H15.1.30 東京高裁
東京都外形標準課税条例無効確認等請求控訴事件
平成15年1月30日判決言渡
東京高等裁判所 平成14年(行コ)第94号,第245号ないし第261号 東京都外形標準課税条例無効確認等請求控訴
(原審 東京地方裁判所平成12年(行ウ)第256号,第261~280号)
主 文
1 一審被告東京都の控訴及び一審原告らの当審における追加的請求に基づき,原判決のうち,一審原告らの一審被告東京都に対する金員請求に係る部分を,次のとおり変更する。
(1) 一審被告東京都は,一審原告らに対し,別紙2の各一審原告に対応する(a)欄記載の各金員並びに(b)欄記載の各金員に対する(c)欄記載の各日から平成13年12月31日までは年4.5%の割合,平成14年1月1日から支払済みまで(ただし,一審原告株式会社北陸銀行の(ア)欄については同年2月21日まで)は年4.1%の割合による各金員及び(d)欄記載の各金員に対する(e)欄記載の各日から支払済みまで年4.1%の割合による金員を,(ア)及び(イ)の区分があるものについてはその区分に応じて支払え。
(2) 一審原告らの一審被告東京都に対するその余の金員請求をいずれも棄却する。
2 一審原告らの一審被告東京都に対する,一審原告らが本件条例に基づき平成14年4月1日に開始する事業年度に係る事業税を納付する租税債務を有しないことの確認請求に係る訴えを却下する。
3 一審原告らの控訴を棄却する。
4 訴訟費用は,一,二審を通じてこれを3分し,その1を一審原告らの,その余を一審被告東京都の各負担とする。
5 この判決は,1(1)項に限り,仮に執行することができる。ただし,一審被告東京都が,各一審原告につき附帯請求部分を除く当該一審原告の請求認容額の6割(1万円未満切捨て)に相当する金員の担保を供するときは,当該一審原告の仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判 〔一審原告ら〕 (控訴の趣旨)
1 原判決のうち,一審原告らの敗訴部分を取り消す。
2 一審原告らと一審被告東京都との間で,一審被告東京都が平成12年4月1日に制定した「東京都における銀行業等に対する事業税の課税標準等の特例に関する条例」(東京都条例第145号。以下「本件条例」という。)が無効であることを確認する。
3 一審原告らと一審被告東京都知事との間で,本件条例が無効であることを確認する。
4 (原判決で1000万円の限度でしか認容されなかった国家賠償請求について) 一審被告東京都は,一審原告八十二銀行,一審原告福岡銀行及び一審原告みずほ信託銀行に対し,それぞれ1億円及びこれに対する平成12年10月24日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 (以下5ないし7項は,控訴審における追加的請求)
5 一審原告らと一審被告東京都との間で,一審原告らが,本件条例に基づき平成14年4月1日に開始する事業年度に係る事業税を納付する租税債務を有しないことを確認する。
6 主位的請求
(1)(一審原告ユーエフジェイ銀行,一審原告大和銀行及び一審原告中央三井信託銀行を除く一審原告らについて後記7(1)の予備的請求との間での主位的請求) 一審被告東京都は,一審原告ユーエフジェイ銀行,一審原告大和銀行及び一審原告中央三井信託銀行を除く一審原告らに対し,それぞれ同各一審原告に対応する別紙3(c)欄記載の各金員並びに同各金員に対する別紙3(g)欄記載の各日から支払済みまで年4.1%の割合による各金員を支払え。
(2)(一審原告ユーエフジェイ銀行について後記7(2)の予備的請求との間での主位的請求) 一審被告東京都は,一審原告ユーエフジェイ銀行に対し,101億0082万9300円並びにうち83億4828万6300円に対する平成14年8月2日から及びうち17億5254万3000円に対する同年5月16日からそれぞれ支払済みまで年4.1%の割合による金員を支払え。
(3)(一審原告大和銀行について後記7(3)の予備的請求との間での主位的請求) 一審被告東京都は,一審原告大和銀行に対し,17億8161万3300円並びにうち16億0635万1200円に対する平成14年7月1日から及びうち1億7526万2100円に対する同年8月2日からそれぞれ支払済みまで年4.1%の割合による金員を支払え。
(4)(一審原告中央三井信託銀行について後記7(5)の予備的請求との間での主位的請求)
一審被告東京都は,一審原告中央三井信託銀行に対し,37億3229万2300円並びにうち34億2735万4000円に対する平成14年7月25日から及びうち3億0493万8300円に対する同年8月2日からそれぞれ支払済みまで年4.1%の割合による金員を支払え。
7 予備的請求
(1)(一審原告ユーエフジェイ銀行,一審原告大和銀行,一審原告みずほコーポレート銀行及び一審原告中央三井信託銀行を除く一審原告らについて上記6(1)と予備的併合関係で,かつ,次のアとイとの間では単純併合の関係にある請求)
ア 一審原告ユーエフジェイ銀行,一審原告大和銀行,一審原告みずほコーポレート銀行及び一審原告中央三井信託銀行を除く各一審原告が申告納付した平成13年4月1日に開始する事業年度に係る事業税が過大申告であったとして同各一審原告に対応する別紙3(e)欄記載の各日に行った各更正請求に対し,一審被告東京都知事が平成14年8月14日付けで同各一審原告に対してそれぞれした「理由がないと認め,更正しないことにした」旨の各通知処分を取り消す。
イ 一審被告東京都は,一審原告ユーエフジェイ銀行,一審原告大和銀行,一審原告みずほコーポレート銀行及び一審原告中央三井信託銀行を除く各一審原告に対し,それぞれ同各一審原告に対応する別紙3(c)欄記載の各金員並びに同各金員に対する別紙3(h)欄記載の各日から支払済みまで年4.1%の割合による各金員を支払え。
(2)(一審原告ユーエフジェイ銀行について請求6(2)と予備的併合関係で,かつ,アとイとの間では単純併合の関係にある請求)
ア 一審原告ユーエフジェイ銀行が申告納付した平成13年4月1日に開始する事業年度に係る事業税が過大申告であったとして別紙3(e)欄の(旧三和銀行)及び(旧東海銀行)記載の各日に行った各更正請求に対し,一審被告東京都知事が平成14年8月14日付けで一審原告ユーエフジェイ銀行に対してそれぞれした「理由がないと認め,更正しないことにした」旨の各通知処分を取り消す。
イ 一審被告東京都は,一審原告ユーエフジェイ銀行に対し,101億0082万9300円並びにうち83億4828万6300円に対する平成14年10月4日から及びうち17億5254万3000円に対する同月5日からそれぞれ支払済みまで年4.1%の割合による各金員を支払え。
(3)(一審原告大和銀行について請求6(3)と予備的併合関係で,かつ,アとイとの間では単純併合の関係にある請求)
ア 一審原告大和銀行が申告納付した平成13年4月1日及び平成14年3月1日に各開始する事業年度に係る事業税が過大申告であったとして同年7月4日に行った各更正請求に対し,一審被告東京都知事が同年8月14日付けで一審原告大和銀行に対してそれぞれした「理由がないと認め,更正しないことにした」旨の各通知処分を取り消す。
イ 一審被告東京都は,一審原告大和銀行に対し,17億8161万3300円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みまで年4.1%の割合による金員を支払え。
(4)(一審原告みずほコーポレート銀行について請求6(1)のうち一審原告みずほコーポレート銀行に係る請求と予備的併合関係で,かつ,アとイとの間では単純併合の関係にある請求)
ア 一審原告みずほコーポレート銀行が申告納付した平成13年4月1日に開始する事業年度に係る事業税が過大申告であったとして平成14年7月4日に行った各更正請求に対し,一審被告東京都知事が同年8月14日付けで一審原告みずほコーポレート銀行に対してそれぞれした「理由がないと認め,更正しないことにした」旨の各通知処分を取り消す。
イ 一審被告東京都は,一審原告みずほコーポレート銀行に対し,157億5089万7500円及びこれに対する平成14年10月5日から支払済みまで年4.1%の割合による金員を支払え。
(5)(一審原告中央三井信託銀行について請求6(4)と予備的併合関係で,かつ,アとイとの間では単純併合の関係にある請求)
ア 一審原告中央三井信託銀行が申告納付した平成13年4月1日及び平成14年3月25日に各開始する事業年度に係る事業税が過大申告であったとして同年7月9日に行った各更正請求に対し,一審被告東京都知事が同年8月14日付けで一審原告中央三井信託銀行に対してそれぞれした「理由がないと認め,更正しないことにした」旨の各通知処分を取り消す。
イ 一審被告東京都は,一審原告中央三井信託銀行に対し,37億3229万2300円及びこれに対する平成14年10月10日から支払済みまで年4.1%の割合による金員を支払え。
〔一審被告東京都〕
1 原判決のうち,一審被告東京都の敗訴部分を取り消す。
2 一審原告らの控訴審における追加的請求5(平成14事業年度分の事業税の租 税債務不存在確認請求)に係る訴えを却下する。
3 一審原告らの一審被告東京都に対する金員請求(原判決における請求5及び6 並びに控訴審における追加的請求6及び7)をいずれも棄却する。
4 一審原告らの控訴を棄却する。
〔一審被告東京都知事〕
1 一審原告らの控訴を棄却する。
2 一審原告らの一審被告東京都知事に対する控訴審における追加的請求7をいず れも棄却する。
第2 事案の概要
本件は,一審被告東京都が,各事業年度の終了日に資金量5兆円以上の銀行業等を行う法人に対し,業務粗利益を課税標準として税率100分の3の法人事業税を課税する本件条例を制定したことについて,納税義務者である一審原告らが,本件条例は憲法及び地方税法の関係する条項に違反して無効であると主張して,一審被告東京都及び一審被告東京都知事に対し,本件条例の無効確認請求(請求1及び2。以下「請求1」ないし「請求6」という表現は,原判決におけるものと同じ表現を用いることとする。),一審被告東京都に対し,平成13事業年度(平成13年4月1日から開始する1年間の事業年度)分の事業税を対象とする本件条例に基づく更正処分及び決定処分の差止め請求(請求3)並びに本件条例に基づく租税債務不存在確認請求(請求4)をするとともに,平成12事業年度分として留保文言を付した上で,一審被告東京都に対し本件条例に基づき計算し申告納付した事業税額について,一審被告東京都に対し,主位的に,誤納金としての還付及び還付加算金の支払請求(請求5の一部)を,予備的に,一審被告東京都知事に対し,一審原告らの過大申告を理由とする更正請求について一審被告東京都知事が行った「理由がないと認め,更正しないことにした」旨の通知処分の取消しを請求し,それを前提に一審被告東京都に対し,上記事業税額の過納金としての還付及び還付加算金の支払請求(請求6の一部)をし,そして,本件条例制定に至る一審被告東京都知事及び一審被告東京都の担当職員等の一連の行為等が違法であり故意・過失があることを理由として,一審被告東京都に対し,国家賠償請求(請求5及び6の残部)を求めた事案である。
原判決は,請求1ないし4については不適法な訴えであるとして却下したが,請求5については,本件条例が地方税法72条の19に違反し無効なものであり,平成12事業年度分の事業税に関する一審被告東京都知事の通知処分も無効であるとして,誤納金の還付請求を認めるとともに,本件条例制定に至る一連の行為等は,国家賠償法上違法であり,一審被告東京都の担当者及び一審被告東京都知事に過失が認められるとして,国家賠償請求も認めた(ただし,一審原告八十二銀行,一審原告福岡銀行及び一審原告みずほ信託銀行の国家賠償請求については,1000万円の損害額の限度で認容した。)。
原判決に対し,一審原告ら及び一審被告東京都が控訴をした(なお,原審で原告であった株式会社富士銀行は,商号変更により一審原告みずほコーポレート銀行となるとともに,原審で原告であった株式会社日本興業銀行の訴訟を承継し,また,原審で原告であった株式会社第一勧業銀行及び安田信託銀行株式会社は,商号変更により,それぞれ一審原告みずほ銀行及び一審原告みずほアセット信託銀行となった。)。控訴審において,一審原告北陸銀行は,原判決で誤納金還付請求が認められた平成12事業年度分として納付した事業税額の一部(2190万2100円)の還付を原審の口頭弁論終結日の後(平成14年2月21日)に受けたことから,還付を受けた分の請求額を減縮した(附帯請求との関係においても,還付日の翌日以後で対象となる元本額が減額されることとなる。)。また,一審原告らは,控訴審係属中に平成13事業年度分の事業税を納付したことから,平成13事業年度分の事業税を対象とする本件条例に基づく更正処分等の差止請求(請求3)及び租税債務不存在確認請求(請求4)に係る訴えに代えて,一審被告東京都に平成13事業年度分として納付した事業税額について,主位的に,誤納金の還付及び還付加算金の支払請求(控訴審における追加的請求6)を,予備的に,一審被告東京都知事に対するその通知処分の取消しと一審被告東京都に対する過納金の還付及び還付加算金の支払の請求(控訴審における追加的請求7)を,さらに,平成14事業年度分の事業税を対象とする本件条例に基づく租税債務不存在確認請求(控訴審における追加的請求5)に係る訴えを本件訴訟に併合して提起し,各訴えは,一審被告らの同意を得た上で本件訴訟と併合して審理された(行政事件訴訟法19条1項)。
したがって,控訴審において判断を求められているのは,
①本件条例の無効確認請求(原判決における請求1及び2),
②平成14事業年度分の事業税を対象とする租税債務不存在確認請求(控訴審における追加的請求5),
③平成12事業年度分及び平成13事業年度分の各事業税を対象とする誤納金還付(主位的),通知処分の取消しと過納金還付請求(予備的)及び国家賠償請求(平成12事業年度分を対象とするもの及び国家賠償請求が原判決における請求5及び6,平成13事業年度分を対象とするものが控訴審における追加的請求6及び7である。
本件に関係する地方税法の定め及び前提事実については,原判決12頁1行目と2行目との間に次のエないしキを付加するとともに,控訴審における当事者の主張として本判決添付別紙4のとおり付加するほか,原判決の「第2 事案の概要」の「1 法令の定め」から「4 当事者の主張」まで(原判決7頁10行目から同13頁10行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。
「エ 一審原告北陸銀行は,富山県知事に対し,平成13年9月28日付けで,事業税の分割基準となる従業員数及び事業所数の訂正による分割基準の修正に関する届出をし,富山県知事は,この届出に基づき分割基準の修正を行うとともに,一審被告東京都知事に対し,同年11月30日付けで,一審原告北陸銀行の分割基準の修正を行った旨の通知(地方税法72条の49第11項)をした。一審原告北陸銀行は,一審被告東京都知事に対し(東京都中央都税事務所長を経由して),同年12月17日,更正請求書(乙7の42)を提出し,一審被告東京都知事は,平成14年1月25日付けの法人事業税更正処分(乙3の109)を行い,一審原告北陸銀行は,同年2月21日,平成12事業年度の既納税額(1億6301万8600円)のうち,2190万2100円の還付を受けた(乙3の110)。これにより,一審原告北陸銀行の平成12事業年度の既納税額は,同月22日以降1億4111万6500円となった。
オ 原審で原告であった株式会社富士銀行は,平成14年4月1日,「株式会社みずほコーポレート銀行」に商号変更して一審原告みずほコーポレート銀行となるとともに,同日,一審原告みずほコーポレート銀行を存続会社として,原審で原告であった株式会社日本興業銀行と合併し,その権利義務を承継取得し,本件訴訟も承継した。また,原審で原告であった株式会社第一勧業銀行及び安田信託銀行株式会社は,同日,それぞれ「株式会社みずほ銀行」及び「みずほアセット信託銀行株式会社」に商号変更して,一審原告みずほ銀行及び一審原告みずほアセット信託銀行となった。
カ 一審原告らは,それぞれ,平成13事業年度分の事業税についても,平成12事業年度分と同様な留保文言を付して,本件条例に基づき計算された事業税額を一審被告東京都に申告納付したが(甲268の1ないし17),各一審原告についての各既納税額及び納付日並びに地方税法72条の12に従い事業税の課税標準を「所得」として従来の税率で算出した税額は,別紙3(a)欄及び(d)欄並びに(b)欄にそれぞれ記載されたとおりである。そして,各一審原告は,それぞれ,上記各申告納付後直ちに,各一審原告が申告納付した平成13事業年度に係る事業税が過大申告であったとして,一審被告東京都知事に対し更正請求を行い(甲269の1ないし17),一審被告東京都知事は,平成14年8月14日付けで,各一審原告に対して,それぞれ「理由がないと認め,更正しないことにした」旨の通知処分を行った(甲270の1ないし17)。各一審原告について,各更正請求日及び通知処分がされた日は別紙3(e)欄及び(f)欄にそれぞれ記載されたとおりである。
キ なお,一審原告ユーエフジェイ銀行は,平成14年1月15日に,原審で原告であった株式会社三和銀行が商号変更した銀行であり,同日,原審で原告であった株式会社東海銀行との間で,ユーエフジェイ銀行を存続会社として合併したので,一審原告ユーエフジェイ銀行は,平成13事業年度に係る事業税としては,自己に係る分のほか,地方税法72条の13第7項に基づき,平成13年4月1日から平成14年1月14日までを1事業年度とする株式会社東海銀行の分の事業税を納付している。同様に,一審原告みずほコーポレート銀行は,平成14年4月1日に,原審で原告であった株式会社富士銀行が商号変更した銀行であり,同日,原審で原告であった株式会社日本興業銀行との間で,みずほコーポレート銀行を存続会社として合併したので,一審原告みずほコーポレート銀行は,平成13事業年度分に係る事業税としては,自己に係る分のほか,地方税法72条の13第7項に基づき,平成13年4月1日から平成14年3月31日までを1事業年度とする株式会社日本興業銀行の分の事業税を納付している。
また,一審原告大和銀行は,平成14年3月1日に,訴外大和銀信託銀行株式会社との間で,一審原告大和銀行を分割会社として会社分割を行ったことから,一審原告大和銀行は,地方税法72条の13第8項に基づき,「平成13年4月1日から平成14年2月28日まで」及び「平成14年3月1日から同月31日まで」を各1事業年度として,事業税を納付している。同様に,一審原告中央三井信託銀行は,平成14年3月25日に,訴外三井アセット信託銀行株式会社との間で,一審原告中央三井信託銀行を分割会社として会社分割を行ったことから,一審原告中央三井信託銀行は,地方税法72条の13第8項に基づき,「平成13年4月1日から平成14年3月24日まで」及び「平成14年3月25日から同月31日まで」を各1事業年度として,事業税を納付している。」
第3 当裁判所の判断
1 本件条例の無効確認請求(請求1及び2)及び租税債務不存在確認請求(控訴審における追加的請求5)に係る訴えの適法性について
(1) 本件条例の無効確認請求(請求1及び2)の法律上の争訟性等について当裁判所も,本件条例の無効確認請求(請求1及び2)は,法律上の争訟性を欠き,また,本件条例の制定・公布が抗告訴訟の対象となる行政処分性を有すると解することはできないから,同請求に係る訴えは不適法であると判断するものであるが,その理由は,引用の末尾に次のとおり付加するほか,原判決13頁13行目冒頭から同17頁11行目末尾までの「(1) 請求1及び2について」欄記載のとおりであるから,これを引用する。
「オ 本件条例の制定や施行自体に法律上の争訟性や抗告訴訟の対象となる行政処分性が認められるためには,本件条例の制定なり施行によって一審原告らの「具体的な」権利義務や法的地位に対し,「直接的な」影響を及ぼすことが必要であると解されるものであるが(最高裁判所平成4年11月26日第一小法廷判決民集46巻8号2658頁),そもそも,地方公共団体における条例の制定なり施行は,一般的な規範を定立することを目的とするものであって,条文の文言上その適用対象として規定されている個人や法人の「具体的な」権利義務や法的地位に「直接的な」影響を及ぼすような内容を持つものではない。例外的に,そうした内容を持った条例があり得ることは否定できないが,甲1号証により認められる本件条例の条文の文言や内容を精査してみても,本件条例は,各事業年度の終了の日における資金の量が5兆円以上である銀行業等を行う法人を課税の対象として規定するにとどまるのであるから,本件条例の制定・施行が直ちに一審原告らの「具体的な」権利義務や法的地位に「直接的な」影響を及ぼすものであるとは認められない。確かに,証拠(乙3の3ないし17・20・21,乙4の1ないし5,乙5の1ないし8)によれば,本件条例の制定過程においては,一審被告東京都の主税局長ら関与した職員,一審被告東京都知事,本件条例案の審議に参加した東京都議会議員らが,一審原告らも含めた大手の銀行30行に適用されることになることを予測し,その前提で,本件条例案の準備,審議における説明・答弁・質疑等が行われたことが認められるが,そこで問題となっている本件条例の「適用」というのは,あくまでもこれが制定・施行された場合の適用可能性のことであって,上記本件条例の文言等に照らして,法律的に当然に適用されることを前提とする趣旨のものと見ることはできない。また,一審原告らは,本件条例の制定・施行によって,繰延税金資産及び当期利益の減少という直接的な影響を受けたと主張するが,この点についても,実際上の関連性は認められるとしても,法的な意味では,本件条例の制定・施行後,一審原告らに本件条例に基づく具体的な租税権利義務関係が生じて初めて関連性が問題となる点に変わりはなく,本件条例の制定自体が一審原告らに対し,上記の意味で「直接的に」及ぼした「具体的な」権利義務への影響であると評価することはできない。」
(2) 一審原告らの「回復し難い損害」について 標記の各請求は,不利益処分(一審被告東京都知事による更正処分及び決定処分を指す。)の根拠法令である本件条例の無効確認を求め(請求1及び2),並びに平成14事業年度分事業税について予想される不利益処分によって具体的に形成される権利義務関係の不存在確認を求める(控訴審における追加的請求5)もので,それぞれ異なる請求なり訴訟形態をとってはいるが,その法律的な意味での目的が,本件条例の効力を争うことにより,一審被告東京都知事の不利益処分を事前に予防することにある点では共通であると考えられる。当裁判所は,そうした不利益処分が行われる前にその予防を目的として提起される訴えがすべて不適法であると考えるものではないが,行政処分の取消訴訟を中心に構成されている現行行政事件訴訟法の構造等から見ると,このような予防的訴訟は例外的なものであり,これが認められるためには,不利益処分を受けてから,それに関する訴訟の中で,事後的に不利益処分の根拠となる法令の効力を争ったのでは,「回復し難い損害」を被るおそれがある等事前の救済を認めないことを「著しく不相当とする特段の事情」があることが必要であると考える(最高裁判所昭和47年11月30日第一小法廷判決民集26巻9号1746頁)。そして,本件においては,こうした特段の事情を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ないので,標記の各請求に係る訴えはいずれも不適法で却下を免れない。その理由は,引用の末尾に以下のとおり付加するほか,原判決17頁12行目冒頭から同21頁19行目末尾までの「(2) 請求1ないし4について」欄記載のとおりであるから,これを引用する。
「オ 一審原告らが本件条例の制定・施行による「回復し難い損害」と主張するところのものは,社会的信用や評価の低下に代表されるように,具体的な損害についての法的な評価が困難なものであるし,そもそも一審原告らの事業活動には,銀行を取り巻くここ数年の厳しい経済情勢はもちろんのこと,基本的な経営方針,事業の組織,営業活動の実情といった各一審原告固有の事情から,国家の経済政策といった社会一般の事情まで,多種多様な諸要因が複合的に影響し作用を及ぼしていることは公知の事実である。そして,本件条例の事業税の納税が,一審原告らの信用低下等に実際上何がしかの悪影響を及ぼしたことは否定できないが,一審原告らの事業活動に具体的にどの程度の悪影響を及ぼし,それが他の影響を及ぼした要因と比べて,法的な意味で決定的なものないしは主因的なものであったかを確定することは,その性格上困難であるし,控訴審で提出された証拠を勘案しても,これを確定するに足りる証拠があるとはいえない。また,一審原告らは,不利益処分を回避するために,留保文言を付した事業税の申告納付を行うという策を講ずることによって,法的な救済措置を求めている間に不利益処分を受ける可能性を減少させているところ,他方で,この申告納付をするために多大な資金の調達を余儀なくされ(甲245・246の1ないし17),このことが一審原告らの事業活動に影響を及ぼしていることも否定できないところではあるが,この点についても,上記と同様に,多種多様な諸要因の複合的な作用が働くものであることから,上記資金調達が一審原告らの事業活動に与えるマイナスの影響の具体的な程度や法的な評価を確定することは,本件全証拠によっても困難である。そのほか,一審原告らが「回復し難い損害」と主張するところの繰延税金資産及び当期利益の減少等の損害については,仮に,これらが,一審原告らが主張するとおり,本件条例の制定・施行と法律的な因果関係が認められる経済的な価値を有する資産の減少と評価できるとしても,これらは,本件条例の効力を争い誤過納金の還付や国家賠償を求める事後的な救済方法によって,確定され決着されるべき事項であって,一審原告らの「回復し難い損害」を基礎付けるものと解することはできない。
以上を総合すると,一審原告らの控訴審における主張立証を踏まえても,請求1及び2並びに控訴審における追加的請求5について,事後的な救済を待っていたのでは,一審原告らが「回復し難い損害」を被るおそれがある等,事前の救済を認めないことを「著しく不相当とする特段の事情」があるものと認めることはできない。」
2 本件条例の適法性・有効性について 請求5及び請求6のうちの平成12事業年度分の事業税を対象とする誤過納金還付請求並びに控訴審における追加的請求6及び7(平成13事業年度分の事業税を対象とする誤過納金還付請求)は,本件条例が違法で無効であることを前提としている。
この点について,原判決は,事業税の沿革等から見て現行事業税は,「所得課税」という意味での応能課税の立場を原則として採っており,「事業の情況に応じ」例外的に外形標準課税とする余地を認める地方税法72条の19は,事業の収益構造等事業自体の客観的性格や法律上の特別の制度の存在などから,「所得」が当該事業の担税力を適切に反映しない情況にある場合に,初めて外形標準課税を認めているものと解されるところ,本件条例が対象とした銀行業等において,所得を課税標準とした場合に,事業の客観的性格や法令上の制度の存在により適切な担税力の把握ができない事情はうかがえないなどとして,本件条例は,同条の要件がないのに外形標準課税を賦課することとした点において違法で無効なものであると判断している。当裁判所も,本件条例は地方税法に違反して無効なものであると考えるが,その理由は原判決と異なり,本件条例は同法72条の19には違反しないが,同法72条の22第9項に違反することにより無効となると考えるものであり,その理由は以下に述べるとおりである(なお,原審,控訴審を通じて,当事者双方から,自らの主張を裏付けるものとして,学者,元行政官僚,政治家等有識者の意見書が多数提出されているが,それらの意見書は,それぞれの観点からの参考意見を述べるものであることにかんがみ,以下の認定において,これに適合する意見又は異なる意見を述べた個々の意見書を網羅的に摘示することはしない。)。
(1) 現行事業税の導入に至る経過 現行事業税の導入に至る経過については,原判決22頁10行目の「乙6の3・4・7,乙7の35」を「乙6の3・4・7・21ないし26・29・30,乙7の35・36」に改め,同26頁13行目及び27頁25行目の「第25号」の後に「(乙6の29)」を,同28頁15行目及び29頁11行目の「第24号」の後に「(乙6の26)」をそれぞれ付加した上,以下のとおり付加,訂正するほかは,同22頁6行目冒頭から同29頁18行目末尾までの「(2) 事業税の沿革」欄記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決26頁14行目冒頭から16行目「されたが,」までを次のとおり改める。
「同日の委員会における自治庁税務部長の説明では,事業税の条文の構成について,「(前略)今回の事業税の立案にあたりましては,法人の課税標準は所得または収入金額によるんだということにいたしまして,収入金額が例外であって,所得が原則なんだというような書き方はやめたのであります。とにかく事業に応じて所得をとるものもあるし,収入金額をとるものもあるというような立案にいたしております。(中略)」との説明がされていた(第19回国会衆議院地方行政委員会議録第25号(乙6の29)10頁)。」
イ 原判決27頁25行目末尾の次に,行を改めて次のとおり加える。
「同月13日の同委員会においては,政府委員の自治庁税務部長は,個人事業税には基礎控除があることから,事業税は純益課税ではないのかとの質問に対し,「事業税の性格をどう見て行くかということにつきましては,実定法を基礎にして考えるよりいたし方ないだろうと思うのであります。その際にやはり事業税は府県の経費分担だという思想を出しながらも,特に零細な事業につきましてはそこに多少負担の緩和をはかって行かなければならない,こういう考え方をとっておるというふうに見るべきだろうと思うのであります。ただ,御趣旨のような生活費を差引いた純益というのでありましょうか,そういう形ではなしに,税率も標準税率をとっておりますし,すべての事業に課税するという建前をとっているということから考えて参りますと,やはり事業をして行く場合には,事業に対する地方団体の施設もあることなんだから,その分量に応じて経費を負担して行くのだ,しかしながら,課税標準をどうするかということについては,税金を緩和しなければならぬとかいろいろな関係があるものだから,ある種のものについては収入金額をとる,ある種のものについては所得をとる,しかしながら,零細なものについてそこに若干の考慮を払う,こういうような姿になっておると言わざるを得ないのじゃないかと思っております。」と答弁した。これに対し,事業税の本質は応益税的性格かとの質問がされ,自治庁税務部長が府県の経費を分担するという意味があると答弁したことに対し,さらに,応益税であるならば,法人にもっと課税すべきではないかとの質問がされ,自治庁税務部長は,不徹底な点があることを認めた上で,徹底するためには,売上金額等別の課税標準を用いた方がよいと答弁している。また,同日の同委員会において,法人と個人の事業税の間に格差があるので,個人事業税の基礎控除の引き上げ等緩和措置をもっととるべきであるとの質問との関連で,自治庁税務部長は,「(前略)事業税は経費のうちから払わるべき税金だという建前をとっておるわけであります。従いまして法人税や所得税の計算をいたします場合に,支払いました事業税額は,全部経費として控除して行きます。(中略)要するに経費のうちから払わるべき税金なのであって,それだけの経費はやはりその事業の対価を受けた場合に常に控除してもらいたい。すなわちそこからできた品物を買って行く人がありましたならば,買って行く人たちに一応それだけのものを背負わして行きたい,こういう考え方をとっておるのであります。(後略)」と答弁した(第19回国会衆議院地方行政委員会議録第30号(乙6の22)7ないし10頁)。同委員会の審議においては,以上の質疑に代表されるような零細な個人事業者の事業税負担が法人の事業税負担よりも重いので,一層の基礎控除の引き上げ,税率の引き下げ等緩和措置が必要であるとの質問がされ,その関連で事業税の性格に関する答弁がされている。」
ウ 原判決28頁8行目末尾の次に,行を改めて次のとおり加える。
「同年6月6日の衆議院地方行政委員会における審議において,政府委員として出席した同改正法案立案担当者である自治庁税務部長は,事業税を純益課税にしないで外形課税で説明しようとするので,無理が生じてくるとの質問に対し,「(前略)事業税の課税標準を何に求めるかということは非常にむずかしい問題でありますけれども,純益に求めるよりも,売上金額とか,付加価値額とか,あるいは従業者数とかいう形に求めた方が,事業税の性格ならいってもむしろ望ましいのではないか,こういう感じを持っております。しかし課税事務の簡素化の問題その他の問題もございますので,多くのものにつきましては,法人税や所得税にそのまま乗っかるという方式を採用して参っております。」と説明している(第22回国会衆議院地方行政委員会議録第15号(乙6の25)9頁)。」
エ 原判決28頁14行目末尾の次に,次のとおり加える。
「さらに,付加価値税的なものはやめるべきであるとの質問に対し,自治庁税務部長は,「かって国税でありました場合の営業税と,現在府県の独立税としての事業税とは全くその存在理由を異にしているだろうと思います。(中略)今のこの事業税をむしろ全体の納得の得られるようなものに育てていきたいというふうな考え方を持っているわけであります。事業税はもうけから払うのか,経費から払うのかという考え方に立ちました場合には,やはりもうけのうちから払う税金じゃなしに,元来事業をやっていきます以上は,それだけのものを経費として考えていってもらわなければならないのではないだろうか,こういうふうに思うのでございます。その場合にどの程度負担してもらえるかということになって参りますと,沿革的な事情もございますし,あるいは負担する場合の難易の問題もございまして,従来通り所得を課税標準にしているわけでございますけれども,料金統制の行われているもの等につきまして,漸次売上金額と課税標準とするように切りかえていっているわけであります。こういうように個々にいろいろ問題が起きております点を率直に見詰めまして,是正をはかりながら事業税というものを育てていきたい,こういう考え方を現在のところいたしているわけであります。」
(2) 本件条例に至るまでの外形標準課税に関する議論等 上記認定の昭和29年,30年及び32年の地方税法の改正(それぞれ各年の法律第95号,法律第112号及び法律第60号)により,現行事業税の基本的な構造が確立されたものと考えられる。
ア 立案担当者,所管官庁等の考え方
こうした法改正の立案担当者であるとともに,地方税法を所管していた旧自治庁ないし自治省担当者の事業税の性格や外形標準課税の位置付けに対する理解は,事業税の課税客体である事業は,道路,港湾,橋梁,公衆衛生施設等の都道府県の施設を利用し,又はこれらの行政サービスを受けてその活動を行っていることから,事業税は,基本的には,これらの公共施設の設置や行政サービスに必要な経費について応分の負担を求めるという応益原則に基づく税であること,その課税標準も事業の規模・活動量を最も端的に表現するものであることが望ましく,そういう意味では,「所得」よりも,「売上金額」等のいわゆる外形的なものを課税標準とすることがより適当であるというものである(乙1の3・17・18・21・42・47の1・51・53・55ないし58・60ないし63,乙3の87・88・90・91,乙7の7)。例えば,乙1の57(地方税昭和33年1月号の旧自治庁税務局府県税課担当者の事業税に関する解説)では,現行地方税法72条の19に相当する当時の72条の18第1項の実質的意義に関して,「(1)事業税は,その沿革上ここに規定されているような課税標準であったのが,所得金額に統一され,例外的に収入金額をも採用しているが,本来の性格として,所得を課税標準とすべきものではなく,現在の経済情勢上やむを得ず所得を中心として課税標準としているものの,事情が許せばここに規定されている思想即ち外形標準課税の方向に向かうべきものであること。(2)そのために,全国的に,一律に改正は行われ難いが,特定の都道府県において,外形標準課税を行い得るならば,法定外普通税の如く国家の許可を得なくても実施できること。(3)税率は,法第72条の22第10項に,法定の課税標準の場合の負担と著しく均衡を失することのないようにしなければならないと規定されているが,これは,個々の納税者ごとに判断するのでなく,この制度に包含される全体についての税負担と考えるべきものであること。課税標準に変更があれば個々には税負担の変動があるのは当然であり,個々の税負担を法定の方法による場合と同じくするならば,この制度の大半の意義が失われる。(以下略)」と,また,「事業の情況に応じ」に関して,「事業の情況に応じてこの方法がとれるのであるが,一定の業態(例えば,物品販売業或はその特殊なる形態である百貨店業)を対象とし,或は一定規模以上のものに限定し,或は法人,個人を区分して適用することもできる。何れの場合においても,条例上明らかにしておかなければならない。」とそれぞれ解説が加えられている。この解説は,昭和35年に初版が刊行された自治庁税務局編「地方税法逐条解説 事業税編」(乙1の58)にも引き継がれている(乙3の88)。
一方,国や地方の税制全体の在り方を検討する政府の税制調査会においても,制度論としてではあるが,事業税を「所得」以外の基準によって事業の規模・活動量に応じた課税とするための検討が続けられた。早期の段階のものである昭和39年12月の「「今後におけるわが国の社会,経済の進展に即応する基本的な租税制度のあり方」についての答申」では,事業税について「事業税の課税の根拠は,事業が収益活動を行なうに当たっては,地方団体の各種の施設を利用し,その他の行政サービスの提供を受けていることから,これらのために必要な経費を分担すべきであるとする考え方によるものであるが,課税に当たって事業そのものを課税客体としているのは,事業が収益活動を行なっている事実に着目してその担税力を見出そうとするものであるからである。したがって,事業税は事業の規模ないし活動量あるいは収益活動を通じて実現される担税力をなんらかの基準によって測定して課税することが望ましいと考えられる。このような意味において,現行の事業税は,大部分の事業について,所得金額を課税標準としていることは,法人税又は所得税の附加税的な色彩をもち,所得に対する課税の重複とみられる等問題があると考えられる。したがって,事業税の課税標準については,事業の規模ないし活動量あるいは収益活動を通じて実現される担税力を表わす何らかの所得金額以外の基準を求めて,これを課税標準とすることが適当であると考える。」とした上で,具体的な外形基準の在り方についての検討を行っている(乙1の39・45)。
本件条例案の検討が始められた前後の平成11年7月には,政府税制調査会の下に置かれた地方法人課税小委員会が,地方税を安定的で税収の変動が少ないものとして地方分権を推進するために,「特に,都道府県の最大の税目である法人事業税に外形標準課税を導入し,応益課税としての事業税の性格を明確にするとともに,都道府県税収の安定化を図ることが重要な課題となっている。」とし,具体的には,「法人事業税は,法人の事業活動と地方の行政サービスとの幅広い受益関係に着目して事業に対して課される税であることから,その課税標準は,法人の事業活動の規模をできるだけ適切に表すものであることが望ましい」が,「所得」を課税標準としているため,「事業活動の規模との関係が適切に反映されず,本来の応益課税の性格から見て,望ましいあり方になっていない」ので,「法人事業税への外形標準課税の導入は,法人の事業活動と地方の行政サービスとの受益関係に着目して事業に対して課する税としての性格の明確化を図るという観点からも,大きな意義を有する改革になるものと考える。」とした上で,具体的な外形基準について検討している(乙6の5・8,甲175)。
イ 本件条例以前の外形標準課税導入に向けた動き
本件条例以前においても,地方税法72条の19を活用して外形標準課税を導入しようとする動きがなかったわけではない。すなわち,昭和49年に,千葉県では,一定規模以上の石油精製及び石油化学企業の2業種に限って,売上金額を課税標準とする外形標準課税導入の試みがされたが,他の地方自治体や旧自治省等から,特定の業種に限った外形標準課税の導入について,税負担の均衡を失うなどの批判がされて,結局導入が見送られた(甲61ないし63)。
その後も,全国知事会が昭和52年11月30日に「法人事業税の外形課税の実施に関する報告」をし,その中で「法人事業税外形課税実施案要綱」を公表した(乙7の23,24)。その内容は,「事業税の物税としての性質を明確にし,行政サービスに対する法人の税負担の適正化及び都道府県税収の安定化」を目的として,法改正によらず,全国の都道府県が地方税法72条の19に基づく特例条例を制定して外形標準課税の導入を図ることを提言するものであって,主として製造業を行う法人で資本又は出資金額が5億円以上のものを納税義務者とし,課税標準は,「所得」と外形標準,具体的には,いわゆる加算法による付加価値(所得並びに給与,利子及び賃借料の合計金額)を併用する方式によるというものである。同年末の外形標準課税の本格導入の問題は,地方財政制度審議会や政府の税制調査会においても検討されたが,厳しい経済情勢下にあるし,政府において関連する一般消費税の検討が行われていたこと,また,国と地方の財源配分をどうするかについても結論が出ていないことから見送られることとなった(乙1の47の1,乙6の27,乙7の24)。この全国知事会の提案の検討過程で,旧自治省税務局の担当者が地方税制に関して共同執筆した文献(乙1の47の1「昭和52年 改正地方税制詳解」)においては,全国知事会で製造業のように一定の業種の法人に限定して外形標準課税の導入が検討されていることを念頭に置いた上で,地方税法72条の19の「事業の情況に応じ」について,「「事業の情況に応じ」とは,たとえば①相当規模の事業活動を行っているにもかかわらず,その事業の規模に比して税負担が著しく低いことが常態であるため一定期間の所得を課税標準としては,受益の程度に応ずる負担を求めることが困難な情況にある場合,②所得を課税標準としているため同一規模の事業を行っている異種の事業の間に税負担の不均衡が生じている情況にある場合等をいうものと考えられる。したがって,知事会試案のように例えば製造業のように一定の業種の法人に限定して外形課税を行うことも可能であると考えられる。」と説明されている。また,昭和53年3月30日の参議院地方行政委員会において,この点の経緯に関する質疑が行われた際に,政府委員である旧自治省税務局長は,都道府県が個別に外形標準課税を導入することと地方税法72条の22第9項の均衡要件との関係については,「地方税法の現行法から申しますと,いまお話しのように外形標準課税の仕組みを導入できる,その場合の税率は現行の所得課税の負担と均衡を失しないように決めなければならないと,こう書いておるわけでございます。そういたしますと,いまお話しのように,得するところだけが外形課税をやり,そうでないところは所得課税をやるということになりますと,全体として所得課税を行った場合との負担のバランスというものはこれはとれない結果になりますから,法はそういうことは予定していないと私は考えております。したがって,外形課税を導入する場合には,所得課税負担との均衡を失しないようにするためには,どうしても一律に外形標準課税方式を導入するということでなければ適当でないと,かように思っておる次第でございます。」と答弁し,引き続き外形標準課税を導入する業種を増やしていくことについて問われて,「(前略)法律で外形課税が導入できるのは,事業の状況により導入できると,こう書いてあるわけです。ですから,すべての事業を通じて事業税に外形課税を一律に導入するということは法律は予定してないと私は思うんでございます。知事会の提案も,製造業に限定をしてやりたいということでやっておりますから,まあそういう事業の状況に応じてやるという税法上の考え方に即しておると思うわけであります。その製造業をさらに個別に分けて,何業はやるが何業はやらないということになりますと,これはなかなか選別なり整理はむつかしいという感じがいたしますから,もし現行法を活用しますならば,知事会が考えてこられたような形ではないだろうかと,かように思います。」と答弁している(第84回国会参議院地方行政委員会議録第5号(乙6の27)6頁)。
ウ 学界等有識者の議論
事業税の性質については,学界では,戦前の営業税時代から,これを収得税(人税)である所得税と対置する収益税(物税)と位置付ける見解が一般的であり,戦後事業税として改正された後にも,事業税が収益税の性質を持っていることは異論がないこと,事業税の課税根拠に関する論説には,上記アで認定した立案担当者等と同様な見解をとる旧自治省関係者が執筆したものが少なくないこともあって,事業が都道府県の公共サービスから利益を受けているという事実に着目し,事業税を公共サービスの受益の対価として根拠付ける「利益説」の立場をとる見解が多い(乙1の4・41)。
地方税法72条の19に関して具体的な解釈論を展開したもので,旧自治省関係者以外の学者のものとしては,上記イ認定の千葉県における外形標準課税導入の動きに関連して,「地方税法が「所得」を課税標準としている以上,所得が零または赤字である場合までも課税対象にするということは,許されないものといわねばならない。外形課税によらねばならない必要性としては,例えば,売上金額を課税標準とする方が公平な課税を実現できるとか,徴税能率を高めるというような場合が考えられる。さらに,外形課税の合理性を担保するような税率が採用されねばならないが,すべての事業に公平な一本の税率というものは考えられない。事業の種類や規模により,売上原価や費用に大きな差異があるのが当然であろう。むしろ,特定の種類の事業について規模等を考慮して税率を定めることの方が合理性を有する可能性があるものと考えられる。したがって,千葉県のように,石油精製・石油化学企業に限定して外形課税を実施することも,「所得」課税の趣旨を全く無視するようなものでない限り,許されるわけである。因みに,地方税法は,事業税について,所得を課税標準とする方法と外形課税の方法を併せ用いることを明文で許容していることに注目しておきたい(72条の19)。」として,地方税法72条の19の規定による外形標準課税を認めるために,その必要性と税率面における合理性を求める見解(甲85・98。昭和61年に公表されたA東京大学法学部教授のもの)や,「現在の事業税制度は,必ずしも利益説の考え方に即した制度とはなっていない。それは,若干の業種を除いて純収益(所得)を課税標準としている点では,むしろ能力説の考え方に近く,他方,法人税および所得税の税額計算において経費として控除することが認められている点では,利益説の考え方を反映している(法人事業税について累進課税が採用されていることも,利益説の考え方では説明できない。)。いずれにしても,現行の事業税は応能課税と応益課税の混合タイプであり,しかも応能課税の要素のより強い混合タイプである。」とする見解(乙1の4。上記ア認定の政府税制調査会地方法人課税小委員会の報告を契機として,平成11年に公表されたB東京大学名誉教授のもの)があることが認められる。
いずれにせよ,本件条例の構想が公表された後の議論(原判決48頁23行目冒頭から同49頁23行目末尾までのキ欄参照)と比べると,地方税法72条の19の具体的な解釈論についての学界における検討はそれほど突っ込んだものではなかったのではないかと推認される。
エ 内閣法制局部長の国会答弁
なお,本件条例案に対しては,平成12年2月22日に政府が具体的な問題点を指摘して東京都に対し慎重な対応を求める統一見解(その詳細については,原判決51頁8行目冒頭から同52頁9行目末尾までのソ欄説示のとおり)を公表しているが,その一方で,同月24日の衆議院地方行政委員会で政府参考人として出席した内閣法制局第一部長が,地方税法72条の19の解釈について質問されて,「(前略)事業税といいますのは,事業活動が地方公共団体のサービスを受けて行われるという点に着目した,事業に対する課税であるというふうに考えられております。お尋ねの72条の19は,事業の状況に応じて外形標準課税をすることができるという旨を規定しておるわけでありますけれども,これは,こうした事業税の本来の性格,応益課税であるという本来の性格に照らしまして,特定の事業については,事業税の課税標準として所得以外のものを用いる方が受益との関係でより適切であるというふうに判断される場合ということになろうと思います。さらに具体的に申し上げますと,基本的には,所得を課税標準としてとっていたのでは事業税の負担がその受益の程度に比して相当に低いということが常態化しているような業種が,同条の規定による外形標準課税の対象になるというふうに考えられます。ほかにも,例えば,非常に景気感応性が高くて毎年の事業税の納付額が大きく極端に動くというふうなことで,地方公共団体の安定的なサービスの提供に障害があるというようなことがあれば,そういうものも対象として考えていいのではないかというふうに考えております。」と答弁している(第147回国会衆議院地方行政委員会議録第3号(乙6の31)29頁)。この答弁は,本件条例案公表後のものであるが,その内容から見て,上記アないしウ認定の本件条例以前の議論を踏まえ,それをまとめたものと推認され,従前の議論を理解する上で参考になると考えられる。
(3) 現行事業税の性格
ア 立法経過の理解
上記(1)認定のとおり,昭和29年及び30年の地方税法の改正過程で,立案作業に当たった旧自治庁担当者は,提案理由の説明においてはもちろん,外形標準課税や付加価値税的な考え方を批判する質問に対しても,事業税の基本的な理念として,事業者が事業を行うに当たっては,公共施設を利用したり行政サービスを受けることになるので,その経費を分担してもらうという応益的な考え方が採られるべきであるとの立場からの答弁が繰り返されている(例えば,「事業の分量に応じて,府県の経費を分担するという考え方が事業税の中に織り込まれるべきではなかろうか」「事業税は府県の経費分担だ」等)。その上で,そうした基本的な考え方からの帰結として,事業税の本来の姿としては,付加価値等による外形標準課税が望ましいとしている(例えば,「理論的には,附加価値税が非常によろしいのであります」「純益に求めるよりも売上金額とか,付加価値額とか,あるいは従業者数とかいう形に求めた方が,事業税の性格ならいってもむしろ望ましいのではないか」「所得を課税標準とすることは本来の筋ではないのじゃないか,やはり付加価値的なもの,あるいは従業員数その他の外形的なものを課税標準に採用した方がいいのじゃないか,こういう考え方をしております。」)。一方で,「所得」なり「純益」を課税標準とした理由については,戦後の経済情勢,特に企業の担税力への配慮,従前と異なる取扱いをすることによる徴税・納税事務の負担という,理論的というよりは,実際上の理由によるものであると説明している(例えば,「経済の基礎が非常に浅いものだから千億にもなろうとする税金の賦課方法をかえるといたしますと,業界にとって非常に重くなったり,軽くなったりいたします。こうような負担の激変(中略)に打ちかつためには,現在のわが国の産業界の基礎があまりに弱すぎるのではなかろうか。(中略)やむを得ず従前通りにしておくよりいたし方ないのではなかろうか。」「やむを得ず従来通り踏襲するだけ」「課税事務の簡素化の問題その他の問題もございます」「沿革的な事情もございますし,あるいは負担する場合の難易の問題もございまして,従来通り所得を課税標準にしているわけでございます」)。その上で,応益的な考え方による事業税を育てて行きたい旨明確に答弁している。
以上の説明・答弁から見て,立案担当者は,事業税について,その性格から見て応益的な考え方に基づき構成されるべきものであり,実際上の理由から所得を課税標準としているが,「所得」以外の付加価値等の課税標準による課税が可能であるならば,その採用を広げていくべきであるという立場に立っていたことが明らかである。
確かに,昭和29年の地方税法の改正において,事業税において応益的な考え方による制度設計を徹底させようとしたシャウプ勧告やそれに基づく附加価値税が一度も実施されないまま廃止され,所得が原則的課税標準として採用された経過からすると,現行事業税を応益的な考え方だけで理解することには,なお慎重な検討を要するともいえよう。しかし,上記(1)認定の立案担当者の説明・答弁によれば,例えば,事業税の課税標準を定める条文(現行地方税法72条の12)では,所得と収入金額について,条文上の表現面で優先劣後を付けず並列的に規定するなど,将来の立法論にとどまらず,現行法の立案に当たっても,シャウプ勧告やそれを受けた附加価値税が実現しようとした応益的な考え方を,可能な限り条文中に取り込もうとしていたことが認められる。また,一審原告らは,上記(1)認定の説明・答弁は,明文で外形標準課税を認める例外業種を拡大する方向での法改正に際し,これを直接的な対象としたものであって,地方税法72条の19の解釈運用が直接議論の対象とされていたわけではないと主張する。しかし,上記の説明や答弁によると,所得を課税標準とすることは本来望ましくなく,応益的な考え方に基づき外形基準を課税標準とする余地を広げていくべきであるとの基本的な立場を一貫させていることから見て,地方税法72条の19の解釈運用においても,積極的な立場をとるものと考えられる。
イ 戦前の営業税制度の影響
一審原告らは,事業税の前身である営業税は,明治11年までさかのぼることができるが,少なくとも終戦当時の営業税は,純益(所得)課税を原則としていて,その例外として認められていた外形標準課税は,純益,営業純収益等の所得の捕捉が困難な場合にこれを補うため徴税の便宜から設けられたものであって,その点は昭和29年に創設された現行事業税においても引き継がれているのであり,したがって,現行地方税法72条の19が許容するものも,営業税時代と同趣旨で,所得の捕捉の困難な情況を前提としていると解すべきであると主張する。そこで,以下この点について検討する。
証拠(甲280ないし294,甲297,乙6の24)によれば,明治29年に国税として創設された営業税,大正15年に府県税として存置された営業税,昭和22年に国税から地方税に移管された営業税及び昭和23年に営業税に代わって創設された事業税には,原則か例外かはともかくとして,いずれも外形標準課税の規定が設けられていたこと,明治29年に創設された営業税においては,主要24業種に限るものではあるが,本来純収入ないし営業純収益を課税標準とすべきところ,帳簿が未整備な小営業者等がおり,個別調査も煩に耐えないことから外形基準(「建物賃貸価格,従業者,売上金額,資本金額,収入金額,請負金額及び報償金額」。なお,戦前の法規上の文言については,必要に応じて現代語標記によっており,以下も同様である。)を課税標準としたと解されていたこと,しかし,外形標準課税によると課税の負担が営業の利益や収益の実際と合わず負担の均衡を失するという批判があったことから,大正15年の改正で国税としての営業税を廃止し,国税としては,営業純益を課税標準とする営業収益税が創設されたこと,その際,府県税としては内務,大蔵両大臣の許可を受けて,「営業の収入金額(売上金額,請負金額,報償金額の類を含む),資本金額,営業用建物の賃貸価格,従業者の数」を課税標準とする外形標準課税を採用することが認められた(地方税に関する法律施行規則2条1項)が,これは小営業者の純益の調査が大営業者と比べて困難であることに対応するものと解されていたこと,昭和15年の改正で府県税の営業税も国税としての営業税に統合され,昭和22年の地方税法の改正で,営業税は国から地方に移譲されて,純益を課税標準とする地方税としての営業税になったが,営業の種類を限り内務大臣の許可を受け純益以外の外形基準を採用することが認められていたこと,この外形標準課税も営業者が実際の営業の収益を証すべき帳簿を整備していない等収益の算定が困難な場合を補うために設けられたものと解されていたこと,昭和23年に営業税が廃止されて創設された事業税は,所得を原則的な課税標準としながら,現行地方税法72条の19に相当する条文(69条1項前段)が設けられたが,当時,この条文は,例えば,露天商のように事業形態によって純収益ないし所得の把握が困難な場合に,外形基準による課税を認めたものと解されていたこと,昭和29年の改正時において,現行地方税法72条の19に相当する条文案について,政府委員の旧自治庁税務部長が「従来あった規定と同じであります。」と説明していること(第19回国会参議院地方行政委員会議録第30号(乙6の24)26頁),また,昭和29年改正に関する旧自治庁関係者の解説の中には,現行地方税法72条の19に相当する条文について,徴税の便宜を図るための規定である(甲294)とか,小規模な事業に適用することとなる(甲297)という趣旨の説明がされていることが認められる。また,一審原告らが当審で提出した有識者の意見書(甲263ないし265,甲276)には,戦前の営業税や営業収益税における外形標準課税は,基本的には記帳慣行等が未整備で収益の捕捉が困難である中小事業者を想定していたもので,それも改正過程で縮小されていった経過から見て,現行事業税が応益的なものではあり得ない旨の見解が見られるし,上記旧自治庁税務部長の説明から見て,昭和29年改正の立案担当者において,それまでの外形標準課税に関する基本的な考え方を転換する意図はなかった旨の見解が見られる。
以上によれば,戦前の営業税時代の外形標準課税は,主として帳簿類が未整備な小規模な営業者を想定して,その純益ないし所得の捕捉が困難な業種に営業税の課税を可能とするために,導入されていたのであり,このような解釈は,昭和22年改正による営業税及び昭和23年改正による事業税においても同様であったと認められる。そして,同年改正による地方税法における現行地方税法72条の19に相当する条文(69条1項前段)は,既に説示(原判決23頁6行目冒頭から同21行目末尾までのカ欄説示)したとおり,現行事業税法72条の19とほぼ同様な文言である(ただ,外形基準に係る「家屋の床面積若しくは価格,土地の地積若しくは価格」が「家屋の床面積若しくは賃貸価格,土地の地積若しくは賃貸価格」となっている点が目立つ程度である。)ところ,上記昭和29年改正に関する立案担当者であった旧自治庁関係者の説明ないし解説に照らすと,同条による外形標準課税が許容される場合についての解釈が,戦前の営業税時代と同様なものであるとの理解が成り立たないわけではない。
しかし,このような理解は,昭和29年及び30年の地方税法の改正過程で行われた上記(1)で認定した説明・答弁の内容に反するものであるし,昭和29年の改正に関する上記旧自治庁関係者の説明においては,その冒頭では,「事業税は所得を課税標準にするのが原則だとか,収入金額を課税標準にするのが原則だとかいうふうにきめてしまいませんで,それぞれの実態において所得を課税標準に用いるものもあれば,収入金額を課税標準に用いるものもあるという趣旨を現わしているつもりでございます。」(第19回国会参議院地方行政委員会議録第30号(乙6の24)25頁)と説明していること,また,いずれの説明等も,所得の捕捉の困難性を指摘するものではないし,限定的な解釈の必要性について言及するものでもないことなどから見て,これらの説明等が直ちに上記アの認定を覆すものとは評価できない。そして,戦前からシャウプ勧告前の昭和23年の改正までの経過が上記のとおりのものであったとしても,シャウプ勧告,附加価値税の導入の議論を重ねている過程の中で,地方税法の立案担当者が応益的な考え方を重視するようになっていったと認めることとは,何ら矛盾するものはないと考えられる。むしろ,上記(1)認定の説明・答弁にもあるとおり,所得税法及び法人税法の課税標準の算定に当たって,事業税額を経費又は損金に算入することが認められているのも,原判決がいうところの技術的な規定にとどまらず,事業税がその本質において事業遂行に当たっての行政サービスの受益と対価関係にあるべきものであることを勘案してのものであると解されるところである。
いずれにしても,以上に述べた現行事業税に対する応益的な考え方については,上記(2)ア及びイで認定したその後の旧自治庁及び自治省関係者が執筆した資料や国会答弁においても一貫している。
ウ 事業税の関係規定の表現
一方,地方税法72条の19は,「(事業税の課税標準の特例)」という条見出しの下に,例外4業種以外の事業についての外形標準課税について規定している。この「特例」という表現から見る限りは,事業税の地方税法上における原則的な課税標準は,「所得」(正確には,「所得」と「清算所得」であるが,以下中心的な「所得」のみを表記することとする。)であるといわざるを得ない。上記(1)の説明・答弁によれば,立案担当者においても,応益的な考え方が望ましいとはいっても,実際上適用される課税標準としては,所得の場合が圧倒的であることは,自認していたところであるし,現に,例外4業種の東京都の事業税額総額に占める割合は,3.39%にとどまること(甲316。平成12年度)から見て,現行地方税法においては,外形標準課税は例外的なものと位置付けられる。その意味では,現行事業税は,上記(2)ウで認定したB教授の「応能課税と応益課税の混合タイプであり,しかも応能課税の要素のより強い混合タイプ」というとらえ方が,その法的性格についても的確に表しているものと考えられる。
その上で,例外4業種(地方税法72条の12が「収入金額」を課税標準とすることを認める電気供給業,ガス供給業,生命保険業及び損害保険業)以外の事業に外形標準課税を認める要件として地方税法72条の19が定めているものは,「事業の情況に応じ」という文言上解釈の幅のある一般的な表現によるものであって,例外4業種と関連付けた表現とはなっていない。この表現を字義どおり理解する限り,原判決が採用したような例外4業種に準ずるような事業自体の客観的性格や法律上の特別の制度が存在する場合に限って,外形標準課税の導入を認めていると解することは,狭きに失することは明らかである。昭和22年に改正された営業法48条の3の「営業の種類を限り」という表現(原判決22頁25行目冒頭から同23頁5行目末尾までのオ欄説示のとおり)が,昭和23年の地方税法の全面改正で事業税に引き継がれる際に,「事業の情況に応じ」となったことから,特定の事業に限定した外形標準課税の導入は解釈論として困難となったとの一審原告らの主張は,これに沿う見解(甲85)もあるが,条文の文言を見る限り,このような理解をすることは困難である。 以上に認定したところに,上記(1)及び(2)認定の事実を勘案すれば,地方税法72条の19は,原則的な課税標準である「所得」を課税標準として課税すると適当でないと考えられる場合に,「所得」以外の適当な外形基準による課税(外形標準課税)を,地方公共団体の裁量によって行うことを認める趣旨の規定であると解するのが相当である。こうした解釈は,少なくとも,昭和29年の改正以来の経過や議論になじむだけではなく,立案時以上に地方分権の推進が求められ,そのための財源的な裏付けの必要性が高まっている現在の社会情勢にも,適合しているといえる。現行事業税は,「所得」を原則的な課税標準とし,その現実の適用の場面においても,「所得」を課税標準とする課税が圧倒的に多いという意味において,応能課税の要素が強いものと評価できるが,そうであるからといって,事業税の本来的な姿である応益課税を選択することができるとする72条の19の解釈適用の場面においては,その発動のための要件を満たしている以上,応益的な考え方を基本とすべきであると考えられる。いずれにせよ,この「事業の情況に応じ」という一般的な表現の解釈運用に当たっては,原則として,地方公共団体の合理的な裁量にゆだねられていると認められるところである。
エ 均衡要件の位置付け
上記ウのとおり,地方税法72条の19は,地方公共団体が,応益的な考え方に立って,一定の立法裁量(もちろん,合理的なものである必要がある。)を認めていると解されるのであるが,その立法裁量権の行使の結果は,納税義務者の税負担に直接的かつ重大な影響を及ぼすことになるし,法律で原則的に明定されている課税標準の例外を条例で制定することを許容するのであるから,これが地方公共団体の全くの自由裁量にゆだねられると解することはできない。そのような解釈は,法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例制定を許さないとする憲法94条及び地方自治法14条1項の趣旨に反することになるし,税目の新設又は変更における地方公共団体の選択を総務大臣の同意に係らせている法定外普通税についての地方税法259条の規律とも整合性がとれないこととなる。一方,地方税法72条の19自体の条文上の表現や構造から見て,同条の解釈論の中で,そうした外形標準課税に関する地方公共団体の裁量に対する制約原理を導き出すことには限界があると思われる。そして,地方税法の中で,そうした制約原理(法的な意味での歯止め)として機能することが期待されているのは,地方税法72条の22第9項のいわゆる「均衡要件」であると解される。すなわち,同項は,外形標準課税の税率決定に,その外形標準課税による税負担が所得を課税標準とする場合の税負担と著しく均衡を失することのないように定めるべきものとしているのである。この均衡要件は,実質的には,昭和23年の地方税法の全面改正の際に創設された規定であり,その当時適用されていた営業税法48条の3が営業税の原則的課税標準である「純益」に代えて,外形基準とすべき特別の必要がある場合には,営業の種類を限り,内務大臣の許可を受けることを要件としていた(原判決22頁25行目冒頭から同23頁5行目末尾までのオ欄説示のとおり)のを廃止して,上記の均衡要件を創設した経緯にかんがみると,均衡要件は,実質的には内務大臣の許可に代替する法的な機能を期待されているものと考えられる。したがって,地方税法72条の22第9項は,地方公共団体が事業税に外形標準課税を導入するに当たっては,均衡要件を満たすこと,すなわち,従前の課税標準及び税率による税負担と「著しく均衡を失することのない」ように,外形標準課税に係る条例を制定することを要求している規定と解すべきである。 以上によれば,地方税法は,一方で,原則的課税標準を「所得」としてその税率をも法定し,他方で,地方公共団体に対し,「事業の情況」という解釈に幅のある表現で外形標準課税を導入できるようにするとともに,均衡要件により,原則的課税標準及び税率による税負担と,著しく均衡を失しないように定めるべきことを求めているものということができる。
(4) 地方税法72条の19の解釈
ア 適用される基本的な場合
地方税法72条の19の解釈適用に当たっては,事業税が公共施設や行政サービスの受益に対する経費を分担するという応益的な考え方に立つべきであること,「所得」以外の課税標準を条例によって採用する道を開いている同条の適用が検討されるのは,原則的な課税標準である「所得」による課税が適当でないと考えられる場合であることは,上記(3)で認定したとおりである。また,事業税の課税客体は事業(その収益活動)であり,事業税の担税力も課税客体である事業に求められることは争いがないところである。そして,課税客体である事業の担税力を数量的に測定するとともに,公共施設や公共サービスの受益の程度を反映するものとしては,課税客体である事業の規模・活動量が端的な指標であると考えられるので,事業税の課税標準も,事業の規模・活動量にできる限り対応するものである必要があると考えられる。したがって,「所得」による課税が適当でない場合というのは,基本的には,「所得」による課税が事業の規模・活動量から測定される事業の担税力と対応しないものとなっていることが基本となる。この考え方は,例外4業種について「収入金額」が課税標準として採用されていること(地方税法72条の12)にも対応している。すなわち,電気供給業及びガス供給業については,公益事業であるため料金認可制が採られ,料金が低く抑えられていること,また,生命保険業及び損害保険業については,保険契約者の保険料を投資して大きな利益を上げているが,この利益の大部分は配当に回されること,これらの理由により「所得」を課税標準とする事業税額が事業の規模・活動量と対応しないものとなることから,外形標準課税が採用されている。
ただ,事業の規模・活動量については多義的なとらえ方ができるものであるので,税負担と事業の規模・活動量が対応しないといっても,もともと厳密な意味での定量的な対応関係を求めることは困難であり,抽象的・擬制的なアプローチに頼らざるを得ないのであって,この点に関して,例外4業種に準ずる事業自体の客観的性格や法律上の特別の制度の存在が必要であるとする原判決が採用した考え方は,事業税の関係規定の表現や構造から見ても狭きに失し,これを採用できないことは,既に(3)ウで述べたとおりである。そうはいっても,地方税法72条の19は特例的な課税であること,課税標準は納税義務者の税負担に直結し大きな影響を与えるものであることから,税負担と事業の規模・活動量が対応しないとの判断に当たっては,慎重な考慮が必要であると考えられる。上記(2)イで認定したとおり,昭和52年に全国知事会の外形課税の提案がされた前後に公表された旧自治省税務局の担当者の論説では,地方税法72条の19により外形標準課税ができる一つの場合として,事業活動が相当規模であるのに,その規模に比して税負担が「著しく低いこと」,そして,そのことが「常態化していること」を挙げているし,また,上記(2)エで認定したとおり,本件条例の構想公表後にされた内閣法制局第一部長の国会答弁でも,「所得」を課税標準とする税負担がその受益の程度に比して「相当に低いこと」,そして,そのことが「常態化していること」が,同条の外形標準課税の対象となる要素としているのも,同様な考察に基づくものであって,基本的に是認できる考え方であると評価できる。
イ 特定の事業,業種に限った適用
次に,地方税法72条の19が,特定の事業,業種に限って外形標準課税を導入することを許容する趣旨であるか否かを検討する。同条の「事業の情況に応じ」という文言自体を素直に読めば,問題となる事業なり業種ごとに外形標準課税の課税標準を検討することを許容しているものと考えられる。そして,同条の「事業の情況に応じ」は,上記アで検討したとおり,事業税の税負担が,公共サービスの受益の程度,具体的には,事業の規模・活動量に比して,「著しく」ないし「相当程度」低いことが「常態化」している場合に満たされるものであることとすれば,個々の事業なり業種ごとに,そうした常態が生じているかを吟味することになるのが自然である。現に,例外4業種のように,法律で明定されているとはいえ,事業ないし業種単位での例外が認められていること,上記(2)ア認定のとおり,旧自治庁税務局の担当者の昭和30年代の現行事業税に関する解説書では,地方税法72条の19の「事業の情況に応じ」の解釈として,物品販売業,百貨店業といった一定の業態を対象とする外形標準課税が認められるとの考え方が紹介されている。また,上記(2)イ認定のとおり,千葉県では昭和49年に,一定規模以上の石油精製及び石油化学企業に限った外形標準課税導入の動きがあったこと,この動きは税負担の均衡を失うなどの批判で見送られたが,このような石油精製・石油化学企業に限定しての外形課税も,上記(2)ウ認定のとおり,「所得」課税の趣旨を全く無視するようなものでない限り許容されるとの学者の見解が公表されていること,その後も,上記(2)イ認定のとおり,全国知事会は昭和52年に,主として製造業を行う法人を対象とする外形標準課税の導入を提案し,この提案に対しては,旧自治省税務局長が国会で,製造業に限定しての導入は,地方税法の「事業の情況に応じ」という文言に則している旨を答弁しているところである。それにもかかわらず,本件条例に対しては,その構想が公表された直後である平成12年2月22日に閣議口頭了解として発表された政府の統一見解(甲10)を始め,特定の事業に限定した外形標準課税の導入には問題がある旨の指摘が多く(ただし,上記(2)エ認定の本件条例案公表後の内閣法制局第一部長の国会答弁では,上記ア認定の要件を満たしている業種は,地方税法72条の19の外形標準課税の対象となるとしている。),本件訴訟においても,多数の有識者から同様な指摘がされているところである。しかし,少なくとも,一審被告東京都において,本件条例案が検討されていた当時までの議論は,以上のとおり,物品販売業,石油精製業,製造業というように特定の事業・業種に限って適用することが当然の前提となっていたことを考慮すると,地方税法72条の19は,特定の事業に限定した外形標準課税の導入を許容していると解するのが相当であり,このような解釈も十分成り立ち得るところである。
なお,昭和23年の地方税法の改正により,それまでの地方税法48条の3が「営業の種類を限り」と規定していたのを,「事業の情況に応じ」という表現に改められたことは既に認定したとおりであるが,このことから,特定の事業に限った外形標準課税の導入の余地がなくなったと解すべきでないことは,上記(3)ウに説示したとおりである。
ウ 東京都のみにおける適用
一審原告らは,本件条例が,一審被告東京都のみにおける外形標準課税の実施である点を問題としている。この点については,上記(2)アで認定した,昭和30年代の旧自治庁税務局の担当者の解説書では,特定の都道府県における外形標準課税も認められる旨の説明がされている。一方,本件条例の構想が公表される前に公刊されていた旧自治庁・自治省関係者の論説(甲298ないし301)中には,地方税法72条の19が道府県ごとに適用される場面は,現実にはほとんど考えられない旨述べているものがあるし,また,上記(2)イで認定した,昭和52年の全国知事会の外形標準課税の提案後に行われた旧自治省税務局長の国会答弁では,地方税法72条の22第9項の「所得」による税負担との均衡を失しないようにするためには,全国一律の外形標準課税の導入でないと適当でないとしている。これらに基づき,一審原告らは,旧自治庁・自治省関係者も,事業税における外形標準課税は,法律によって一律にすべての道府県に適用しないと,現実には機能しないものと考えていたと主張する。確かに,昭和52年の全国知事会の外形標準課税導入の提案,また,本件条例案が公表された後に,平成12年2月22日に閣議口頭了解として発表された政府の統一見解(甲10),本件条例を契機とする旧自治省や政府の税制調査会における外形標準課税導入の議論(乙6の9ないし12・28・37)も,全国一律の導入が妥当であるという立場を前提としており,それが理論的に見ても望ましい形態であることは確かであるといえる。
しかし,地方税法72条の19が,例外4業種のように,法律という明確な形式で全国一律に外形標準課税を課する方法とは別に,「事業の情況に応じ」という,事業ごとの検討が可能な要件の下に,外形標準課税を導入する道を開いていることからは,同条は,特定の地方公共団体の条例による外形標準課税の導入を認めていると解さざるを得ない。ただ,特定の地方公共団体が外形標準課税を導入する際には,他の地方公共団体に与える影響が大きいことから,この面からも「所得」を課税標準とした場合の税負担の均衡,つまり,地方税法72条の22第9項の均衡要件の吟味をより慎重に行う必要があると考えられる。
(5) 本件外形標準課税と地方税法72条の19
ア 銀行業等への限定について
本件条例は,その2条1項に定める銀行業等を行う法人であって,各事業年度の終了の日における資金量5兆円以上であるものを納税義務者としている。本件条例が,地方税法72条の19に基づき銀行業等に限って外形標準課税を導入する理由について,一審被告東京都側の公式の説明の要旨は,以下のとおりである(本件条例制定後公表された一審被告東京都主税局の担当者の解説である乙3の20・21,本件条例案を審議した東京都議会の会議録である乙5の1ないし8)。
「法人事業税は都道府県が提供する行政サービスと事業活動の受益関係に着目したものであり,その課税標準は,法人の事業活動の規模をできるだけ適切に表すものであることが,税負担の公平性の確保のためには望ましい。また,行政サービスの安定的な供給のためには,税が安定的で変動が少ないものである必要がある。銀行業等が十分な収益を上げながら不良債権処理に係る損失額が多額であるため,一審被告東京都の行政サービスの対価としての法人事業税をほとんど負担しておらず,そうした情況が今後急に好転することが見込まれない。具体的には,銀行業等の収益は,大手銀行19行の業務粗利益で見ると,バブル経済期の平成2年3月期に約5兆6000億円であったものが,平成11年3月期には約7兆5000億円を超えているのに対し,事業税額は,大手銀行のものがバブル経済期に約2200億円で一審被告東京都の全事業税収の約14%であったものが,現在は約100億円程度で全事業税収の約1.5%にまで落ち込む見込みである。このようにバブル経済期よりも本業での利益を上げながら,法人事業税の負担をしていない業種は,銀行業等(本件条例2条1項に定義がある。甲1)だけであるし,銀行業等の法人事業税の税収は,他の業種と比べて極めて不安定である。以上から見て,銀行業等に関する限り,構造的に事業活動の規模に見合った納税が期待できない「事業の情況」(地方税法72条の19)にあることになり,応益課税としての法人事業税がその機能を喪失している。そこで,銀行業等に限って同条に基づき,外形標準課税を導入する必要がある。」
証拠(上記の乙3の20・21,乙5の1ないし8に加えて,乙3の3ないし17・22ないし28,乙3の60・61の各1・2,一審被告東京都側から全国銀行協会に送付された乙4の2ないし5)によれば,大手の銀行19行ないし30行が一審被告東京都に納付する法人事業税額が昭和59年度以後不安定な状況にあり,特に平成5年度以降減少幅が大きいこと,その一方で,大手の銀行19行ないし30行の業務粗利益や銀行の資金利益は,平成2年度から平成10ないし11年度までの間,若干の増加ないし横ばいの傾向で推移していること(乙3の3ないし5・12,乙4の5),一審被告東京都においては,本件条例案を検討する際に,昭和60年度から平成10年度までの法人事業税額や平成2年度から平成11年度までの業務粗利益の推移等について,銀行業等と不動産業,建設業及び証券業との比較検討を行っているが,その結果によれば,不動産業等においても法人事業税額が減少しているが,これらにおいては業務粗利益も減少していること(乙3の5・6等),一審被告東京都の全法人事業税のうち大手の銀行30行が占める割合は,昭和59年度から平成4年度までの間は,10%を上回るか10%相当であったものが,平成6年度から平成11年度までの間は,平成8年度(10.8%)及び10年度(5.8%)を除いて,1ないし3%の間にとどまったこと(乙4の5),銀行業の事業税額が業務粗利益の傾向に反して減少しているのは,いわゆるバブル経済の崩壊以降,不良債権処理を進めるため貸倒処理を本格化したことが影響していることが判明した。そして,以上の事実と銀行業等においては,今後も当分の間継続して,不良債権処理,貸倒処理を継続する必要性が高いこと(公知の事実)から見て,「所得」を課税標準とする法人事業税の課税によっては,銀行業等の法人事業税額が,現状においても既に相当程度減少しているのに,今後も当分の間減少が見込まれる状況であり,少なくとも業務粗利益や資金取引から推認される銀行業等の事業の活動量は,そのような減少傾向と相当程度対応しないものとなっていたし,このような傾向や状況は,不動産業等他の業種と異なるものであったのであるから,銀行業等について,上記(4)アで認定した地方税法72条の19の適用を許容することができる「事業の情況」が生じていると判断することができる。 一審原告らは,銀行業の上記のような情況について,バブル経済期及びその崩壊後の経済情勢が銀行業に影響を及ぼした結果であって,銀行業等の事業自体の客観的性質に基づかない事態であるから,地方税法72条の19の「事業の情況」には当たらないと主張し,これに沿う有識者の意見書(例えば,甲276)を証拠として提出する。しかし,地方税法72条の19の「事業の情況に応じ」の解釈運用は,上記(3)ウで認定したとおり,基本的には,地方公共団体の合理的な裁量にゆだねられているものであるし,「事業の情況に応じ」の解釈として,「所得」を課税標準とすると,事業の規模が同一である異種の事業との間で,事業税の税負担の不均衡が生じている情況がある場合(昭和52年の全国知事会の外形標準課税の提案前後に公表された旧自治省税務局担当者の論説)や,景気感応性が高くて毎年の事業税納付額が大きく極端に変動するため,地方公共団体の安定的な行政サービスの提供に障害がある場合(本件条例の構想公表後の内閣法制局第一部長の国会答弁)が含まれるとの見解もあることを考えると,上記一審原告らの主張は採用できない。
イ 資金量5兆円以上との限定について
銀行業等への限定が地方税法72条の19において許容されるとしても,各事業年度の終了日における資金量が5兆円以上のものに限定していることについても許容されるのかが問題となる。この点については,上記(2)アで認定した,昭和30年代の旧自治庁税務局の担当者の解説書では,対象事業を限定するだけではなく,その中の一定規模以上のものに限定することも許される旨の説明がされている一方,上記(2)イで認定した,昭和52年の全国知事会の外形標準課税の提案後に行われた旧自治省税務局長の国会答弁においては,特定の事業に限った外形標準課税を認めた上で,その事業を更に個別に分けて適用の有無を変えることは,その選別や整理が困難であるとしており,消極的なニュアンスがうかがわれる。また,本件条例について理解を示している有識者も,全銀行業等を納税義務者とした上で,資金量5兆円未満のものについては課税免除とした方が問題が少なかったのではないかとの見解を述べている(乙1の5・6)。以上から見ると,特定の業種の中で,更に外形標準課税が適用されるものとそうでないものとの区別を設けることについては,慎重な考慮と検討が必要であると考えられる。
一審被告東京都側は,公式の説明において資金量による限定を設けた理由として,「中小金融機関への配慮」を挙げている(乙5の1ないし8,乙3の20・21)。すなわち,一般的にも中小事業者に厳しい経済情勢下にある中で,その資金繰りに無視できない影響を及ぼす中小金融機関に対して,実質的に見れば増税の効果を伴う本件条例による課税を適用することは,中小事業者にも相当程度の影響を及ぼす可能性は否定できず,そうした事態が生じないように適用対象外にしたということである(弁論の全趣旨)。一方,本件条例案の検討過程の資料(乙3の10,乙4の5)によれば,本件条例による課税によって,大手の銀行30行(いずれも資金量5兆円以上である。)については税収が120億円であったものが1130億円増加するのに対し,資金量3兆円以上5兆円未満の銀行については,税収が11億3000万円であったものが2億4000万円増加するに過ぎないことが認められ,このことからすると,本件条例の資金量5兆円という要件は,どちらかというと,安定した法人事業税収入を得るために,必要な限度で線を引いた面があったことは否定できないところである。そして,本件条例の制定目的の一つとして,一審被告東京都の安定的な税収の確保があったことは争いがなく,その目的に照らして,必要性の点から線引きしたことも,理解できないではない。しかしながら,税負担の公平性の観点からは,この理由だけから線引きの合理性を根拠付けることは困難である。
そこで,更に検討するに,法人事業税の課税標準を地方税法72条の19を適用して「所得」から外形基準に改めるに当たっては,中小事業者の事業活動に与える影響を考慮する必要があることについては,昭和29年,30年の地方税法改正の国会審議の際も上記(1)認定のとおり議論されているところである。また,上記(2)アで認定した,昭和39年に外形標準課税の導入方向を示した政府の税制調査会の答申においても,中小事業者への考慮が検討されている(乙1の39・45)し,上記(2)イで認定した,昭和49年の千葉県における導入の検討の際も,一定規模以上の事業者を対象として外形標準課税を導入することが検討されている。以上から見て,適用を受ける事業者の税負担を概して増やす結果となる外形標準課税の導入の検討に当たっては,中小事業者への影響を検討することが必要であり,このような政策的な判断を認めることについて強い異論があるとは考えられない。本件条例における中小事業者への影響は,中小金融機関に対する外形標準課税の適用を通じてのものであるという意味で,間接的ではあるが,基本的には中小事業者に対する妥当な政策的配慮と評価することができる。そして,一審被告東京都が資金量5兆円で線引きした資料(乙3の8・9)によれば,平成11年3月期において,資金量5兆円以上の大手銀行30行の資金量の合計が,3800以上ある民間預金取扱機関の全資金量の55.7%を占めていること,また,大手銀行24行の業務純益の総額が138行の銀行の業務純益総額の74.1%を占めていることが認められ,これらを考慮して資金量5兆円で線を引いた一審被告東京都の裁量権行使については,地方公共団体の政策的な判断として一応の合理性が認められ,地方税法72条の19の適用においても許容され得るものと考えられる。
ウ 業務粗利益を課税標準としたことについて
本件条例は,課税標準(外形基準)として「業務粗利益」を採用している。一審被告東京都側の,公式の説明におけるこの点の要旨は,「「業務粗利益」が銀行の基本的な業務をすべてカバーした指標で,一般企業でいえば,売上高から売上原価を差し引いた売上総利益に相当する概念ないしはそれに近い概念である。そして,銀行の事業活動の規模を的確に反映した客観的な基準であるとともに,銀行の収益力に裏付けられた担税力も一定程度反映されているものでもあることから,課税標準として最適である。」というものである(乙3の20・21,乙5の1ないし8)。同じ証拠によれば,一審被告東京都が他の外形基準として「資本金」,「資金量」を検討したことは認められる(前者については各銀行ごとに大きな差異があること,後者については現実の銀行等の活動量を十分に反映するとは言い難いこと等から採用されなかった。)が,具体的にどのような経過で「業務粗利益」の採用に至ったかをうかがわせる直接的な証拠はない。上記(2)アで認定した,平成11年7月の政府の税制調査会地方法人課税小委員会の報告(乙6の5・8,甲175)を契機とした,上記(2)ウ認定のB教授の論説(乙1の4)が,企業会計上の売上総利益(企業の売上高から売上原価を控除した金額)が「企業の公共サービスからの受益ないし活動規模を測定する指標」として適切な選択肢として説明されていることを参考にした可能性も否定できない。
これに対し,一審原告らは,銀行業における「業務粗利益」は,一般事業会社における「売上総利益」とは法律上も会計上も全く異なる概念であり,銀行の貸付業務において必然的かつ経常的に発生し,銀行業が新たに生み出した付加価値ではない貸倒損失等や信用リスク・プレミアムが控除されていないことから,銀行業の事業活動量を適切に表す指標とはいえないので,本件条例は,「業務粗利益」を課税標準とした点だけでも違法であると主張する。そして,この一審原告らの主張に沿った有識者の意見書が控訴審だけでも多数(甲253ないし255,甲260ないし264,甲276,甲277)提出されており,これらによれば,銀行業の「業務粗利益」は,業務収益から業務費用を差し引いた金額でも,業務純益でもなく,一般事業会社の「売上総利益」とは会計学上も対応しない概念であること,また,金融実務に通じた者の感覚によれば,銀行の貸倒損失部分は貸付業務において不可避的に発生するととらえられていることが認められる。この点から見ると,一審被告東京都の説明のうち,「業務粗利益」を一般事業会社の「売上総利益」との対比から,銀行業等に対する外形標準課税の課税標準として最適であると判断した点には,検討を加えるべき余地があったといわざるを得ない。一方で,本件条例案の検討が始められた前後の平成11年7月の政府の税制調査会地方法人課税小委員会の報告において,導入を図ることが望ましい外形基準として,「事業活動によって生み出された価値(事業活動価値)」,「給与総額」,「物的基準と人的基準の組合せ」及び「資本等の金額」が提案されており(乙6の8),上記B教授の論説もそうした提案を前提に「売上総利益」の提案をしていること(乙1の4)が認められることからすると,一審被告東京都が検討したことが認められる「資本金」や「資金量」以外の外形基準についても,銀行業等への当てはめを含む検討が十分行われるべきであったとも考えられる。その際,例外4業種である生命保険・損害保険業においては,課税標準が「収入金額」とされているものの,この収入金額の算定に当たっては,営業保険料総額から純保険料部分を除くために,収入保険料に一定割合を乗じた額が「収入金額」とされており(地方税法72条の14第8項及び第9項),この純保険料部分が信用リスク・プレミアムに相当するとの見方ができること(甲229,甲262)との対比からすると,銀行業等の課税標準においては,貸倒損失ないし信用リスク・プレミアムを何らかの形で考慮する方法について,なお検討を加える必要があったともいえそうである。
一方,証拠(甲108,甲109,乙1の26,乙3の95,乙6の32,乙7の5・6・15・39ないし41,43ないし50,弁論の全趣旨)によれば,銀行業における「業務粗利益」は,計算書類上独立の勘定項目ではないが,平成元年の銀行法施行規則の改正により,銀行が銀行法24条1項を背景として監督官庁に提出することが求められている「決算状況表」の記載事項となり,現在も金融庁の事務ガイドライン(乙6の32)で,銀行の金融庁長官への決算情報の一部として報告を求められていること,当初は,監督官庁の監督事務のためのものであって,一般や外部への開示は予定されていなかったが,投資家,利用者等に対するディスクロージャーを充実させる観点から,全国銀行協会連合会統一開示基準が平成2年に改正され,「業務粗利益」が開示項目に追加され,さらに,平成10年12月に施行された金融システム改革法による銀行法21条1項の改正により,銀行法施行規則19条の2で業務の状況を示す指標の一つとして,銀行の主要な営業所に備え置き公衆の縦覧に供する説明書類における開示事項に加えられたこと,実際上も,各銀行の一般向けのディスクロージャー誌には,「業務粗利益」について,例えば,「銀行の基本的な業務からの収益です。」(乙7の5),「収益の大きさを表す「業務粗利益」」(乙7の39),「業務粗利益・業務純益は,銀行の利益をみるうえで重要な指標です。銀行が本業でどれだけの利益をあげたかを示す銀行特有の指標で,一般企業でいう「売上総利益・営業利益」に相当します。」(乙7の43),「業務粗利益とは・・・銀行本来の業務による「収益」と「費用」の差額(収支)です。一般の企業で言う経費控除前の「売上総利益」にあたります。」(乙7の44),「業務粗利益は,一般に銀行の本来業務にかかる収益性を示すといわれているもの」である(乙7の45),「業務粗利益とは,(中略)信用金庫の基本的業務の粗利益を示すものです。」(乙7の46)等として記載されていること,決算説明会における資料(乙7の48ないし50等)にも銀行業の損益や利益を示す指標の一つとして記載されていること,全国銀行協会が作成した銀行のディスクロージャーを解説するパンフレット(乙7の15)にも,「業務粗利益」について「銀行が本来の業務でどれくらいの利益をあげているかがわかります。」との説明がされていることが認められる。以上について,一審原告らは,「業務粗利益」は,専ら銀行監督目的で監督官庁が導入したもので,事業活動量の測定との関連性は全くないし,また,上記資料における説明は,いずれも一般の素人向けのものであって,法律学,会計学等専門的な検討が加えられた上でのものではないと主張する。しかしながら,「業務粗利益」の当初の導入目的が業法上の規制,監督上の必要性にあったとしても,その後の法規の改正等により,銀行業の経営状況等の情報を対外的に提供する機能を付与されていたことは明らかであるし,また,上記のディスクロージャー誌等の記載は,一般向けの分かりやすさを優先した面があるとはいえ,「業務粗利益」が,銀行業界からの対外的な情報発信において,銀行業の基本的業務の収益ないし粗利益を示すとしたり,一般事業会社の「売上総利益」に相当するものとして,一般的,日常的に用いられている概念であることは否定できないところである(甲307は,この認定に反するものではない。)。したがって,こうした情報発信を受けて,「業務粗利益」を用いて銀行業の収益や業務の活動量を測定する要素として用いることも,許容されるアプローチの一方法であると評価することが可能である。
ところで,地方税法72条の19は,外形基準については,「資本金額,売上金額,家屋の床面積若しくは価格,土地の地積若しくは価格,従業員数等」と定めるだけで,外形基準がどのようなものであるべきかといった定義もされていないし,「等」という表現から明らかなとおり,「資本金額」以下の具体的な外形基準は,例示的なものにとどまっている。したがって,上記(4)アで述べた「事業の情況に応じ」の解釈を前提とすると,地方税法72条の19は,事業の規模・活動量をできる限り適切に反映し得るものであって,徴税・納税事務の観点から合理的なものと解される客観的な指標であれば,同条の外形基準として採用することを許容していると考えられる。この点について,一審原告らは,この「等」という表現は,上記(3)イ認定のとおり,大正15年の改正で府県税として存置された営業税について,地方税に関する法律施行規則2条1項により外形標準課税の課税標準とすることが認められていた「営業の収入金額(売上金額,請負金額,報償金額の類を含む),資本金額,営業用建物の賃貸価格,従業者の数」における「の類を含む」を基本的には引き継いだものであること,この「の類を含む」という表現は,営業税(府県税)が小規模な個人営業者のみを対象とするものであるところ,各業種ごとに,「収入金額」に相当する概念について「売上金額,請負金額,報償金額」などというように,呼称が区々に分かれていて逐一条文に列挙することが困難であったことから,「の類を含む」という表現でまとめて規定する趣旨であり,個別に掲げられたもの(売上金額,請負金額,報償金額)と同質で何らかの共通性が認められるものに限られると解釈されること,したがって,「の類を含む」を基本的に引き継いだ現行地方税法72条の19の「等」も,「資本金額,売上金額,家屋の床面積若しくは価格,土地の地積若しくは価格,従業員数」と同質で何らかの共通性が認められるものに限って外形基準と認める趣旨であるところ,「業務粗利益」は同条が具体的に規定する外形基準と全く異質であり何らの共通性も認められないから,同条が許容する外形基準とはいえないと主張し,これと同じ見解の有識者の意見書(甲263ないし265)が提出されている。しかし,戦前の法律の施行規則上の「の類を含む」という表現と,現行法律上の「等」という表現が,法制上の概念として同質のものと理解することができるのか疑問である上,その点を譲って同趣旨の表現であると仮定しても,上記大正15年改正後の営業税(府県税)の外形基準に係る「の類を含む」は,法律施行規則上規定されていた外形基準の一つである「収入金額」に関するものであって,しかも,カッコ内の具体例(売上金額,請負金額,報償金額)の末尾に付されたものであり,「収入金額」以外の外形基準(資本金額,営業用建物の賃貸価格,従業者の数)も含めた全体に係っているものではなかったのに対し,現行地方税法72条の19の「等」は,同条が規定する外形基準の末尾にその全体を受ける形で規定されており,規定中の位置付けにおいて明らかに異なる点があるから,上記一審原告らの主張のように解釈しなければならないとは,直ちには考えられない。そして,上記(3)イで認定したとおり,シャウプ勧告やこれを受けた附加価値税の検討を経て,昭和29年,30年の地方税法改正の立案担当者の基本的な立場が,できる限り応益的な考え方に立った事業税を実現することを重視するものとなったこと,また,例えば,上記平成11年7月の政府の税制調査会地方法人課税小委員会の報告(乙6の8)のように,本件条例に至る間の外形標準課税に関する議論においては,事業活動価値や付加価値等を反映する適切な外形基準を幅広く検討する手法がとられ,その前提として「等」について上記主張のように限定的にとらえる考え方は採られていないことも合わせ考えると,現行地方税法72条の19の「等」が,具体的に規定された外形基準と同質で何らかの共通性のあるものに限って許容する趣旨であるとの,上記一審原告らの主張は採用できない。
以上を総合すると,「業務粗利益」を本件条例の課税標準(外形基準)として採用したことには,以上述べてきたような会計処理との整合性や貸倒損失等の考慮といった問題点から,一審被告らが主張するような「最適の」課税標準であったとは考えられない。しかし,ここで問題となっていることは,事業税の課税という局面において,事業としての銀行業等の規模・活動量を表すものとして「業務粗利益」を採用した一審被告東京都の裁量判断の合理性であり,地方税法72条の19は,「等」という地方公共団体に一定の裁量を認めた表現を採っている上に,「業務粗利益」が,銀行業界から対外的に,銀行業の業務や収益の状況に係る情報を伝える概念として,一般的,日常的に活用されていることも合わせ考えれば,事業税の課税客体である事業としての銀行業等の規模・活動量を測定するものとして,「業務粗利益」を課税標準として採用した一審被告東京都の判断が,合理性を欠くものと断定することはできない。
エ 結論
以上のとおりであるので,本件条例制定に当たっての一審被告東京都の裁量判断は,いずれも地方税法72条の19において許容される範囲内のものであると認められるので,本件条例は同条に違反しないものと考えられる。
(6) 本件外形標準課税と地方税法72条の22第9項
ア 均衡要件の意義と一審被告東京都の説明
上記(3)エで認定したとおり,地方税法72条の22第9項の均衡要件は,同法72条の19の解釈運用における地方公共団体の裁量判断に対する歯止めとしての機能を果たすものである。しかも,本件条例は,一審被告東京都だけでの外形標準課税の実施であるので,上記(4)ウで認定したとおり,均衡要件に対するより慎重な考慮が必要となる。また,均衡要件は,直接的には外形標準課税の税率を問題としているが,本件条例の100分の3という税率を直接吟味するわけではなく,「所得」を課税標準とした場合の税負担と外形標準課税による税負担とを比較することを求めている。そして,税負担は,基本的には課税標準に税率を乗ずることによって決まることから,均衡要件の吟味,すなわち,税負担の均衡を比較検討する際には,外形標準課税における課税標準いかんについても,間接的に問題とならざるを得ないことになる。 本件条例における均衡要件に関する,一審被告東京都の公式の説明の要旨は,「過去数年間における本件条例の適用対象となり得る資金量5兆円以上の大手銀行30行について,過去数年間の法人事業税の税収実績と,本件条例による課税との均衡により判断した。ここ数年間はバブル経済期をはさんで極めて不安定な形で推移していることを考慮し,バブル経済期前,バブル経済期,バブル経済期後(バブル経済崩壊後)のいずれの時期をも含んだ期間である昭和59年度から平成10年度までを選択した。その間における大手銀行30行の一審被告東京都における法人事業税の税収実績の年間平均額は約1088億円であり,一方,本件条例による法人事業税額の増額見込みは約1130億円であることから,均衡している。」というものである(乙3の7・20・21,乙4の2ないし5,乙5の1ないし8)。証拠(甲111,甲112,乙3の104,乙4の5)によれば,一審被告東京都の全事業税額のうち,資金量5兆円を超える銀行30行が納付した事業税額の占める割合の,昭和59年度から平成10年度までの平均が約9.8%であるのに対し,本件条例が適用された初年度(一審原告らの事業年度では平成12年度であり,一審被告東京都に納付されるのは平成13年度ということになる。)の確定申告納税額約1029億円が一審被告東京都の全事業税額に占める割合は約9.6%であり,この納税額や割合だけを比較する限度では,見合ったものとなっていることが認められる。
イ 不均衡の程度と比較する期間
地方税法72条の22第9項が税負担の均衡について求めているのは,「著しく均衡を失することのないように」することであって,「著しく」という文言上解釈の幅がある一般的な表現となっているので,その解釈適用に当たっては,どの程度の不均衡に至ると著しく均衡を失することになるのかが問題となる。この点について,一審原告らは,同条8項により法人事業税に認められる制限税率(超過税率)が標準税率の1.1倍であることから,同条9項の均衡要件の解釈に当たっても,これと統一的に解釈されるべきであり,同条8項の趣旨にかんがみれば,この1.1倍と「若干の差異」しか許容されず,いかに緩やかに解するとしても2倍を超えることは論外であると主張し,同様な見解を述べる有識者の意見書(甲263ないし265)が控訴審でも提出されている(なお,原審で提出された甲225号証(A教授の意見書)では,本件条例のように特定事業に限った外形標準課税においては,「1.5倍を超える場合は当然に違法であり,1.2倍を超える場合も違法とされる疑いがある」との見解が示されている。)。標準税率と異なる税率を適用するという点では,外形標準課税は制限税率適用と類似する場面と見られないではないし,均衡要件の歯止め的機能からすると,このような考え方が出てくることも理解できないではない。しかし,「1.1倍」と「著しく」とでは,表現自体として見た場合かい離がある上に,制限税率を規定する地方税法72条の22第8項は,昭和50年の法改正(法律第18号)で導入されたものである(例えば,甲227)ところ,同じ条文中で規定されている均衡要件については表現が改められていないこと,そもそも,地方税法72条の19の外形標準課税は,「所得」を課税標準とする税負担が事業の規模・活動量と「著しく」ないし「相当程度」対応しないことを前提としているのに,外形標準課税によっても,「所得」を課税標準とする場合の1.1倍ないしそれに準ずる程度といった課税しかできないとするのでは,税負担と事業の規模・活動量の不均衡が解消できないこと等の事情を総合すると,均衡要件が歯止め的機能を期待されていることを考慮しても,狭きに失するといわざるを得ず,結局,上記見解を解釈論として採用することはできない。
また,一審原告らは,一審被告東京都が税負担の均衡を過去数年間の平均値を基礎として検討していることについて,単年度を基礎とすべきであると主張し,本件条例適用の初年度(平成12事業年度)における「所得」を課税標準とした場合の一審原告らの推計事業税額(107億4489万1900円)に対し,本件条例による外形標準課税による一審原告らの事業税額(832億0571万7800円)は約7.7倍となること(甲101),また,第2年度(平成13事業年度)における「所得」を課税標準とした場合の一審原告らの推計事業税額(2477万2700円)に対し,本件条例による外形標準課税による事業税額(904億6486万4200円)は約3652倍となること(甲257)から見て,「著しく」均衡を失していることは明らかであるとする。確かに,税負担の均衡を問題にする以上,同じ年度について外形標準課税を適用した場合と「所得」基準による場合とを比較することが基本となると考えるのが事柄の性格に適合していると考えられる。しかし,地方税法72条の22第9項が「著しく」という解釈上幅のある表現を用いていることに加えて,上記(4)ア認定のとおり,「所得」を課税標準とする事業税の税負担と事業の規模・活動量とが相当程度対応していない状況が「常態」化していることが,地方税法72条の19の適用の前提であって,「常態」化の有無を判定するためには,過去数年間の状況の吟味が不可欠であるし,均衡要件においては,外形標準課税の導入がそうした状況への対処として必要かつ合理的なものとなっているかも実質的には検討されることとなると考えられること,また,本件条例の適用は平成12年4月1日以後5年以内に開始する各事業年度分の法人事業税についてであるので,地方税法72条の19の適用も一定期間継続することが前提であると考えられることからして,過去や将来の一定期間(将来については見込みのもの)における税負担を比較吟味した結果も勘案要素となると解される。この点について,平成12年2月24日の衆議院地方行政委員会において内閣法制局第一部長は,地方税法72条の22第9項の解釈について「(前略)72条の22の第9項にあります「著しく均衡を失する」というのはどういう意味かということでありますけれども,これも今申し上げましたように,いわゆる外形標準課税は,主として特定の業種の税負担がその受益の程度に比してかなり低いという場合に,その負担の程度を引き上げて受益との均衡を図るということを目的に導入するというものでありますから,それを導入することによって,所得を課税標準とし続ける場合に比べてですが,ある程度事業税の負担が増加するということは法の予定するところだと言えるかと思います。したがって,問題は,何をもって,あるいはどの程度になると,外形標準課税による事業税負担が,所得を課税標準とする場合に比べて著しく均衡を失すると言えるほどに重いということになるのかということであろうかと思いますが,これは事柄の性格上,なかなか画一的に,あるいは定量的に基準を設定するということは困難であろうと思いますので,いろいろな要素を総合的に勘案して,究極のところは社会通念に照らして判断するしかないということだろうと思います。その際,考慮すべき主な要素としては,やはり外形標準課税をすることによって増加する税負担の額がどれぐらいであるか,あるいは負担の増加割合がどれぐらいであるかというようなことになろうかと思いますけれども,これも,導入する年とか,その後2,3年とかいう短い期間ではなくて,中長期的に見て負担の均衡が図られているかということだろうと思いますけれども,今回の東京都案のように,一定の期間を限って措置するという場合には,その限られた期間内全体を比較するということになろうと思います。ほかにも,外形標準課税を導入することとした目的であるとか,あるいは,外形標準課税をすることによって,所得その他法定されている他の課税標準を引き続き用いる類似の業種等と負担のバランスがどうであるかといったようなことも,いろいろなことを考えなければいけないということだろうと思います。」と答弁している(第147回国会衆議院地方行政委員会議録第3号(乙6の31)29頁)が,均衡要件の趣旨から見て,その解釈運用に当たって基本的に是認できる考え方であると考えられる。
いずれにせよ,当裁判所も,均衡要件の判断については,外形標準課税が導入された後の2,3年度の比較を基本としながら,過去数年間の課税実績からの推計による比較のほか,外形標準課税導入の目的,本件条例のように,一審被告東京都に限って,しかも特定の業種に限って導入する場合には,他の道府県に及ぼす影響や,他の業種との負担の均衡等関連する諸般の事情を,客観的な資料に基づき総合勘案すべきであり,このように解することが,地方税法72条の22第9項の条文の表現及び同条項に期待されている機能に適合するものというべきである。
ウ 税負担の比較
証拠(乙3の7,乙4の5)によれば,本件条例の検討過程において,一審被告東京都は,資金量5兆円を超える大手銀行30行の平成11年3月期の「所得」を課税標準とした場合の事業税額が約120億円ないし122億円であるところ,本件条例が制定適用されることにより推計事業税額がその10倍を超える約1250億円になるとの推計をしていることが認められる。これは,本件条例案の検討過程における,従来の「所得」を課税標準とする課税済みの資料に基づく推計ではあるが,本件条例の検討過程において入手可能な直近の年度の課税実績に基づく推計であるし,一審被告東京都において本件条例による影響を推測する有力な資料となったものであると推認される。そして,上記イで認定した一審原告らの主張の根拠となっている証拠(甲101,甲257)によれば,一審原告らに対して本件条例が適用された結果,その初年度(平成12事業年度)には約7.7倍,そして第2年度(平成13事業年度)には約3652倍という大幅な事業税負担の増加が生じたことが推認できる。もっとも,この推計においては,一審原告らの大半の銀行(一審原告ら17行中,初年度では12行,第2年度では16行)において,「所得」を課税標準とする課税では事業税額がゼロとなるのであって,その点が上記の著しい倍率に影響を及ぼしている。本件条例の適用第2年度で,唯一「所得」を課税標準とした場合の事業税額(2477万2700円)を推計することができる一審原告八十二銀行については,本件条例に基づく納税額は1億2225万6500円であり(甲257,甲268の9),税負担の比較割合は約4.9倍となっている。こうした「所得」を課税標準とした場合に課税額がゼロとなる事業者については,そもそも地方税法72条の19が外形標準課税を適用して課税することはできない(均衡要件以前の問題である。)との見解(例えば,甲85,甲98及び甲102のA教授の見解)があるが,上記(3)ア認定のとおり,同条は,外形標準課税の解釈適用に当たっては,できる限り応益的な考え方に基づくべきであると解されるところ,「所得」を課税標準とした事業税額がゼロとなるということは,かえって,「所得」を課税標準としたままでは,事業の規模・活動量に対応した税負担と程遠い状況となっていることを推認させる側面もあると考えられるので,そのような場合であるからといって,同条を適用することは一切できないとする見解は採用できない。しかし一方,均衡要件の判断(地方税法72条の22第9項の適用)という局面においては,「所得」を課税標準とした事業税額がゼロとなっていることが影響しているとはいえ,結果的に税負担の間に大きな不均衡が発生していることは,均衡要件の基本となる不均衡の程度(著しいか否か)を判断する際に,無視できない勘案要素となることは否定できない。
税負担を比較した場合の差額ないしその割合(倍率)がどの程度になれば著しく均衡を失していることになるかについて,具体的な線引きをすることは困難であり,結局のところ,上記イ認定のとおり総合判断によるしかないが,そうはいっても,税負担の比較値ないし割合が勘案要素における比重が高いものであることはいうまでもない。そして,上記の本件条例案を検討する過程における一審被告東京都の10倍を超えるという比較値(平成11年3月期の「所得」に対するものであるので平成10事業年度のものということになり,「所得」を課税標準とした税負担が現実のもので,本件条例による外形標準課税の適用結果が推計値である。)や,本件条例による外形標準課税を適用した初年度(平成12事業年度分)及び第2年度(平成13事業年度分)における約7.7倍及び約3652倍という比較値(「所得」基準を課税標準とした税負担が推計値で,本件条例による外形標準課税の適用結果が現実のものである。),第2年度における一審原告八十二銀行の約4.9倍という比較値を見る限りは,約7.7倍及び約3652倍という比較値について「所得」を課税標準とした場合の推計事業税額がゼロの銀行がほとんどであるとの事情を割り引いて考慮してみても,本件条例による外形標準課税を適用した結果としての事業税の税負担は,「所得」を課税標準とした場合の税負担と比較して,「著しく」均衡を失している可能性が大きいといわざるを得ない。
エ 一審被告東京都の検討の評価
これに対し,一審被告東京都が本件条例の検討過程で均衡要件を充足すると判断した基礎資料で,証拠上明らかなものは,上記ア認定の過去15年間(昭和59年度から平成10年度まで)における大手銀行30行の事業税額と一審被告東京都の全事業税額に占める割合程度のものしかない。こうした過去数年間の課税実績の評価が,均衡要件判断の勘案要素の一つであることは,上記イで説示したとおりであるが,「所得」を課税標準とした場合との税負担の均衡という意味においては,本件条例が適用されることとなる年度(5年間)における比較も有力な勘案要素というべきところ,一審被告東京都は,この点に関して銀行における不良債権処理の継続によって,「所得」を課税標準とした場合には銀行業等の税負担がゼロないし限りなく低くなるという見込みを立てていたことが認められる(本件条例の構想公表日が作成日とされる乙3号証の17。なお,乙3号証の99・101は本件訴訟係属後に作成されたことが明らかである。)が,本件条例の検討過程において具体的な推計とそれを基礎にした検証作業がされたことを認めるに足りる証拠はない。また,平成12年3月に公表された全国銀行協会の「都の答弁・説明に対する7つの疑問点」(甲218)においては,一審被告東京都が根拠として挙げる過去15年間の数値について,仮に,大手銀行19行の昭和55年度から平成11年度までの間に一審被告東京都に納付済みの事業税額を基に,本件条例で採られている「業務粗利益」×3%の計算式を当てはめて事業税額を推計すると,昭和55年度から平成11年度までの間に事業税約3800億円が支払超過となっており,その大半は平成6年度から平成11年度までの間に生じているとの反論がされている。全国銀行協会の詳細な推計根拠が明らかでないので,この反論をそのまま採用することはできないが,少なくとも,こうした推計が可能であること自体から見れば,一審被告東京都においても,過去15年間の主要銀行30行の既納付の事業税額を基として,これら各年度ごとに本件条例の課税標準及び税率で再計算して推計した事業税額を算出することが可能であり,これらを比較することにより,一審被告東京都の立場から見れば,どの時点からかはともかく,本件条例の適用年度以前から「望ましい」事業税額になっていたことが判明するはずであり,その年度以降においては,相当程度「所得」を課税標準とする場合を上回る結果となることを認識し得たはずである。さらに,本件条例が銀行業等という特定の業種に限って外形標準課税を導入するものであることから,一審被告東京都の全事業税額において大手銀行の事業税額の占める割合という観点からの検討が行われたことは理解できないではないが,一方,平成2年度から平成11年度の間に,事業活動価値基準,物的人的基準,給与基準等といった他の外形基準によって推計した資金量5兆円以上の銀行の事業税額が,一審被告東京都の全事業税額に占める割合の平均値はおおむね2%以下である(事業活動価値基準による推計値では2%を上回ってはいるが,2.09%である。)との推計があり(甲113,甲236),上記ア認定の一審被告東京都が主張する9.6%ないし9.8%という割合と相当かい離があることも合わせ考えると,一審被告東京都が過去の実績から割り出した,一審被告東京都の全事業税額に占める大手銀行の事業税額の負担割合だけから,本件条例により一審原告らが受ける税負担が「所得」を課税標準とした場合の税負担と比べて著しく均衡を失していない税負担となっているものと認めてよいか疑問が残るところである。
以上によれば,上記ア認定の一審被告東京都の説明や均衡要件の判断に当たっての上記基礎資料によっては,上記ウ認定の比較値による税負担の不均衡(の可能性)の推認を覆すことはできないと評価せざるを得ない。かえって,税率と共に,本件外形標準課税による税負担に影響を及ぼす課税標準として「業務粗利益」を採用したことについては,上記(5)ウで認定した問題点があり,「所得」を課税標準とした場合の税負担がゼロとなってしまう銀行がほとんどとなっているのに,本件条例による納税額が相当額に上るのは,貸倒損失等を一切考慮しない「業務粗利益」を課税標準としたことに起因することは明らかであって,均衡要件との関係でも,課税標準における貸倒損失等の扱いについてはなお検討が必要であったということになる。そして,地方税法72条の19に基づき導入した外形標準課税が同法72条の22第9項の均衡要件を満たすことについては,外形標準課税を導入する条例を制定した地方公共団体側において,客観的な資料に基づき積極的に証明すべき責任があるところ,以上を総合勘案すると,本件条例による税負担が,「所得」を課税標準とした場合の税負担と,「著しく均衡を失することのないよう」なものであることを認めるに足りる証拠はなく,一審被告東京都は,本件条例が均衡要件を満たすことの証明ができていないことになる。したがって,本件条例は,地方税法72条の22第9項の均衡要件を満たしていると認めることはできない。
(7) 結論 以上のとおりであるので,本件条例は,地方税法72条の19には違反しないが,同法72条の22第9項には違反するものであり,憲法違反の主張等一審原告らのその余の主張について判断するまでもなく,違法なものである。そして,地方税法72条の22第9項の歯止め的な機能から見て,本件条例は,地方税法上与えられた条例制定権を超えて制定されたものであって,無効であるといわざるを得ない。
3 本件通知処分の有効性等について 当裁判所も,本件通知処分(控訴審では,原判決が対象とした平成12事業年度に係るものに加えて,平成13事業年度に係るものも対象となる。)は,拠るべき条例の根拠を欠く重大な瑕疵があるから,無効であると判断するが,本件通知処分を取り消すまでもなく,一審原告らが納付した事業税額(平成12事業年度分に係る請求5及び平成13事業年度分に係る控訴審における追加的請求6)のうち,旧基準税額との差額部分は,これを誤納金として還付請求することができると考えるところであり,その理由は,平成13事業年度に係る既納税額,旧基準税額及び誤納金額(一審被告東京都の不当利得額)が当判決別紙3の(a),(b)及び(c)欄記載のとおりである点を付加するほかは,原判決44頁17行目冒頭から46頁20行目末尾までの3欄記載のとおりであるから,これを引用する。なお,控訴審における追加的請求7は,平成13事業年度分の事業税に係る一審被告東京都知事の通知処分が無効でないことを前提とするものであって,控訴審における追加的請求6を主位的請求とする予備的請求であるので,主位的請求を認める以上判断は不要となることは,請求6についてと同様である。
4 一審被告東京都の責任原因について
(1) 本件条例の制定に至る事実経過
本件条例の制定に至る事実経過は,原判決46頁21行目冒頭から55頁13行目末尾までの4(1)欄記載のとおり(ただし,同51頁5行目「その後も,」から同7行目末尾までを「その後も,全国銀行協会と一審被告東京都との間で,同主税局長を交えた意見交換会を実施することが検討されたが,銀行側の出席者等をめぐり調整が付かず,結局実施されなかった(甲39,甲191,甲219,乙3の65)。」と改める。)であるから,これを引用する。
(2) 一審被告東京都の本件条例制定行為の違法性 原判決は,一審被告東京都知事,一審被告東京都の主税局長以下本件条例の制定に携わった同主税局職員,東京都議会を構成する東京都議会議員による,本件条例の議案の立案行為,当該議案の東京都議会への提出行為,当該議案の議決行為及び本件条例の公布行為等の本件条例制定に向けた一連の行為は,本件条例の内容が地方税法72条の19に違反する客観的に違法なものであることから,全体として国家賠償法1条1項の違法性を有するものであると判断している。
当裁判所は,上記2認定のとおり,本件条例は地方税法に違反し無効なものであると考える(ただし,違反する条項が原判決の説示する72条の19ではなく,72条の22第9項であることは,上記2認定のとおりである。)が,地方公共団体が制定する条例が法律に違反するからといって,その制定に向けた一連の行為が,直ちに一審原告らとの関係で国家賠償法上も違法となると評価すべきではないと考える。すなわち,条例の制定に向けた行為は,地方公共団体レベルでの立法行為とはいえ,関連する地域社会の実情や社会一般の経済情勢等多種多様な背景事情や諸条件,関係者の意見や対立する利害などを総合勘案し調整しながら行われるものであるとともに,地域社会の代表者である地方公共団体の議会の議員の審議,その多数決による議決によって決定されるべきものであるから,条例の制定に向けた一連の行為が国家賠償法上の違法性を具有すると認めるためには,個々の地域住民・法人の権利に対応した関係において,条例制定過程に関与した責任者が職務上尽くすべき法的義務に違反したものと客観的に評価できることが必要である。
本件条例は,地方税法72条の19を制定根拠とするものであるが,上記2認定のとおり,同条の「事業の情況に応じ」などの要件を一応満たしていると評価することができるから,同条に違反することを前提とする法的義務違反を問題とすることはできない。一方,本件条例は,地方税法72条の22第9項の均衡要件に違反しており,一審被告東京都のこの点に関する検討は,結果的には十分ではなかったといわざるを得ない。しかし,均衡要件は,上記2(6)で認定したとおり,「著しく均衡を失することのない」という文言上解釈の幅がある一般的な要件への当てはめの問題であり,同条8項が規定する事業税の超過税率における制限税率のような一義的な規定に適合するか否かが問題となるわけではない。そして,上記2(6)イ認定のとおり,この均衡要件の判断に当たっては,外形標準課税導入後何年間かについての予測に基づく税負担を推計したり,過去数年間の課税実績から当該外形標準課税による場合の税額を推計する等関連する諸般の事情の総合勘案がその性格上避けられないものである。上記2(6)認定のとおり,一審被告東京都においても,本件条例の検討過程において,均衡要件に対する一応の吟味検討を加えてはいるが,本件条例の無効事由は,本件条例が均衡要件を満たすと認めるに足りる客観的資料に基づく検討ができていないというものであって,明白に均衡要件に違反するというものではない。以上から見ると,一審被告東京都の本件条例の検討に関する一連の行為全体が,客観的に職務上尽くすべき法的義務に違反したものであるとまでは,評価することはできない。確かに,上記認定の事実によれば,一審被告東京都知事及び一審被告東京都の担当者は,本件条例の立案,検討を秘密裡に進め,全国銀行協会の問い合わせにも,銀行業のみを対象とする新税構想を検討している事実はない旨返答しながら,東京都議会に本件条例案を提出する直前までその公表を先送りにしてきたことが認められる。しかしながら,一審被告東京都知事は,本件条例案を東京都議会に提出する約半月前には,記者会見を開き本件条例の構想を公表していること,東京都議会においては,本件条例案の提出を受けた平成12年2月23日以降東京都議会の本会議の審議及び予算特別委員会における参考人意見聴取を含む審議を経て,同年3月30日の本会議において圧倒的多数の賛成により本件条例が成立するまで,審議が重ねられたことが認められるのであって,もとより,条例の構想や条例案の公表時期,内容,方法等は多分に一審被告らの政治的判断にゆだねられるべき事柄であることをも考慮すると,本件条例の立案,検討が秘密裡に行われた等の上記行為を,一審原告らとの関係で違法と評価することはできない。
また,一審原告らは,一審被告東京都知事や一審被告東京都の担当者が,東京都議会において,貸倒損失を控除していない「業務粗利益」が一般事業会社の「売上総利益」に相当する旨や,配当原資(過去の年度において積み立てられたもの)の説明なしに大手銀行が巨額の配当を実施している旨誤った発言をした点を問題にする。このうち,「業務粗利益」を外形基準としたことについては,上記2(5)ウで認定したとおり問題点があるし,これを一般事業会社の「売上総利益」に相当すると説明することには,少なくとも会計学上正確でないことは否定できない。しかしながら,銀行業界においても,一般向けのディスクロージャー誌や決算説明会において「業務粗利益」が一般事業会社の「売上総利益」に相当する旨の説明がされていたし,少なくとも,事業の規模・活動量の測定との関係では,一般事業会社の「売上総利益」に比肩すべきものということができるから,一審被告らの上記説明が,東京都議会の判断を誤らしめるものであったと評価することはできない。また,大手銀行の配当原資への言及がなかったとの点についても,説明の真意は十分理解可能なものであって,違法とはいえない。このほか,関係者の意見聴取の機会が十分であったとはいいにくい点があったことや,本件条例の構想公表後,本件条例についての一審被告東京都知事の発言に誤解を招きかねないような表現があったことは否定できないが,これらの点を含む本件条例の制定に至るすべての事情を総合勘案してみても,本件条例に至る一審被告東京都及び一審被告東京都知事の一連の行為が,客観的に職務上尽くすべき法的義務に違反し「違法な」ものであると評価することはできない。
したがって,一審原告らの国家賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がなく,一審被告東京都側の違法性と過失を認めた原判決は失当である。
第4 結論
以上のとおりであるので,原判決中,一審原告らの一審被告らに対する本件条例の無効確認請求(請求1及び2)に係る訴えを却下した部分は相当であり,本件条例は地方税法72条の22第9項(均衡要件)に違反し無効であることから,一審原告らの一審被告東京都に対する平成12事業年度分の事業税を対象とする誤納金の還付請求(請求5の一部)を認めた部分は相当であるが,一審原告らの一審被告東京都に対する国家賠償請求を認めた部分(請求5の残部)は失当である。また,一審原告らの一審被告東京都に対する,平成14事業年度分の事業税を対象とする租税債務不存在確認請求(控訴審における追加的請求5)に係る訴えは,原判決において平成13事業年度の事業税を対象とする同様な請求(請求4)に係る訴えを却下したのと同じ理由から,不適法であって却下を免れない一方,平成13事業年度分の事業税を対象とする誤納金の還付請求(控訴審における追加的請求6)は,上記のとおり本件条例が地方税法72条の22第9項に違反し無効であることから理由がある。
したがって,まず,原判決中金員請求に関する部分を変更することとし,一審原告らの一審被告東京都に対する平成12事業年度分及び平成13事業年度分の各事業税を対象とする誤納金の還付請求を認め,その余の金銭請求(国家賠償請求)を棄却し,次に,一審原告らの一審被告東京都に対する平成14事業年度分の事業税を対象とする租税債務不存在確認請求に係る訴えを却下し,原判決中の本件条例の無効確認請求に係る訴えを却下する部分の取消し等を求める一審原告らの控訴を棄却し,訴訟費用の負担及び仮執行宣言関係については,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条2項,61条,64条及び65条1項本文並びに259条1項及び3項を適用して,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第2民事部 (裁判長裁判官・森脇勝、裁判官・林道晴、裁判官・藤下健)