弁護士 羽根一成
県警の暴力団関係書籍の撤去要請により、コンビニから漫画本が撤去されたため精神的苦痛を被ったとして、漫画本原作者の県に対する国賠請求が棄却された事例(平成24年6月13日判決)
福岡県で全国初となる暴力団排除条例(平成22年4月1日施行)が制定され、現在では、47すべての都道府県と一部の市町村で同様の条例が制定されているという状況です。
暴力団は、市民生活、社会経済活動を脅かす存在であり、その排除は多くの市民に歓迎されるところであると思いますが、根強い慎重論もあります。
ところで、暴力団排除条例は暴力団を排除する総合的な条例ですが、その内容をみると、いささか広汎あるいは強引のきらいがないわけではありません。例えば、ある暴力団排除条例では、暴力団相手の不動産取引や請負契約を禁止していますが、前者につき使用目的を暴力団事務所などに限らず、後者につき目的を暴力団事務所工事などに限らないときには、市民生活への脅威、社会経済活動への脅威が生じる(少なくとも具体的な)危険性とは関わりなく、契約の相手方が暴力団であるという形式的な事実のみを理由として禁止することになり、暴力団でない方の契約当事者との関係で、憲法22条1項の保障する経済的自由、民法上の私的自治の原則・契約自由の原則と緊張関係を惹起するように思います。申請者が暴力団であるという形式的な事実のみを理由として、「正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない」、「住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取り扱いをしてはならない」とされる公の施設の使用許可を禁止する場合にも、同様のことが言えるように思います。
また、暴力団排除条例に限らず、条例で、職員に立入調査(捜索)権限を付与する例が多くみられますが、とくに市民個人の住居への強制的な立ち入りについては、憲法35条の保障する住居不可侵との関係で素朴な疑問を禁じ得ません。たしかに、最高裁は、税務検査の事案において、憲法35条(令状主義)が行政手続にも適用ないし準用されることを前提に、A行政目的の手続であり、刑事責任の追及を目的とする手続でないこと、B刑事責任追求のための資料収集に直接結びつく作用を一般的にもつものではないこと、C刑事罰で間接的心理的に受忍を強制しようとするもので、その強制の度合いは直接的物理的な強制に比して低いこと、D重要な公益目的の実現に必要不可欠で、その実効性確保の手段としてあながち不均衡・不合理とはいえないことを充足する場合には、裁判官が発する令状を一般的要件としなくても違憲ではないとしていますが(最高裁昭和47年11月22日判決・川崎民商事件)、本来は民民で解決すべきような事柄にまで条例で行政上の義務を課す(そのうえで立入調査条項を設ける)昨今の風潮にあっては、上記Dについてとくに慎重な検討が求められるような気がします。
本件で問題となった県警(福岡県警)の暴力団関係書籍の撤去要請は、暴力団排除の一貫として行われたものと考えられます。
要請それ自体は自主的判断を促す行政指導にすぎず、原告は行政指導の相手方でもありませんので、本判決は、表現の自由の侵害はない、名誉毀損・人格権侵害はない、適正手続等(告知・弁解・防御の機会の不付与、法的根拠の欠如、行政指導指針の未作成、青少年健全育成条例における有害図書の指定の潜脱)に国賠法上の違法はないとしました。
しかし一方で、コンビニ各社が県警からの要請を拒むことは著しく困難であり事実上の強制となる面、また、青少年健全育成条例における指定有害図書の規制(購入対象年齢の制限、販売棚の区別)よりもさらに厳しい規制(市場からの排除)となる面があることも完全には否定できないので、関係諸官には権限の逸脱・濫用となることのないように望みたいと思います。