄の可否を定めた法令はなく,その放棄の可否は,住民の代表である議会が,損害賠償請求権の発生原因,賠償額,債務者の状況,放棄することによる影響・効果等を総合考慮した上で行う良識ある合理的判断にゆだねられているというほかないのであって,上記のとおり玉穂町の住民の代表で構成される玉穂町議会は,本件議案について質疑,討論を行い,民主主義の原則にのっとり,多数決で本件損害賠償請求権を放棄する旨議決したのであるから,本件議決によって本件損害賠償請求権は消滅しており,そのことによって「法治主義に反する状態が続く」ことになるものでもない。また,住民訴訟は,住民である原告が,地方公共団体に代わって,専ら原告を含む住民全体の利益のために,いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものであって,債権者が自己の個人的利益のために行う民法423条の定める債権者代位権に基づく訴訟とは性質を異にする。したがって,裁判上の代位に関する非訟事件手続法76条2項の規定は,住民訴訟の場合に類推適用する余地はないというべきである。したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。

イ 次に,被控訴人らは,本件議決は効力を生じていないと主張し,その根拠として,①権利放棄の議決には長の執行行為を要するのに,本件議決にはいまだ長の執行行為がないから,損害賠償請求権は消滅していないこと,②権利放棄の議案の提出権は長に専属するものであるのに,本件損害賠償請求権の放棄に係る本件議決は議員提出議案によりされたものであるから,手続的に違法であって無効であることを挙げる。

しかしながら,地方自治法96条1項10条が,権利の放棄を議会の議決事項としたことは,住民の意思をその代表者を通じて直接反映させるとともに,執行機関の専断を排除しようとする趣旨をも含むものであるから,権利放棄の議決につき長の執行行為を要するとは解されない。また,地方自治法112条1項が,普通地方公共団体の議会の議員は,議会の議決すべき事件につき,議会に議案を提出することができる旨を規定していること,議会の議決事項の一つである権利放棄(同法96条1項10号)の議案の提出権については,予算のような議員に議案提出権がない旨の規定(同法112条1項ただし書)がないことからみて,権利放棄の議案の提出権が長に専属すると解すべき根拠はないというほかなく,議員提出議案によることができるものと解するのが相当である。

ウ 被控訴人らは,地方自治法96条1項10号の趣旨からは,権利放棄の議決が,地方公共団体及び住民の利益を一方的に害するにもかかわらず,専ら特定の個人の利益を図る目的をもってされた場合等,同号が権利放棄を議会の議決にゆだねた趣旨に明らかに背いてされたものと認め得るような特別の事情がある場合には,議会にゆだねられた権限を濫用し,又はその範囲を逸脱するものとして違法となり,その効力が否定されるとし,本件議決については,町民有志の会の上申書がきっかけとなっているが,町民有志の会の代表者は,控訴人の町長1期目からの裏の金庫番を任され,町発注の工事請負代金に応じた上納金を預かり,保管する役割を担っていた人物である上,同人による上申書提出当時,玉穂町は平成18年2月20日に合併して中央市となる予定であり,本件議決は合併によって玉穂町が中央市となる予定日の13日前の2月7日に,控訴人を支持するいわゆる「旧町長派」の議員によって駆け込み的にされたものであるから,特定の個人の利益を図る目的をもってされた場合等,同号が権利放棄を議会の議決にゆだねた趣旨に明らかに背いてされたものと認め得るような特別の事情がある場合に当たり,本件議決は違法であってその効力を否定されるべきであると主張する。

しかしながら,地方自治法96条1項10号の文言及び趣旨に照らせば,議会は,法律若しくはこれに基づく政令又は条例に特別の定めがある場合でない限り,自らが本来有する権限に基づき,権利放棄の議決をすることができるものである。しかるところ,本件損害賠償請求権の放棄については,法令又は条例に何ら特別の定めはないから,本件議決は有効であり,違法は存しないというべきである。

なお,権利放棄の議決に裁量権の逸脱又は濫用が認められる場合には当該議決が違法になり得ると解するとしても,権利放棄の議決は議会の自律的判断として最大限に尊重されるべきものであることに照らせば,議会が付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを議決したと認め得るような特別の事情がある場合に限られると解すべきである。なお,損害賠償請求権を放棄することは,その性質上,特定債務者に対し債務消滅の利益を与えるものであるから,そのことゆえに権利放棄が許されないことにはならないのは明らかである。そして,本件議決については,被控訴人らと同じ玉穂町の住民の有志1147人から議長あてに本件損害賠償請求権の放棄の上申書が出されたことを受けて,玉穂町議会議員から本件損害賠償請求権を放棄する旨の議決を求める議案が議員提出議案として提出され,上記議案が付託された総務常任委員会において,賛成3名,反対2名により原案のとおり決定すべきものとの決定を経て,玉穂町議会において,上記議案について質疑、討論をした上で,賛成9名,反対6名により,上記議案が可決されたことは前示のとおりであって,本件において玉穂町議会が付与された権限の趣旨に明らかに背いて本件議決をしたと認め得るような特別の事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。

3 結論
以上によれば,被控訴人らの請求は,本件議決がなされた以上,その余の点につき判断するまでもなく理由がないので棄却すべきである。

よって,これと異なる原判決中控訴人敗訴部分を取り消し,その取消しに係る部分の被控訴人らの請求を棄却することとして,主文のとおり判決する(なお,1審原告X1の本件訴訟は同人の死亡により終了した。)。

東京高等裁判所第16民事部
(裁判長裁判官・宗宮英俊,坂井満,畠山稔)