争訟法務最前線

第66回(『地方自治職員研修』2012年6月号掲載分)

債権の不行使/飲酒運転と懲戒処分、退職手当

弁護士 羽根一成

今月の判例

1 市有地の不法占有者に対して占有料相当額を請求しないことは、債権の管理を怠る事実に当たる。(岐阜地裁平成24年2月9日判決(判決1))

2 酒気帯び運転により物損事故を起こした中学校教頭に対する退職手当の全部不支給処分について、裁量の濫用があるとして取り消された事例。(京都地裁平成24年2月23日判決(判決2))

債権の不行使(判決1)

近時制定の動きがみられる債権管理条例では、消滅時効が完成した債権(で援用のないもの)を放棄することができるようになっているのが通例ですが、最高裁は、「客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除することは許されず、原則として、地方公共団体の長には債権の行使又は不行使についての裁量はない」(最高裁平成16年4月23日判決)としており、債権消滅のそもそもの原因が債権を放置し、行使していなかったことにある以上、消滅時効を完成させた当時の責任者(長及び請求権限のある職員)は損害賠償を問われることがあり得ることは否定せきません。

ただし、絶対に債権を放置することが許されず、債権の不行使についての裁量がまったくないということではなく、同最高裁判決には、「理由もなく」、「原則として」という留保が付されています。これがどのような場合をいうのかを判示したのが判決1であり、判決1は、「債権を行使することに経済的合理性がないと認められる場合には、これを行使しないことができる」としました。具体的には、市有地の不法占有者に対する占有料相当額を請求しないことについては、占有者ないし占有面積が確定していない場合は、原則として、債権の管理を怠る事実に当たらないが、占有者が特定され、その者が占有する土地の範囲ないしその面積も確定したときは、原則として、その時以降の分に限り、債権の管理を怠る事実に当たるとしています。

なお、地方公共団体としては、経済的な損得勘定とは別の観点から、回収コストを度外視してでも回収するという判断もあり得ると思います。

飲酒運転と懲戒処分、退職手当(判決2)

飲酒運転の厳罰化を求める社会的風潮にあって、懲戒処分の指針では、飲酒運転を免職相当としている例が多いようです。裁判所も、これを肯定するのが大勢といっていいようですが、具体的事案において、懲戒免職処分を違法として取り消した判決がないではありません。

ところで、懲戒免職処分のときには退職手当が支給されないようになっていることから、実務上は、今までの功績を考慮し、諭旨退職扱いにして退職手当を支給することがあり、このことが問題とされるというのが従前のパターンでしたが、判決2の事案は、懲戒免職処分をして退職手当を支給しなかったところ、この全部不支給処分が問題とされたパターンです。

判決2は、懲戒免職処分は、非違行為をした者に職員としての身分を引き続き保有させるのが相当かという観点からの判断であるのに対して、退職手当は、通常であれば退職時に支払われる一時金を支払うのが相当かという観点からの判断であるから、懲戒免職処分と退職手当の不支給は論理必然的に結びつくものではないとしたうえで、退職手当が給料の後払いとしての性格を有していることに着目して、懲戒免職処分を受けて退職したからといって直ちにその全額の支給制限まで当然に正当化されることはなく、それが認められるのは、「非違行為が退職者の永年の勤続の功をすべて抹消してしまうほどの重大な背信行為である場合に限られる」としています。

これは、懲戒免職処分のときでも退職手当の全部不支給が原則ではないとするものであり、(少なくとも従前の)実務感覚とはだいぶ違いがあると思いますが、裁判所は、民間の懲戒解雇における退職金不支給の問題とパラレルに考えたということができると思います。