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行政関連事件

015

H18.4.28 大阪高裁

損害賠償請求控訴事件

平成18年4月28日判決言渡
平成17年(行コ)第77号損害賠償請求控訴事件
(原審・和歌山地方裁判所平成15年(行ウ)第5号)
(口頭弁論終結日平成18年2月17日)


判   決

控訴人 X 外3名
被控訴人 和歌山県知事木村良樹

主   文

1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人は,木村良樹に対し,1億3636万7221円及びこれに対する平成15年10月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2 被控訴人
主文と同旨。

第2 事案の概要
1 本件は,和歌山県(以下「県」ともいう。),那智勝浦町及び太地町が当時の年金福祉事業団法に基づく大型年金保養基地(グリーンピア南紀)を運営するために出資して設立した財団法人(本件財団法人)の経営破綻後の整理をめぐり,県が,破産手続を回避して任意清算を行わせるため,本件財団法人と融資銀行との間の民事調停手続に利害関係人として参加し,本件財団法人が融資銀行に対する債務を支払うことができるように,県の出資割合に応じた金額を県が本件財団に支払うこと等を内容とする調停(本件調停)を成立させ,それを前提として,同金額の公金を本件財団法人に支出したことについて,県の住民である控訴人らが,本件調停を成立させたことや前記金員を支出することを決定して支出命令をし,更に支出をしたことは地方財政法4条1項,地方自治法232条の2等に違反して違法であるなどと主張し,同法242条の2第1項4号により,和歌山県知事である被控訴人に対し,前記支出当時の和歌山県知事の木村良樹に前記支出による県の損害の賠償を請求するよう求めている事案である。

2 原判決は,控訴人らの請求を棄却し,これに対して,控訴人らが控訴した。

3 争いがない事実等,争点(当事者の主張を含む。)は,次に付加訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の第2の1及び2(原判決2頁18行目から20頁15行目まで)のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決5頁12行目冒頭から同15行目末尾までを次のとおりに改める。
「本件調停の成立によって支払うことになった1億3636万7221円について,木村は,平成15年9月2日,歳出科目等の節・説明を「負担金,補助及び交付金」「負担金」として支出負担行為をし(乙38の1,2),県福祉保健総務課長黒田久雄は,同月8日,県事務決裁規程(昭和62年5月25日訓令第8号)3条に基づく専決として支出命令を出し,井ノ本出納室長は,同月10日,和歌山県会計職員に関する規則(昭和39年3月31日規則第27号)3条,9条に基づき支出を行った(乙39の1,以下,本件調停を成立させて支出負担行為を行ったことを含むこれら支出までの各行為を一括して「本件公金支出」という。)。」

(2)原判決7頁7行目の「考えられるのでければ」を「考えられるのでなければ」に,10頁10行目の「被告は,」を「木村は,」に,同17行目の「事業収入による」から同19行目の「充当されれば,」までを「すでに前記の平成13年度だけでなく,平成14年度においても,本件財団法人の事業収入による運営費用を補助するため補助金を概算交付していたが,破産手続がとられると,前記の補助金は紀陽銀行の本件財団法人名義の口座に入金されていたから,同補助金相当額の預金と紀陽銀行の貸付金債権が相殺され,」にそれぞれ改める。

(3)原判決11頁13行目の「地方自治の本旨に理念」を「地方自治の本旨の理念」に,12頁13行目の「本件では,」を「本件財団法人は,」にそれぞれ改める。

(4)原判決17頁26行目の「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」の次に「(昭和21年9月25日法律第24号)」を加える。

(5)原判決18頁17行目の「上記(1)ないし(3)及び上記アの」を「上記(1)ないし(3)の」に,同22行目の「本件公金支出の命令を出して」を「支出負担行為をし,県福祉保健総務課長黒田久雄に支出命令を専決させて」に,19頁6行目の「造り」を「作り」にそれぞれ改める。

4 控訴人らの当審における補足主張
(1)本件公金支出の目的が,紀陽銀行の救済にあったことは明らかである。本件公金支出の決定に当たっては,本件財団法人の破産手続と本件財団法人の従業員及び取引業者に対する支援策の選択肢を真剣に検討すべきであったのに,木村は,これを全く怠って本件調停を成立させた。

(2)本件財団法人について破産手続がとられたとしても,それによって南紀地方の観光産業の核となるべき大規模施設が立ち行かなくなったことを改めて印象付けることにはならないし,南紀地方の観光産業自体の沈滞を世間に印象付けることにもならない。従業員や取引業者に対しては別途支援策を講じる選択も可能であったから,従業員や取引業者が致命的な不利益を被るわけでもない。高知県のグリーンピア土佐横浪は破綻して破産手続がとられた。

(3)本件公金支出の決定は,実質的には,県が本件財団法人の紀陽銀行に対する債務を保証したのと同じであって,法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律3条に違反する。

5 被控訴人の当審における補足主張
(1)控訴人らの当審における補足主張はいずれも争う。

(2)県の補助や負担金等の公金支出は,地理的,社会的,経済的事情及び各種の行政施策の在り方等の諸般の事情を総合的に考慮した上でされる政策的判断に基づくもので,知事の高度な裁量によるものである。本件公金支出を決定したことは,地方財政法4条1項の観点からも,補助金の交付についての地方自治法232条の2の規定の観点からも,いずれも適法である。

(3)「第三セクターに関する指針について」と題する通知(甲11)には,規範性はなく,しかも,本件財団法人は,民間資本の介入が全くなく,その機関構成や運営も県に委ねられた特別な公益法人である。

(4)本件財団法人を破産させるべきかどうかの検討は,平成14年11月15日に開催された理事会の前までに十分された。破産手続がとられた場合には,従業員の再就職の支援等が問題になるが,従業員や取引先からも大きな不満が出て,地元経済が混乱することが懸念された。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの本件請求は理由がないものと判断する。その理由は,次に付加訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の第3の1ないし3(原判決20頁17行目から36頁3行目まで)の理由説示と同一であるから,これを引用する。

(1)原判決20頁24行目の「年金福祉事業団法17条は,」を「年金福祉事業団の解散及び業務の承継等に関する法律(平成12年3月31日法律第20号,以下「承継法」という。)附則3条により廃止される前の旧年金福祉事業団法(昭和36年法律第180号。以下「旧年金福祉事業団法」という。)は,その17条において,」に改める。

(2)原判決21頁6行目の「年金福祉事業団法施行令」の前に「旧」を加え,同9行目の「(乙5」を「(乙4,5」に改め,同12行目の「昭和56年度には」から同13行目の「受託し」までを「昭和56年度にはグリーンピア南紀の基本設計,調査を,昭和57年度には実施設計,建設施工を受託し」に改め,22頁5行目の「本件財団法人は,」の次に「和歌山県及び地元2町のみにより出資された年金生活者,勤労者等の福祉の向上に寄与することを目的とした公益財団法人であり,」を加え,同6行目から7行目にかけての「推薦する者の候補者」を「推薦する候補者」に,同15行目の「乙3」を「乙13」にそれぞれ改め,23頁7行目の「本件財団法人は,」の次に「会社等の営利を目的とする法人とも,中間法人法に基づく中間法人とも異なり,実質的には,」を加える。

(3)原判決23頁22行目の「預金」を「預金債権」に,24頁12行目の「2285万5234円」を「2286万5234円」に,25頁22行目の「2672万0481円」を「1827万5152円」にそれぞれ改める。

(4)原判決26頁3行目及び29頁18行目の各「年金福祉事業団」の次にそれぞれ「又は承継法によりそれを承継した年金資金運用基金」を加え,30頁8行目の「損失補償」を「損失補償の差入れ」に改める。

(5)原判決33頁4行目の「本件公金支出が,」から同5行目の「主張するが,」までを「破産手続がとられると,平成14年度に概算交付された補助金が目的外使用になって和歌山県補助金等交付規則違反となることが明らかになるので,本件公金支出は,それを隠蔽する目的でされたとの趣旨の主張もするが,」に改める。

(6)原判決34頁12行目の「前記第2,1の争いのない事実によれば」を「前記第2の1の「争いのない事実等」掲記の事実によれば」に,同14行目の「相手方」を「紀陽銀行」に,同17行目の「内容としていた」を「内容とする」にそれぞれ改め,35頁25行目冒頭から36頁1行目末尾までを削り,同2行目の「本件調停の成立自体が,」を「本件公金支出が,」に改める。

2 当審における当事者の補足主張及び立証を加えて検討しても,上記判断を左右するに足りない。なお,補足すると,以下のとおりである。

控訴人らが主張する木村の責任は,地方自治法242条の2第1項4号及びその他の法令の規定上,本件公金支出についての財務会計行為に財務会計法規上の違法があることによる県知事としての木村の責任であると解され,そのうちで本件で具体的に問題となるのは,木村が本件調停を成立させ,それに基づき支出負担行為をしたことであると解される。控訴人らは,その外に,本件公金支出についての支出命令や支出自体の違法も主張しているが,これらの財務会計行為は,前記認定のとおり,そもそも,木村自身が行ったものではなく(なお,県福祉保険総務課長黒田久雄がした支出命令について,木村に指揮監督上の義務違反があったこと等についての主張・立証もない。最高裁平成3年12月20日第2小法廷判決・民集45巻9号1455頁,同平成5年2月16日第3小法廷判決・民集47巻3号1687頁各参照),また,支出命令や支出の各行為は,本件調停が成立し,支出負担行為もされた以上,法律上,県が本件調停に従って本件財団法人に1億3636万7221円の支払義務を負担する関係は確定しており,その後にそのことを前提として行わなければならない関係にあり,控訴人らからも,そのような前提をとったとしてもなお違法事由があったことまでの主張・立証はなく,前記認定事実の下で,いずれも適法であったものと認められる。支出命令や支出自体が違法であるとする控訴人らの主張は,これらの観点からも理由がないものというべきである。

また,木村が本件調停を成立させ,支出負担行為をしたことについても,争いがない事実等及び前記認定事実の下で,これを地方財政法4条1項の観点からも,地方自治法232条の2の規定の観点からも,また控訴人らが主張する他の観点からも,いずれも財務会計法規上違法ということはできない。前記で認定判断したところに加えて,更に付加すると,本件財団法人の業務の実態は,確かに民間のリゾート施設と異ならない面があるし(これは乙2ないし7,37及び弁論の全趣旨から認められる。),本件公金支出によって結果的には紀陽銀行がその貸付金債権の返済をほぼ受けたことになる。しかし,そもそも,本件財団法人の設立は,旧年金福祉事業団法に基づいて,年金福祉事業団が,大規模年金保養基地を管理運営するために県にその業務を委託し,県がその受託された業務を再委託して実際にその業務を行わせるために,地元2町と共に出資してされたもので,国の行政政策及び県や地元2町の公共的な政策に基づくものであったのであり,本件財団法人は,このような業務の性質や設立経緯,

そして出資者が地方自治体のみで,民間の会社等がない公益財団法人であることからも,控訴人らが主張するいわゆる第3セクターの業務よりも,その業務は公共的性質が強く,その業務と県の事務との関連性も強いというべきである。

また,争いがない事実等及び前記認定事実によれば,その後,平成13年ころから,国や県がそれまでの政策を変更し,旧年金福祉事業団法そのものが同年に成立した承継法(附則3条)により廃止され,大規模年金保養基地も見直しを迫られ,その中で,県は,平成13年9月,自己収入で運営費さえまかなえない状態となった本件財団法人を廃止する方針を決定したもので,このような国や県の従前の政策やその変更については,それらの政策論として様々な観点からの当否の問題があり得るとしても,県は,従来の政策やそれに基づく年金福祉事業団,県及び本件財団法人の各関係を前提として多額の融資をした紀陽銀行に対しては,本件財団法人を清算させるに当たって,少なくとも行政上の責任はあったものというべきである。そして,木村は,県知事として,前記のとおりの相当に広い裁量を有していたもので(最高裁平成14年(行ヒ)第144号・平成17年10月28日第2小法廷判決・裁判所時報1398号6頁,同平成13年(行ヒ)第243号・同年11月10日第1小法廷判決・裁判所時報1339号12頁各参照),県議会に諮ってその議決を得た上で本件調停を成立させたものであり,前記説示のとおり,その措置や支出負担行為が,前記事実関係の下でその裁量を逸脱して違法であるとまではいえないものと解される。

3 結論
以上によれば,控訴人らの本件請求は理由がないから,これを棄却すべきものであり,これと同旨の原判決は相当であって,本件各控訴はいずれも理由がない。そこで,本件各控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第12民事部
(裁判長裁判官・渡邉 等,裁判官・八木良一,同・三木昌之(転補))