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行政関連事件

006

H15.11.12 奈良地裁

上水道料金免除申請否認処分取消請求事件

平成15年11月12日判決言渡
平成15年(行ウ)第5号 上水道料金免除申請否認処分取消請求事件
(口頭弁論終結日平成15年9月10日)

判   決

当事者の表示 省略

主   文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
被告が,原告の平成13年9月l8日付上水道料金免除申請に対し,平成13年11月16日付でした上水道料金免除の認定をしない旨の処分を取り消す。

第2 事案の概要
本件は,原告が,被告に対し,A市水道事業給水条例(以下「本件給水条例」という。) 34条の規定を根拠として上水道料金の免除を申請したが,被告が同申請を認めることができないとしたことについて,同決定が行政処分であって,本件給水条例及びA市行政手続条例(以下「本件手続条例」という。)に違反するものであると主張して,行政事件訴訟法に基づく取消訴訟として,その取消を求める事案である。

1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
(1) 当事者
原告は,肩書地に在住しており,A市より本件給水条例に基づく給水を受けている。
被告は,A市水道事業の管理者であり,A市水道事業は地方公営企業法に基づき運営されている。

(2) 原告の申請等
原告は,平成13年9月18日,本件給水条例34条を根拠として,被告に対し,上水道料金の免除を受けたい旨の申請をした(以下「本件申請」という。)。

被告は,同年11月16日,上記申請に対し,認定できないとの決定をして(以下「本件決定」という。),そのころ原告に通知した。なお,同通知には,同決定に不服がある場合には,不服申立ての期間内に市長に対して審査請求できる旨の教示が付記されていた。

原告は,平成13年12月11日,A市長に対し本件決定に対する審査請求をした。これに対し,同市長は,これを処分庁の行った処分に対する審査請求として扱った上,平成15年3月14日,これを棄却し,そのころ原告にこれを通知した。

(3) 本件給水条例34条は,「管理者は、特別の理由がある者については、この条例によって納付しなければならない料金、分担金、加算分担金、手数料、その他の費用を減免することができる。」と規定している。

同条項の実施に関して「地下漏水等に係る水道料金減免基準」(昭和62年8月l日施行)が定められ,同基準の2条は,「使用者の善良な管理にもかかわらず発見できなかった計量器以降の給水装置の破損等により漏水したと認められる場合に限り適用する。」と規定している。

(4) 本件手続条例5条は,
「行政庁は、申請により求められた許認可等をするかどうかをその条例等の定めに従って判断するために必要とされる基準(以下「審査基準」という。)を定めるものとする。

2 行政庁は、審査基準を定めるに当たっては、当該許認可等の性質に照らしてできる限り具体的なものとしなければならない。

3 行政庁は、行政上特別の支障があるときを除き、条例等により当該申請の提出先とされている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公にしておかなければならない。」と,

同8条は,
「行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に、当該処分の理由を示さなければならない。ただし、条例等に定められた許認可等の要件又は公にされた審査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合であって、当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類から明らかであるときは、申請者の求めがあったときにこれを示せば足りる。

2 前項本文に規定する処分を書面でするときは、同項の理由は、書面により示さなければならない。」
と規定している。

(5) 原告は,①平成l4年度分について市県民税は非課税となっており,②平成13年度に子の就学援助費認定を,③平成13年度から平成15年度の国民健康保険料の医療給付費分について減免の更正決定を,④平成14年度及び平成15年度の子の高等学校における授業料の減免(1年度につき11万1600円)を,⑤原告の配偶者ともに平成13年4月から平成16年6月までの国民年金保険料免除申請承認をそれぞれ受けている(甲1~3,4の1~3,5,12~14)。

2 争点及びこれに対する当事者の主張
本件決定に,これを取り消すべき実体法上又は手続上の違法があるかどうか

(原告の主張)
(1) 本件決定が本件給水条例34条に違反するとの点について
本件給水条例34条は,「特別の理由がある者」に対し料金を免除することができる旨を定めているところ,この規定による免除制度は,水が生存に不可欠であり,水道事業もこの趣旨において社会的な立法というべきであることや,市民税,固定資産税,国民健康保険料,介護保険料及び国民年金保険料の徴収においては,生活困窮者に対して各種納付等の減免制度を設けていることからすれば,生活困窮者を対象とするものである。

したがって,被告が,同条例34条の減免規定を生活困窮者である原告に適用しなかった本件決定は,同条項の趣旨に反する違法なものであって,取り消されるべきである。

(2) 本件決定が本件手続条例5条ないし8条に違反するとの点について
本件決定に付された理由は,「本件条例第34条に該当しないため」というだけで,該当条文が提示されているにとどまる。

しかし,本件手続条例において理由付記が求められた趣旨は,処分庁の判断の慎重,合理性を担保してその恣意を抑制すること及び処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与えることの諸点にあるから,理由付記の程度は,処分の根拠規定を示すだけでは足りず,いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して当該処分がされたのかが明らかになり,付記された理由の記載自体から処分理由が明らかになることを要する。そして,このことは,処分を受ける者が処分の理由を推知できる場合であっても異なるところはない。

そうすると,本件決定の理由付記の程度は,明らかに上記の趣旨にそぐわない不十分なものであり,本件手続条例8条に違反して違法というべきである。そして本件決定のこのような手続上の瑕疵は重大であって,本件決定を取り消すべきである。

また,被告は,前提事実(3)記載の基準を公表することを怠ってきたから,この点で,本件決定は本件手続条例5条にも違反する。

(被告の主張)
(1) 本件決定が本件給水条例34条に違反するとの点について
本件給水条例34条は,独立採算で経営される公営企業としての水道事業については,地方自治法96条1項lO号の規定に基づく議会の議決によらずとも,管理者の裁量によって料金の減免をすることができる旨を定めたものであって,需要者に対して減免を求める権利を付与したものではない。

また,水道事業には地方財政法及び地方公営企業法が適用されるのであって,基本的には当該企業の経営による収入をもって経費に充てなければならないから,料金の減免を実施するとなると,他の需要者の負担をもって特定の需要者が支払うべき料金に充当すべきこととなるが,水道事業それ自体は,このような所得の再配分を予定したものではない。

したがって,本件決定は本件給水条例34条に違反しない。

(2) 本件決定が本件手続条例5条ないし8条に違反するとの点について
原告は,平成13年8月1日に「上水道料金減免制度に関する照会書」を被告に提出し,被告は同年9月11日に「上水道料金の減免制度について(回答)」と題する書面に「地下漏水等に係る水道料金減免基準」を添えて本件給水条例34条が定める減免の要件を詳細に説明しているのであり,原告は,それを前提とした上で本件の料金免除申請をしたのであるから,本件決定に付された理由の程度で,その意味するところは明らかである。

行政処分における理由付記は,当該行政庁による意思表示であるから,その意味するところが相手方に正確に伝わることが必要であるとともに,それをもって足りるのであり,本件のように申請がされる前から当該行政庁と相手方間で種々のやりとりがあり,その結果を踏まえて正式な文書の交換がされる場合には,当事者に共通している認識を前提とした文章表現がされるのは当然である。

したがって,本件決定は本件手続条例8条等に違反しない。

第3 争点に対する判断
1 原告は,本件決定を行政処分であるとして行政事件訴訟法に基づく取消訴訟を提起しているところ,原告とA市間の給水契約は,地方公共団体を一方当事者とする私法上の契約にすぎないから,本件申請は,契約の一方当事者である原告が契約条件の変更を申し入れ,相手方当事者がこれに応じられない旨の意思表示をしたにすぎないものとして,本来行政処分には当たらないのではないかとの問題点はある。

しかしながら,水道水の供給を受けるのは生活において不可欠であり,A市の住民にとっては,A市水道事業から水の供給を受ける以外は,他に水を得る手段は事実上ないこと,A市長も,本件決定が行政処分であることを前提として,審査請求に対する応答をしていること等に本件給水条例の内容を総合して考慮すれば,本件給水条例34条に基づく,利用者の水道料金等の減免申請に対する管理者の応答につき,本件給水条例が行政処分性を付与していると解することができる。したがって,本件決定は,行政処分に当たるということができる。

2(1) 原告の本件給水条例34条違反をいう点について
本件給水条例34条は前提事実(3)のとおり規定されているところ,その文言上,いかなる場合に同条項を適用して水道料金等を減免するかを,水道事業の長の裁量に委ねていると解される。そうして,同条項の適用に関しては,被告は,前提事実(3)記載の地下漏水等に係る水道料金減免基準を定めこれを実施しているところ,同基準は,計量器以降の給水装置の破損等による漏水の場合に限ってこれを適用することを明示している。

上記基準の定立は,地方公共団体から独立した会計のもとで健全な運営をはかるとする地方財政法及び地方公営企業法の制度趣旨に合致しており,それ自体に被告の裁量権を逸脱した違法を認めるべき事情は本件証拠上何らうかがえない。しかるところ,原告は,自己が生活困窮者であることを前提事実(5)記載の事情を説明して本件申請に及んだにすぎず,同基準による地下漏水等の事情を何ら主張しなかったのであるから,被告が同基準を適用して同申請を却下したことにいささかも不合理な点を認めることはできない。したがって,本件決定に裁量権を逸脱した違法な点はない。

原告は,水道事業の公共性等を縷々主張し,生活困窮者に対して水道料金を免除すべきことを主張するが,生活困窮者に対しては生活保護等の社会福祉政策がとられており,基本的にはそれらの制度によってその対策が講じられるべきである上,弁論の全趣旨によると水道料金はもともと比較的低廉な価格で供給されていると認められるから,被告自身が生活困窮を理由とする水道料金の免除制度を設けなくとも,これらの諸政策により,生活困難な受給者が水道料金を支払うことができずに水道供給を停止される事態は十分に回避可能なものと考えられる。そうすると,被告が,一般的に生活困窮者に対する水道料金の減免措置を設け,又は生活減免者の個別の申請によりその料金を減免する措置を講ずるべきものとはいえない。

原告の主張は,独自の見解というほかはなく,採用の限りでない。

(2) 本件決定が本件手続条例に違反するとの点について
証拠(甲6の1~7,7及び乙2~4)によると,原告は,本件決定に先立つ平成13年8月l日,「上水道料金減免制度に関する照会書」なる書面をもって被告に上水道料金の減免制度の有無等を照会したこと,被告はこれに対し,同年9月11日,前提事実(3)記載の本件給水条例34条の実施基準を示して漏水等の事情により減免が認められる場合があるが,生活困窮者等に対する減免制度はない旨応答していたこと,同実施基準は昭和62年に改正制定されたこと,原告は本件申請の際に上水道料金の減免を求める理由としては漏水等の事情を根拠としなかったこと,本件決定においては,認定できない理由として「A市水道事業給水条例第34条に該当しないため」と記載されていたことが明らかである。

ところで,本件手続条例8条は,前提事実(4)のとおり規定されているとおり,処分庁が申請者に処分の理由を示すべきことを定め,同条ただし書は,許認可等の公にされた審査基準が客観的指標により明確に定められている場合であって,当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載から明らかである時は,申請者の求めがあったときにこれを示せば足りることとされている。

そうして,前提事実(3)記載の本件給水条例34条の実施基準は、平成13年9月ll日付の被告の原告あて回答書により原告に明らかにされているから,同実施基準は本件手続条例8条1項ただし書の規定にいう「公にされた審査基準」に該当し,かつ本件の審査基準は,第2条の「使用者の善良な管理にもかかわらず発見できなかった」か否かの判断を除いては要件が客観的に明白である。

しかるに,本件申請に際し,原告は上記基準に客観的に明らかな基準に合致すべき漏水等の事情を何ら申請書に記載しなかったのであるから,原告の本件申請は,当該申請が基準に適合しないことが申請書の記載自体から明らかであるものに該当する。

したがって,本件決定が,認定できない理由として「A市水道事業給水条例第34条に該当しないため」と記載されていたとしても,本件手続条例8条1項ただし書の規定に照らせば,その適法性に欠けるところはないというべきである。

また前判示から明らかなとおり,本件給水条例34条の実施基準は,原告に明らかにされることにより公にされているから,本件手続条例5条にも反するものではない。

被告の主張は,上記のような趣旨をいうものとして理由があり,原告の本件手続条例5条ないし8条違反の主張はいずれも採用できない。

第4 結論
以上の次第で,原告の請求には理由がないからこれを棄却する。

奈良地方裁判所民事部
(裁判長裁判官・東畑良雄, 裁判官・大澤晃, 同・松阿弥隆)