争訟法務最前線

第77回(『地方自治職員研修』2013年5月号掲載分)

権利放棄の議決 ―最高裁判決後の裁判例―

弁護士 羽根一成

今月の判例

権利放棄の議決 ―最高裁判決後の裁判例―

最高裁平成24年4月20日判決(神戸市、大東市(大阪府))、同4月23日判決(さくら市(栃木県))

地方公共団体の有する損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を放棄する議決(地方自治法96条1項10号)が議会の裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たり、違法・無効とされるのかどうかについて、最高裁は、五つの要素を総合考慮して判断するものとしました。この最高裁判決を受けて、どのような判断がされているのか、五つの要素のうち、A当該議決の趣旨及び経緯、B事後の状況について具体例を見てみましょう。

神戸地裁平成25年1月30日判決(適法)

まず、適法例である神戸地裁判決は、次のように述べています(破棄自判した最高裁判決(神戸市)も参照)。なお、事案としては、派遣先団体に派遣職員の給与を補助金として交付、住民訴訟で、派遣法6条1項の潜脱として、派遣先団体に対する不当利得返還請求及び市長に対する損害賠償請求が認容、市議会が両請求権の放棄を議決したというものです。

Aについて:権利放棄を含む改正条例の趣旨は住民訴訟の控訴審判決の判断を尊重したものである。市議会での審議の過程における議論に鑑みると、住民に対する各種サービスの提供を行っている派遣先団体について、財政運営に支障が生じることを回避すべき要請も考慮されたものである。市長の資力が考慮され、市長個人に対して巨額の損害賠償が認められることの不都合性について検討されている。

Bについて:派遣法6条2項に基づく条例が制定され、是正措置がとられているから、違法行為が繰り返されるおそれもない。

東京地裁平成25年1月23日判決(違法・無効)

これに対して、違法例として東京地裁判決(市民オンブズマン事務局日誌のウェブサイト)があり、次のように述べています。なお、事案としては、非常勤職員に手当を支給、住民訴訟の控訴審判決で、現行地方自治法203条の2第1項・3項、204条の2違反として、村長に対する損害賠償請求が認容、上告受理申立中に、村議会が同債権の放棄を議決したというものです。

Aについて:議案の内容及び賛成議員の発言は、村に実質的な損害は生じていない、村長に実質上の過失を認めることはできないという、住民訴訟の控訴審判決とは異なる事実認識及びこれを前提とする評価に立脚するものであること、議案が議会の最終日に提出され、1時間あまりの審議の後に議決されているが、最高裁の判断を待った上で対応を検討することに問題が伴うような事情も存在しないことからすると、議案及び議決は、住民訴訟の控訴審判決における事実認定を不服とし、又は少なくともこれを尊重する趣旨に出たものとはいい難い。

なお、後に住民訴訟の控訴審判決が確定したため(上告不受理)、議決には、基礎とされた重要な事実に誤認があり、これにより重要な事実の基礎を欠くこととなったことも指摘されています。

Bについて:本件において問題とされている公金の支出をその一環とする行政改革には一定の成果がみられるほか、住民訴訟の提起後に、村長の主導の下にコンプライアンスの徹底に係る各種の措置が講じられてきている。

事後の実務対応

五つの要素のうち、財務会計行為等の性質、内容、原因、経緯及び影響が重視されることになると思われますが、A、Bについては、民主的かつ実効的な行政運営の確保等に照らして不合理とされることのないように対応(提案理由・答弁・討議、是正措置)しておく必要があります。最高裁判決(さくら市)をみると、提案理由書に判決批判に通じる記載があるからといって「直ちに本件訴訟の第一審判決の法的判断を否定する趣旨のものと断ずることは相当でない」とされてはいるものの、両地裁判決を比較すると、判決批判と受けとられることのないよう、遺漏なきを期することが肝要です。