弁護士 羽根一成
支出負担行為の違法と支出命令の違法(最高裁平成25年3月21日)
地方公共団体の「公金の支出」(地方自治法242条1項)は、支出負担行為→長の支出命令→会計管理者の支出の各財務会計行為からなっていますが、それぞれ独立した行為であり(最高裁平成14年7月16日判決・判例時報1796号83頁)、決裁権者も異なり得るものです。また、過失責任主義は近代法の大原則であり、自分にミスはないのに、他人のミスのために損害賠償責任を負わされることはないはずです(最高裁平成4年12月15日判決・判例時報1089号1頁)。したがって、支出負担行為(契約の締結)が違法であれば、直ちに支出命令(契約の履行)も違法とされるのか議論があってもいいように思いますが、住民訴訟(4号請求)の実務では、必ずしも十分意識されていないように思います。
この点について、本判決は、「普通地方公共団体が締結した支出負担行為たる契約が違法に締結されたものであるとしても、それが私法上無効ではない場合には、1当該普通地方公共団体が当該契約の取消権又は解除権を有しているときや、2当該契約が著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適性確保の見地から看過し得ない瑕疵が存し、かつ・・・客観的にみて当該普通地方公共団体が当該契約を解消することができる特殊な事情があるときでない限り、当該契約に基づく債務の履行として支出命令を行う権限を有する職員は、当該契約の是正を行う職務上の権限を有していても、違法な契約に基づいて支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負うものとはいえず、当該職員が上記債務の履行として行う支出命令がこのような財務会計法規上の義務に違反する違法なものとなることはない」(付番は引用者)として、明確にしています。
すなわち、支出命令が違法となり、支出命令をした者が損害賠償請求責任を負うのは、a契約(支出負担行為)の取り消しや解除ができるのに、それをせずに支出命令をした場合、b契約にただならぬ瑕疵があり、かつその契約を解消できるのに、それをせずに支出命令をした場合に限られることになりました。しかも、bの契約を解消できるのにというのは、「普通地方公共団体が当該契約の相手方に事実上の働きかけを真しに行えば相手方において当該契約の解消に応ずる蓋然性が大きかったというような」まさに「特殊な事情があるとき」に限られます。
本判決は、先行行為(土地開発公社との先行取得の委託契約)→後行行為(同公社との土地買取契約)に関する判例(最高裁平成20年1月18日判決・判例時報1995号74頁、最高裁平成21年2月13日判決・判例時報2067号18頁)を、支出負担行為→支出命令に応用したものであり、これによって、支出命令をした者が損害賠償責任を負う場面がある程度限定されたといえると思います。
ただ、それは、支出負担行為が違法ではあるが私法上無効とはいえない場合のことであり、支出負担行為が私法上無効であるのに、支出命令をした場合は、損害賠償責任を問われることになります。
そうすると、支出負担行為が、どのような場合に私法上無効となり、どのような場合に違法ではあるが私法上無効とはいえないのかが重要になりそうですが、「当該契約を私法上無効としなければ地方自治法2条14項、地方財政法4条1項の趣旨を没却する」(最高裁平成20年1月18日判決)ときとか、「当該契約の効力を無効としなければ随意契約の締結に制限を加える前記法(引用者注:地方自治法234条2項)及び令(注:同法施行令167条の2第1項)の規定の趣旨を没却する」(最高裁昭和62年5月19日判決・判例時報1240号62頁)ときなどというのでは、必ずしも明確ではありません。事案ごとに協議検討する必要がありそうです。