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012

H17.8.9 和歌山地裁

損害賠償請求住民訴訟事件

平成17年8月9日判決言渡
平成15年(行ウ)第5号 損害賠償請求住民訴訟事件
(口頭弁論終結日平成17年6月21日)

判    決

原告 X 外3名
被告 和歌山県知事木村良樹

主    文

1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 被告は,木村良樹に対し,1億3636万7221円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成15年10月4日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。

第2 事案の概要
本件は,和歌山県,那智勝浦町及び太地町が大型年金保養基地(グリーンピア南紀)を運営するために出資して設立した財団法人の経営破綻後の整理をめぐり,和歌山県が,破産手続を回避して任意清算を行わせるため,融資銀行に対する残債務額につき出資割合に応じた額の補助金を当該財団法人に支出したことについて,和歌山県の住民である原告らが,当該支出は違法であると主張して,地方自治法242条の2により,和歌山県知事である被告に対し,当該支出当時の和歌山県知事に上記支出による損害の賠償を請求するよう求めている事案である。

1 争いのない事実等
(1)当事者等
ア 原告ら
原告らは,いずれも和歌山県に居住する住民である。

イ 財団法人グリーンピア南紀
財団法人グリーンピア南紀(以下「本件財団法人」という。)は,紀南大規模年金保養基地グリーンピア南紀(以下「グリーンピア南紀」という。)の管理及び運営の受託事業などを目的として,昭和60年4月16日に設立された財団法人である。

本件財団法人は,昭和61年4月1日付けで和歌山県からの再委託を受けてグリーンピア南紀の管理及び運営を行っていたが,平成15年3月31日付けでグリーンピア南紀を閉鎖した上で,平成15年7月30日に理事会の決議により解散した。

本件財団法人の設立に際しては,和歌山県が700万円を出捐し,グリーンピア南紀の所在地である那智勝浦町及び太地町(以下「地元2町」という。)がそれぞれ150万円を出捐していた。

ウ 木村良樹和歌山県知事(以下「木村」という。)
木村は,後記の公金の支出を決定,実行した当時及び現在の和歌山県の知事であり,和歌山県を統括し,これを代表するとともに,議案提出権,予算調整権,予算執行権等を有する和歌山県の公金支出に関する最終責任者である。

(2)本件公金支出の経緯
ア 株式会社紀陽銀行(以下「紀陽銀行」という。)からの借入れ
本件財団法人は,紀陽銀行から,設備資金等のための長期借入れを受けていたほか,平成9年度以降の赤字経営の中,短期借入れとして運転資金等の借入れも受けていた。紀陽銀行は,これらの貸付に際して,人的・物的担保を徴求しなかった。

和歌山県は,本件財団法人に対して,平成13年度には経営改善や赤字補填のための資金として,2億2869万8040円の補助金を支出していた。

イ グリーンピア南紀の廃止の方針
国は,平成13年12月19日の閣議決定により,大規模年金保養基地は平成17年度までに廃止することとし,特に,自己収入で運営費さえまかなえない施設はできるだけ早期に廃止する方針を示し,和歌山県知事に対しても,同日付けの厚生労働省年金局長名の「特殊法人等改革に伴う大規模年金保養基地事業の見直し」と題する書面(乙16)をもって,その旨通知した。この時点で,本件財団法人は,自己収入で運営費さえまかなえない状態であった。

和歌山県知事は,平成13年9月,和歌山県行政組織等検討懇話会に外郭団体の見直しについての意見を求めていたところ,同会は,平成13年12月の中間とりまとめを経て,平成14年10月28日,「行政組織等の見直しに関する提言」(乙17)を発表し,その中で本件財団法人の廃止を提言した。

これを受けて,本件財団法人は,平成14年11月15日に理事会を開催し,平成15年3月31日をもってグリーンピア南紀の運営受託を辞退することを議決した。

ウ 民事調停
紀陽銀行は,上述の平成13年12月の閣議決定を知って,平成14年1月以降,本件財団法人及び和歌山県に対して借入金の返済についての協議を求め,その中で,和歌山県に対していわゆる損失補償を求める旨要望した。同協議は,平成14年10月末まで続けられたが,決着を見なかった。

本件財団法人は,平成14年12月18日,紀陽銀行を相手方として和歌山地方裁判所に債務額確定調停を申し立て(同裁判所平成14年(ノ)第2号債務額確定調停事件),和歌山県及び地元2町を利害関係人として呼出しをするよう求めた。

和歌山県及び地元2町は,和歌山地方裁判所からの呼出しを受けて,第1回調停期日(平成15年2月7日)から,利害関係人として調停に参加した。

調停委員会,両当事者及び利害関係人との間では,第4回調停期日(平成15年5月16日)において,①本件財団法人の紀陽銀行に対する1億9481万0315円の支払義務を確認し,②和歌山県及び地元2町は,本件財団法人が債務を履行できるよう,その出捐割合に応じた額(和歌山県は1億3636万7221円,地元2町はそれぞれ2922万1547円)を本件財団法人に支払う旨の調停条項案で合意する方向性が確認された。

これを受けて,木村は,和歌山県知事として,平成15年6月に上記調停条項案による調停合意に関する議案を和歌山県議会に提出した。和歌山県は,平成15年7月1日に,調停合意を承認する旨の和歌山県議会の議決が得られたことから,同年7月11日の調停期日で,上記調停条項案どおりの内容で調停を成立させた(以下「本件調停」という。甲7)。

エ 公金の支出
木村は,和歌山県知事として,平成15年9月8日,上記調停によって支払義務を負担した1億3635万7221円の支払命令を発し,和歌山県は,同月10日,上記金額を本件財団法人に支払った(以下「本件公金支出」という。)。

オ 本件財団法人の清算
本件財団法人は,平成15年3月31日をもってグリーンピア南紀の運営受託を辞退するとともに同所を閉鎖し,清算作業を進め,同年7月30日に理事会の決議により解散した後,本件調停により和歌山県及び地元2町から支払われた金銭を,紀陽銀行からの借入金の返済に充てた。

(3)監査請求
原告らは,和歌山県監査委員に対し,本件調停成立の前日である平成15年7月10日に,本件公金支出の差し止めなどを求め,地方自治法242条1項に基づく監査請求を行った。

和歌山県監査委員は,平成15年9月5日,原告らに対し,監査請求を棄却する旨の監査結果の通知を行い,原告らは同日それぞれこの通知を受領した。

2 争点(本件公金支出の違法性)

《中略》

第3 争点に対する判断
1 本件公金支出が地方財政法4条1項に反するか。
(1)本件公金支出の背景となる事情
ア 本件事業及び本件財団法人の位置付け
証拠(甲1,乙1ないし13,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア)本件財団法人設立の経緯
a 和歌山県による積極的誘致
年金福祉事業団法17条は,年金福祉事業団が大規模年金保養基地を設置運営できる旨を規定していたところ,大規模年金保養基地の設置については,全国37道府県から誘致希望が表明されていたが,和歌山県は,同基地を紀南観光の中核的施設として位置付け,昭和48年5月に,和歌山県知事,副知事,出納長,県議会議長・副議長,地元2町の町長,町議会議長・副議長等で「紀南福祉エリア建設促進協議会」を設置するとともに「紀南福祉エリア建設対策本部」を設置するなどして,積極的に同基地の誘致活動を行い,その結果,昭和50年3月28日,和歌山紀南地区が年金福祉事業団法施行令第1条の指定に基づく保養のための総合施設として,厚生省年金局長から指定を受けたが,その後も,その早期着工及び事業費の確保等を担当部局である厚生省年金局,年金福祉事業団に働き掛け続けていた(乙5,6,8の1・2,36,証人A)。

b 和歌山県による事業受託
和歌山県は,年金福祉事業団から,昭和56年度にはグリーンピア南紀の基本設計,調査,測量,実施設計,建設施工を受託し(乙11,12),さらに,昭和61年3月26日にはグリーンピア南紀の運営についても委託を受けた(乙2)。この委託契約においては,グリーンピア南紀の運営は和歌山県の責任において行うものとされ,費用も所定の支弁額を除いては和歌山県が負担すべきこととされていた(8条)。

また,委託契約が終了した場合には,和歌山県が残務を整理し,保養基地会計を清算して,剰余資産を年金福祉事業団に引き渡すこととなっていた(27条)。

c 本件財団法人の設立と運営の再委託
和歌山県は,グリーンピア南紀の運営について,地元である那智勝浦町及び太地町と協働して責任を持つことを確認の上,予算や人員等に対する規制を免れ,グリーンピア南紀の弾力的かつ効率的な運営を可能にするため,昭和60年4月,和歌山県と地元2町の出捐(出捐割合は,7割,1割5分,1割5分)により本件財団法人を設立して,年金福祉事業団の承認を得て,グリーンピア南紀の運営を同法人に再委託した(乙1,3,9,10,36,証人A)。

(イ)本件財団法人の役員構成等
本件財団法人は,その寄附行為において,理事長には和歌山県知事を充てることとされていた。また,その他の理事は,理事長の推薦する者の候補者の中から理事会において選任することとされていたが,実際にも,和歌山県副知事及び地元2町町長が副理事長を務め,理事の大半は,和歌山県の現職又はOBの職員などの和歌山県庁関係者で占められていた(甲1,乙1,9,13,36,証人A)。

また,本件財団法人の実質的な業務運営に当たる常務理事(支配人)には,グリーンピア南紀の開業(昭和61年度)から廃業(平成14年度)まで,和歌山県庁OBないし現職の東牟婁振興局参事が派遣され,総務課長ないし総務部長には,平成10年度を除き,東牟婁振興局(又は東牟婁地方事務所)の現職職員が派遣されていた(乙3,36,証人A)。

(ウ)事業計画等の立案
本件財団法人においては,その主たる事務所がグリーンピア南紀の所在地ではなく,和歌山県の本庁所在地に置かれ,かつ,その事務局が和歌山県庁内に置かれており,事業計画・事業予算案,事業報告書・収支報告書を,和歌山県庁の福祉保健総務課で素案を作成した上で,理事会に諮るという手続が取られていた(甲1,乙1,36,証人A)。

(エ)小括
以上の事実を総合すれば,和歌山県において,グリーンピア南紀は紀南地方の観光振興という和歌山県の行政目的の核となる施設として位置付けられ,和歌山県自身の責任で年金福祉事業団からグリーンピア南紀の運営の委託を受けていたこと,本件財団法人は,グリーンピア南紀の運営を目的として設立されたもので,その資金も和歌山県と地元2町のみの出捐であること,役員構成の面からも,事業運営の面からも,実質的には和歌山県の行政組織の一部とも言えるほど県の支配を強力に受けており,そのことは当初から寄附行為において予定されていたことが認められる。

これらによれば,本件財団法人は,和歌山県自身の行政目的の実現を直接に担当する立場にあり,たしかに法形式的には本件財団法人が権利義務の帰属主体として出現するものの,それは弾力的・効率的な運営を可能にするための便宜上の存在という側面が強く,その活動は和歌山県の行政意思を背景にするものであり,ともすれば和歌山県の外局に近いものと受け取られてもおかしくない実態を有していたものと認めることができる。

イ 本件財団法人の財産状況
証拠(乙32,33,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,平成14年9月末日時点での本件財団法人の財産状況について,以下の事実が認められる。

(ア)資産
a 本件財団法人は,平成14年9月末日時点で,簿価で合計2億9305万5126円(流動資産6023万0078円,固定資産2億3282万5048円)の資産を有していた。

b しかし,流動資産6023万0078円のうち,4264万9497円は紀陽銀行に対する預金であって,本件財団法人が破産すれば,紀陽銀行が本件財団法人に対して有する貸付債権と対当額で相殺されることが確実であったし,仮払消費税812万3270円も,本件財団法人の納付すべき消費税と精算されることになるなど,配当原資として期待できるものではなかった。

その余の資産としては,現金229万0362円,未収金15万0785円,売掛金107万9276円,商品345万2012円,貯蔵品115万2570円,前払費用133万2306円があったが,商品及び貯蔵品は,換価が困難であるか,少なくとも簿価から大幅な減価が見込まれるものであった(したがって,これらの流動資産に関しては,配当原資としては,600万円ないし700万円程度しか期待できなかった。)。

c また,固定資産2億3282万5048円のうち,建物6507万8036円,建物付属設備1220万7965円及び構造物1億2788万1175円は,年金資金運用基金所有の土地上にあるため,本件財団法人の清算にあたっては撤去を強いられるものであるから,実際には換価が困難であるし,器具備品2285万5234円についても実際に売却する場合には簿価を大幅に下回ることが予想された(これらの固定資産全体について,後に実際に換価された価額は,214万0849円であった。)。

なお,本件財団法人は,土地を保有していなかった。

d 本件財団法人は,基本金引当預金1000万円を有していたが,紀陽銀行に預金として存在したことから,これも,本件財団法人が破産すれば,紀陽銀行が本件財団法人に対して有する貸付債権と対当額で相殺されることが確実であった。

(イ)債務
a 破産宣告がされた場合に財団債権となる租税公課等の債権は,254万4432円(国税109万5319円,地方税25万4224円,社会保険料119万4889円)であった。

b 本件財団法人は,平成14年9月末日時点で,正職員11名,パート従業員34名を雇用しており,正職員11名の支給日未到来分(同月21日以降の分)の賃金額が93万1360円(基本給月額は合計で229万2000円),既発生退職金が合計で3122万4900円(うち一般先取特権が認められるものが1388万1108円)であり,パート従業員34名の支給日未到来分(同月26日以降の分)の賃金合計は73万9373円(全額につき一般先取特権が認められる。)であった(乙33)。

c 本件財団法人は,和歌山県から5000万円の貸付を受けていたほか,紀陽銀行に対して,長期借入金8250万7000円,短期借入金1億1700万円の債務があった。

本件財団法人は,平成14年9月末日時点で,合計73業者に対して982万3055円の未払金があり,うち53業者814万3301円は新宮東牟婁広域圏の業者,12業者111万9584円は県内のその他の業者に対するものであった(乙32)。

その他の債務として,未払費用460万5894円があった。

(ウ)小括
これらの事実を総合すれば,本件財団法人が平成14年9月末日において破産した場合には,配当原資として期待できるのは,現金,未収金,売掛金,前払費用(以上合計352万0423円)と,商品,貯蔵品,器具備品の換価代金程度であって,租税債権などの財団債権を弁済すれば,賃金・退職金債権のうち優先破産債権部分すら十分に満足できない状態にあり(19パーセント程度の配当と推測される。),賃金・退職金債権のうちの一般破産債権部分(2672万0481円程度)や,取引業者に対する未払金(983万3055円),公共料金等の未払費用等の一般債権には配当が全く行われなかったであろうことが認められる。

ウ 和歌山県の原状回復義務
証拠(乙2,14,15,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,本件財団法人は,年金福祉事業団が所有するグリーンピア南紀の敷地上にチャペルや喫茶店などの建物を建てるなどしていたこと,和歌山県は,グリーンピア南紀の事業を終了するに当たっては,年金福祉事業団に対し,グリーンピア南紀の敷地を原状に復して返還する義務を負っていたことが認められる。

(2)破産回避の合理性の有無
ア 従業員及び取引業者が被る損失を回避する必要性
(ア)従業員及び取引業者に予測される損失
上記(1)イ(ウ)で認定したとおり,本件財団法人の財産状況を前提とすれば,本件財団法人が破産宣告を受けた場合,地元の取引業者は売掛金を全く回収できないことになり,また,従業員も賃金・退職金債権のうち一般先取特権を有する部分の一部の満足を受けられるにとどまる状態にあった。また,本件財団法人について破産による清算が実施されるとなると,従業員が上記の部分的満足を受けるにも,債権調査及び財団財産の換価の手続を経て実施される配当手続まで待たされることとなる。

そして,一般に,これらの債権は,取引業者の営業活動や従業員の生計の維持に直結するものであって,その一部又は全部の回収が不能になることは,事業の継続や生活の維持に直接的な影響をもたらしかねないものである。

(イ)損失回避の責任
ところで,一般に,企業の廃業や清算等に際しては,法的な義務ではなくとも,企業ないしその企業の運営に実際上の責任を負っていた者は,社会通念上,関係諸方面への損失や悪影響を可能な限り最小限にとどめる努力を行うことが相当であると考えられている。

和歌山県は,県民の生活全般にわたって福祉を実現する行政上の責務を一般的に負っているのみならず,既に認定したような本件財団法人や本件事業との関連性を有していたことなどの背景事情を併せて考えると,従業員や取引業者が,本件財団法人に対する債権の一部又は全部の回収ができないことによって,その営業活動や生計維持に悪影響を受けることがないよう努力を尽くすことが,行政上・社会通念上の責務として要求される立場にあったものと認められる。

(ウ)他の方策による対応
この点について,たしかに,本件財団法人について破産手続を行う一方で,たとえば和歌山県がこれらの従業員及び取引業者に対する支援策を講じるという方策で対応することも十分に考え得ることではある。しかしながら,これは選択肢の一つであって,このような方策が可能であるからといって,直ちに,本件財団法人に弁済資金を拠出することにより,破産手続ではなく任意の清算手続の上で,これらの債権者に対する手当てを行うという方策が合理性を欠くものとして排除されるわけではない。

イ 本件財団法人が破産した場合に予想される影響
和歌山県と本件事業及び本件財団法人との関係は,上記(1)アで認定したとおりであるところ,これを前提とすれば,本件財団法人について破産宣告がなされることにより,以下のような影響が生じることが予測される。

(ア)破産宣告に対する一般的な印象
上記ア(イ)のとおり,一般に,企業の廃業や清算等に際しては,法的な義務ではなくとも,企業ないしその企業の運営に実際上の責任を負っていた者は,社会通念上,関係諸方面への損失や悪影響を可能な限り最小限にとどめる努力を行うことが相当であると考えられており,自己破産の申立てという事態に至れば,一般社会に対し,上記の主体が,そのような努力を行う余力さえ失い,あるいは,社会的な責任を放棄したとの印象を強く与えることとなる。

(イ)経営の決定的失敗が印象づけられることによる影響
証拠(乙21,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,グリーンピア南紀については,和歌山県が県の観光行政の核として位置付け,昭和50年代において50億円以上の事業費を投入するほど力を注いでいた事業であり,また,ピーク時には年間20万人近い利用客があるほどの大規模な施設であったことが認められる。

たしかに,グリーンピア南紀の客観的な経営状況や,グリーンピア南紀が経営不振により閉鎖に追い込まれたという客観的事実は,破産宣告を受けるか否かによって変動するものではない。しかし,上記のような背景事情と併せて考えれば,本件財団法人が破産宣告を受けることにより,紀南地方の観光産業の核となるべき大規模施設が立ちゆかなくなったことを改めて一般社会に強く印象づけ,ひいては紀南地方の観光産業自体の沈滞を世間に印象づけることになる。

これらによって生じる同地方の観光産業に対する悪影響は,その性質上,定量的な予測は困難であるものの,新規参入や既存業者の事業展開を思いとどまらせるなどの具体的悪影響につながる可能性が高いことは容易に予測できる。

また,和歌山県が,自ら積極的に誘致した観光施設が,利用客不足のために閉鎖を余儀なくされた上,自らの責任において清算すらできないという事態に陥ったとなると,和歌山県の観光行政に対する信頼が損なわれ,今後の政策実施に支障を来すおそれも十分に考えられる。 (ウ)社会的責任を放棄したとの印象から生じる影響

a 他のグリーンピア事業の清算状況
証拠(甲14ないし16,乙26,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,グリーンピア事業の運営停止及び清算事例は,本件財団法人の清算以前に5件あったが,地元県が事業委託を受けていた4件については,いずれも地元自治体の補助金又は負担金により債務処理が行われており,破産手続による清算は,本件公金支出より9か月以上も後の平成16年6月に破産申立てを決定した高知県のグリーンピア土佐横波が初めての事例であったことが認められる。

b 既に認定した本件事業の誘致,本件財団法人の設立の経緯,本件財団法人の財産状況等に加えて,本件公金支出当時,破産手続を利用したグリーンピア事業の清算の前例がまったくなかったことを考慮すると,本件財団法人が破産することとなれば,本件財団法人を介して本件事業を運営してきていた和歌山県が,従業員や取引業者の不利益をも顧みず,本件事業についての責任を果たさないまま途中で放棄したとの印象を広く与えかねない状況にあったと考えられる。

これらによって生じる和歌山県の観光行政に対する悪影響についても,その性質上,定量的な予測は困難であるものの,今後の観光行政に対する信頼がますます損なわれ,さらには政策の実施に際して,関係者からの協力が得にくくなるなどの事態が生じることも十分考え得ることであったと認められる。

ウ 残務整理の必要性
(ア)上記(1)ウで認定したとおり,和歌山県は,年金福祉事業団に対し,本件財団法人がグリーンピア南紀の敷地上に建てていた建物等を撤去し,敷地を原状に復して返還する義務を負っていたものであるところ,さらに,証拠(乙19の1・2,20,23,24,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

a 紀陽銀行からの新たな借入れ
本件財団法人は,平成12年12月25日に,紀陽銀行からの短期借入れを一本化するとともに,その一部を,従来からの長期借入金に組み込んだ。その後,長期借入金は約定どおり毎月83万3000円ずつ返済していたが,短期借入金は利息部分の返済だけを行って期限の更改を繰り返していた。

しかしながら,紀陽銀行は,グリーンピア南紀が閉鎖され事業が清算されることが確実となったことから,平成14年1月ころ以降,本件財団法人及び和歌山県に対して,手形貸付の期限の更改の条件として,出資母体からの支援等を含めた実行可能性ある経営再建計画及び借入金返済計画の提出と,これらの計画の履行と借入金の返済の保全のため,出資母体からの損失補償とを求めており,両者の間で平成14年10月まで協議を継続していたものの,解決が得られなかった。そのため,本件財団法人は,平成14年10月31日満期の約束手形による短期借入金の借換えを受けられない状況に陥り,本件調停申立てに至った。

b 残務整理
本件財団法人は,平成15年3月31日付けでグリーンピア南紀の運営受託を辞退した後,同年6月末までは,グリーンピア南紀の敷地の原状回復等の業務のため,和歌山県からグリーンピア南紀の管理を受託した上,和歌山県から派遣職員3名を受け入れ,臨時職員3名を雇用することとし,また,本件財団法人の固有の清算事務のために,臨時職員4名を雇用することとした。

平成15年7月11日に本件調停が成立し,同月30日には本件財団法人は理事会の決議により解散し,その後,本件調停による支出の受入れなどの清算手続が進められた。

(イ)上記の事実によれば,大口債権者である紀陽銀行は,和歌山県に対しても,本件財団法人の債務について損失補償を求めるなど強硬な態度を見せており,紀陽銀行の納得と協力を得られなければ,和歌山県がグリーンピア南紀の原状回復などの業務を円滑に進めることが困難であったこと,実際には,本件調停が成立したことを受けて,これに基づいて,本件財団法人について清算手続が円滑に進められたことが認められる。

(ウ)この点,原告らは,破産手続の中でも,破産手続と調和する方法でこれらの施設を撤去することが可能であるから,施設撤去の必要性があることは破産手続を回避する理由とならない旨主張する。

しかしながら,破産手続は,破産管財人が,破産者の財産をすべて換価し,債権者に平等な配当を実施する手続であって,債務者の財産隠しや不誠実な財産処分,一部債権者の抜け駆け的満足などが疑われるような場合に,債権者間の公平を図りつつ適正な財産整理を実現するためには優れた清算手続であるが,その反面,公平や適正を確保するという性質上,手続には柔軟性や機動性が乏しく,不動産の処分や撤去等が要求されるような場合には,手続の進行に相当の期間を要することとなりがちでもある。

本件においては,本件財団法人に,債務者の財産隠しや不誠実な財産処分,偏頗的弁済など,破産手続によらなければ債権者間の公平を図り得ないと疑われるような事情は認められず,むしろ,破産手続によることになれば,当該各施設の撤去ないし処分の権限が破産管財人に移ることになり,逐一破産裁判所に対する報告及び許可取得手続が必要となることを考えると,迅速かつ円滑な事務処理の観点からは,破産手続によることが必ずしも最善のものであったとは言えない。

エ 紀陽銀行が受けた利益
本件公金支出によって,紀陽銀行は,結果として本件財団法人に対する債権を遅延損害金を除きほぼ全額回収できるという利益を得ている。そして,本件財団法人に対する債権につき焦げ付きの危機が生じたそもそもの原因は,本件財団法人が和歌山県とは別個の法人格を有しており,和歌山県が本件財団法人の債務について当然に弁済の責めに任じる関係にはなかったにもかかわらず,紀陽銀行が,本件財団法人に対して無担保無保証のまま融資を行っていたことにあることは否定できない。

しかしながら,紀陽銀行が,本件財団法人に融資を開始し,本件財団法人の経営状態が悪化した後も無担保無保証で低利の融資を継続してきたのは,紀陽銀行の融資の決定に際して,既に認定した和歌山県と本件財団法人との実質的一体性や,和歌山県と本件事業との関連性の強さを看取したことが強く影響しているものと考えられ,上記融資の決定の責任を紀陽銀行にのみ帰し得ないという側面も少なからず存在する。

オ 破産手続選択の検討の有無等
ところで,原告らは,和歌山県ないしは本件財団法人の内部で,破産手続という選択肢を念頭に置いた検討が行われた形跡がない旨主張する。

確かに,和歌山県においては,本件訴訟開始後に,事後的に,平成14年9月末日や平成15年3月末日時点の財産状況に基づき,いくつかのシミュレーションがなされていることが認められるものの,本件公金支出前に,破産手続を採った場合を想定した具体的な検討がなされていたことを認めるに足りる証拠は存しない。

しかしながら,証拠(乙31,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,和歌山県ないしは本件財団法人は,本件財団法人の財産状況や従業員及び取引業者に対する債権額等の状況については常に把握していたこと,具体的な金額についての検討はともかく,破産手続を選択した場合の法的問題点については適宜弁護士と相談していたことが認められる。

さらに,本件財団法人が破産した場合に予測される紀南地方の観光産業への悪影響や和歌山県の観光行政の信用低下などの事情は,関係者の間で常識的な意識として共有されていたものと考えられるのであって,本件財団法人の理事会の議事録などに破産手続の選択肢が検討された旨の具体的な記録がないことをもって,破産手続を選択することの利害得失が検討されなかったと言うことはできないし,破産手続を回避するため本件公金支出を選択したことが違法であるとも言えない。

カ 和歌山県補助金等交付規則違反の有無
また,原告らは,本件公金支出が,和歌山県補助金等交付規則違反を隠蔽する目的で行われた旨主張するが,かかる事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

キ まとめ
以上の事実を総合すれば,本件公金支出により,大口債権者であった紀陽銀行が本件財団法人に対する債権をほぼ全額回収するという利益を得たものの,他方では,本件財団法人の破産を回避することで,従業員や取引業者の損失が回避されるほか,事業の決定的失敗との印象が一般社会に広まることを避けることにより,予想される観光産業への悪影響や,和歌山県の観光行政に対する信用低下を可及的に回避するという効果や,本件財団法人の清算や和歌山県が年金福祉事業団に約していた施設撤去などの残務処理を確実に実施できるといった利益も期待されていたものと言うべきである。

(3)小括
一般に,地方公共団体の公金支出の決定は,一定の範囲で地方公共団体の長の政策的裁量に委ねられているところ,上記の事情を総合すれば,本件公金支出が紀陽銀行に不当な利益を与えることを目的としたものとは言えず,また,公金支出の負担が,それによって回避される不利益を勘案して不合理なものであったとも言えないから,本件公金支出が地方財政法4条1項に反する違法なものとまでは認められない。

2 本件公金支出が地方自治法232条の2に反するか。
上記1のとおり,本件公金支出は,本件財団法人の破産を回避することにより,従業員や取引業者の損失が回避し,また,本件事業の決定的失敗との印象が一般社会に広まることを避けることにより,予想される観光産業への悪影響や,和歌山県の観光行政の信用低下を可及的に回避するという効果や,本件財団法人の清算や和歌山県が年金福祉事業団に約していた施設撤去などの残務処理を確実に実施できるといった利益を期待して行われたものと認められる。

このことによれば,本件公金支出が,住民の福祉の増進に資するものではなく公益上の必要性を欠くものとは言えないことから,地方自治法232条の2に反する違法なものとまでは認められない。

3 本件公金支出が,法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律3条の趣旨に反して違法なものと言えるか。
(1)本件調停の内容
前記第2,1の争いのない事実によれば,本件調停は,本件財団法人の紀陽銀行に対する債務額を,借入残元金及び本件調停申立日までに発生した利息及び遅延損害金の合計額として確定した上で,相手方の請求により一括支払することとし,和歌山県及び地元2町が,本件調停により確定された債務の支払のために,この債務額に相当する額をその出捐割合に応じて分担して本件財団法人に拠出することを内容としていたものである。

この調停の内容については,法形式を離れてその経済的実体を見れば,和歌山県及び地元2町の負担において本件財団法人の債務を弁済することを約するものであったと見ることができる。

(2)本件調停以前からの債務保証の実質の有無
しかしながら,証拠(甲2ないし7,乙19の1・2,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,和歌山県は,平成14年1月以降,紀陽銀行から本件財団法人の債務について損失補償を求められ,平成14年10月末まで協議を続けてきたが決着がつかなかったため,本件調停の申立てに至ったこと,和歌山県は,本件調停においても当初は和歌山県と本件財団法人とが別個の法人であって,和歌山県が本件財団法人の借入金の返済義務を負わないことなどを主張していたが,調停委員会から,本件財団法人の設立の経緯,組織上・運営上の関連性などから,和歌山県と本件財団法人とには一体性があり,また,本件事業そのものが和歌山県としての事業と見る余地もある旨の意見が示され,利息及び遅延損害金の免除程度にとどめなければ調停は成立しないとの示唆を受けて,第4回調停期日までに本件調停案を受諾する方向性を固めたことが認められる。

また,証拠(甲2ないし7,乙30,31,36,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,本件調停受諾に際しては,和歌山県と本件財団法人との一体性や,和歌山県が金融機関に対して本件財団法人への融資を働きかけたことに加えて,従業員の給与及び退職金,地元納入業者等への支払など,地元地域に与える影響が大きいことから,弁護士とも協議して破産手続を回避する方針を選択し,本件財団法人による本件調停の受諾に至ったものであることが認められる。

(3)このような経過に照らせば,本件財団法人について,本件調停申立て以前から和歌山県が本件財団法人の債務の履行不能のリスクを引き受けることが前提とされていたとは認められず,また,本件調停成立以前の段階で,和歌山県が本件財団法人の債務を実質的に保証していたのと同視することはできない。

(4)また,本件調停に係る合意と債務保証契約とは,その内容及び効果の点において異なるものであり,会社その他の法人のために地方公共団体が損失補償契約を締結し,債務を負担することなどは法の予定するところであるといえる(地方自治法221条3項参照)から,本件調停の成立自体をもって,法人に対する財政援助の制限に関する法律に違反するとはいえない。v
そして,本件事業の目的,性質からすると,本件調停の成立が,その内容において公共性又は公益性がなく和歌山県知事としての裁量を逸脱又は濫用するものとして,一見して明白に違法であるとは認められない。

したがって,本件調停の成立自体が,法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律に違反して違法であるということもできない。

4 結論
以上によれば,本件公金支出について違法なものとまでは認められず,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

和歌山地方裁判所第2民事部
(裁判長裁判官・村岡 寛,裁判官・秋本昌彦,同・寺元義人)