弁護士 羽根一成
住民訴訟にかかる不起訴合意は無効である(津地方裁判所平成23年2月24日判決)
当事者あるいは当事者となるべき者が、特定の訴訟につき影響を及ぼす一定の効果の発生を目的としてする合意を訴訟契約といいます。これには、明文の規定のある管轄の合意(民訴法11条)、期日変更の合意(民訴法93条)、不控訴合意(民訴法281条1項但書)、仲裁契約(仲裁法)のほかに、不起訴合意、訴えの取下合意、自白契約、証拠制限契約といった明文の規定のないものもあります。明文の規定のない訴訟契約も、(1)処分権主義、弁論主義の妥当する範囲内のものであり、(2)合意の訴訟上の効果が明確に予測されるものである場合には有効と解されています。
そして、不起訴合意がある場合、訴訟において、被告がその存在を主張立証すれば、訴えの利益を欠くとして、訴えは却下されることになります。
本件は、臨時的任用職員に対する賞与の支給が違法であるとして、町長、会計管理者、各課課長に対して合計712万円の損害賠償の請求をすることを求める住民訴訟ですが、原告は、かつて、嘱託職員に対する期末手当、退職手当の支給が違法であるとして、町長に対して損害賠償を求める住民訴訟(改正前の地方自治法に基づくもの)を提起したことがあり(町も補助参加)、その際、町長が130万余円を支払うこと、「原告及び被告並びに補助参加人らは、旧南伊勢町嘱託職員及び臨時職員の報酬・手当に関し、本和解条項に定めるほか、何ら債権債務のないことを相互に確認し、今後名目の如何を問わず、監査請求、訴訟を提起しないことを約束する。」(本件条項)ことなどを内容とする裁判上の和解をしていました。
この裁判上の和解は、原告と補助参加人である町との間で「旧南伊勢町嘱託職員及び臨時職員の報酬・手当に関し、・・・今後名目の如何を問わず、監査請求、訴訟を提起しないことを約束する。」という不起訴合意に該当し、原告は、不起訴合意に反して、本件訴訟を提起したことになります。
このことについて、本判決は、不起訴合意の対象範囲について、「不起訴の合意の対象となる権利関係が、当該合意の関係者による任意の処分を許さない性質のものである場合には、不起訴の合意が形式上成立していたとしても、何らの効力も有しないと解されるから、当該合意に反する訴えを提起することも何ら妨げられない」としました。
そして、「地方公共団体職員の任用や、職員に対する公金による給与の支給」は「公法上の法律関係」であり「公法上の法律関係を私人たる原告において任意に処分することは不可能である」こと、「禁止される訴えの対象も自己の法律上の利益に係わらない資格で提起する客観訴訟であって、訴訟提起の要件、資格は全て専ら法律の規定によって決定されるべきものである」ことから、不起訴合意は「住民訴訟の提起については、何ら妨げとはならず、本件条項に反する住民訴訟の提起が不適法な訴えとなるとはいえない」としました。
原告の態度は信義に悖るようにみえますが、理論上は、違法な支出はやはり違法であって、私人の処分により適法になるものではないでしょう。不起訴合意が有効とされる根拠は処分権主義(さらには私的自治の原則)にありますから、処分権主義の妥当しない客観訴訟である住民訴訟については、不起訴合意の効力が及ばないといわざるをえないと思います。
なお、本判決は、結論として請求を棄却しています。訴訟継続中に、非常勤の臨時的任用職員に対する一時金(期末手当)の支給を違法とする最高裁平成22年9月10日判決(「判例タイムズ」1335号64頁)が出されるという状況下で、どのような主張立証がなされたのかを知るうえでも、実務上参考になる判決であると思います。